表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/62

その男の生態は

 シェリルはジェフと共にドアの前に立っていた。

 ここは商店街を抜けた先にある研究所。シェリルがアクリムニアに連れてこられて初めて目を覚ました時にいた場所でもある。正直、シェリルは混乱しているうちに城へと連れていかれたので、周りの景色を確認している余裕など当然なく、ここがそうだったのか判断できていないのだが。


 大きな門を抜け、研究所の広い敷地内にあるいくつかの建物のうちの一つに入っていくジェフについて行くこと数分。入り組んだ廊下を右へ左へと曲がり、もはや帰り道など分からなくなった頃、ジェフが急に足を止めたのがこのドアの前であった。


 ジェフは軽くノックを二回するも返事を聞く事なくドアを開ける。ノックをするということは中に人がいるということであり、ジェフの部屋ではないのだろう。それなのに慣れた様子でドアを開けて部屋へと入っていくジェフに驚きながら、シェリルはそっと後に続いて部屋へと入った。


 部屋の中は一言で言うと『汚い』ただそれだけだった。埃っぽいだとかゴミが散らばっているという汚さではない。ソファらしき物の上に本が乱雑に積まれていたり、床に資料なのか紙が所狭しと落ちていたり、足の踏み場がないのである。

 よくこんなところで生活できるな。それがシェリルが最初に抱いた感想であった。



「グレン! グレン!」



 思い切り叫んでいるジェフの言葉にシェリルはギョッとする。

 まさかこの部屋はグレンの部屋なのか。そう思うと同時にシェリルは何故か納得してしまった。家といい、研究所の部屋といい、グレンは片付けや掃除が苦手のようだ。



「ん……」



 部屋のどこからか小さくくぐもった声が聞こえてくる。続けて、バサバサと紙が擦れる音がした。その音がやけに近く、シェリルが音のする背後へと恐る恐る振り返ればーードアの近くの床からむくっと起き上がるグレンが目に入った。



「ひいっ!」



 思わぬ所からの登場に思わず引きつった声がシェリルの口から漏れる。

 昨日、城で整えてもらったはずの銀色の髪はボサボサに戻り、服はヨレヨレ。何より、ベッドでもソファでもなく、床で寝ていたことがありありとわかる状況に絶句するしかない。



「今日はそこか、グレン。いつも言ってるけど、仮眠室に行けとまでは言わないが、ソファがあるんだから床では寝るなよ」

「……ソファは、使えない」

「いや、片付ければ使えるだろうが」



 フラフラと歩きながらシェリルを無視するように横を通り過ぎ、唯一空いている机の椅子にどかっと腰掛けたグレンは、まだ覚醒していないのか今にも瞼が閉じそうだ。



「おーい、寝るなよ」

「…………ぐぅうう」



 ジェフの声に返事をしたのはグレンの腹の音だ。



「またご飯も食べずに研究してたな」



 呆れた様子のジェフを見て、シェリルはここまでの一連のことはいつものことなのだろう、と判断する。そして心底理解できないと思った。



「ジェフ。その手に持ってるものは食べ物か?」



 目ざとくジェフの手にある袋を見つけたグレンが問いかける。ジェフは商店街で肉の挟まったパンを三つ買い、シェリルと一つずつ食べたので、残りの一つは袋に入っているはずだ。

 グレンの分だったのか、とシェリルがジェフの優しさに感心していると、ジェフは袋の中身をグレンに見せるだけで渡しはしなかった。



「食べ物だけど、やらないよ。ね、シェリルさん?」

「え?」



 突然話を振られ、ぽかんと間抜けな表情をしているシェリルにジェフが笑いかける。なぜ私に聞いてくるのか、とシェリルが不思議に思っていると、横の方から鋭い視線を感じた。言わずもがな、眉を寄せシェリルを睨みつけているグレンの視線だ。



「シェリルさんは僕がグレンの家を訪ねるまでご飯を食べれなかったんだ。グレンだけが食べ物を与えられるなんて不公平だろう?」

「俺はちゃんと金を置いていった」

「だから、アクリムニアに来たばかりのシェリルさんが一人で買いに行ける訳ないだろうが」

「んなの知るか」



 プチンッと何か切れた音がジェフから聞こえてきた気がした。いや、本当に気がしただけで実際は聞こえていないのだが、ジェフの纏う空気が変わったとシェリルは悟った。グレンも何かに気づいたのか、若干体を後ろに引いている。



「あのなぁ……グレン、お前は人間の花嫁をもらう男なんだよ。それなのに知らんとは何事だっ! 第一、おまえの家では魔力皆無のシェリルさん一人で過ごせないだろ! どうせまた研究の事ばかり考えてたんだろうがなっ!」

「それのどこが悪い。俺は魔道具の研究者だ。研究の事を考えるのは当たり前だろう」

「時と場合を考えろ、と言ってるんだ。今は研究より花嫁が優先だろう!」

「俺は別に人間の花嫁が欲しいわけじゃない!」



 ああだこうだと言い合いを始めた男達をシェリルは白い目で見つめていた。何だか見たことのある光景だと思い、ふっと村にいた頃の事を思い出す。そして目の前の光景が、村に住んでいるある親子の喧嘩とそっくりなことに気がついたのだ。

 正論をぶつける親と反抗期を迎え、親の言葉を聞き入れずに自分の考えだけを吐き出す息子。家々の壁が薄かったせいもあり、よく喧嘩する声が聞こえてきていた。母親を幼くして失くし、父親も仕事で忙しくしていたシェリルには経験のないことだ。


 あの時よく耳にしていた喧嘩は、折り合いをつける場所が見つからず、どんどんヒートアップしていき、徐々に何が本題だったのか聞いてる方も喧嘩している本人達もわからなくなっていくものがほとんどだった。

 ただ、はっきり言える事は、関係ないところでやられる分には、大変だなぁと聞き流せても、目の前で、それもいい歳した大人(本当の年齢を知らないが)が繰り広げていると呆れを通り越して腹がたつということだ。



「いいか。いつも言ってるけど、グレンは研究以外に関心がなさすぎるんだ。家にも帰らないし、食事も言わなきゃ取らない。食べたら食べたで好き嫌いは多いし、魔道具が完成したらその後は他人任せ。いつも所長に泣きつかれる僕の身にもなってくれ」

「……あのぉ」

「ほっといてくれて構わないといつも言ってるだろう。それに、所長からの依頼だってーー」

「あのっ!」

「「!?」」


「その話、まだ続きますか」



 シェリルの見たもの全てを凍らせるような絶対零度の視線に、グレンとジェフは静かに首を横に振った。




 しばしの沈黙が部屋を包む。

 昨日突然アクリムニアに連れてこられ、生贄ではなく人間の花嫁だなんだと言われ、ジェフ曰く自分一人では生活できない場所へと放置されていたシェリルは、この後どう動くべきなのかわからない。というか、自分の置かれている立場すらはっきりとわかっていない。だからこの沈黙も打開できないのだ。


 何とかしてくれー、という想いを込めてジェフを見る。ここでグレンを見ないあたり、シェリルがすでにグレンを当てにしていないのがよくわかる。

 シェリルの願いが通じたのかジェフが改まったように一度咳払いをし、グレンに視線を送った。



「というわけで、グレン。お前はシェリルさんを連れて買い物に行ってこい」

「……なに? なんで俺ーー」

「どうせ何も準備してないんだろう?」



 グレンの文句をさっとジェフは遮る。



「人間の花嫁は着の身着のままでやってくるんだ。準備をしておくのが迎える側の務め。まぁ、お前の実家は準備を済ませているだろうから、それを受け取りに行くのでもいいが」



 ジェフの言葉を聞いた瞬間、グレンの纏う雰囲気がざっと変わる。気怠そうな様子から一変、刺々しい、他者を受け付けないような、近寄りがたい雰囲気。それを感じ取ったシェリルは思わず身を硬くした。



「……いくぞ」

「え?」



 スッと椅子から立ち上がったグレンが突然ドアの方へと歩き出す。いきなりのことで頭が追いつかず立ち尽くしているシェリルに向かって、ドアの前で立ち止まったグレンが振り返った。



「来い」



 一言告げてそのまま部屋を出ていくグレン。



「シェリルさん、いってらっしゃい」



 笑顔で手を振るジェフを見て、はっと我に帰ったシェリルはジェフに頭を下げると、慌てて部屋を飛び出した。見失っては大変だ。なんたってシェリルはこの迷路のような廊下から一人では出られないのだから。

呆れを通り越し、『無』に近い表情をする女性に抗ってはいけない。


グレンもジェフも本能で察しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ