王族の義務と一途な愛
人魚族にとって王族とは特別な存在である。魔力量の多さによって個々の価値が決まる人魚族は血筋など関係ないようにも思えるが、王族だけは違う。
アクリムニアという人魚の国をつくり、初代国王となったオーウェンの血を引く一族。それが王族だ。
オーウェンは当時の人魚の中で一番魔力量があったとされているが、昨今の王族たちはそこまで魔力量が多くはない。それでも特別扱いされるのはオーウェンの血を引くからであり、その血がアクリムニアを守る上で必要不可欠だからである。アクリムニアを覆う膜は王族にしか張ることができない特別なもので、誰でもできるただの魔術ではないのだ。
どんな攻撃をも跳ね返し、水圧にも耐えられ、光を通す膜を永続的に張り続ける。それが王族に課せられた一つの義務である。
そのため、例え王族に王子が誕生しなくても、オーウェンの血を絶やすことは許されないので、王女が女王となった時代もあった。つまり王女にも王位継承権が発生するのだ。
「早く決定すればいいのに」
不貞腐れた物言いとは裏腹に、誰もが見惚れるような優雅な仕草で紅茶を嗜む女性。部屋に置かれている厳選された煌びやかな家具にも劣らない女性の美しい姿は、まるで一枚の絵を見ている錯覚に陥るほどだ。
自ら光を放っているかのように輝く艶やかな金色の髪は少し顔を動かすだけでサラサラと揺れ、カップを持つ手は細いが、ソファーに下ろしている腰や胸は女性的な膨らみ持ち男の視線を引き寄せる。髪と同色の長い睫毛に縁取られた瞳はエメラルドのように輝き、透き通るほど白い肌に引き立てられたぷっくりと赤い唇は常に甘い微笑みを浮かべている。見ただけで高貴な存在だと伺えるこの女性もまた王位継承権を持つ王族である。
「今日の議会で可決されるでしょうから、暫しお待ちください」
「そうですわね。あぁ、楽しみです。貴方もでしょう、ゾルディオ様?」
「はい。これもリスティア王女殿下のお陰でございます」
恭しく頭を下げた黒髮の男は顔を上げると同時に眼鏡をくいっと指で押し上げ、ニヤリと笑った。ゾルディオ・ドレインは五柱を担う一族、ドレイン家の嫡男である。黒髪に赤紫の瞳を持ち、眼鏡をかけたゾルディオは五柱の一族ということもあって魔力量は高いがグレンやニコラス程ではない。また、容姿も悪くはないが取り分け優れてもいないため、あまり話題に上がらない人物でもあった。
「人間の花嫁は貴方のものよ。そして、私は……ふふふ」
無邪気な笑みを浮かべるリスティアをゾルディオは心の中で嘲笑う。
リスティアの魔力量は王族としても、女性としても多めである。つまりグレンとの子は望めない。王族は子をなす事も義務の一つだというのに、リスティアはグレンを求め続け、多くの人魚をその美貌で唆し、権力で言いくるめ、国が決めた人間の花嫁の貰い手を変えようとしているのだ。
その一途な愛は賞賛に値するだろう。おこぼれに与るゾルディオにしてみれば声をあげて讃えたいくらいである。だが、リスティアの望み通りの未来がやって来るかは甚だ疑問だ。
子ができるはずのないグレンとの結婚を国王が認めるかはわからない。魔力量の多いグレンの子を国が諦めるとは思えないからだ。
もしリスティアとグレンが結婚できたとしても、それぞれに子を産むためのパートナーが充てがわれる可能性だってあるだろう。どちらにしても幸せとは言い難い未来しか見えてこない。
正直、ゾルディオにとってはどうでもいい事である。人間の花嫁さえ貰えれば、リスティアの愛が実らなくても、グレンが国に振り回されても何ら気にならない。いや、グレンに関してはもっと苦しめばいいとさえ思える。リスティアの機嫌が急降下するので決して口にはしないが。
「待っていてね、グレン」
溶けるよな甘い表情を見ればリスティアが何を考えているかなんて容易に想像がつく。幼い頃からちやほやと甘やかされて育った故なのか、元々の性格なのか、今のリスティアは夢の中にいるような感覚を味わっている事だろう。
リスティアは決して頭が悪いわけじゃない。王族として身につけるべきことは学んできたはずだ。しかし、自分が蔑まれることも、利用されることも、今のリスティアには思い浮かばない。
「では殿下、我等の幸せを掴むため参りましょうか」
「ええ、そうね。皆を待たせては困るもの」
スッと姿勢を崩すことなくソファーから立ち上がったリスティアは真っ直ぐ前を見据え歩き出す。その動作は一つ一つが見本のように美しく神々しくすらある。
ゾルディオはリスティアの後ろに付き従う。そう、ただついて行くだけでいいのだ。そうすれば自ずと幸せな結末が転がり込んでくるのだから。
長い廊下を抜ければ大きな二枚扉が現れる。重々しい扉の奥には両陛下、並びに王子と王女、五柱という国の上層部の面々が顔を合わせる円卓があり、ここで決められた事は国の決定として発表されるのだ。
「さぁ、最後の仕上げよ」
こうしてグレンとシェリルの今後を決める議会は開かれた。当事者である二人の消息が不明なままで。




