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本音は……

投稿が前回からかなりあいてしまい、申し訳ありません。

あと二話で完結予定です。

最後までお付き合いいただけると嬉しいです!

「そう。ついに決着したのね」

「お陰様で、なんとか気持ちを伝える事ができました」



 ペコリと頭を下げるシェリルの頭を優しく撫でるのは、赤いドレスを身に纏ったミオーネである。未だユージスト家にお世話にならなくてはいけない状態であるが、つい先日ベッドから出られるようになった孫のシェリルを見舞いに来てくれたようだ。服装を見る限り、この後行われるエレシースとのお茶会の方がメインのような気もしないでもないが、口にするべきことではない。

 何故か意気投合してしまったエレシースとミオーネは定期的にお茶会を開くようになったのだが、会場がユージスト家ということもあり、事情を知る者にとっては頭を抱えたくもなる。いや、一番抱えているのはセバストだろうことは間違いない。



「色々あったみたいだけど、丸く収まってよかったわね」



 労わりの含んだ眼差しを受け、シェリルは苦笑いを浮かべた。

 結局、シェリルが連れ去られたあの事件が公表されることはなかった。グレンが言っていた通り、残党は捕まえられたようで、リスティアの計画を手助けした男達は何らかの罰を受けたらしい。というのも、グレンは詳しい事情を教えたがらないためシェリルは知らないのだ。


 グレンなりの気遣いなのか、知る必要がないと判断されただけなのかはわからないけれど、リスティアの駒だった彼らしか知らないシェリルは、彼らが何を考えこの事件に手を貸したのか。血を重んじるという彼らはどんな想いを持っていたのか。

 守ろうとしてくれる人がいるから決して口には出さないが、本当は少しだけ知りたいと思っている。そして、城の奥にある塔に幽閉されたと聞かされたリスティアの気持ちも。


 リスティアの処遇を教えてくれたグレン曰く、王族の血は残しておかなければいけないらしい。リスティアは、第一王子であるヨハンに世継ぎが生まれなかった時のために生かされるのだ。

 今までのように夜会に出たり、友人に会ったり、着飾ったりもできず、一人っきりで生きていく。それはまるで人間の世界にいた時のシェリルのようだ。いや、良い時を知っているリスティアの方が過酷かもしれない。


 愛した人を求めたが故の結末。攫われたあの時は腹が立って仕方がなかったけれど、時間が経った今は少しだけリスティアの気持ちを考えられるくらいの心の余裕が生まれている。


 もし自分が好きな人ーーグレンと結ばれることができなかったら。目の前で別の女性と笑い合っていたら。

 きっと言葉では表せられない絶望や悲しみが襲ってくるだろうし、リスティアのように何かを犠牲にしてでも手に入れたいと思うかもしれない。以前は想像しかできなかったリスティアの気持ちも、恋を知った今では共感できる部分がいくつも浮かんできた。


 だけど、シェリルは恋を知ったからこそ思うのだ。自分の幸せよりも相手の幸せの方が大切ではないかと。そのためなら、シェリルは自らを犠牲にするという選択をするかもしれない。

 グレンが傷つく姿も悲しむ姿も見たくはない。ましてや、自分のせいで悲しませるなんて以ての外だ。綺麗事だとリスティアには切り捨てられるかもしれない。けれど、やっぱりシェリルは大切な人には笑っていてほしいし、自分のためだけじゃなく、誰かのために生きたいと思う。そうやって生きていた人をシェリルはたくさん見てきたから。




 ーーコンコン


 部屋のドアを叩くノック音でシェリルは我に返る。返事を待つこともなくドアを開け、顔をのぞかせたのはグレンだった。普段とは違い、幾分かおどおどとした表情なのは、グレンがミオーネに対して苦手意識を持っている証拠である。シェリルの祖母だから邪険にするのも躊躇われるが、呪いをかけた張本人でもあるという、グレンにとっては扱いづらい立場である事と、単にミオーネの性格が苦手だからだろう事が容易に想像できた。



「母が呼んでいます」

「あら、ありがとう。じゃあ、シェリル。ちょっと行ってくるわ」



 そう言うとミオーネはドレスを着慣れているのか危なげもなく部屋を出て行った。

 嵐が過ぎた後のような静けさが部屋中を占める。そんな空気を打ち消すように、先に動き出したのはグレンだ。ミオーネを立って見送ったシェリルをソファーに座るよう促したのである。



「まだ万全じゃないだ。座っていろ」

「あ、うん。ありがとう」



 シェリルは僅かに頬を染めながらソファーに座る。当たり前のように隣に腰を下ろすグレンを眺め、シェリルは感慨にふけた。

 気持ちを通じあわせた後、グレンの態度が変わったとシェリルは思っている。以前よりもシェリルを気遣ってくれるし、何よりも距離感が近くなった。グレンの様子はなんら変わらず、シェリルばかりがその近さに動揺しているようで若干悔しいくらいだ。


 そんな悔しさを誤魔化すように、意識して平然を装いながら、シェリルはグレンへと問いかける。



「そういえば、研究所での仕事は? もう終わったの?」

「いいや、抜けてきた。シェリルに渡すものがあったからな」

「渡すもの?」



 不思議そうな表情のシェリルの前に差し出されたのは小さな白い箱。デザインなどが施されているわけでもない、至ってシンプルな箱をグレンは手に取れと言わんばかりに突き出す。



「これ?」

「開けてみろ」



 慎重に両手で箱を受け取ったシェリルは、ゆっくりと蓋をあける。そして、中を見た瞬間、ひゅっと息を吸い込んだ。

 キラキラと自ら光を放つように輝く綺麗な小さい球体。その色はシェリルの好きな空色で、簡単にグレンを連想させた。



「もしかして、これ……」

「魔宝玉だ」



 もはやシェリルの口から漏れるのは感嘆の溜息のみだ。まるで夜空の星を摘み取ってきたかのような輝きを放つ魔宝玉は、ピアスへと加工されいる。

 その意味をユーリスから聞かされ、興味のないふりをしながらも内心では憧れていた魔宝玉のピアス。



「結構時間がかかってしまってな。ほら、つけてやる」



 グレンはシェリルの手の中にある箱からピアスを取り出すと、そっと顔にかかっている髪を耳へとかけ、シェリルの耳たぶに触れる。その優しい手つきがくすぐったくてシェリルは思わず首をすくめた。



「動くな」

「だって……」

「いいから黙ってつけさせろ」



 シェリルの耳を睨みつけるように真剣な顔をしてグレンは少し手こずりながらピアスをつける。僅に重みを増した片耳に手を添えたシェリルの口元が自然と緩んだ。



「これで私は正式なグレンの婚約者なんだね」

「まぁ今更ではあるがな。現にシェリルの身体にはもう俺の魔力が流れーー」

「もうっ! いい雰囲気をぶち壊すようなこと言わないで!」



 今までの事を思い出し、しみじみとしていたシェリルはグレンの物言いに噛み付いた。ロマンチックさをグレンに求めたりはもうしない。けれど、人魚族にとって魔宝玉を渡すという行為はある種の愛の告白、あるいは求婚と捉えてもいいはずだ。

 それなのに、このあっけらかんとしたグレンの態度。シェリルが文句を言いたくなるのも仕方がない。一方、文句を受けたグレンは呆れた眼差しをシェリルに向けていた。



「何をそんなに怒ってるんだ。まぁ、いい。もう一つの魔宝玉もつけるから、もう片方の耳もーー」

「ちょっと待って。両耳にピアスがついたら既婚者って意味になるんじゃなかった? まだ私達結婚してないよね? 結婚式とか……」

「結婚式? あぁ、神に愛を誓うとかいう晒し者になる人間世界の儀式のことか」



 ソファーの背もたれに深くもたれかかったグレンは、腕を組んで馬鹿にしたように口元を歪めた。その態度にシェリルは目尻を釣り上げる。



「そんな言い方ないでしょう。皆に祝福されながら、真っ白なドレスを着て愛を誓い合う。女の子の憧れよ」

「だが、こっちにそんなものはない。崇める神はいないし、晒し者になって喜ぶような奴は少ないからな。やるとしても、王族がお披露目するくらいだ。大抵は、魔宝玉を送り合って婚姻が成り立つ」

「……そっか。なら仕方ないよね」



 眉を下げ、シュンとシェリルは落ち込んだ様子を見せる。友人がいた訳ではないので、誰かにお祝いされるとまでは夢見ていなかったが、花嫁だけが着られる真っ白なドレスにはシェリルも憧れていた。けれど、ここは人魚の世界。我儘は言えない。

 心の中で結婚式への憧れを断ち切ったシェリルが顔を上げ視線を隣に向けると、空色の瞳を瞼で隠し、ほり深く眉間にしわを寄せ、顎に手を当てている如何にも考え事をしているといった様子のグレンがいた。今までの話の流れのどこにグレンを悩ませる事柄があったかとシェリルは疑問に思う。



「グレン?」

「ーーいか?」

「え?」



 聞き取れなかったシェリルが聞き返すと、グレンの瞼が持ち上がり空色の瞳と目が合う。その近さと逸らされることのない熱い視線にシェリルの顔が自然と赤く染まった。



「そんなにしたいか?」

「な、なにを?」

「だから結婚式だ」



 シェリルは唖然とし、口を開いたまま固まった。もしかして結婚式の事を考え込んでいたのか。そんなまさか……淡い小さな期待がシェリルの胸に芽生える。



「したいって言ったら、してくれるの?」

「……」



 グレンの眉がピクリと動いた。言葉にはしないが、嫌なのだろうことはわかる。

 シェリルは心の声を誤魔化すようにヘラリと笑った。



「うそ、うそ。しなくていいよ。どうせ私に純白のドレスは似合わないしね」



 今度ははっきりとグレンの表情が歪んだ。



「……お前は隠すのが下手くそだな。この俺でもわかるぞ」

「なにを言ーー」



 シェリルの言葉はグレンに両頬を掴まれたことで止まった。ぐっと引っ張られシェリルの頬が横へと伸びる。



「ちゃんと言え。言いたい事を飲み込むな」

「っ!」

「お前は感情が高ぶった時しか本音を言わないから。本当はどうしたい?」



 シェリルの頬を掴んでいたグレンの手は、いつの間にか優しく頬を包み込んでいる。そのグレンから与えられるぬくもりと言葉に、シェリルの胸はぎゅっと締め付けられた。


 やっぱりグレンには敵わないとシェリルは思う。深く考えていないのかもしれないけれど、グレンはシェリルを甘やかすのが上手い気がしてならないのだ。

 シェリルは他人にどう甘えればいいのかわからない。それは、親に甘えられる環境ではなかったし、友人もいなかったからだ。だけど、シェリルはそれが不幸な事だったと今は全く思わない。


 なぜなら、苦境に立たされる原因となった魔力量がグレンと出会うきっかけとなったから。

 不器用で頑固で、時々口や態度が悪いけれど、甘え下手なシェリルを無自覚にも甘やかしてくれて、そばにいたいと思わせてくれる。そしてなにより、シェリルをシェリルとしてちゃんと見てくれる。そんな存在と出会うことができた。



「グレン、私……私ねーー」



 シェリルの願いを聞いた時、グレンは口をぐっと結んだ。けれどそれも一瞬で、取り繕ったような無表情で「そうか」とだけ言った。

 その態度が可笑しくて、愛おしくて……シェリルは思わず吹き出して笑ったのだった。

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