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人魚の国での生活、一日目

 グレンへの飛び蹴りが華麗に決まった後、何とか痛みから立ち直ったグレンに「じゃじゃ馬女っ!」やら何やらブツブツ文句を言われつつ、シェリルは再び歩き出したグレンの後について行く。

 賑わいを見せる街にいる人達は皆、見た目が人間と変わらず、ここが今まで住んでいた所と変わらない気さえしてくる。だが、全員が人魚なのだと思うと、シェリルは何とも言えない気持ちになった。


 もう人間の世界に戻ることはできず、ここで生活しなくてはいけない。


 突如として突きつけられた現実に頭は何とかついていくものの、気持ちが追いついてくれない。それでも、こんな所でグチグチ悩んでいても、自分で解決できる事ではないことも確かなのだ。

 生きるためには順応しなくてはいけない。それは、小さな村で肩身の狭い思いをしながら生きてきたシェリルが学んだことの一つである。



「ここだ」



 突然立ち止まったグレンにぶつかりそうになるのを何とか阻止し、グレンの背後から顔をのぞかせる。シェリルの目に飛び込んできたのは、立派な青い屋根の建物だった。

 自分が住んでいた家の三倍以上、村一番の村長の家と比べても大きさの違いは歴然で、貴族の屋敷など見たことのないシェリルは、これは貴族の家なのではと考える。また、地位の高い者と顔を合わせなければいけないのかと思うだけでシェリルは気が滅入った。


 しかし、そんなシェリルの心配に気づく様子もなくグレンは建物に向かって歩き出す。玄関の扉を開けた後も家の主に声をかけることもなく、ずかずかと建物の中に入っていく。

 さすがにそれはまずいだろう、と慌てたのはシェリルだ。



「ちょ、ちょっと! そんな勝手に入ったら駄目でしょう!?」



 シェリルの言葉を受け、立ち止まったグレンは振り向きざまにため息を一つ漏らし、呆れた視線をシェリルに向けた。



「自分の家に勝手もクソもあるか」

「は? ……自分の家?」



 言われてみれば、出迎えにくる使用人の姿もなく、貴族の屋敷ではない事がわかる。建物の中にシェリルとグレン以外の人の気配もない。



「まさか……こんな広い家に一人で住んでるの?」



 信じられないといった表情のシェリルに反応する気もなくなったのか、グレンは無言で部屋の扉を開けた。その部屋の中の光景を見た瞬間、シェリルは絶句した。



「な! 汚すぎない!?」



 そこは居間のようなスペースなのだろうが、足の踏み場もない程に物が散らかっているうえ、埃っぽい。思わず手で口と鼻を覆う。



「まぁ、家は勝手にしてくれ。あぁ、二階の奥の部屋には近づくな。それ以外は好きに使ってくれて構わない。金は置いておく。じゃ、俺は研究の続きがあるから」



 それだけ言うとグレンはあっという間に家から出て行った。

 なぜ引き止めなかったのかって? あまりの衝撃にフリーズしていたからだ。シェリルが我に返った時には、すでにグレンの姿はなかった。



「好きにってどうすればいいのよ!!」



 堪らず叫んだシェリルの声は虚しく人気のない部屋に響いた。


 その後の事を一言で表すとすれば『悲惨』という言葉が当てはまるだろう。

 まずは家の中を見てみようと、シェリルは扉という扉を全て開けた。一階は居間に食事をする場所、台所、浴室、トイレ、あとは使用人が使うような小さな部屋があり、二階にはベッドのある部屋が三室あった。一つはとても広い部屋だったので、夫婦が使う部屋だろう。あとは客室か子供部屋か。もちろん開けるなと言われた奥の部屋は開けていない。まぁ、少し探索しただけでも大きな家である事はわかった。


 シェリルは二階の客室の一つを寝室に使おうと決め、掃除道具を探し始める。別に汚れていても寝られればいいのだが、長く使われていないのか埃っぽいので軽く掃除をしようと考えたのだ。またも色んな扉を開けては閉め、開けては閉め、やっと掃除道具を発見。それだけでとても疲れた。

 窓を開けて換気をし、箒で床をはく。新しいシーツを発見したので後でベッドのシーツを変えようと決めて、シェリルはまず拭き掃除をしようと台所に向かった。


 ここはシェリルの住んでいた村のように井戸の水を汲む訳ではないらしい。探索中、庭にも出てみたが井戸はなかったし、この家に来るまでの道のりにもなかった。しかし、台所に水は必須。きっと台所に水があるだろう、そう考えたのだがーーーーシェリルは大きな壁にぶち当たった。



「え? これどうやって使うの?」



 台所にある窪み、その上には筒状の突起が壁についている。隣には釜戸をもっと小さくしたようなものが三つほど並んでおり、これは多分火が使えるのだろうとシェリルは推測していた。

 だが、肝心な台所の使い方がわからないのだ。全く見たことのない代物にシェリルは困惑した。



「ま、まさか……これも全て魔法で動くとか言わないよね? 私、魔力皆無だから魔法なんて使えないよ? え? そんな事ないよね? そんなところに放置するとかあり得ないよね?」



 もはや誰に問いかけているのかもわからない。そんなことがあってはいけないと自分に言い聞かせているようでもあった。だが、現実はシェリルに厳しかった。このままでは掃除どころか、ご飯にもありつけそうにない。

 シェリルはふっとテーブルに置かれたお金の入っている袋に視線を向ける。しかし、すぐに首を振った。



「いや、何も知らない人魚の街に買い物なんて行けないから……無理だから……」



 途方にくれるとはこういうことだろう、とシェリルはしみじみ思う。


 生きるためには順応しなくてはいけない、だって? いやいや、順応以前に全く身動き取れないよ!




 結局、シェリルはご飯を食べることもできず、散らかり放題の居間を片付ける気力も湧くことなく、そのまま埃まみれの寝室で一夜を過ごした。


 次の日、グレンとシェリルは上手くやっているのかと心配になり様子を見に来たジェフが、空腹で幽霊のようにヨタヨタ廊下を歩いていたシェリルを見て悲鳴をあげたとか、あげていないとか。

 どちらにしろ、旦那になるはずの男ではなく、ジェフに助けられたのは言うまでもない。

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