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黙って引き下がるタイプじゃありません

 シェリルはどちらかと言えばよく考える方だと思う。こうした方が効率がいいだとか、こうしたらこうなるだろうだとか。ネガティヴというよりはポジティブ気味で、凹んだり悩んだりもするけれど、最後には前を向く。だからこそ環境が突然変わってもグチグチ悩みを引きずらず、試行錯誤の末、環境に馴染むのが早かったりする。

 ただ大きな欠点も持ち合わせている。それが感情が大きく振り切ると言葉よりも先に手が出るということだ。女性としてはあるまじき。いや、男性でもいけないことなので、人間としてあるまじきことであるが、これはグレンの件で立証済みでもある。



 そんなわけで、今シェリルは己自身と戦っていた。相手は王女様で、シェリルとは天と地程の身分の差がある。たとえ侮辱されようとも感情的になってはいけない相手だ。



「グレン様はなんとおっしゃっているのでしょうか? もうお二人でお決めに?」



 もしそうなら後でぶっ飛ばす、と内心グレンに蹴りをお見舞いしながら、シェリルは至って冷静な態度でリスティアに質問する。

 一方リスティアはシェリルの言葉のどこに照れる箇所などあるのかと聞き出したいくらい頬を赤く染め、身体をくねらせた。



「まだ話していないのです。でもきっと、いえ必ず、グレンは喜んでくれると思いますわ。あぁ、結婚式はどうしましょう。お友達もたくさん呼ばなくては!」



 リスティアの中では既に決定事項のようである。未来に想いを馳せる乙女の姿はとても可愛らしいだろうが、シェリルには新種の生物に見えた。

 どこをどう見ればグレンがそんな厄介な結婚を喜ぶと思えるのだろうか。まだ数日しか一緒にいないシェリルにだって簡単に想像できる。グレンが嫌がるその姿が。


 もし仮にグレンがリスティアの提案をのんだとしよう。そうしたらシェリルは一目散に逃げ隠れてやる。いや、魔力皆無のシェリルでは生き抜けそうもないからエレシースに助けを求めようか。表向きは従った振りをして、子を作らず悠々自適な生活を送るでもいいかもしれない。


 ただ一つ決定していることは、人間を道具としか見ていないリスティアの思い通りになど動いてやるものか、ということだけである。



「……お話はよくわかりました。しかし、私一人では決められません。私をグレン様の花嫁に選んだのは国王様方で、私にそれらを覆す権利はありませんから」

「だから協力してほしいと言っているのです。あの頭の固いお父様も人間の花嫁から申し出があれば考えてくれるでしょう」

「では私が言わなければ認められないということですか? もしそうだとしたら、そのご相談はお断りさせていただきます」

「貴女、ご自分が何を言ってるのか理解しているの?」



 リスティアは初めて顔を歪め不愉快さを露わにした。まさかシェリルが言い返してくるとは思わなかったのだろう。美しい顔が台無しである。



「私には選ぶ権利がない。けれど、幸せになる権利ぐらいはあってもいいと思いませんか?」

「だから自由に暮らせる程のお金も屋敷も与えると言ったじゃない。まさかっ! 貴女、グレンを愛しているの?」

「それはないです」



 見当違いなリスティアの批難にシェリルは即答で返す。「なら!」と言葉を続けようとするリスティアにシェリルは強い眼差しを向け言葉を止めた。



「私が産んだ子は私の子です。人をただ子供を産む道具としか見ていない方に渡せるはずがないでしょう。お金? 屋敷? そんなもので心が満たされるとお思いですか? 馬鹿にするのも大概にしてください」

「魔力もない人間風情がよくもそんな態度を!」

「その人間風情のおかげで人魚族は繁栄してきたのですよね。もし不敬だと私を裁くのなら裁いていただいても結構です。私を消してグレン様と結婚すればよろしいと思います。その代わり、グレン様の子は生まれる事がないでしょう」

「貴女が消えたくらいで人魚族が困ると思っているのなら大間違いよ。また魔力皆無の人間を連れてくればいいだけですもの」


「そんなことはできないのですよ、リスティア王女殿下」



 突然リスティアとシェリルの会話に入ってきたのは、茶色のつり目がちな瞳をより細め、まるで女王様かと錯覚させるほどの堂々とした立ち振る舞いを見せる女性。



「な、なぜっ!?」



 リスティアが驚くのも無理はない。その女性は何を隠そうグレンの母、エレシースである。

 シェリルはチラリと近づいてくるエレシースを盗み見る。傍目にはわからないだろうが、あの姿をこの二日間何度も見てきたシェリルにはわかる。あれは完全にご立腹だ。きっとシェリル達の会話を盗み聞いていたのだろう。



「殿下はご存じないご様子ですけれど、人間の花嫁をもらう儀式以外で人間を連れてきても意味はないのです」

「意味は、ない?」

「過去にはどこかのお馬鹿さんが人間の花嫁を得たいがために人間を攫ってきたことがあるみたいなのですけど、子ができるどころか、その男は魔力の枯渇で死んでしまったのですって」

「魔力の枯渇……」



 唖然とした表情でエレシースの言葉を聞いているリスティアを横目にシェリルは黙って周りの様子を観察していた。みんな普通に談笑しているが、耳は完全にエレシースの方へと向いている。それだけで知らないのがリスティアだけではないことを示していた。

 シェリルが知ったのも控え室でエレシースと二人っきりになった時だったのだから周りの者と大差はないのだが。



「詳しくはわたくしも知らないですわ。でも、それから人間の花嫁の儀式以外で人間を連れ去ってきてはいけないという暗黙の了解ができたと伺っています。湾の外に行く者への取り締まりが厳しいのもそのためだとか。それで、シェリルさん? どうしてこんな話になったのかしら?」

「リスティア王女殿下から人間の花嫁の価値について教えていただいていただけです」

「なっ!?」

「そうだったの。なんだが物騒な言葉が聞こえたものだから口を出してしまったけれど……有意義な会話の邪魔をしたのなら申し訳ありません、殿下」



 笑顔を浮かべているエレシースだが、目が全く笑っていない。どこから聞いていたかはわからないけれど、シェリルを助けに来たというよりは腹が立って口を挟んだだけのような気もする。もしかしたらエレシースも自分と同じタイプなのかも、とシェリルは変なところで納得した。


 エレシースの迫力に負けてかリスティアは「い、いえ……」と力無い言葉を返している。エレシースの恐ろしさを知っているシェリルとしてはリスティアの気持ちが痛いほどわかるが、今は同情する気にはなれない。



「シェリルさん。王族の皆様は人間の花嫁の価値をよくご理解くださり、とても大切にしてくださってきました。貴女もちゃんと感謝するのですよ」

「はい、エレシース様」

「わ、わたくしこれで失礼いたしますわ!」



 シェリルが言葉を続ける前に若干顔色を悪くしたリスティアが目の前から走り去っていく。それを黙って見送っていたシェリルに隣から大きな溜息が落とされた。



「なめられるなとは言ったけれど、貴女、さすがに喧嘩を売りすぎよ。王族にあんな言葉をぶつける娘を初めて見たわ」

「申し訳ありません。ただ子を産む道具としか見ていないだけでなく、『仮の花嫁』と言われてしまって頭に血が上ってしまいました」

「仮の花嫁ねぇ……まぁ、実際そう言われていたことはあるわ。魔力皆無の者は人間の世界での境遇も大抵悪いでしょう。だから気弱な子が多かったようで、言いなりになる子がほとんどだった。わたくしや貴女のように言い返すタイプが少ないのよ」



 なるほど、とシェリルは小さく頷いた。

 リスティアの言う通り人魚が愛情深く、一人の相手しか愛せないとしたら、その相手と結婚したいと思うのは当然のこと。ましてや国から強制的に貰い受けた人間の花嫁が妻で、反発してこないような人間だったなら、人間を見下すタイプの人魚は問答無用で愛する者と結婚するかもしれない。



「後悔はしてません。してませんけど……不味かったでしょうか?」

「まぁ、なんとかなるでしょう。かなりの方に人間の重要性を知らしめられたと思えば安いものよね」



 ……あれ? それって結論から言えば、不味かったってことになりません? とシェリルが狼狽える姿をエレシースは面白そうに見つめていた。

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