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この世界で生き抜くためには

半年もの期間更新を止めてしまい申し訳ありません。

少しずつ書き進めていこうと思いますので、どうぞお付き合いください。

 食べ物を焼く香ばしい匂いや色鮮やかな服が飾られた店、本屋に靴屋にお菓子屋に……小さな村で過ごしてきたシェリルにとっては考えられない光景が目の前に広がっている。



「さぁさぁ、新しい品が入ったよ! そこのお嬢さん、見ていかないかい?」



 威勢の良い商人に声をかけられたシェリルは小さく肩を揺らし愛想笑いを返すと、さささっと前を歩くジェフの背に近づいた。



「物珍しそうに見てるけど、あっちの世界はこんな感じじゃないのかい?」



 ほんのり垂れた目元を緩め振り向くジェフにシェリルは決まり悪そうな苦笑いを浮かべた。



「私の村は小さくて、商人が品物を持って売りに来てくれていましたから。でも、二度だけ行った王都はこんな感じに賑わっていたと思います」



 空腹でフラフラなところをジェフに発見されたシェリルは、研究所に行こう、と言われジェフに連れ出されていた。研究所までの道すがら、ジェフに何故あんな状態だったのか聞かれたシェリルは素直にあったことを話したのだ。まぁ、話していたらグレンの行いを思い出し腹が立ってきて、だんだんヒートアップして全てを話してしまっただけなのだが、全てを聴き終えたジェフは「大変だったね」と優しく労いの言葉をかけてくれた。

 そして、何か食べたいものはあるかな? と商店街に寄り道をしてくれたのである。本当にジェフといい、ニコラスといい、優しい人は優しいというのに、何故私の相手はあのグレンなのだろうか、とシェリルは何度も思った。



「そっかぁ。じゃあ目移りしちゃうね。そうだなぁ……あれは美味しくてお勧めだよ。魚をすり身にしてねーー」

「さ、魚!? と、共食いですか!?」

「共食いって……」



 呆れた表情を浮かべるジェフだったが、シェリルがグレンの人魚の姿を見ていたことを思い出し、何となく悟る。



「ヒレが同じだからって人魚と魚は違う生き物だよ、シェリルさん」

「え、そうなんですか?」



 たしかに人魚を食べるのは想像したくないしなぁ、とシェリルは考える。が、食べれるか食べれないかの違いではなかったらしい。



「主に食用になってる魚には魔力がないんだ。人魚は言わずもがな魔力が高いし、人魚とは違って人型になれないけど魔力がある魚だっている。ほら、食用になる動物も魔力がないだろ? って知らないかな。魔力がある動物は獣人と呼ばれてるって聞いてるよ」

「な、なるほど……」

「うーん、本当にわかったのかな?」



 正直わかったかわからないか、で聞かれるとよくわからない、とシェリルは思う。魔力が皆無に近いシェリルは、当然魔力を感知するなんて高度な技を持ってはいないし、小さい村だったためちゃんとした勉強も受けられてはいないのだ。文字や数字が読めるのは、平民にしては珍しいが父が教えられるくらいには文字や数字を理解していたからにすぎない。

 だから、魚に魔力の有り無しがあるのも知らなかったし、動物と獣人の違いも知らなかった。ただなんとなく理解できたのは、やはりこの世界は魔力のないものに冷たいということだ。魔力がないだけで食用になる。いや、魔力があると抵抗されて捕まえられないだけかもしれないが、それでも、魔力の有無はこの世界では重要なことだろう。


 そう考えると、魔力が微量、もはや皆無と言ってもいいシェリルは、何をされても文句の言えないような立場に違いない。生まれた時から決められた立場。なんて酷い世界なんだろうか。



「……さん、……リルさん、シェリルさん」

「っ!」



 ドロドロとした闇の中に落ちていきそうになっていたシェリルをジェフの声が呼び止める。慌てて顔をあげれば、心配そうにこちらを見ているジェフの橙色の瞳とかち合った。



「大丈夫?」

「ごめんなさい。大丈夫です」



 誤魔化すよう笑ったシェリルに気づいているのかいないのか。ジェフは、それならよかった、とそれ以上追求してくることはなかった。


 ジェフは優しい。グレンではなくジェフが相手だったら……と思うほどに優しい。でも、城へ連れていかれる時も混乱するシェリルをにこやかに見送るし、今だって心配しながらも深く聞いてはこないのだ。もしかしたらシェリルが人間の花嫁だから優しくしてくれるだけなのかもしれない。

 確信めいたその考えにシェリルは気づかぬふりをした。



「ささっ、何か食べよう。あれはどう? お肉に甘辛いタレがかかってて、野菜とパンにはさまってるんだ。あれもお勧めだよ」



 ジェフが指差す先からは食欲を誘う香りが漂ってくる。美味しそうだとシェリルは素直に思う。

 先ほどまで魔力のない動物に共感していたけれど、シェリルは食べないと生きてはいけない。野菜だけしか食べない、なんてそんなことはできないし、美味しいものは食べたい。そのためには先ほど考えたこともなかったことにする。



「じゃあ、ジェフさんのお勧めをいただきます」

「それじゃ、僕も買おうかな! なんだか見てたら食べたくなっちゃった」



 気づかぬふりをすること全てが悪い事じゃない。自分を守る、心を守るーーそのために考えたことをなかったことにしたっていいではないか。



「おじさん、それ三つください」

「おっ、ジェフじゃないか。まいどあり!」



 商人のおじさんから品物の入った袋を受け取ったジェフはお金を払い終えると、袋の中から一つ取り出しシェリルに渡した。



「食べながら行こっか。また空腹でフラフラされたら大変だしね」

「えっ! そんなお金ならもらってますし、払います!」

「いいのいいの。気にしないで」

「でも……」

「じゃあ、アクリムニアに来てくれたことへの歓迎の証として、ね?」

「……じゃあ、いただきます。ありがとうございます」



 シェリルが受け取ればジェフは嬉しそうに笑みを深める。だからシェリルも大袈裟に肉にかぶりついた。



「んっ! 美味しいっ!」

「あはは! ならよかった」



 濃いめのタレがしっかり肉に絡みつき、野菜とパンと一緒に食べれば程よい甘辛さが口に広がる。村にいたら絶対にありつけない代物だ。

 だからシェリルは無我夢中で食べ続けた。ジェフの笑顔が目に入らないように。

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