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当事者不在の会議室

 タイル張りの広い部屋の中央に設置された大きな丸いテーブルを囲む十二の影。椅子に腰掛けた九人と背後に立つ三人以外は護衛の騎士しかいないその空間はピリピリと張りつめていた。



「それで、そなたらはグレン・ユージストが人間の花嫁の貰い手として相応しくないと言うのだな」



 ざっと視線を巡らせながら重々しい口調で声を発したのはこの国で一番地位の高い人物、オベリス国王である。若干疲れた様子を見せるオベリスへ隣に座るリリアル王妃は労りの眼差しを送り、リリアルと反対側の隣に座っている第一王子のヨハンは、この場で一番幼いながら見極めるかのような眼差しを臣下達に向けていた。



「恐れながら、グレン・ユージスト殿は魔力はあれど、魔術はほぼ使えません。それが呪いのせいだということは周知の事実。子が生まれて、もしその呪いまでもが子に遺伝してしまったら、貴重な人間の花嫁を無駄にしてしまいかねません」



 五柱の一人で外交を担当するヘルソン家の当主が、代表するように意見を述べた。その言葉に頷くのは同じく五柱で宰相を担うドレイン家当主とあらゆる情報の管理を担当するシューゼル家当主だ。ちなみにドレイン家当主の背後には息子であるゾルディオ・ドレインが立っている。



「一度決定し、人間の花嫁を貰う儀式まで済ませたグレン殿から花嫁を奪うというのは如何なものでしょうか」



 反対の意見を述べたのは、椅子の背もたれに寄りかかる事もせず、姿勢良く椅子に座っている人物。五柱が一人、騎士団団長を務めるジェライド家当主である。背後には父親と同様、全くブレることなく立つニコラス・ジェライドの姿があった。



「セバストよ。そなたの意見を聞きたい。その呪いは次の代にも遺伝するのか?」

「……恐れながら、私にもわかりかねます。しかし、次男であるメルビスが呪いの影響を受けなかった事も事実です」



 グレンの父親であるセバストは、五柱の中で魔力や魔術に関する事をまとめる役割を担っている。僅かに緊張の色が見えるセバストからは常に張り付いている甘い笑みが消え、その背後に立っているメルビスは憮然とした表情を浮かべていた。

 オベリスは腕を胸の前で組み、考え込む。貰い手を変えるのは前例がないが、不安視する気持ちもわかるのだ。そんなオベリスの耳に鈴の音のような可憐な声が届く。



「お父様」

「どうした、リスティア?」

「皆様は人魚族の将来を想っているからこそ、進言してくださっていると思うのです。それに、お二人とお話しもいたしましたが、あまりうまくいっていないようでした。お父様もご存知の通り、グレンは昔から魔道具一筋の人でしたからね。ですから、この話はシェリルさんのためにもなると思うのです」

「うむ……」



 リスティアの言葉を受けたオベリスは今度こそ黙り込んだ。人魚族にとって人間の花嫁は貴重であり、大切に扱うべき存在である。

 オベリスは幼い頃のグレンを思い出していた。リスティアと歳が近い事から遊び相手として城に度々通っていたグレンは、周りで友人達が遊んでいても輪には加わらず、城の至る所に置かれている魔道具ばかりを眺めているような子供だった。リスティアが言う通り、グレンが人間の花嫁とうまくいっていないというのはあり得ることではある。


 もしそうであるならば、この機会を利用して貰い手を変えてやることがグレンにとっても人間の花嫁にとってもいい事なのかもしれない。オベリスの考えが大きく揺らぐ。



「恐れながら発言をお許し願えますでしょうか?」

「ん? あぁ、ニコラスか。よい、申してみよ」

「ありがとうございます」



 騎士の礼をとるニコラスに鋭い視線が集まる。もちろん、騎士として鍛えられてきたニコラスに怯む様子はない。



「私も二人の様子を見に行きましたが、彼らなりの対話をしておりましたし、仲が悪くは思えませんでした」

「そうかしら? ただ彼女が勝手に食事を作ったりして世話を焼いているだけではない?」

「食事を、作るだと?」



 一気にその場が騒めきに包まれる。オベリスだけではなく、リリアルの表情も険しくなった。



「シェリルさんに食事を作らせているとは本当ですか? 答えなさい、セバスト・ユージスト」

「それは……」

「お母様、落ち着いてくださいませ。シェリルさんが自ら願い出たとわたくしは聞いております。研究所に泊まり込むことが多いグレンのためなのかもしれません。しかし、わたくしも人間の花嫁にそのような事をさせるのは如何なものかと思いますわ。やはり、考え直す必要があるという皆様の意見を聞き入れるべきかと」



 リスティアはまるで女神のような慈悲深い眼差しを浮かべ両親である両陛下に訴えかける。周りの者達も口々にリスティアの優しさを褒め称え、場の空気は完全にリスティアのものへと変わりかけた。

 その時、今まで黙って事の成り行きを見守っていたヨハンが、まだ幼さの残る声でリスティアへと問いかける。



「そして姉上はグレン殿の代わりにゾルディオ殿を推すと?」

「ええ、そうよ。ゾルディオ様はニコラス様に次ぐ魔力量の持ち主で、今回の貰い手候補にも挙がっていたではないですか」

「しかし、候補で言うならばメルビス殿も入っていたはずですよね?」



 名前を挙げられたメルビスは色気溢れる微笑みをリスティアに向ける。だか、その目の奥は笑っているようには全く見えなかった。リスティアもそのことに気づき僅かに顔を歪める。

 愛するグレンと似た容姿のくせに纏う空気が違いすぎてシェリルはメルビスを好きになれなかった。大体、この重要な会議の場に何故メルビスがいるのか。百歩譲ってニコラスは人間の花嫁を貰った者として認めるが、メルビスはまだユージスト家の後継者なだけで当主ではないのに。まぁ、それはゾルディオも同じことなので言えはしないが。



「恐れながら、私とゾルディオ殿の魔力量は変わらないはずです」

「そう、だったかしら?」

「すでに兄の嫁としてシェリル様とは顔を合わせておりますし、兄と喧嘩をした時には相談しに来てくれました。やっとこちらの環境に慣れてきたシェリル様を再び新たな環境へと追いやるよりも、顔見知りの相手の方がよろしいのではないでしょうか」

「それはメルビス様の感想でございましょう? シェリルさんがそう思っているとは限りませんわ」



 正直、リスティアはシェリルをメルビスの嫁にはしたくなかった。ゾルディオと約束を交わしたというのも理由の一つであるが、最大の理由はシェリルをグレンの側に置いておきたくないからだ。メルビスはグレンの弟。つまり、リスティアがグレンと結婚しても、家族の付き合いでシェリル達に会わなくてはいけない機会が必ずやってくる。それは非常に不愉快であった。



「もちろんシェリフさんの意思を尊重するのは重要なことでしょう。ゾルディオ様にしろメルビス様にしろ、シェリルさんを大切にしてくれる方が貰い手になっていただきたいですわ」



 リスティアの言葉にドレイン家親子がどういうつもりだと目線で問いかけてきたが、リスティアは王族らしい傲慢で神々しい笑みを返す。黙っていなさいとも、任せなさいとも取れるその表情に親子は揃って口を結んだ。



「お父様。ご決断を」

「……皆の意見はようわかった。人間の花嫁は人魚族繁栄のために不可欠な存在であり、貰い手も重要な役割を担う存在である。呪いへの危惧は当初よりあったが、我はグレンの魔力量に賭けようと思っていたのだ。だが、二人の相性も良くないというのなら……グレン・ユージストの貰い手の任をーー」



 宣言をしようと声を張ったオベリスは、扉の外が何やら騒がしいことに気づき言葉を切る。視線で騎士に確認するよう指示をしたオベリスやテーブルを囲む面々は表情を険しくし、警戒を強めた。

 会議室は城の奥にある。この部屋にやって来れるのは王族と五柱のみで、簡単にはたどり着けないはずなのだ。暫くして、確認しに行かせた騎士が戻って来る。



「何事だ」

「はっ! 扉の前にグレン・ユージスト様、ならびにシェリル様がいらっしゃっており、御目通し願いたいと仰っられております」



 先程まで名前が飛び交っていた当事者達の登場に、会議室の中は一瞬にして静まり返る。



「……どういうこと」



 リスティアの口から零れ落ちた呟きは、入室許可を出したオベリスの声によって掻き消されたのだった。

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