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問題解決?

 シェリルは昼食を手にドアの前に立つと軽くノックをする。もちろん反応はない。そして、もうシェリルもそのことに対して何も感じなくなっていた。

 遠慮することなくドアを開けたシェリルの目には、当然のように紙やらゴミの山が映り込んでくる。



「お昼でーす」

「……」



 シェリルの言葉を完全に無視するグレンの態度にムッとしながら、シェリルは紙の上をゆっくりと慎重に歩きグレンに近づく。机に向き合うグレンの前にはよくわからない物体が置かれており、グレンはそれを真剣な眼差しで見つめて何かをいじくっていた。

 さすがのシェリルも怒られたばかりなので邪魔はしない。グレンの手が止まるまでジッと黙ってグレンの作業を眺めていた。


 銀色の艶やかな髪が長い睫毛に縁取られた青い目にさらりと落ちる。研究続きで僅かに荒れた肌、目の下の隈、それらだけ見るとひどく疲れているように見えるのに、真っ直ぐと前を見つめる青い瞳は楽しそうに輝いてさえ見える。

 楽しいんだろうな、とシェリルは率直に思った。



「ふぅ……」

「終わった?」

「…………」

「あからさまに無視しないで」



 シェリルに視線を向けたはずなのに、何も見ていないかのように顔を前に戻したグレン。その反応に腹が立ったシェリルはグレンの座る椅子をぐるりと回し、無理矢理向かい合う形をとった。グレンの表情が明らかに曇る。



「ご飯よ」

「さっき食べた」

「残念。貴方の言うさっきは朝食です。人間は食事を三回とりますし、人魚もそうだと聞きました」

「……なんか無性に腹立つな」



 そうでしょうとも、とシェリルは鼻で笑う。

 グレンは研究以外全く興味がない。それにはもちろん食事も当てはまるわけだが、ジェフが言うには、グレンのペースに合わせていると睡眠も食事も身体が限界をむかえ、表に症状が現れるまで求めないのだそうだ。


 もし、今、グレンのペースに合わせていたらグレンはそのまま研究を続けるだろう。だが、シェリルはジェフからグレンに食事を与える任務を預かって来た。まぁ、実際は食事を運んでくれる〜、くらいのノリであるが。


 グレンをこちら側に引き止める手段をシェリルは知らない。グレンと交わせる話題もないし、シェリルに興味を示さないグレンに普通の対応をしても無駄だ。だからこそ、無理矢理(喧嘩を売ってでも)引き止める。



「食べて栄養を回さなきゃ、頭なんか働かないわよ」

「それならお前はもっと食べなきゃ駄目だな」

「あなたねぇ」



 素直に「そうだな、ありがとう」と言えばいいものを、言い返してくるから腹がたつ。シェリルは続きそうになる文句を何とか飲み込み、グレンに昼食を渡した。

 渋々受け取ったグレンは机の上のものを無造作にずらし、少しだけできた隙間にトレーごと置くと、昼食を食べ始めた。全く表情の変わらないグレンを横目に、シェリルは先ほどまでグレンが触っていた物体をまじまじと見つめる。



「これ、なに?」

「自動対戦盤だ。ありとあらゆるボードゲームが記憶されていて、相手がいなくても楽しめるという代物。だが、どっかの馬鹿が負けて相当悔しかったのか、酒をぶっかけたらしい。案の定壊れて修理に回されたってわけだ」

「どこの馬鹿よ。というか、なんで貴方が?」

「そりゃ製作者が俺だからだろう」



 ということは、これはれっきとした魔道具というわけだ。魔道具にも色々あるんだなぁ、とシェリルは感心したが、若干呆れもしていた。なぜなら……



「これって睡眠やら食事を削ってまで作るもの? ほぼ金持ちの道楽でしょう」



 これに尽きる。身を削って作っているくらいだから、さぞかし凄いものを作っているのだろうと思っていたシェリルにとって、自動対戦盤はただの金持ちの道楽にしか映らなかった。

 魔道具はかなり高価だ。それは人間の世界の感覚で、魔石が簡単に手に入る人魚族の世界ではどうかわからない。しかし、現にグレンは身を削って魔道具を作っているのだから、それほど安価でもないだろう。



「まぁ、そう言えなくもない。これは所長に頼まれて作ったものだしな。直接研究所に依頼してくるやつは大体金持ちだ」

「じゃあ、今は何を作ってるの?」

「色々だな。思いついたアイデアを片っ端から試してる」



 グレンの口角がニヤリと上がる。どこか悪さを企んでいる子供のような表情だが、不機嫌な表情以外を見たのは夜会の時以来だ。無駄に顔が整っているから心臓に悪い。


 それにしても、やはりグレンは魔道具の話になると活き活きとしだす。今している魔道具の研究について話しだしたグレンは身振り手振りを使ってよく動き、口数も格段と増えていた。



「ーーだ。あとは、これだな。まだ性能に改善の余地はあるがーー」

「ねぇ。部屋を掃除する魔道具ないの?」



 難しい魔道具の説明を聞き流し、シェリルは現在一番問題視している研究室の汚れを解決できるものはないかとグレンに問いかけた。台所なども全て魔道具でできているぐらいだ。掃除をしてくれる魔道具があってもおかしくはないだろう。

 しかし、グレンからの回答はシェリルの想像を越えるものだった。



「掃除する魔道具? そんなもの必要ないだろう。そんなものを作ったら仕事が減る」

「へ? 仕事が減るって……どういうこと?」

「屋敷を掃除する者達の仕事を奪うことになれば、その者達は生活できないだろうが」



 グレンの言葉に頭が追いつかず、シェリルは間抜けな表情のまま固まった。しばらくして再び動き出したシェリルは思わず頭を抱える。



「くぅ……思考がボンボンだよ」

「何が言いたい」



 不愉快そうに表情を歪めたグレンにシェリルはなんとも言えない気持ちになった。

 グレンは例え今は家族仲が悪くても、生まれも育ちも良いところのお坊ちゃんだ。多くの使用人を雇い、屋敷の掃除から食事、洗濯、全てしてもらうのが当たり前なのである。きっと、一人で生活している間も定期的に人に頼んでいたのだろう。研究所でジェフの世話になっていることすら不思議に思っていないに違いない。


 物事に対する認識は、知識はもちろんだが経験がものを言う。グレンのような生活をしていれば、そのような発想に至っても不思議ではない。よって、グレンを責めることは間違っているのだ。シェリルは己の口から飛び出しそうな言葉をぐっと飲み込む。そして、子供に新しい知識を与えるような穏やかな気持ちで口を開いた。



「大抵の家は掃除するのも、食事を用意するのも、洗濯するのも全部自分達でやるものなの。人を雇えるのは限られた金持ちだけ。雇われる側の人は、働いたり子育てしたりしながら家事を熟す。それはわかる?」

「当たり前だ」

「うんうん……ということはだよ。彼らは時間のない中で家事をしなくちゃいけない。もちろん便利になればなるほど雇う人数が減るかもしれないけれど、金持ちさん達は自分でやらないから仕事は減らないし、雇う人数の多さも家の大きさを誇るのには必要だろうから、そこまで心配はいらないんじゃないかな?」

「うーん……そういう考え方もあるのか?」



 腕を組み、真剣な表情で何やら考えているグレン。シェリルの言葉を跳ね返さない辺り、グレンは案外素直な性格なのかもしれない。それは良いことだ。扱いやすいという意味でも。



「そこで! ないのなら作ってみてはどうでしょう。そうだなぁ……例えば、床の掃き掃除とか拭き掃除をしてくれる、とか。ゴミを回収してくれる、とか。窓掃除とかもいいよねー! こう、宙に浮いて高い窓を拭いてくれたり!」

「ほぉ……なかなか面白いな。ちょっと待て」



 そう言うと、グレンは近くの紙を引っ張り出し、何やら猛スピードで書き始める。チラッと覗き見たシェリルだったが、人魚族の文字で書かれているため読むことはできなかった。

 ブツブツと呟きながらペンを走らせていたグレンは、ピタリと動きを止めると勢いよくシェリルの方へと振り返った。その表情があまりにも楽しそうで、シェリルの心臓が大きく跳ねる。



「他にはないのか」

「ほ、他?」

「そうだ。あんな馬鹿どもの求めるものを作るより、よっぽど実用的で世のためになる。なにより俺にはない発想で面白い! 他にも何かあるだろう。それを出せ」



 仏頂面は何処へやら。ペンを握りしめ、早くよこせと目を輝かせているグレンは、まるで目の前におもちゃをチラつかせられている犬のようだ。

 思わずシェリルは口元を緩めた。



「そうねぇ……あっ! じゃあ、まずはこの部屋を片付けましょう?」

「そんなもの」

「片付けてくれたら、もっとたくさんアイデアを出すわ。それに、片付けている時に必要に感じるものが思いつくかもしれないでしょ? ヒントになるってことよ」

「……そうか?」



 ぐるっと部屋を見回しているグレンを見て、シェリルはあと少しとばかりに言葉を続ける。



「私も手伝う。二人でやればあっという間よ」

「……まぁ、仕方ないか」

「っ! よし、決定っ! 善は急げだ。ジェフさんから掃除道具借りてくるから、貴方はお昼食べててー!」



 シェリルは前言撤回と言われる前に部屋を飛び出していく。こうしてシェリルの悩みの一つである、汚い部屋の片付けは解決したのだが、この後シェリルは『研究馬鹿』の本領を発揮したグレンに泣かされることになるのであった。

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