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友人が教えてくれました

 この状況はなんなんだ……

 シェリルの心境はこの一言につきる。



 どこかの研究所から制服を着た男達に連れ去られるようにして乗り物に乗せられたシェリルとグレン。まずシェリルは自分の乗せられた乗り物に驚かされた。

 人間の世界(そう表現するのが正しいのかもわからないが)では、移動手段は馬である。貴族やお金持ちなどは馬車を用いるが、何にせよ動力源は馬なのだ。しかし、この乗り物にはシェリル達が乗り込んだ箱を引く馬がいない。それなのに勝手に進んでいるのである。


 シェリルの向かいの席には仏頂面のグレンが腕を組んで座り、その隣に制服を着た男が座っていた。壁を挟んで進行方向側にも席があるのか二人の制服姿の男の背が見えている。小窓から外を覗けば、円板状のものに棒が取り付けられている様な歪な形の乗り物に乗る制服姿の男が三人。これは護衛なのだろうかと考えながらも、シェリルは物珍しげに見つめていた。



 どれくらいの時間が経っただろうか。あっという間な気もするし、気まずい空気のせいで長くも感じた移動は制服姿の男の到着を知らせる声と共に終わりを告げた。

 降りる際に手を差し伸べられたが、小さい村で生活してきたシェリルにそんな事をした経験はなく、丁重にお断りする。


 乗り物から降りたシェリルは誘導を受けて城へと向かう。そして、城を見た瞬間息を飲んだ。シェリルとて人間の世界で父親と共に王都を訪れ、王族の城を見たことは二度ほどある。その時もその大きさや美しさに驚いたものだが、人魚の世界の城は別格であった。

 きっと大きさなどは人間の世界と変わらないのだろう。しかし、何よりも素晴らしいのはその美しさだ。白亜の城と呼ぶに相応しい城の周りは色とりどりの花で飾られ、その背後にある空は宝石のようにキラキラと水が輝いている。そんな空に城が逆さまに写っているのだ。水の中の魚が通り過ぎるたび、空に映る城が幻想的に揺れ動く。


 思わず立ち止まり魅入ってしまったシェリルに、制服姿の男達は誇らしげな笑みを浮かべてくる。見せつけたくなる気持ちはわかるわ、とシェリルは何とも言えない笑顔を返しておいた。その間もグレンはムスッとした表情のままだ。



 その後グレンと分かれてシェリルが案内された部屋には、三人の女性が待ち構えていた。今度は何だろうか、と内心慄いていたシェリルは女性達に浴室へと連れ込まれ、ありとあらゆる場所を磨かれた。悲鳴を上げるシェリルなど御構い無しである。

 他人に裸を見られるだけでなく、洗われるなんて庶民であるシェリルには拷問だ。終わった瞬間 、安堵のあまり涙が溢れそうになったことは許してほしい。


 そのまま、髪を乾かされ、軽く化粧をされ、綺麗な白いワンピースを着せられたシェリルはグッタリと椅子にもたれ掛かっていた。

 そして心の中で毒づいたのである。この状況はなんなんだ、と。



 その時、扉をノックする音が部屋に響き、ゆっくりと扉が開く。だが、なかなか入ってくる気配がない。今度はなんだとシェリルは身構えるが、ひょこっと扉から顔を出した人物を見て、反射的に駆け寄った。



「ユーリス!」

「あっ、やっぱりシェリルだ」



 飛び込むように抱きついたシェリルに呑気な声で返したのは、生贄として共に舟に乗せられていたユーリスだったのだ。同じ境遇の人間に出会い、シェリルは心から安堵した。



「よかった。私一人じゃなくて」

「私も泳げないのに助かってよかったわ」



 やはりどこかズレた発言をするユーリスだが、シェリルにはそんなことどうでもよかった。



「ユーリス、逃げよう。なんか訳わかんないことになってるよ。水の中だし、なんか人魚だとか言うし、人間の花嫁とか言われるし!」

「ほんとビックリだよねぇ。人魚なんて実際にいるなんて思わないし」

「そんな呑気なこと言ってないで、今なら人もいないし逃げられるかもしれないよ!」



 必死に言いよるシェリルにユーリスは無言で首を横に振った。それだけでシェリルに絶望が襲う。そんなシェリルをユーリスは椅子へと座らせた。



「このアクリムニアって国は湾の底にあるんだって。周りは全て水で囲まれてる。例え泳げたとしても、人間の私達じゃ地上まではたどり着けないよ」

「で、でも!」

「シェリルは何も聞かされてないの?」

「……」



 聞かされた事といえば、ここが水の中である事や人魚の国である事、自分(シェリル)が生贄ではなくグレンという奴の花嫁である事ぐらいだ。ほとんど聞かされてないのと同じだろう。

 シェリルは同意の意味を込めて頷いた。そんなシェリルの反応に僅かに驚きを示したユーリスだが、深く触れることはなく、ユーリスの知っている事を話し始めた。



 それらをまとめると、人魚は知能がとても高く、魔力が高い生き物だそうだ。その魔力量は人間の比ではなく、人間の世界において王族などの高い魔力量を持つ者達も、人魚族の中では底辺らしい。それだけでも人魚族の中でも高い魔力量を持つ者のレベルがどれ程のものかがわかる。


 そのため、人魚の世界は魔力の強さで個体の価値が決まるそうだ。魔力が強ければ強いほど、より高い地位や役職につける。だから、人間の世界のように貴族などの爵位はない。

 ただ、貴族のように地位が授けられている者達がいる。それが、五柱(・・)と言われる五つの家。彼らは王を支えるためにいるらしい。



「それなら人間の中でも魔力量が底辺の私達なんて、魔力がないのと同じ。この国じゃ価値がないじゃない。それなのに花嫁なんて意味がわからないわ!」

「私もそこはよくわかってないんだけど、ニコラスさんが言うには、人魚の世界の中でも魔力量が高い者は、魔力がほとんどない者しか妻にできないらしいわよ?」

「はい? なにそれ」

「人魚でいう平民レベルでも魔力量がありすぎて妻にできないんですって。だから、魔力量の低い人間の中でも底辺レベルの魔力量の持ち主を花嫁に貰うらしいよ」



 そういえば、ジェフさんが『人間が神と言っているのは人魚の事だ』と言っていたな、とシェリルは思い出す。

 ということは、人間に魔力量の低い者を生贄として渡させる代わりに、その高い魔力で天災から人間を助けていたのではないか。


 この城に来る時に見た得体の知れない乗り物も魔力で動かしているとしたら、そんなことが簡単に出来てしまえる彼ら(人魚)なら、魔法で人間界を救うのも簡単だろう。そして、彼らは生贄として渡された者を花嫁として扱っている。全ては彼らが伴侶を得るために行われていたこと。

 人間達はそんな事とはつゆ知らず、神へお供えをし続けてきた。



「そんな勝手なことがまかり通ってたまるかぁぁああ!」

「シェ、シェリル!?」



 黙り込んで何かを考えていたはずのシェリルが突然立ち上がり叫んだことで、驚きのあまりユーリスは椅子から転げ落ちた。



「だって勝手じゃない。私達には人間の世界での生活があったのよ? なのに花嫁が欲しいからって事情も知らせず、こんな世界に引きずり込んで! ユーリスは悔しくないの!?」

「うーん……まぁ、最初は混乱したけど、ニコラスさんは良くしてくれるし」



 顎に指をあて、首を傾けるユーリスを見てシェリルは力なく肩を落とす。



「……さっきから気になってたんだけど、そのニコラスさんって?」

「え? ああ、ニコラスさんはねーー」



 ユーリスの言葉をノック音が遮った。そして、開かれた扉から入ってきたのは、燃えるような赤の短髪と鋭い瞳をした男らしい顔立ちのいかにも武人といった感じの男。その男はユーリスを視界に入れると、その鋭さを緩め、優しく微笑んだ。



「ユーリス、友人には会えたか?」

「はい。ニコラスさん」



 嬉しそうに笑うユーリスと男を交互に見ていたシェリルに、ユーリスは言った。



「私の旦那さんになる方、ニコラスさんよ」

「貴女がグレンの……私はニコラス・ジェライド。これからよろしく頼む」



 丁寧な挨拶をしてくれたニコラスに慌てて頭を下げたシェリルだったが、心の中は大荒れである。



 やっぱりなんで私の相手はあいつ(グレン)なのよ!?


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