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集結

 ニコラスの好意で魔導四輪に乗せてもらったシェリルとグレンは、ヨレヨレな服を着替えるために一度研究所に向かった。出迎えてくれたジェフは二人の様子でうまくいった事を悟り、安堵の笑みを浮かべる。シェリルが心配をかけたことへの謝罪と感謝を述べれば、いつもと変わらない優しい言葉をかけてくれて、シェリルは戻ってきたことを実感した。


 グレンの着替えが済んだ頃、研究所前にユージスト家の魔導四輪が到着したと連絡が届き、シェリルとグレンはそれに乗ってユージスト家に向かう。険しい表情のまま一言も話さないグレンが何を考えているのかシェリルにはわからない。けれど、話しかけてはいけない気がしてシェリルはそっと視線を窓の外へと移した。



「到着致しました」



 外から声がかけられると同時に開かれたドア。その先には一度だけ訪れた大きなユージスト家の屋敷が威圧的な存在感を放ち建っている。



「行くか」



 言葉と共に差し出された手にシェリルは驚き、グレンの顔と手を何度も往復して見つめ返した。



「どうした。行かないのか?」



 珍獣を見つけたかのような目になったグレンの様子に気づき、咄嗟に首を横に振ったシェリルは恐る恐る手を伸ばす。グレンは奪い去るようにシェリルの手を取ると、ぐっと勢いよく手を引いた。引っ張れる形で席を立ったシェリルをグレンは倒れないように抱き支える。その間、グレンの表情に変化はなかった。

 一方、シェリルの心臓は破裂寸前だった。先ほどまで心を占めていた不安はあっという間に吹っ飛び、グレンが触れる場所から感じる熱がじわじわと全身を侵食していく。



「え、あ、あの……」

「面倒な事はさっさと終わらせるぞ」

「う、うん」



 真っ赤に染まっているだろう顔を隠すように伏せ、シェリルはグレンに誘導されるがまま魔導四輪から降り、屋敷の中へと足を進める。出迎えてくれた使用人達に挨拶をし、部屋へと案内されていると、先ほどまで自分達がいた玄関先が何やら騒がしくなった。覗き見れば、セバストが帰宅したところらしい。すっとグレンの纏う空気の温度が下がるのをシェリルは感じた。


 シェリルとグレンに気がついたセバストが後ろで結んだ長い髪を靡かせながら柔らかい笑みを浮かべ近づいて来る。最初の頃ならば騙されていたかもしれない甘い笑みも、色々と知ってしまったため胡散臭くしか見えない。



「二人もちょうど着いたところか。間に合ってよかった」

「お邪魔いたします」



 頭を下げ挨拶をしたシェリルとは打って変わり、グレンは表情を動かす事もなくセバストを見ようともしない。グレンの様子にセバストは苦笑いを見せた。まぁ、これはいつものことなのだろう。


 セバストの後をついて行くようにして向かったのは屋敷奥にある談話室だ。大きな二枚扉の前でシェリルは小さく息を吐いた。この後起こるだろうピリピリとした親子の会話を思うと胃がキリキリと痛みだす。

 付き従っていた執事が重々しい扉をゆっくり開ける。漏れ出た光で目を細めたシェリルは、なかなか部屋の中へと入っていかないセバストを不思議に思った。グレンも同じだったのか、セバストを見る目に剣が増す。



「どう、して」



 セバストの口から漏れた声には混乱と動揺が見え隠れする。背の高いセバストに阻まれ、部屋の中で何が起こっているのかわからないシェリルの耳につい数時間前に聞いていた妖艶な声が届いた。



「あら、久しぶりの再会の一言目がそれなのかしら?」



 行儀が悪いとわかりながらも、思わずシェリルはセバストの背後から部屋の中を覗き込み、大きく目を見開いた。



「おかえり、シェリル」



 そこには上機嫌で手を振るミオーネの姿があった。それも優雅に椅子に腰をかけるミオーネの向かい側にはエレシースがいるのである。まるで楽しいお茶会の一幕とでもいうような光景にシェリルは頭を抱えたくなった。



「さぁ、みんなでお茶しましょう?」



 恐ろしいお誘いにシェリルは救いを求めるようにグレンを見たが、グレンも心底面倒臭いといった様子で顔を歪めている。

 セバストが僅かに後ずさったのを見逃さず、エレシースは見惚れるような完璧な微笑みをたたえ、セバストを呼ぶ。



「旦那様、こちらにお座りになって?」

「お菓子を作ってきましたの。よろしければお召し上がりになって?」

「まぁ! ミオーネ様の手作りですの? 嬉しいですわぁ。そうだわ、昨日珍しい茶葉を頂きましたの。よろしければいかがですか?」

「それは素敵。頂きますわ」



 ミオーネとエレシースの会話を聞いて気が遠くなったのはシェリルだけではないだろう。セバストにとっては地獄のような光景に違いない。

 妻と愛人にしようとした女性が自分の屋敷の中で向かい合って笑いあっている。しかも、ミオーネとエレシースはお互いがどのような立場だったのか知っているはずである。



「……帰りたい」



 グレンの呟きにシェリルは思わず頷いた。何故かグレンとシェリルを呼び出したはずのセバストも頷いていたが、見なかったことにする。



「早くなさって。グレン、旦那様を押してきてちょうだい」



 それはお前も早く入ってこいと言っているに他ならない。グレンは諦めたのか重いため息を溢すと、不満を隠しもしないでセバストの背を力任せに押し始めた。

 セバストは悪くないとシェリルは思わないし、ミオーネやグレンから聞かされた内容を踏まえると嫌悪感を向けられても仕方がないとも思う。けれど、今の状況には少しだけ同情してしまった。



「……頑張ってください」

「ははははははーー」



 シェリルが大きな背に声をかけると、乾いた情けない笑いが返ってきたのだった。

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