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買い物にきました

 ふわふわっと揺れている。まるで上質な絹糸のように細く艶やかな銀色に輝く、髪。そう髪だ。

 シェリルは目の前を歩いている男、グレンの髪を見つめていた。少し見上げなければならない位置にあるそれは、櫛を通した形跡もなく、起きてそのままのぼさぼさヘアーなのに、悲しいことに女であるシェリルよりも綺麗だ。


 服だって皺のついたシャツにズボンというありふれたものなのに、手足が長く、顔が面白くないほどに整っているのでみすぼらしさのカケラもない。それどころか、商店街に入った途端、チラチラッと女性の視線を多く感じていた。

 というか、あり得ないほどに男女問わず視線を感じている。



 研究所でグレンとジェフがどんどん関係のない言い合いをし始めた時、シェリルは確かに腹を立てた。しかし、買い物に行ける事は素直に嬉しかったので気分は一気に急浮上し、内心浮かれていた。それは認めよう。


 例え、グレンとの会話が皆無だったとしても、買い物の仕方を教えてくれず必死に盗み見て覚えなくてはいけないとしても。商店街にある店は物珍しいものばかりで見ているだけでも楽しかったし、服も可愛らしい物を買えた。服屋の店員さんに下着など女性に必要な店も教えてもらい揃えることができた。グレンはぶつぶつ文句を言いながらもついて来てくれて荷物も持ってくれるし(よくわからない魔道具に入れて手には持っていないが)お金も出してくれる。正直、こんなに自分のものを買った事がなかったので浮かれて周りなど気にしなくなっていた。


 だから、こんなに多くの人に視線を向けられていると気づいたのはついさっきだったのだ。

 盗み見るようにチラチラと目線を送ってくる者。じーっと遠慮なく見てくる者。こんなに視線を向けられるのは生贄としてウンディー湾に連れていかれた時以来じゃないか、とシェリルは思いつつ、すすすっと前を歩くグレンの横に歩み寄った。



「あ、あの……なんかすごい見られてません?」

「は? 今更だろう」



 今更なんだけど今気づいたのよ、とは言えない。何となくグレンに馬鹿にされるような事は言いたくなくて、シェリルはキョロキョロと周りを見ながら小さく唸る。それはまるで檻に入れられた獣が威嚇しているようだった。



「別に何かしてくるわけじゃない。ただ物珍しいからだろう」

「……物珍しい?」



 たしかにグレンのような美形にそうそう出会うことはないだろう。髪はボサボサ、服はヨレヨレだけど……と失礼な事を考えていたシェリルはグレンの言葉にぎょっとした。



「人間の花嫁なんてそうそう見れないしな」

「私っ!?」



 注目を集めているのが自分だと思っていなかったシェリルは驚きのあまり声を裏返す。一瞬シェリルに呆れた視線を送ったグレンは大きなため息をついた。



「人間の花嫁は大抵家から出ない」

「……なんで?」

「大抵が五柱の家……まぁ、人間の世界でいう貴族みたいなものだ。そういう家に嫁ぐから商人が家にやって来る。だから平民が人間の花嫁を見る機会なんてない」

「なるほど……ていうか、私が人間だって皆わかるの? あ、わかるんですか?」



 驚きすぎて敬語が抜け落ちていたことに気づき慌てて言い直すも、グレンは怠そうに首を横に振り「敬語じゃなくていい」と言った。



「それじゃあお言葉に甘えて。それで、わかるの?」

「お前、質問ばかりだな」



 当たり前だ、とシェリルは思う。昨日来たばかり、それも全く人間の世界とは勝手が違うのだ。グレンは基本説明してくれない(というかしたことがない)のだから、話してくれそうな時に聞いておかなければならない。

 シェリルに折れる気がないと悟ったのか、グレンは面倒くさいという感情を前面に出しつつ口を開く。



「人魚族は平民でも人間よりは魔力があるから、魔力感知はできる。人間の世界の王族やら魔力のある奴なら平民ぐらいには紛れられるだろうが、お前のように魔力皆無ならばすぐに人間の花嫁だとわかるだろう」

「え、でも朝ジェフさんと歩いた時はなんともなかった」

「俺と歩いているからだろうな。魔力感知は意識しないとできない。ジェフは商店街に実家があるから、花嫁を貰える程の魔力がないことを皆が知ってる」



 そうなんだ、と納得していたシェリルは、あれ? と思った。

 そういえば、グレンは人間の花嫁(シェリル)をもらう人魚なのだ。ということは、魔力量がとてつもなく高いということになる。魔力量は遺伝するもので、魔力量が高いほど地位は高くなるから、必然的に魔力量の高い子供は地位の高い家に生まれる。先程グレンは『大抵は五柱の家が花嫁をもらう』と言っていた。



「あのぉ、グレンさんはどこか良いところのお坊ちゃんなんですか?」

「違う」



 即答だった。眉一つピクリともしない。



「じゃあどうしてーー」

「もう買うものはないな」

「え? あ、はい」

「帰る」



 シェリルの言葉を遮ったグレンは、シェリルに背を向けそのままスタスタと歩き始めた。突然のことで反応に遅れてしまったシェリルは慌てて後を追う。

 長い足のグレンとは歩幅が違いすぎてシェリルは自ずと小走りになるが、一向に追いつくことはなく、グレンの表情をうかがい知ることはできない。だが、確実に今の会話はグレンによって強制的に終わらされた。触れられたくないことなのかもしれない、とシェリルは思った。


 結局、人間の花嫁については少しずつわかってきているのに、グレンのことについてはわからずじまいだ。そのことに若干落胆しているのは、グレンがなんだかんだ言いながらも買い物に付き合ってくれたことに内心少しだけ浮かれていたからかもしれない。

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