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花嫁の役割

 ユーリスとニコラスに会った後、三人を呼びに来た制服姿の男(シェリルはこの時初めて彼らが役人だと知った)に連れられて重厚感のある大きな扉の前にたどり着く。そこにはすでにグレンが立っていた。


 グレンは最初に見たヨレヨレの服装ではなく、ニコラスと同じ貴族のような装いになっていて、銀色の髪も綺麗に整えられている。相変わらず表情は不機嫌そうだが。

 軽く挨拶を交わしているグレンとニコラスを見ると、二人は友人のようで、整った顔立ちの男が並ぶ光景はやはり迫力があるな、とシェリルはジェフと会った時と同じ感想を抱いた。



 中心にシェリルとユーリス、その両脇をグレンとニコラスが挟むように立つと、扉が開かれる。広い部屋の奥には豪華な椅子が四脚あり、部屋の片側の壁には数人の男達が立っている。その重々しい空気にシェリルはすでに飲み込まれそうだ。思わず隣にいるグレンに視線を移せば、彼は何とも思っていないのか表情一つ変わっていない。


 部屋の中央まで誘導されると、両膝をつくよう指示される。シェリルは言われるがままに膝をつき、両腕を胸の前で組むと頭を下げるように顔を伏せた。

 そんなシェリル達の前に現れたのはアクリムニアの国王オベリス、王妃リリアル、王女リスティア、王子ヨハン。四人が椅子に腰掛けると、オベリスが立つよう優しく声をかけた。



「そなた達が今回の花嫁であるな。アクリムニアは二人を歓迎するぞ。して、そなた達の名前を教えてくれるか?」

「ユーリスと申します」

「シェ、シェリルと申します」



 雰囲気にのまれていたシェリルは、ユーリスの声で我にかえると咄嗟に名乗る。二人の回答に満足したのか、オベリスは「うむ」と頷いた。初めて見る王族の威厳ある姿にシェリルは縮こまる。



「グレン・ユージスト、ニコラス・ジェライド。よくぞ無事に花嫁を連れてきてくれた」

「「はっ」」

「人魚族の将来を担うだろう子に出会えることを楽しみにしているぞ」



 オベリスの言葉に思わずシェリルは顔を上げる。

 いくらなんでも気が早すぎるのではないか。昨日の今日でもう子供の話なのか。シェリルは喉まで出かけた言葉を慌てて飲み飲んだ。



「ユーリス嬢、シェリル嬢よ。突然の事で驚いておるかもしれないが、アクリムニア、いや、人魚族にとって人間の花嫁はとても貴重な存在なのだ。だから、そなた達に害をなす者を我らは許さぬ。何かあれば言うのだぞ」



 言葉を挟んでいいものかわからないシェリルとユーリスは頭を下げ感謝の意を伝える。そんな二人に優しげな眼差しを向けるのは王妃リリアルだ。



「そんなに固くならなくて大丈夫よ。私達人魚族はね、魔力が高ければ高い程、子供が産まれないの。特に魔力の高い者同士ではほぼ産まれない。だから王は貴方達に期待しているのだけど、焦ることはないのよ。人魚の寿命は人間よりも長いわ。貴女達もパートナーの影響で少し寿命が伸びる。時間はたくさんあるのだから肩の力を抜いてちょうだいね」



 リリアルは何故人間の花嫁が貴重なのかということを補足してくれたのだろう。それはもう大変わかりやすかった。ニコラスの言っていた魔力が高い者が魔力のほとんどない人間を必要としている訳。魔力量は遺伝だ。すなわち、少しでも魔力の高い子孫を残すためには産まれる確率を上げなくてはいけないということ。


 シェリルはありえない理由に意識が遠のいていきそうになった。


 自分はあの男(グレン)の子供を産むために生贄にされたのか。

 パートナーの影響とはなんだ。

 それよりも、そんな貴重な花嫁を手に入れられるグレンとは何者なのか。


 その後も色々な人のお言葉を頂戴したが、シェリルは考える気にもならず意識を遥か彼方に置き去りにしたまま謁見の時間は過ぎていった。

 だからシェリルは気づかなかったのだ。自分に向けられる幾つかの鋭い視線に。





「それじゃあシェリル。また会いましょう」

「うん、絶対会おう。何かあったら言ってね」



 城の玄関ホールで手を取り合う二人の女性。ユーリスは満面の笑みを浮かべているが、対称的にシェリルの顔は不安で曇っている。



「シェリルこそ、何か困った事があったら言ってね」

「ユーリスは何でそんなに落ち着いていられるの?」

「そうだなぁ。なるようにしかならないから、かな」



 ユーリスの言葉にシェリルは肩を落とす。ユーリスに聞いた自分が馬鹿だった。



「それに、ニコラスさんは優しいし、いい人だから」



 思わずシェリルは少し離れたところで言葉を交わしているグレンとニコラスに視線を移す。


 何処か怠そうに姿勢を崩しているグレンと姿勢の良いニコラス。

 拾ったシェリルを放置したグレンとユーリスに対して紳士的でしっかり説明までしてくれるニコラス。

 何か説教されているグレンと説教しているニコラス。



「……なんて正反対なの」



 シェリルは盛大なため息を吐き、ユーリスは心配気にシェリルを見つめる。

 そんな二人の元に話が終わったのかニコラスがやってきた。



「そろそろ帰ろうか、ユーリス」

「わかりました」

「それでは、またお会いしましょう、シェリル嬢」

「あ、はい」



 そのままニコラスのエスコートを受けてユーリスは去っていった。

 自分も帰らないと、そう思ったシェリルはグレンが先ほど立っていた場所へと目を向け……固まった。そこにグレンの姿がなかったのである。



「は? あいつどこ行ったの?」



 シェリルが今頼れるのはグレンしかいないのだ。こんな所に一人取り残されては、どうしてよいかわからない。

 慌てて辺りを探したシェリルは玄関を出て、城の門を潜ろうとしているグレンの後ろ姿を発見する。


 城の敷地内を女性が走り抜ける、そんな光景があって良いはずはない。しかし、シェリルは貴族として育ってきた訳ではなく、庶民として育ってきたのだ。マナーとしては悪いだろうとわかっていても、焦りから走り出す本能はどうしようもできない。

 こうして、城の玄関を飛び出し、全速力で花壇に囲まれた門までの道を走り抜ける女性、というあってはならない光景が出来上がったのである。



「あんた……」

「は?」

「何置いてってんのよぉぉおおお!」

「ぐわぁあああ!」



 怒りに震えるシェリルの声に振り返ったグレンが、飛び蹴りを食らうというおまけ付きで。

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