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招かれざる客

 部屋の中を走る球体。全体を包むふわふわとした毛を揺らし、まるで小動物のように動き回るそれをシェリルはベッドの上に膝を抱えながら眺めていた。



「音もしないし、底にある穴でゴミを吸って、周りの毛で拭き掃除もできる。壁もそのまま登れるし、窓も拭けるなんて……魔術って便利。確実に駄目人間になりそう」



 水の溜まった桶に魔道具をそのまま入れておけば勝手に毛が綺麗になるなんて、時間を有効活用したい主婦にとっては涙が出そうな話である。魔力のこもった魔石さえはめ込めば全自動で部屋が綺麗になるのだから素晴らしい。

 シェリルは完成した魔道具を見たグレンの感想を思い出し、ふっと小さな笑いを零す。


『なかなか面白いものができたな。だが、やはり使用人から仕事を奪いそうだ』


 魔道具の完成を喜んでるのか、仕事を奪うことにならないかと心配しているのか。金持ちは見栄を張るためにも使用人を雇うだろうし、庶民が使っている道具を使おうとはしないだろう、とシェリルが言えばグレンは納得したように頷き、早速所長に見せてくると部屋を出て行った。

 戻ってきたグレンの表情を見るに、満足そうだったのでそれなりの評価が貰えたのだろう。使わせてやると完成したばかりの魔道具を貸してくれたのがいい証拠である。



「この部屋が終わったら研究室にも持っていって掃除をさせよう。あぁ……でも、物がある状態だと掃除できないのが問題か。改善の余地ありね、って完全に影響されてるっ!」



 研究に付き合わされすぎたおかげでシェリルの頭もすっかり研究者寄りになってきている。それだけは遠慮したいと頭の中に浮かんだものを吹き飛ばすように頭を振ったシェリルの耳にシャラシャラと小さな音が聞こえてくる。

 そっと首元に手を添えれば確かに感じる貝殻の感触。それが何故だか嬉しくて、シェリルは口元を緩めた。





 眺めているのも飽きたので掃除は魔道具に任せ、何か違う事でもしようと部屋を出たシェリルはすぐに研究所内がいつもと違うことに気づく。いつも何かしら騒がしいが、今は騒がしいというより落ち着きがないといった様子で、逃げるかのように足早に廊下を歩いていく研究員を見つめながらシェリルは首を捻った。



「なんだろう?」



 気にはなるが、何だか面倒くさい事が起きている予感がする。部屋にこもっていた方がいいのだろうか。しかし、そろそろ昼ご飯の準備を始める時間になる。どちらにせよ部屋を出なければならないのなら、しっかり状況を把握すべきだ。シェリルは止めた足を再び進め、グレンの部屋のある方へと向かった。


 結果から言うと、シェリルはグレンの部屋に入れなかった。グレンの部屋の前には剣を携えた騎士が二人陣取っており、入ろうとしたシェリルを止めたのである。

 騎士はシェリルに「誰も部屋に入れるなと申しつかっております」と言った。加えて、部屋の中から漏れ聞こえてくる女性特有の甲高い声。それだけである程度察することができる。



「リスティア王女殿下がいらっしゃってるのですね?」



 シェリルの問いに騎士は答えない。思わずシェリルは重い息を吐き出した。


 リスティアの気持ちは理解できるのだ。幼い頃から好意を抱いていた男性と結婚したいと思うのは同じ女性として共感もできる。

 だけど、リスティアとシェリルの考え方が相容れないということはこの前の夜会ではっきりした。シェリルはただ子を産むだけの存在になるつもりはないのだ。そうなるくらいなら別の人と……そこまで考えてシェリルは胸がチクリと痛む気がした。




 * * * *



「グレン、ちょっと休憩しない? わたくしお菓子を持ってきたの。今、とても人気な菓子なのよ?」



 資料に目を落としているグレンにリスティアはソファーに座りながら声をかける。目の前にあるテーブルの上には様々な菓子が並べられ、脇に控えている侍女がいつでも紅茶を淹れられるよう待機している。

 あとはグレンが席に着いてくれるだけなのだが、グレンが動く様子はない。リスティアは不満そうに顔を歪め席を立つと、そのままグレンに近づき持っている資料を奪い取った。



「もう、グレンっ! 聞いてるの? 休憩しましょうって言っているじゃない!」

「今は勤務時間で研究をしていていい時間のはずだ。俺に構わず城で菓子を楽しめばいいだろう」



 リスティアはれっきとした王族であるが、幼い頃からの付き合い故かグレンに敬う様子はない。もちろん公の場では文句を言われる方が面倒だと猫を被っているが、リスティアが普通に接してくるのならば気遣い無用と考えているようである。

 バッサリと切り捨てられたリスティアは腰に手を当て、幼子のようにむすっとした。大人の女性がやれば呆れられてしまうだろうその姿も、美しいリスティアがやると可愛らしく見えてしまうから始末に悪い。



「グレンはわたくしとお茶をしたくないの? 昔はよくしていたじゃない」

「周りが煩くて無理矢理な」

「でも、城に来るのが楽しみだって」

「色々な魔道具があったから」



 別のところから引っ張り出してきた資料を眺め、一切自分を見ないグレンの態度にリスティアの我慢は限界に達した。



「グレンはわたくしが嫌いなの?」

「いや、嫌いとかそういうーー」

「でしたらグレン、わたくしと結婚して! 貴方と結婚できるなら子供は諦めるわ。あの人間の花嫁は他の人魚に嫁がせればいい。わたくし、必ずお父様を説得してみせるから。だからっ」

「……いい加減にしてくれ」



 地を這うようなグレンの声にリスティアはビクッと肩を揺らす。細められた青い瞳に囚われたようにリスティアはその場で固まった。



「グ、グレン?」



 初めて見る温度のないグレンの表情にリスティアは恐怖を抱いた。グレンは基本無表情で美しい顔立ちのせいか冷たい印象を与えがちだが、怖いと感じた事はない。それは周りに対して関心がないからであり、感情をぶつけて来ないからに他ならないのだが、グレンは面倒ごとが嫌いであるが故に猫をかぶるのが上手でもある。



「俺はただ研究がしたいだけだ。魔力量が多いから人間の花嫁を貰えだ、私と結婚しろだ、どいつもこいつも勝手なことを言ってくれる。もう周りに振り回されるのは懲り懲りだ。放っておいてくれ」



 そう言ってグレンはリスティアの腕を掴むとドアの方へと向かっていく。侍女がやめるよう声をかけているがグレンの耳に届いた様子はない。


 勢いよく開いたドアの先には困惑した表情の騎士が二人と、顔を伏せ表情が見えないシェリルが立っていた。グレンは迷わず騎士を睨みつける。



「殿下を連れて研究所から去れ」

「しかし!」

「迎えに来いと城へ連絡するか?」

「……かしこまりました」



 人間の花嫁を貰い受けることが決まっているグレンの元に王女が通うことを国王が許可するわけがない。案の定、城に知らせると言えば騎士はすんなりとグレンの言葉を受け入れた。



「待って、グレン! わたくし……わたくしはっ!」



 縋るようにリスティアがグレンの腕にしがみつく。グレンは騎士に目だけで合図を送り、意思を汲み取った騎士はリスティアをグレンから引き離した。



「待って!」

「殿下」

「グレン聞いて!」



 廊下にはリスティアの悲痛な声と騎士の声だけが異様なほど響いている。

 グレンは構うことなくドアノブに手をかける。ドアを閉める寸前、一瞬だけ絡んだグレンとシェリルの瞳に映る感情を読み取ることは叶わない。

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