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お礼

 夕食の片付けを済ませたシェリルはランプを片手に真っ暗な廊下を一人歩いて行く。無駄に魔石を消費しないためなのか、明かりのない廊下はひどく不気味で、時折どこかの研究室から聞こえる叫び声や破裂音などがシェリルの足を早めさせた。

 シェリルの目的地はグレンの研究室である。大抵、シェリルは夕食までをグレンの研究室で過ごし、夕食の準備をしに部屋を出てから戻ってくることはない。夕食の片付けが終わるとそのまま研究所にあるシェリルの部屋に帰るからだ。


 しかし、いつもと変わらず魔道具から目を離そうとしないグレンを無理矢理席に座らせ、夕食を食べさせていた時、食事中は滅多に口を開かないグレンがシェリルに向かって言葉を発した。それは「夕食後に研究室に戻ってこい」という簡潔でいて、要件の全く掴めない内容だった。

 その後、何度シェリルが要件を聞き出そうとしてもグレンは口を開くことはなかった。これが言いづらいとかではなく、ただめんどくさいだけなのだろうという事がわかるくらいにはシェリルもグレンを理解し始めている。結局、シェリルは聞き出すことを諦め、暗い廊下を一人で歩いているのである。



 部屋の前に着いたシェリルは、形だけのノックを軽くし、返事も待たず部屋に入った。案の定、呼び出した本人は机にかじりつき、シェリルが入室してきた事にすら気づいていない。



「来たけど、どうしたの?」

「……」

「おーい」

「……」

「ねぇって……ばっ!」


 ベシッ!


「いでっ! ……あぁ、来たか」



 シェリルの華麗なチョップを頭にくらい、痛みに頭を抑えつつも、グレンはシェリルの攻撃に慣れつつあるのかすぐに平常運転に戻る。その反応に攻撃した側のシェリルが若干呆れていた。



「それで何で私を呼んだの? まさか、また魔道具を見て意見を聞かせろとか?」



 ユーリス達が帰った後、完成した試作品の魔道具を見せられ何度も意見を聞かれていたシェリルは、その時のやり取りを思い出し、あからさまに顔を歪めた。研究馬鹿だとは思っていたが、グレンの魔道具に対する熱意は凄まじく、最初こそ自分が言い出した手前、協力できるところはしようと考えていたシェリルだったが、あまりにもしつこく、質問が細かすぎたが故に正直心身共に疲労困憊であった。

 しかし、グレンはシェリルの言葉に首を横に振る。



「あれはついさっき改良の末、完成した」

「仕事がお早いことで……」

「お前の意見は大分参考になるからな。所長の反応が楽しみだ」



 いつもの無表情さは影を潜め、ふっと口元を緩めたグレンにシェリルの心臓が大きく跳ねる。冷たい印象すら与える美しい顔が僅かに熱を帯び、大人の男から幼さをあぶり出す。

 グレンのそんな表情が見れるのは研究に関係する時くらいで、時々その表情に出くわすと普段との差がありすぎるせいかシェリルは落ち着かない気分になった。



「や、役に立てたのなら……よ、よかったわ」

「あぁ。それでだ」



 そう言うとグレンは机の引き出しを開け、ガサゴソと中を漁り、小さな箱を取り出した。



「これ」

「これ?」



 グレンはそのまま箱をシェリルの方へと突き出す。突然の事に疑問符ばかりが浮かんでいたシェリルだったが、受け取れと言わんばかりにグレンが箱を押し付けてくるので、シェリルは素直に箱を手に取る。



「開けていいの?」

「ああ」



 恐る恐る箱を開けたシェリルは、中を見た瞬間「わあ!」と驚きとも喜びともとれる声を上げた。



「……かわいい」



 中に入っていたのは、細い金のチェーンの先に薄っすら青味がかった小さな貝殻のついたネックレスだった。貝殻には宝石のように輝きを放つ小さな石がいくつか散りばめられており、可愛さをより引き立たせてくれる。



「これを私に?」

「まぁ、手伝いの礼だ」

「っ!」



 どういう風の吹き回しだと驚いたシェリルだったが、グレンの性格上、冗談でこのようなことをするはずはない。正直、お礼をされることさえ驚きではあるが、お礼の品までくれるとは。

 シェリルは感慨深げに手元の箱に視線を落とす。そして、ふわりと表情を崩すと、ぎゅっと大切そうに箱を抱きしめた。


 シェリルにとってこれが初めて他者からもらう贈り物だったからだ。村での生活は生きるだけで精一杯。父が生きていた頃は、誕生日の時だけ少し贅沢に食事の品数を増やしたりしていたが、何か物をもらうということはなかった。その事に不満があった訳ではない。父とお祝いできていただけでも十分幸せだったと思えるくらいだ。

 けれど、欲しくないと言えば嘘になる。村の子が親に買ってもらったと見せびらかしてくるたびに羨ましいと思っていたし、女性がネックレスなどをしてお洒落を楽しんでいる姿も憧れていた。さすがに夜会の時のように苦しい思いをしてまで着飾るのは遠慮したいが、グレンのくれたネックレスならば普段着ている服にも合わせられるだろう。


 素直に喜びを表すシェリルに驚いたのはグレンの方であった。まさかそんなに喜ぶとは思っていなかったグレンは、内心動揺しつつ、ふっと昼間のシェリルとユーリスの会話を思い出す。



「……俺は魔宝玉を持っていない」

「そうなの? あぁ、呪いのせいで魔力が練られないとか?」

「そうだ。あれを作るにはしっかり魔力を扱えなければならない。人魚にとって成人するとは魔力を自在に扱えるのと同等の意味がある」

「そうなんだ」



 突然、魔宝玉について話し出したグレンを不思議に思いながらシェリルは相槌を打つ。その素っ気ないシェリルの反応にグレンは困惑したような表情を浮かべた。



「お前、魔宝玉のピアスが欲しいんじゃないのか?」

「え? なんで?」

「いや、その、なんだ……」

「……もしかして昼間の会話盗み聞きしてた?」

「……」



 沈黙は肯定である。シェリルはグレンをじとりと見つめ、グレンは居た堪れないのかすーっと視線を流す。そのグレンの仕草にシェリルは盛大なため息を吐いた。



「魔宝玉が欲しいなんて会話はしてなかったと思うけど」

「だが、そのネックレスを喜んでいるからてっきり」

「魔宝玉のピアスは意味合いが違うでしょうが」

「……それもそうか」



 まさか魔宝玉のピアスとネックレスを同じ括りにしてしまうとは思わず、シェリルは呆れてしまった。グレンにとって人魚族のしきたりがそれっぽっちのものだという事がよくわかる。



「それに魔宝玉なんて欲しくない。だって貴方、人間の花嫁をもらいたくないんでしょ? 意味のある物を無理に渡す必要なんてないよ」



 そう言って出来損ないの笑みを浮かべるシェリルをグレンは青い瞳に静かに映した。

 怒った顔、笑った顔、驚いた顔、シェリルは感情が言葉よりも身体や行動に現れる。それはグレンにとってとても鬱陶しく、研究の邪魔なのだが、人の機敏に鈍感なグレンにはわかりやすくもあった。



「お前は、煩くて研究の邪魔をするし、厄介ごとばかり運んでくるが、研究所での生活にも文句を言わない」

「いや言ったよ? 聞いてくれなかっただけで」



 思わずつっこんだシェリルの言葉をグレンは華麗にスルーする。



「それと料理は美味い」

「あっ、私が作ってるって気づいてたんだ」



 これにはシェリルも素直に驚く。そしてちょっと嬉しい。



「まぁなんだ。俺も悪くないと思ってはいるということだ」

「え?」

「なにより俺にはない面白い意見を持っているしな」

「……貴方にとって一番重要なのはそこなんでしょうね」



 肩を落とすシェリルだったが、表情は明るい。そんなシェリルを見てグレンはふっと小さく息を零した。



「まぁいいわ。これは遠慮なくいただいとく。ありがと」

「ちゃんとつけておけよ」

「? ……うん」



 シェリルの反応など御構い無しに机へ向き合い始めたグレンの背をシェリルは首を傾げながら眺めた。ネックレスはつけるつもりだったのだが、あの研究以外興味のない、ましてやネックレスと魔宝玉のピアスを同列扱いするグレンに言われると、素直に喜んでいいのか若干不安になる。



「こ、これってただのお礼なんだよね?普通のネックレス、だよね?」



 シェリルの問いかけに研究をし始めたグレンが答えるはずもなく、シェリルは諦めて部屋を出た。あれほど不気味に感じていた廊下を軽やかな足取りで進んで行く。




 こんな日々がこれからも続くのだろうか。

 グレンとの未来が見えない。そう思っていたはずなのに、グレンの言葉を受けて「まぁ、それでもいいかもな」と思いかけている己の単純さにシェリルは若干呆れつつ、口元を緩める。


 だが、穏やかな日々がそう簡単に続くはずもなく、またもやあの厄介な人物がやってくる事など、この時のシェリルは知る由もなかった。

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