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相応しいか、否か

 静まり返る室内に異様な程響く靴音。怯えも緊張も感じさせない規則正しい音と、早まったり遅くなったりと落ち着きがない音がひどく耳に響いた。

 開いた扉から進み出てきたのは、気休め程度に整えられた銀髪に所々汚れたり破けた跡の残る服という到底登城するには相応しくない格好のグレンと、綺麗に結い上げた黒髪に真新しいワンピースというグレンとは正反対の格好をしたシェリルであった。


 円卓近くまでやって来た二人は両陛下に向けてこうべをたれる。周りからは厳しい視線が二人に注がれていた。



「グレン・ユージスト。そなたのその格好はどうした。それに、会議室に直接やって来るとは些か勝手が過ぎるとは思わんか」

「この様な格好で参りましたことは謝罪致します。誠に申し訳ございません。しかし、今日開かれる会議は私共に関わる事だと耳にいたしました故、誤解を解こうと急ぎ駆けつけた次第でございます」



 頭を下げているため表情は見えないが、グレンの淡々とした口調に周りで聞いていた者達は顔を歪めた。表情が変わらなかったのは、ニコラス、メルビス、ヨハンだけで、オベリスに至っては、ほぉと面白がっているようにさえ見える。



「誤解か。わかっておるようだが、そなたが人間の花嫁の貰い手として相応しくないという申し出を受け、今、会議が開かれておる。そなたは人間の花嫁であるシェリル嬢とうまくいっていないそうではないか。食事まで作らせておると聞いたぞ」

「はい。彼女の料理はどれも美味しいです」



 グレンの回答に会議室内の時が止まる。唯一動けていたのは、頭を下げたままの姿勢でグレンの腰に一撃を食らわせたシェリルだけであった。



「いたっ……何するんだ」

「それはこっちの台詞。何言ってるのよ」

「聞かれたことに答えただけだ」

「聞かれた内容に合ってない」



 オベリスからの返答がないのをいい事に、不敬にも小声で言い合っていたグレンとシェリルの様子で我に返ったオベリスは、大きな咳払いと共に表情を引き締めた。



「……グ、グレン。そなたは貴重な人間の花嫁に食事を作らせるということに何も感じないのか?」

「どういうことでしょうか。彼女は料理が嫌いではないようですし、最近は私も料理を運んだりなど手伝いをしております。彼女がやめたいと言えば人を雇う事を考えますが、言われない限りは彼女の料理を食べたいと考えております」



 オベリスは何から突っ込めばいいのかわからず頭を抱えた。シェリルに労働をさせている事を叱ればいいのか、研究馬鹿のグレンが食事の用意を手伝っている事に驚けばいいのか。はたまた、シェリルの意思を尊重する気がある事を褒めるべきなのか。



「はははっーー、十分大切に想っているようではありませんか、父上?」



 唖然とした空気を震わせたのはヨハンの笑い声であった。ヨハンの表情は年相応の楽しげなもので、それに吊られたのかリリアルの顔からも僅かに険しさが抜ける。



「なぁ、グレン殿。一つ聞いてもいいかい?」

「なんでしょうか、ヨハン殿下」

「貴方にとってシェリル嬢はどんな存在? 大切な存在、とか?」



 ヨハンの質問にグレンは暫し考えるような仕草を見せた。回答によってはグレンとシェリルの未来が変わる。周りの者達は固唾を飲んでグレンの答えを待った。


 すっとグレンが目線をシェリルに向ける。視線を感じたのかシェリルも顔を上げ、二人の視線が絡み合った。それは本当に一瞬で、誰もが見逃したことだろう。だが、ヨハンにはしっかり見えていた。



「……興味の尽きない存在です」



 グレンの言葉を受け、ニコラスとメルビスはあり得ないものを見たような表情を浮かべる。



「なるほど」



 まるで研究対象とでもいうような発言に一部の大人は非難の目をグレンに送っていた。けれど、ヨハンは満足気に頷くと、口元を緩める。ヨハンには答えなど聞かなくてもグレンの気持ちが伝わっていた。

 グレンのシェリルを見る優しい眼差しをヨハンは暫く忘れられないだろう。常に感情のない目をしていたグレンの青い瞳に息を吹き込んだシェリルは、きっと素晴らしい女性に違いない。


 ヨハンは跡が残りそうな程強く手を握りしめ、テーブルの一点を睨みつけているリスティアを盗み見て、小さく息を吐いたのだった。




「陛下。恐れながら、グレン殿の問題は二人の仲だけではありません」



 僅かに焦りの色が見え隠れするドレイン家当主の声に同調し、皆が大きく頷いてオベリスに訴えかける。しかし、その訴えに返答したのはオベリスではなく、グレンであった。



「それは呪いの事でしょうか?」

「そ、そうだ。もし子供にその呪いが遺伝すれば、人間の花嫁を貰い受ける意味がなくなる!」

「それならば問題ありません」



 そう言うと、グレンは手の平を上に向けたまま前に突き出し目を瞑りだす。その光景をシェリルは静かに見つめていたが、部屋にいた人魚達はすぐにグレンの異変に気がつき騒めき始めた。


 グレンを中心にグラグラと揺れる空気の中に含まれた魔力が次々とグレンの体内に引き込まれていく。魔力量は魔力を使える量であり、身体に蓄えられる魔力の量でもある。

 生物は体内に魔力がなければ死んでしまうため、ある程度生活できる分の魔力を体内に貯蓄させていて、グレンはその量が人魚族の中で一番多かった。しかし、今のグレンの体内には普段以上の魔力が吸収されていっている。



「……まさか」



 それは誰の呟きか。しかし、誰もが同じ思いに駆られていた。ビシビシと肌を刺激する魔力を感じ、表情が強張っていく。平然としているシェリルは魔力が皆無で感じられないからだろう。それが心底羨ましく思える程に禍々しい雰囲気が漂い始めていた。



「グレン、何をしている! やめろ!」



 セルベトが止めに入るがグレンは聞こえないのか全く反応を示さない。皆が次第にグレンの思惑に気付き始め、顔色を失っていく。逃げようにもグレンが入り口近くにいるので無理な状況だった。



「陛下方をお守りしろっ!」



 ニコラスの怒号に近い指示を受けて騎士達が足を踏み出したすぐ後、部屋中に爆発音が響き渡る。凄まじい爆風が辺りを襲い、会議室内に人々の悲鳴が広がった。

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