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呪い

 ベッドから降りたシェリルは乱れた服の裾を素早く直し、ドアの前に立つ男と向き合った。男がシェリルを上から下までゆっくり眺めている間、シェリルも男の姿を改めて観察する。


 女性であるシェリルよりも艶やかな銀色の髪、美しさを計算して配置されたかのような整った顔立ち。切れ長の茶色い瞳の横には泣き黒子があり、より一層色気を放っている。すらりと長い手足や色白の肌は男らしさを感じさせないけれど、男の纏う雰囲気にはよく合う。


 よく似ている。美しい顔も纏う色も。だけど、少し違う。それは不機嫌そうな表情しか見たことがないからかもしれない。



「ご兄弟、ですか?」



 言葉の足りないシェリルの質問もちゃんと理解してくれたのか、男は甘い笑みを湛えたまま頷いた。



「そう。俺はメルビス・ユージスト……あいつの弟」



『弟』と言う瞬間、メルビスの表情が一瞬崩れる。それを見逃さなかったシェリルは警戒を強めた。

 あいつーー グレンの弟だからといって勝手に(ノックはしたらしいが入室の許可はしていないから)女性の部屋に入ってくるのはどうかと思うし、未だにこの家に歓迎されているのか判断しかねているからだ。


 それに、メルビスは『俺を選ばない?』と言った。仮にも兄の花嫁にである。

 シェリルは無知な子供ではない。誰もが他者に優しいわけではないことを知っていて、笑顔の裏で悍ましい感情を抱えている者がいる事も嫌という程知っている。



「なにか御用ですか?」



 意図せず固い声がシェリルの口から溢れた。警戒されていることがわかったからかメルビスが困ったような曖昧な笑みを浮かべる。



「許可なく部屋に入ったことは謝るよ、申し訳ない。ただ、少し君と話がしてみたくてさ」



 害を与えるつもりはないとでも言うようにメルビスは両手を肩の位置まで上げる。部屋に入ってからもメルビスはドアの前から一歩も近づいてこないし、立ち振る舞いや甘い笑みからもシェリルを気遣っているというのが伝わってくる。最初の行動は頂けないが、きっと大抵の女性はメルビスに好感を抱き警戒を解くだろう。

 しかし、シェリルはここ数日でありえない出来事をいくつも経験し、若干すれてしまった。正直、メルビスの笑顔が胡散臭いとまで感じている。



「申し訳ありませんが、私はお話しすることがございません。もしするのでしたら、後日にしては頂けないでしょうか。今日は慣れないことが続き、正直身体が休みを欲しているのです」

「そうだよね。じゃあ簡単に済ませるよ」



 いや、帰れよ! とシェリルは心の中で叫んだが、口には出さなかった。権力者というものがどういうものなのか、シェリルは身に染みて理解している。



「あいつじゃなくて俺の花嫁になってほしい」

「……なぜと理由をお聞きしてもよろしいですか?」

「君はさっきあいつを最低男と言ってたじゃないか。俺はあいつみたいな事はしないよ。君に不自由な思いもさせないし、大切にする」



 メルビスは愛を語るようにシェリルに真っ直ぐ視線を向ける。これが人間の世界での出来事であったなら、シェリルは頬を赤く染め頷いていたかもしれない。こんなにかっこいい人に大切にすると言ってもらえるなんて!と子供の頃、母が聞かせてくれた物語のお姫様になった気分で舞い上がっていたかもしれない。

 だけど現実は違う。この世界ではシェリルはただのシェリルじゃないのだ。夢見がちな乙女になんてなれはしない。



「私に選択権はあるのですか?」

「君が俺と結婚したいと言えばいい。国の方針とは少しズレるかもしれないが、俺は魔力が高いから説得できるさ。父上だって人間の花嫁がユージスト家に嫁ぐことに変わりはないから反対しないだろう。いや、家を継ぐ俺が人間の花嫁をもらうほうがいいと協力してくれるかもしれない」



 メルビスの言葉の端々に言い返したい事がたくさんあったのだが、シェリルは一番気になった事を口にした。



「弟の貴方が家を継ぐの……ですか?」



 人間の花嫁をもらう人魚は魔力量が高いはずだ。魔力量で個人の価値を見出すこの世界では、メルビスの言う通り、家を継ぐ者が人間の花嫁をもらった方が箔がつくだろうことは容易に理解できる。

 人間の花嫁をもらう者を決めるのが国だとすれば、グレンはアクリムニアの中でも魔力量が多いと認められたに等しいはずだ。そんな男がいるというのにユージスト家を継ぐのは弟のメルビスらしい。


 聞き様によっては不敬ともとられかねないシェリルの言葉にメルビスが不快さを示すことはなく、至極当然と言うかのように胸を張った。



「『五柱』の一つを担うユージスト家を継ぐのに相応しいのは俺しかいないからな。あんな呪われた(・・・・)奴に人間の花嫁を与えること自体間違いなんだ」

「……?」



 それは一体どういう事だろうか、とシェリルは首をかしげた。

 学校に通っていないシェリルが知っている事といえば、呪いとは高難度な魔法の一つで、複雑かつ繊細な術式と大量の魔力が必要なはずである。そのため呪いをかける術者は相当な技量と知識を必要とし、そう簡単に呪いをかけられる者は現れないと聞く。


 もしかしたらメルビスはグレンを揶揄しただけかもしれないと一瞬考えたシェリルだったが、本当に次男のメルビスがユージスト家を継ぐのであれば、あながち嘘ではないのかもしれない。いや、嘘だったとしても、グレンには家を継げない何かがあることに違いないのだ。


 別にシェリルは地位や莫大なお金が欲しいとは思っていない。お金があるに越したことはないけれど、生活に困らない程度のお金と住むところがあれば、立派な家のご夫人などといった地位はいらないのだ。というか、グレンがそんな立派な家の長男だという事も今日知ったばかりである。



「彼が家を継げないのは、その呪い? の所為なのですか?」



 他にも問題があるのなら教えて欲しい。シェリルがグレンの花嫁なのは、そう勝手に決められていたからだ。拒否権など一切なく、シェリルに選ぶ権利はなかった。

 しかし、メルビスが言ったように、ある程度条件が揃っていれば相手を選び直せるのだとしたら、シェリルを放ったらかしにして仕事ばかりのグレンよりマシな相手を選びたい。


 シェリルの問いかけの意味するところは、グレンの問題点を知りたい、ただそれだけだった。

 だが、シェリルの言葉を聞いた途端、メルビスは甘い笑みを引っ込め、徐々に顔を真っ赤に染めていった。その茶色い瞳から見て取れるのは“怒り”の感情である。



「呪いなどなくても俺が選ばれていたっ! 俺の方があいつなんかよりよっぽど相応しい!」

「え、あ、あの……」

「いいか! 必ず俺を選べ! 人間の花嫁を与えられるのはこの俺だっ!」



 そう叫ぶなりメルビスは大きな音を立てて部屋を出て行った。部屋に残されたシェリルは突然の変貌に驚き、ぽかんと間抜けな顔で立ち尽くす。

 先程のシェリルの質問はメルビスにとって触れられたくない事だったのだろう。何となくメルビスがグレンに何かしらの劣等感を抱いているということは理解できた。


 そしてもう一つわかったのは、グレンがその呪いの所為で家を継げないということだ。他にも問題があるのなら、グレンを嫌っている様子のメルビスが言わないわけないだろう。だからこそ余計に思う。



「呪いって……なんだろう」



 考えてみたところで全然わからない。それどころか、グレンがどんな人なのか、何をしているのかすら知らないのだ。



「選ぶも何も、知らなすぎて比べようがないじゃない」



 頭を使いすぎたせいかふらりとシェリルの体を揺れる。ベッドにばたりと飛び乗ったシェリルはそのまま吸い込まれるように眠りの世界へと誘われていった。

お読みいただきありがとうございました。来年もよろしくお願い申し上げます。


良いお年をお過ごしください。

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