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人魚のしきたり

 テーブルの上にジェフが買ってきてくれたお菓子を並べ、真っ白なカップに紅茶を淹れる。



「いただきます」

「どうぞ」



 カップを持ち上げ、ふーふーと優しく息を吹きかけてから紅茶を一口飲むユーリスを眺めながら、やはりユーリスは女性らしいな、とシェリルはしみじみ感じていた。

 癖の強かった亜麻色の髪はしっかり整えられているお陰でくりんくりんと柔らかな曲線を描き、大きな桃色の瞳と相まって可憐さを引き立たせる。淡い黄色のドレスもよく似合っており、どこからどう見ても良いところのお嬢さまだ。



「シェリルは飲まないの?」

「あ、うん。もらう」



 ボーッと眺めていたせいで手が止まっていたシェリルを不思議そうに見つめ、ユーリスは首を小さく傾げる。その瞬間、ユーリスの髪の間からキラリと光るものが見えた。



「何か光ったけど、それは?」



 シェリルが興味深そうに覗き込む。すると、ユーリスはぽっと頬を赤く染め、もじもじとし始めた。



「こ、これは……」

「ピアス、かな? 凄く綺麗」



 シェリルに褒められた事が嬉しかったのか、ユーリスははにかみながらもシェリルに礼を述べた。そんなユーリスの姿がとても可愛らしくて、シェリルは自然と目尻を緩める。



「贈り物?」

「ええ。ニコラスさんがくれたの」

「素敵ね。とても似合ってる」



 表面がつるっとしている小さな球体は、自ら光を放っているかのような輝きがあり、とても美しく品がある。うっすらと赤味がかったそれは、ニコラスを連想させた。

 案の定、ニコラスがユーリスに贈ったものだというのだから納得である。



「でも、なんで片耳だけなの?」



 輝きを放っているのは片方だけで、もう片方の耳には何もついてはいなかった。宝石などをつける機会がなかったシェリルでも、ピアスは両耳につけるものだということくらいは知っている。決して変ではないが、存在感があるだけに片耳だけというのは不自然に思えた。

 しかし、シェリルの疑問を受けたユーリスは大切そうにそっとピアスに手を添えて、とても柔らかく優しげな笑みを浮かべた。



「魔宝玉って呼ばれているらしいんだけど、人魚は成人する時に自分の魔力を練って二つ作るらしいの」

「てことは、もう一つあるんだよね?」

「そうみたい。人魚族に伝わるしきたりで、結婚を決めた相手にピアスにして一つを送り、結婚する際にもう一つを送るそうよ。ほら、お披露目会の時もピアスはしなかったじゃない? あれは、まだ正式に婚約していなかったからで、婚約者がいる人は片耳だけに、既婚者は両耳にピアスをつけるんですって。人魚は嫉妬深いから己の魔力を込めたピアスをつけさせたんじゃないかってニコラスさんは言ってたわ」

「へぇ……ん? じゃあ、ユーリスはニコラスさんと?」



 ユーリスは両頬に手を当て、顔を伏せる。それだけでシェリルは粗方理解した。そして、凄いなぁと感心してしまったのだ。



「……ユーリスはもう未来に進んでいるんだね」



 人魚族にとってピアスを渡すということはつまり、求婚するということだ。ニコラスとユーリスの場合、ユーリスが人間の花嫁で、ニコラスが選ばれた人魚なのだから覆す事などできないだろうが、二人を見ていると強制的に渡した様には感じられない。

 双方が相手を思い、この相手となら将来を共に生きてもいいだろう、と決断した。例え出会ったばかりでも、大きな愛情を育んでいなくても、『この人なら』と思えた。それだけでもとても凄いことだ、とシェリルは思う。



「ユーリスはニコラスさんが相手でよかった?」



 これで『よくなかった』と言われてもシェリル達にはどうすることもできないのだが、シェリルは聞かずにはいられなかった。いや、答えなんて聞かなくてもわかってた。わかっていて、聞いたのだ。



「うん。よかったと思ってる」

「そっかー」



 優しい笑みにシェリルもふわりと笑い返す。いつの間にか入っていた身体の力を抜き、椅子の背に寄りかかったシェリルの心の中に生まれていた感情は、羨望や嫉妬などではなく、安堵だった。


 もしシェリルの相手がニコラスだったら、それでもきっと上手くやっていけただろう。愛が芽生えるかは別として、不安を抱きながらも不満や不自由さを感じることなく過ごせていたはずだ。

 だけど、何故だろう。シェリルはユーリスが羨ましいと思わないのだ。それどころか、ユーリスが幸せそうで良かったとさえ思っている。



「シェリルはどう?」

「え?」

「グレンさんで、よかった?」



 シェリルはぐっと息を詰まらせた。


 最初は何度も思っていた。『なんで私の相手はこの男(グレン)なんだろう』と。

 でも、いつの頃からかそんな事は考えなくなっていた。考える事は、どうやったら部屋を片付けられるかとか、ご飯を食べさせられるかとか、寝かせられるか。


 好き嫌いは多いし、研究馬鹿だし、口は悪いし、床で寝てるし、いつも髪も服もボロボロで、目の下の隈はグレンの一部だと思えてきたほど。研究中は耳が塞がっていて無視は当たり前で、言っても聞いてくれない事がほとんどだ。

 だけど、一生懸命何かに取り組んでる姿勢は嫌いじゃないし、案外素直なところもある。研究のためなら素人の意見も面白いと聞き入れてくれる。あと、ご飯の食べ方もすごく綺麗だ。



「どうだろう……でも、思っていたほど悪くはない、かも」



 良いわけじゃないけれど、悪くはない。これがシェリルの中で一番しっくりきた。

 シェリルを人間の花嫁として扱わず、ありのままぶつかっていっても迎え撃ってくれる。シェリルが自然に暮らせているのはグレンがグレンだったからだとシェリルは今なら思える気がした。まぁ、グレンよりもジェフの方が世話になっているが。



「そっかそっか! シェリルもすぐに魔宝玉貰えるよ」

「いやぁ、それはないでしょう。なんたってあの人の恋人は魔道具だから」



 あはははっと声を出して笑うシェリルの顔はどこかスッキリとしていた。

 ニコラスとユーリスのような関係をグレンと築いている姿は今だに想像できない。だけど、グレンが相手でよかったのかもしれないと認めることができただけで、何か吹っ切れた気がした。





 人間の花嫁だけの女子会はその後も続く。休憩室の中から漏れ聞こえる楽しそうな声を、男三人は花嫁の邪魔にならぬようにドアの前でひっそりと聞いていた。ジェフに引きづられる形でここまで連れてこられたグレンは、聞こえてきた内容に小さく頷く。



「恋人は魔道具か……あながち間違ってない」

「いや、間違ってるよ。大間違いだよ」

「だが、恋人とは一番大切な存在だと前に言ったのはお前だぞ、ジェフ」

「それを世間では拡大解釈と言うんだ!」

「……めんどくさいな」



 納得がいっていないグレンを見て、ジェフは肩を落とし、そんなジェフの肩をニコラスが労わるようにポンッと叩いた。



「グレン。お前はまず彼女を女性として見つめ直せ」

「あいつが女だってことはわかりきってる」

「いや、そういうことじゃなくてだな」

「ニコラスもジェフも最近小言が多いぞ。ったく、試作品がさっき完成したんだ。早くあいつに見てもらわなきゃ進めないというのに……俺は戻るぞ」



 そう言って来た道を戻っていくグレンの背をジェフとニコラスは唖然としたまま見送った。

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