閑話 観察記録
僕の名前はジェフ。
アクリムニア魔法研究所の所員だ。この研究所では魔法に関するあらゆることを研究している。ちなみに僕は新たな術式の開発、研究をしている。
アクリムニアに暮らしている人魚族は皆が大なり小なり魔力を宿し、幼い頃に魔法の扱いについて学んでいるから、研究所にいる者は大抵強く魔法に興味を持った者ばかり。いや、そんな風に言えば聞こえはいいが、簡単に言えば『魔法バカ』だ。
だから、変わった者が多いことは周知の事実で、研究していて一週間寝るのも食べるのも忘れていたなんてよくあることなのだが、この研究所の中でもトップクラスに変人なのが僕の同僚でもあり一つ年下の友人でもあるグレンだ。
彼の研究内容は新たな魔道具の製作。それもあってか、魔道具に組み込む術式を作るのに協力することもある。その縁で仲良くなったと言ってもいいかもしれない。
グレンも言わずもがな『魔法バカ』で、いや『研究バカ』である。目を離すと何日も飲まず食わずで部屋の隅で干からびている事がある。まだ僕はまともな方だから、定期的に様子を見に行っては食料を与え、眠らせているのだけど(研究所内では『グレンの母』と呼ばれ始めている)ある日グレンが城に呼ばれた。
グレンは『人間の花嫁』をもらう者に選ばれたらしい。それは人魚族にとってとても名誉な事で、妻が人間というだけで尊敬の念を送られるほどに凄い事だ。だが、グレンは喜ぶどころか、とても嫌そうだった。
まぁ、グレンの家は複雑だし、グレン自身も色々とあるから仕方がないとは思う。
だけど、友人としては研究以外興味を示さないグレンに強制的にでも妻ができることは大歓迎だ。その人間がグレンの心を救ってくれるなら尚良い。
それでもまずはグレンと人間の花嫁が仲良くなってくれなくてはいけない。そのためならなんでも協力しよう! そう思っていたんだけど。
「わぁ! この服可愛いですね」
「さすがお客様、お目が高い。これは数日前に入った新作なんですよ? お色は三色あって……どれもお似合いですが、旦那様はどちらが良いと思われます?」
「……どれでも変わらん」
「「……」」
「あ、あの! ちょっとこちらで待っていてくれますか?」
「なぜ? とっとと買うぞ」
「え、や、あの……ここは女性物の下着屋で。あの……」
「だからなんだ」
「えっと……えぇ、ついてくるのぉ」
「あっ! あのお菓子可愛いし美味しそう!」
「まずは必要なものを買え」
「……で、ですよね」
グレンちゃん、お母さん泣いてもいいですか。
買い物に出したのは僕だけど、ちょっと隠れて付いて来ちゃうくらいには心配してたけど。
いい歳した大人が女心の一欠片も理解してないなんて!
いや、わかっていた。わかっていたからついてきたんじゃないか。同僚との付き合いもままならないあの男に女性の気持ちがわかるはずなどなかったんだ。無謀だったんだ。
だからといって人間の花嫁を僕が連れ出すのはいただけないし、こうするしかなかったんだけど、なんかごめんよシェリルさん。
グレンの行動に何度も絶句しながら、それでもいざ商品を選び出すと目がキラキラと輝いて楽しそうなシェリルさん。あなた、いい子だね。本当にいい子だよ。
グレンが荷物を持ってあげているだけ及第点をあげてもいいだろうか、シェリルさん。きっとあれはシェリルさんに持たせると買い物に時間がかかる、くらいにしか思っていない行動だけど、それでも及第点をあげてもいいだろうか。
必要最低限の会話しかしていないけれど、女性とあんなに長く会話していることがないから、僕は地味に感動している。でも、そんなことシェリルさんは知らないだろうから、グレンが割と話している方だなんて気づいていないだろうな。
うん、なんか二人とも頑張ったよね。慣れないことを頑張った。感動しているうちに二人が帰り始めてしまったから、僕も急いで帰らなきゃ。
あっ、頑張ったご褒美にシェリルさんが気になっていたお菓子でも買っていってあげようかな。