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穏やかな日常

 会議に乗り込んだあの日から数日が経った。今、シェリルとグレンは研究所ではなくグレンの家で生活している。とは言っても、昼間はグレンが研究所で仕事をするため寝起きしているという方が正しいかもしれない。なぜならグレンはシェリルも研究所に連れて行くからだ。

 朝起きて朝食を取り、二人で研究所へ向かう。グレンが仕事の間は今までと変わらず、昼食は研究所の台所で作る。夕方になると研究を切り上げたグレンと帰宅する。


 あの研究馬鹿なグレンが切り上げるだと! と驚くことなかれ。グレンは帰宅すると早々、庭に作った魔術訓練用の空間に家庭教師と籠るのだ。グレンが研究所を出て家で過ごすようになった理由がこれである。

 研究所は関係者以外の立ち入りが厳しい。そのため家庭教師を研究所内に入れることができないのだ。はやく魔術を習得したいグレンが考え抜いた結果、庭に魔術訓練のできる場所を作ってしまった。もはや研究馬鹿ではなく、魔術オタクである。付き合わされる家庭教師にシェリルは若干同情気味だ。



「ねぇ、研究所に私が行く必要ある? 掃除とか色々昼間にしたいんだけど」



 いつものように研究所から帰宅し、魔術の訓練に向かおうとしていたグレンにシェリルは今までずっと思っていたことを口にした。

 グレンの家で過ごすようになれば自ずと出てくる問題。それは、家事をするシェリルまでもが研究所に同伴するため家事が滞るということだ。グレンが以前作ったお掃除用の魔道具は大活躍してくれていて、部屋の汚れはあまり目立たないが、家事は掃除だけじゃないし、昼間という時間は非常に貴重である。


 シェリルの申し出にグレンはピクリと眉を動かした。何かを思案するように胸の前で腕を組むグレンの様子をシェリルは黙って見つめ返す。



「家事……したいか?」

「私ができる事ってそれくらいだし」



 シェリルはただの村娘だ。父が生きていた時は家事全般をこなし、一人になってからは村の伝統的模様を入れた布を織って、辛うじて生きていける量のお金を貰っていたくらいである。

 そんなシェリルにできる事は限られており、グレンのためになる事など尚更少ない。養われるだけの立場になったことがないシェリルには、何もしないという選択自体がないのだ。



「人を雇うか」

「そ、それは……」



 シェリルはグレンの実家を思い出し、なんとも言えない表情を浮かべた。多くの使用人達がいて、基本的に自分で動くことはなく、身だしなみを整える時も風呂に入る時も、一人でできることも全て人の手を借りる。

 グレンは以前、掃除用の魔道具を作れば仕事が減ると言っていたが、あそこまで全てを誰かに任せるという習慣がシェリルにはないため気後れしてしまった。それに、他人がたくさん家を出入りするのは落ち着かない気がする。


 シェリルの様子をジッと観察していたグレンは、ふーっと長く息を吐き出すと「わかった」と小さく頷いた。



「じゃあ、四日……いや三日、時間をくれ」

「それはいいけど、なにを」

「まぁ、待ってろ」



 そう言うとグレンは腕まくりをしそうな勢いで庭へと消えていった。庭先から、グレンを待っていたのだろう家庭教師の泣き声にも似た悲痛な叫び声が聞こえてきたが、シェリルにはグレンの考えが全くわからなかった。




 その答えがわかったのはグレンの宣言通り、三日後のことだった。グレンはその日からシェリルは研究所について来なくていいと言ったのである。そして、シェリルが家にいる日中は他者が入り込めぬよう結界を張るから、敷地内からは出ないようにと強い口調で約束までとりつけた。

 結果として、人は雇わず、家で家事をしたいというシェリルの願いは叶えられた。家庭教師が半泣き状態だったのを見ると、かなり無理をして結界の魔術を習得したようだ。


 シェリルの表情筋がだらしなく緩むのは仕方のないことであろう。グレンの中の優先順位が一番であるのは魔道具や魔術で違いない。けれど、シェリルの位置付けが以前と変わった事がシェリルにも伝わってくる。



「それじゃあ、行ってくる」

「あっ、お弁当忘れてるよ!」

「あぁ、悪い。いいか、知ってる人でも家には入れるなよ」

「わかってるってば」

「ならいい。行ってくる」

「いってらっしゃーい」



 元気よく手を振り研究所に向かうグレンを見送ったシェリルは、玄関の扉にしっかりと鍵をかけ満足気に頷く。

 家で留守番をするようになってから毎日のように繰り返される会話にもやっと慣れてきた。外食を好まなくなったグレンのために昼用のお弁当を作るのも今ではシェリルの新たな仕事だ。そして、未だに忘れるグレンへお弁当を手渡すのも。


 グレンはシェリルが留守番をすることに何か言ってくることはないけれど、過保護ではと思えるくらい小言が増えた気がする。今までとの差がありすぎて戸惑う事は多々あるが、それは贅沢な悩みなのだろう。そこはシェリルが慣れるしかない。


 シェリルは鼻歌交じりに朝食の後片付けをこなしながら、研究室の散らかり具合は大丈夫かな、とさっき別れたばかりのグレンのことを想うのだった。

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