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助かったようですが

 シェリルは母親であるソユンとの思い出が少ない。それは母親を五歳の時に病で亡くしているからだ。

 記憶の中のソユンはすでにベッドに寝たきりになっていた。それでもソユンはいつも笑っているのだ。時々シェリルをベッドの横に呼び出しては、色々な話をしてくれた。有る事無い事、面白おかしく話してくれるソユンがシェリルは大好きだった。


 そんなソユンがしてくれた話の一つに、人魚のお話がある。上半身は人間、下半身は魚のヒレを持ち、知能が高く、魔力も高い人魚はウンディー湾の奥深くにある楽園で暮らしているのだとソユンは言うのだ。

 この国よりも遥か南には獣人が住んでいるという噂話を耳にしたことがあるとは言え、こんな近くにそんな不可思議な生き物がいるはずはないとシェリルは笑ったものだ。そんなシェリルにソユンはニヤリと笑いかけ、どうかしら、と言った。


 そういえばその話の流れから、人魚の男よりも断然ハミル(シェリルの父親である)の方が良い男だとかなんとか、恒例の惚気話に変わってしまったっけ……。





「ん……」



 頭がガンガンして、身体も怠い。重たい瞼をゆっくり持ち上げたシェリルは、思い通りに動かない身体に悪戦苦闘しながら上半身を起こす。

 周りを見渡してみれば何処かの知らない部屋のようだ。机と椅子、それから自分の寝かされていたベッドくらいしか家具のない部屋だが、綺麗にされている。というよりは、使用感があまり感じられない。


 目覚めたシェリルが最初に思ったことは、牢屋とかじゃなくてよかった、である。



「ここは、どこ?」



 部屋の外に見張りがいるような気配はない。シェリルは自分の状況を把握しようとベッドから降りた。その瞬間、身体の至る所にベタリと不快な何かが張り付いていることに気づく。



「な、なにこれ……か、か、か、海藻ぉ!?」



 よくよく自分を見てみれば、服は濡れたまま放置されたのか皺くちゃで、身体にはカピカピに乾燥した海藻が張り付いている。シェリルは自分の悲惨さに絶句し、気づいたことで増した不快感に顔を歪める。


 まずは海藻を何とかしたい。今、自分が置かれている状況なんて二の次だ。

 手や足、首に張り付いている海藻を剥がし、時には擦り、服の中に入り込んだ海藻も取ろうと服に手をかけ持ち上げた瞬間ーー



「おいグレン! お前ちゃん、と、はな……うわぁぁああ!」

「ぎ、ぎゃぁぁああああ!!」



 突然部屋のドアが開き、男が何かを言いながら入ってきたのである。服を持ち上げたまま固まったシェリルと男の目が合ったと思えば、男の橙色の瞳がこれでもかという程見開き、シェリルと同時に叫び声を上げた。



「ご、ごめん!」



 慌てて男がシェリルに背を向け、それで我に返ったシェリルは急いで服を下ろし、気休めにしかならないが手で皺を伸ばす。



「もう、大丈夫です」



 シェリルの言葉で恐る恐る振り返った男は、シェリルの姿を見て安堵の息を吐いた。

 金髪に少し垂れた目元、通った鼻筋、薄い唇。優しげな雰囲気を纏ったその男は、一言で言えば整った顔立ちをしている。それでも警戒心を解く訳にはいけないとシェリルは男を注意深く観察しながら問いかけた。



「貴方が私を助けてくれた人、ですか?」

「助ける?」



 水に飲み込まれた所までは記憶があるシェリルは、きっと奇跡的にどこかに打ち上げられたかして助けられたのではと考えていたのだが、男の反応を見ると違うらしい。



「私をウンディー湾で助けてくれたのでは……ないのですね。では、ここはどこなのでしょうか?」



 シェリルの質問に男は答えない。それどころか「ウンディー湾で助ける……グレン……昨日は花嫁…………」と何かブツブツと小さな声で呟いている。そして次第に顔が強張っていくと、勢いよくドアから飛び出して行った。

 ポツンと部屋に残されたシェリルはその男の動きに驚き、唖然としていたが、そんなシェリルの耳に先ほどの男の叫び声が飛び込んでくる。



「こらぁぁあああ! グレンお前、なに研究所の仮眠室に花嫁放置してんだ、ぼけぇえええ!」


「お・ま・え・の、花嫁だろぉが! この研究馬鹿がぁあああ!!」



 ドアが閉まっているというのに聞こえてくるとは、見た目の柔らかさとは違い、なかなか熱い人だなぁと明後日の方向に考えていたシェリルはふっと気づく。



「花嫁? それって誰のこと? ……え、私のこと、じゃないよね」



 シェリルは生贄としてウンディー湾で舟に乗せられ、突然の水柱に飲み込まれたのだ。そして目が覚めたらこの部屋にいた。どこをどう間違えたって生贄が花嫁にはならないだろう。


 まずはここがどこか知らなくてはとシェリルは部屋の窓から外を見て、その光景に目を疑った。



「空が……」



 今まで見てきた青い空や白い雲はそこになく、空は透明な膜で覆われ、その外側は水で満たされている。時々漏れる光のせいか水の色は青や緑へと移り変わり、大小様々な魚達が優雅に泳いでいるではないか。



「どういうこと? ここは水の中だって言うの?」

「そうだよ。ここは人間のつけた名前で言えばウンディー湾の底さ」



 突然背後から声がかかりシェリルは小さく肩を揺らし振り返る。そこには先程の金髪の男が額に汗を浮かべながらも優しげな笑みを浮かべて立っていた。



「さっきの……」

「挨拶が遅れて悪かったね。僕はジェフ。それで、こいつが……おい、さっさと来い」



 ドアから外へ腕を伸ばしたジェフは、何かを引っ張り出してくる。首根っこを捕まれた状態で現れた人物を見た瞬間、シェリルは驚きのあまり大きく口を開けたまま固まった。



「こいつが、グレンだ」



 そう紹介された男は不機嫌そうな顔でシェリルに視線を向けた。しかし、シェリルに男の態度を気にする余裕などない。

 何故なら、男はシェリルが夢だったのかとすら思い始めていた、あの水の中で見た上半身が人間、下半身が魚の人物と瓜二つだったからである。

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