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何度もあなたの名を

「あらあら、しぶといわね」



 微笑みをたたえたリスティアは、舞を踊るような優雅さで両手の平を上へと向ける。ブツブツと聞き取れない程小さな声で呪文を唱えると、幾多もの光の玉が神々しい光を放ち現れた。

 シェリルはその光景を虚ろな眼差しで見つめる。もうすでに何度も見ている光景だった。あの玉はリスティアの手を離れ、様々な動きをしながらシェリルに向かってくるのだ。



「……うぐっ」



 逃げようと足を動かした瞬間、シェリルの口から堪えきれず声が漏れる。

 リスティアは一度で仕留めようとはせず、じわりじわりと痛みを感じて苦しめと言わんばかりにシェリルの身体に光の玉をぶつけてきた。熱を帯びたその玉は、シェリルの身体に火傷の跡と痛みを残し、玉から逃げるために走り続けたシェリルの体力をも奪っていく。



「もうそろそろ終わりかしら」

「ぐはっ!」



 足がもつれ、床に倒れ込んだシェリルにも容赦無く光の玉が襲いかかる。どんなにシェリルが悲痛な声を上げてもリスティアの笑みは崩れない。男達の表情すら変わらず、シェリルは得体の知れない恐ろしい生き物を見ている気分になった。


 刻一刻と現実味を増していく死への恐怖が絡みついて解けない。どんなに足掻いても襲ってくるのは絶望だけだ。



「グレンの事はわたくしに任せて貴女は……消えなさい」



 シェリルに向けて手を突き出したリスティアの姿がぼやける。


 悔しくてたまらない。こんなところで死にたくなんてないし、リスティアになんて任せたくない。グレンに気持ちだって伝えてない。

 色々な想いがぐちゃぐちゃと入り混じり、シェリルは目尻の雫を誤魔化すようにぐっと目を瞑った。



「……グレン」



 掠れた小さな声が震える。もう会えないのだと思えば思うほど、グレンが恋しくてたまらなくなる。



「さようなら」



 リスティアの言葉を受けたシェリルは瞼に力を込め、襲ってくるだろう痛みに耐えようと身構えた。



 ーーバゴッ! ガタガタガサ……


 凄まじい破壊音の後、岩が崩れ落ちるような音が部屋に響き渡る。それはシェリルの耳にも確かに届いた。



「なっーーどういうことなの!?」



 リスティアのヒステリックな叫びでシェリルはゆっくり瞼を持ち上げる。視界に映ったリスティアが薄っすらと青みがかって見え、シェリルは大きく目を見開いた。



「これって…………グレン?」



 己を包む薄い膜の球体。見間違えるはずもない。これは間違いなくグレンの作る防御膜である。

 シェリルは慌てて周りを見回す。しかし、見えるのは度重なるリスティアの攻撃によってダメージを受け崩壊した壁と男たちに詰め寄るリスティアだけだ。シェリルの探し求める人物の姿は見つけられない。



「まさかもう見つかったと言うの? まだあの女を消していないというのに。これはどういうこと! このままじゃ計画がーー」



 ーードバゴォオオン!!


 リスティアの言葉は凄まじい爆発音によって掻き消された。天井からパラパラと砂が落ちてくる。部屋の外で何かが起こっているようだ。

 シェリルは思わず叫ぶ。



「グレン! 私はここよ! グレンッ!」

「煩いわよ!」



 リスティアがシェリルに放った魔術は全て防御膜に跳ね返される。それを見たリスティアは表情を歪めると男の持っていた剣を奪い取り、シェリルに向かって駆け出した。



「貴女が消えればグレンはわたくしのものなの!」



 防御膜は魔術も物理的攻撃も跳ね返す。だが、大きな力が何度もかかれば膜が砕け散ってしまう代物だ。大抵は本人が防御膜を張るので、消えた瞬間にすぐ貼り直せばよいのだが、シェリルの場合はそれができない。

 すでに逃げる力を失い倒れ込んでいるシェリルにリスティアの攻撃を交わす術はなく、魔力によって打撃力を上げた剣が振り下ろされる度に小さな音を立て膜にヒビが入っていく。ただひたすらシェリルに向かって憎悪をぶつけるリスティアからは、女神のような微笑みを浮かべる王女の姿を見つける事はできなかった。



「消えなさーーきゃぁぁああ!」



 思い切り振り上げた剣ごとリスティアの身体が横へと吹き飛ばされた。突然視界からリスティアが消え、唖然としていたシェリルの耳にずっと求めていた声が届く。



「シェリル!」



 今まで聞いたことのない、焦りの滲む切羽詰ったような声だったが、たしかにそれはグレンの声だった。

 シェリルは必死に視線を巡らせ姿を探す。どうしてもグレンの姿が見たかった。見て、安心したかった。



「ど、こ?」



 どうしてだろうか。次第に瞼が重くなっていく。シェリルは懸命に抗うが、身体が自分のものではないかのように言う事を聞いてくれなかった。



「グ、レ……」



 もはや喉を震わせる力も残っていない。シェリルの意識が段々と闇の中へ落ちていく。不思議と恐怖は感じない。意識が途切れる間際、シェリルは再び自分の名を呼ぶ声を聞いた気がした。

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