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両親の教え

「グレン殿、シェリル様、此方はおめでとうございます。いやぁ、お二人の仲睦まじい姿を拝見して私どもも安心いたしました」

「えぇえぇ、そうですわ。グレン様はあまり女性に興味が無いご様子でしたので心配しておりましたのよ。けれど、人間の花嫁様はやはり特別ですわね」

「そりゃそうだとも。こんなに美しい人間の花嫁様を迎えられるのだ。ユージスト家が羨ましくてたまらないな。セバスト殿もさぞ安心していることでしょう」

「シェリル様、何か困ったことがおありになったら、遠慮なく相談してくださいな。きっと力になりますわ」



 これで何人目か、と遠のきそうになる意識を何とか手繰り寄せシェリルは笑顔を貼り付ける。シェリルが発する言葉は「はい」や「ありがとうございます」くらいで、あとは微笑みながら相槌を打つだけだ。

 決して隣に立つグレンが仕事をしてくれているからではない。逆に、グレンは言葉を発するどころか笑顔一つ作っていないのだから、仕事をしろと言ってやりたいくらいである。



 国王が人間の花嫁を紹介し、正式にグレンの花嫁となったシェリルは、歓迎会を開始する掛け声と共にホール中央でダンスを踊らされた。

 結果から言えばグレンの足は踏まなかった。正直、一日だけの練習でそう簡単にダンスなど踊れるはずがないと思っていたシェリルだったが、シェリルが上達したのではなく、グレンが上手かったと言える。間違えるシェリルの足をグレンは何事もないようにかわしながら、上手くシェリルをリードし、遠目では華麗に踊っているように見せていた。


 あの厳しいエレシースが素人であるシェリルのダンスに及第点を与えたのは、グレンの実力を知っていたからだろう。研究室にこもってばかりの研究馬鹿でも、やはり根は良いところのお坊ちゃんという訳である。

 いや、ただ後からぐだくだと文句を言われるのが面倒だっただけかもしれない。こちらの方が信憑性があるなと思い、シェリルはグレンを見直すどころか呆れてしまった。



「……どいつもこいつも」



 グレンの小さなつぶやきを拾ったシェリルは同感だと言わんばかりに頷く。

 先ほどから挨拶に来る誰もが、グレンの心を溶かしたとシェリルを褒め、グレンに良かったな、羨ましい、と言葉を投げる。その言葉の端々には人間の花嫁とお近づきになりたいという気持ちが見え隠れしており、中には明け透けに子供の話をする者までいた。


 さすがに疲れてきたなぁ、とシェリルは辺りを見回す。何処かに座れるところはないだろうか。まさか主役だからと休憩一つできないわけではあるまい。

 疲労によってボロが出てしまう前に一度この珍獣を眺めているかのような視線と隠しきれない欲に塗れた言葉達から逃れたい。



「あの、少し休憩を……」

「あぁ、そうだな。ならばこっちだ」



 シェリルの提案をすぐに受け入れ、人混みを上手くかわしながらグレンは椅子のあるところまでエスコートしてくれる。その立ち振る舞いだけを見れば、グレンは間違いなく立派な紳士で、グレンを見つめながら頬を染める女性達の気持ちも理解できる。できるのだけど……



「本当に勿体無い」



 外見が一級品なだけに中身が残念すぎるのだ。

 シェリルの母であるソユンは結婚するなら父のような人を選べとよく言っていた。父は外見は平凡で、魔力も至って平凡、贅沢できるほどのお金は稼いでいなかったが、仕事熱心で情に厚く、家族を愛している人で、なによりも母の一番の理解者だった。


 シェリルの魔力が皆無だったのもあるだろうが、外見なんて飛び切り良くなくても清潔感さえあれば悪くは見えないし、お金は自分も頑張ればいい。一番換えがきかないのは中身だから、ちゃんとシェリル自身を見てくれる人を選びなさい。そしてあなたはちゃんと中身を磨きなさい。そう言い聞かせられてきた。

 まだ幼い娘になかなか重い事を言うなとは思うけれど、きっと母は娘の将来が心配で仕方なかったのだろう。自分がそう長くは生きられないことを知っていたのかもしれない。


 正直、中身の磨き方などシェリルにはわからなかった。だから、母の望んだ姿になれていると胸を張ることはできない。

 だけど、グレンの中身が残念ではあるが最悪ではないことくらいはわかるのである。だからこそ余計に勿体無いと思うのだ。



 シェリルを椅子に座らせたグレンは近くを通りかかった給仕に声をかける。すると、すぐに二人分の飲み物が運ばれてきた。

 二人の様子を何の気なしで眺めていたシェリルの前に薄ピンクの液体が入ったグラスが差し出される。



「お前、酒は大丈夫な歳か?」



 グラスの中で小さな気泡がシュワシュワと音を立てている。綺麗な色のお酒だな、と思いつつ、シェリルはグレンの手からグラスを受け取った。



「それは心配してくれてるの?」

「いや。倒れられても面倒だからな」

「……でしょうね」



 苦笑いとも言えない表情のままシェリルはグイッとグラスを傾ける。案外甘すぎず飲みやすい。あっという間に空になったグラスをグレンに見せ、シェリルはニヤリと笑った。



「酒は飲んでも飲まれるな、って父に教えられたの」

「……お前の父親は娘に何を教えてるんだ」



 そう言いながらグレンもシェリルと同じような笑みを浮かべ、一気にグラスを空ける。シェリルはグレンの意外な表情に驚きつつも、少しだけこの会話が楽しく思えた。


 だからかもしれない。少しだけシェリルは気分が良かった。だから、グレンの開発した魔道具を取り扱っている人がグレンと少し話がしたいと声をかけてきた時、行ってきていいと言ってしまった。

 ここが欲と嫉妬と憎悪の中心である事をうっかり忘れていたのだ。



「ねぇ、ちょっとよろしいかしら?」



 椅子に座ったまま、ぼけーっと華やかな景色を眺めていたシェリルに鈴を転がすような声がかけられた。声のする方へと視線を動かしたシェリルは驚きのあまり僅かに目を見開く。



「わ、私でしょうか?」

「えぇ、そうよ。少しお話ししてもよろしくて?」



 そこにいたのは王家の一人であるリスティア王女、その人であった。

ある意味、酒に飲まれた結果である。

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