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真実は思わぬところから

「ごほっ、ごほごほ……」



 口元をおさえながら立ったまま咳込んだシェリルは、若干目に涙を浮かべて耐えきれず声を上げた。



「汚い! 汚すぎる!」



 一人で帰ることも許されず、探険すらできない。やる事のないシェリルは、仕方なくグレンの研究室にいた。しかし、目の前にはゴミの山、紙の海。見ていられないほどの悲惨な光景が広がっているというのに、グレンは気にした様子もなく机に向き合っている。



「よくこんな場所で研究できるわね」

「どこに何があるかは大体把握している」

「そういう問題じゃなくて、身体に悪影響だって言いたいの」

「お前、本当に煩いな」



 振り返ったグレンの眉間には痕が残るのではと思えるほどくっきりと皺が刻まれている。対するシェリルの表情も険しい。


 暫く観察していて感じた事だが、グレンは片付けが苦手なようである。いや、もはや苦手と表現すべきかも怪しい。使ったものをあったところに戻さない。やっている作業も、何か違うことに意識が向くとやりっぱなしで次にいく。これではすぐ汚れるのも納得がいく。

 窓を開けて換気でもしようと考えたシェリルだったが、風によって目の前の光景がより悲惨になることが容易に想像でき諦めた。



「こう、掃除をするような便利な魔術ってないの?」



 人を運んだり火をおこしたりと人知を超える現象を生み出せるのが魔術だろう。パパッと簡単に部屋を綺麗にできないのか、とシェリルは何の気なしに問いかける。

 そのシェリルの言葉にグレンは「あるにはある」とシェリルにとっては喜ばしい事実を口にした。



「だが、俺には無理だ。あれは相当な魔力を必要とするからな」

「え?」



 シェリルは一瞬グレンの言っている意味がわからなかった。何故なら、グレンは人間の花嫁をもらえるほどの魔力量を持っているはずである。リスティア王女だって、グレンは人魚族の中で一番魔力があると言っていたではないか。

 それなのにグレンができないとはどういうことか。それほどまでに部屋を綺麗にする魔術は魔力を消費するということか。



「じ、じゃあ誰も使えない魔術ってことかぁ」

「いいや、五柱や王族くらいなら簡単に使えるだろう」



 もはやシェリルには意味が全くわからなかった。



「え? でも貴方って人魚族で一番魔力量があるんだよね?」

「まあな。しかし、魔力量はあるが使えない」

「は、い?」

「お前、やっぱり頭悪いのか? だから、使えないって言ってるんだ。俺が使える魔力量はたかが知れてる。魔石に魔力を込められる程度だな」



 ポカンと口を開けたまま立ち尽くしているシェリルはさぞかし滑稽であっただろう。

 つまり、グレンは魔力量は人魚族一多いが、使える魔力は人魚族の平民以下ということだ。



「な、な、なんで?」

「そういう呪いがかけられてるからな」



 あっけらかんと答えるグレンに思い悩んだ様子はない。現実を受け入れているその表情は清々しいほどだ。

 しかし、聞かされたシェリルはその言葉の重みに耐えきれず身体をふらりと揺らした。


 呪い、その単語に聞き覚えがあったシェリルはふっとグレンの弟であるメイビスの言葉を思い出す。そして納得したのだ。



「呪い……あ、だから家を弟が継ぐのか」



『五柱』は王族を支える、人間でいうところの貴族のようなものだとユーリアが言っていた。そんな家の長が魔術をほとんど使えないのは、魔力量がどんなに多くても務まらないだろう。

 逆に、家の長を継ぐのであれば研究者などは無理な話だ。本心はわからないが、研究好きのグレンにとっては渡りに船というやつだったのかもしれない。


 しかし、そうなると疑問に思うことがいくつか浮かぶ。



「でも何で私が貴方の花嫁なんだろう」



 グレンに何故呪いがかかっているのかも気になるところだが、一番シェリルが気になるのはやはり己に関係するところである。

 魔力量は遺伝だ。魔力量の多い子供が欲しいから人間の花嫁を魔力量の多い者に与えるのはわかる。けれど、グレンが呪いにかかっているとして、子供にも呪いは受け継がれたりしないのだろうか。もし魔術を使えない子が生まれてしまったら意味がないのではないか。



「そんなの俺が聞きたい。というか、そろそろ本気で煩い。邪魔するなら出て行け」



 ビシッとドアを指差したグレンを無視し、シェリルは考えに浸っている。「あぁ、くそ」というグレンの苛立った声もシェリルの耳には全く届かない。



「やっぱり魔力量重視なのかな? でもーー」

「……いい加減にしろよ?」

「あ、ごめんなさい。気に障った? 別に魔術が使える使えないは気にしてないの。私なんて魔力自体皆無だし。だけど、やっぱり気になるじゃない? 自分の置かれた状況がどーー」

「お前、出ていけーーーー!」

「うわぁああ!?」



 我慢の限界に達したグレンに背を押させるようにして部屋から出されたシェリルは、邪魔していたことを反省しつつ、若干納得のいかない様子でドアの前に座り込む。


 思いがけずグレンの秘密を知ることができた。グレン本人はあまり気にした様子を見せていなかったが、家族の仲がよくないのも呪いが関係しているのかもしれない。魔力量や使える魔術が個々の価値を示すものである人魚族にとっては、なかなか受け入れがたい呪いである事は確かだ。



「まぁ、私にはあんまり関係ないけど」



 世間の考え方とはかけ離れているだろうが、シェリルにとって魔力量などは大して重要ではない。なんたってシェリルは魔力皆無なのだから。今、シェリルにとって重要なのは、自分の置かれている状況の把握と結婚相手がどんな人物であるか、である。



「いや、先ずはあの部屋の汚さをどうするかの方が大切よね。どうしようか……」



 シェリルは大きなため息を吐きながら立てた両膝に顔を埋めた。

 人間の花嫁は人魚族にとって大変重要で貴重な存在だ。それは王族が守るほど。そんな人間の花嫁が廊下で座り込んでいる光景を目にしたジェフは目眩を覚え、思わず目頭を押さえたのだった。

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