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没落令嬢の異国結婚録  作者: 江本マシメサ
一章【星を胸に旅立つ少女】
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8.胡散臭い占術師

 今日は占い師の先生が来るというので、使用人のお姉さん達が綺麗な服を用意してくれた。

 華服と呼ばれる衣装は、ツルツルとした滑らかな手触りの布が使われており、織り込んだ花模様が美しく、一目で最高級品だということが分かる。

 服の形も故郷のものとは違い、上下は繋がっていて、羽織った後に右と左の布地を重ね合わせてから、帯と呼ばれる布を腰に巻いて留めるという不思議な構造をしていた。


 本日用意されたのは薄い黄色の華服で、袖には小さな花模様が織り込まれている品だ。繊細な作りの布は驚くべきことに一点ものではない。とある道具を使って複数生産出来るようになっているのだ。


 大華輪国の布物産業は世界的にも頭一つ以上飛び出ているといわれている。我が祖国で布に模様を付けるには一針一針糸で刺繍しなければならないが、この国には織機しょっきというものがあり、仕組みは詳しく知らないが、ある程度の動作を覚えれば誰でも美しい模様を織り込むことを可能とする技術があるという。


 大華輪国は異世界より齎された織機の技術を国内だけの宝とし、外部に漏れないようにている。元お針子としては、是非とも製作現場を覗きたいという気持ちがあるが、技術の漏洩防止策として異国人は立ち入りが制限されているのだ。


「奥様、本日の装飾は、いかがなさいますか?」


 私より三つ年上だという童顔の使用人が本日の装いの希望を聞いてくるが、いつも通りお任せで仕上げてもらうようお願いをする。

 目の前には沢山の簪や首飾りなどが並べられているが、趣味のいい組み合わせなどさっぱり分からないのだ。


 用意された華服に腕を通し、人の手を借りて帯を巻く。力いっぱい巻かれた帯は結構な圧迫感があるが、コルセットを装着した時の苦しみに比べたら可愛いものだろう。

 お針子時代に何度か完成したドレスの試着をしてくれと言われて、何度かコルセットを装着したことがあったが、咳き込んだだけで体の中のものが飛び出て来そうな位に苦しかったのを覚えている。忌まわしい記憶の一つと言えよう。


 今日は冷えるからと足元に火鉢を置いてくれて、更に華服の上に深緑の長衣を準備してくれた。


 それから化粧も念入りに施される。

 完成後の顔は、なんと言うか、別人の領域にまで達していた。ここのお姉さん達は一体何者なのか。

 顔面偽装が終わった後は髪の毛を綺麗にしてもらった。耳の前で細長いお団子を左右に作る髪形は初めて見たので、思わず感心してしまう。


 こうして身奇麗になった後で連れて来られた部屋には、めかし込んだ義母が居て、別人のようになった私の顔を見ると、細長い葉っぱのような扇子で口元を隠しながら大笑いをしてくれた。


 本日のお客様とはちょこちょこ会話に出てきていた占い師らしい。その先生は義母が少女時代からの付き合いで、絶対の信頼を寄せているとか。


 大華輪国での占い師の地位は高い。

 国民は何か迷いごとだったり、心配ごとだったり、不安なことがあれば占い師に来てもらい、占術料としてお金を払ってから話を聞いてもらう不思議な習慣があるのだという。


「あら、いらしたわ」

「……」


 客間の扉が叩かれて入ってきたのは、五十代位のおっさんだった。

 毛は染めているのか真っ白で、胸の辺りまで伸ばしている。だが、それよりも目を引くのが胸下まである長い髭だ。

 服装も変わっていて、地面に付きそうなほどの長い袖のある華服を纏い、下は足元の見えない形状になっており、女性が穿くスカートのような構造になっている。


 まあ、一言でこのおっさんを表すとしたら、最高に胡散臭い、だろう。


「お久しぶりね、シートゥ・ムー先生」

「ハ~イ、半年ぶり~アルね」

「……」


 このおっさん、凄く、怪しい。

 一言喋っただけで疑惑が確信へと変わった。


「この子は~誰アルか~?」

「そう!! この子、先生の言っていた異国の珍品なの!!」

「アー、青と金の~生き物の事ネ?」

「そう!!」

「……」


 私はこの胡散臭いおっさんのお陰でここに来る事になったのか。全く、本当にありがとうございましたと言いたい。


「んーカワイ、カワイイ。異国の珍品、トッテ~モ、可愛いネ」

「……」


 私は未だに喋るのが早い義母のお言葉を聞き逃してしまうことが多いが、このおっさんは妙にゆっくり喋るので、ほとんどの言葉を聞き取ってしまうという苦行に直面していた。


 可愛いと言いながらニタニタと不気味に笑いながらこちらを見るので、ここに来て初めて父の居る家に帰りたいと思ってしまった。私を綺麗にしてくれたお姉さん達をちょっとだけ恨みに思う。普段の姿ならこんなに食いつかなかっただろうに。現在の顔面は職人の偽装工作によるもので、残念ながら可愛いは作れるのだ。


 そんな視線にお義母様は不審に思ったのか、「先生?」と声を掛ける。我に返ったおっさんは居直って、適当な話題を喋り始めた。


「この子、来て、幸せ来たアルか?」

「いいえ、まだなの」

「幸運の力、まだ足りないネ」

「まあ! そうだったの。最近シン・ユーとも衝突してばかりで、なかなか幸せがやってこないって思っていたのよね」

「大丈夫、秘策あるヨ」

「本当!?」

「……」


 おっさんの言おうとしている秘策からは嫌な予感をひしひしと感じる。


「名前、何?」

「……レンハ」

「んん?」

「リェン・ファよ」


 私は未だに自分の名前すらまともに言えない状況にある。驚きの馬鹿さ加減を露出してしまい、顔に熱が集まるのを感じていた。


「うん、リェン・ファ。彼女が完全となるには~ワタシの愛人~デハナクテ、後妻……はヤバイか。――養子!! ソウ、養子になるのネ!!」


 色々と信じられない言葉の羅列を聞いた気がする。綺麗に聞き取れたのはおっさんの愛人か養子になればいい的なくだりだけだったが。


 やっぱりこの胡散臭い占い師は、顔面偽装及び胸元を盛っている私のことをイヤらしい目で見ていたのだ。


 職場の姐さん達の猥談を聞かされていたので、男の人全てが変態であることは知っていたが、こうも変態力をダダ漏れにされては気持ちが悪いとしか言いようが無い。


 お金で買われた私に選択権は無いが、シン・ユーと結婚しているからこのおっさんの所には行けないよね!? と期待を込めて義母を見上げたが、「シン・ユーに聞いてみないと分からないわ」というなんとも不安になる回答を返してくれた。


「ご子息に? 何故?」

「この子、息子と結婚しているのよ」

「なんと!!」

「だから聞いてみないと。こっちで勝手に決めたらまた怒られてしまうわ」


 私も変態のおっさんに貰われるよりは、シン・ユーの奥さんをしている方がいい。

 シン・ユーも男なのでどちらにせよ変態であることに間違い無いとは思うが、一緒に居るなら一目で分かる異常な変態よりも、変態力を押し隠して生きている真面目な変態の方がいいと思っている。


「んん~。シン・ユーとこの子との結婚、よくないネ」

「まあ、そうなの!?」

「ん。だからすぐに婚姻関係を破棄したほうがいいネ」

「……」


 このおっさんも大概適当だな。占いをする素振りすら見せない。古代の力を使って行うという占術なんて詐欺の一種だろう。第一喋り方がブレすぎている。


 もはや疑惑の宝石箱状態のおっさんが視界に入らないように、扇子で目元を隠し、早く時間が過ぎないかと祈りを捧げていた。


 最後にと付け加えて義母がシン・ユーのことについて相談を始める。


「シン・ユーのことなんだけど、この前また発作が起きていたみたいで、大丈夫なのかしらってこの子が心配しているのよ」


 先日シン・ユーの蹲って咳き込む姿を見てから、どうしても気になってしまい、本人に具合を聞くが邪険に扱われたので、義母に相談をしていたのだ。

 私があまりにもしつこかったので、義母はこんど先生に聞いておくから、と言っていたが、先生はお医者様じゃなくてこのおっさんのことだったのか!?


「シン・ユー? 大丈夫。お茶沢山飲む、治るネ 心配ないヨ」

「そうよね。ほら、大丈夫って言っているでしょう?」

「……」


 このおっさんがいくら心~配~ないさ~!! と言った所でお医者様の言葉じゃないので信用出来ません。


 ――ま、まさか、今までまともに医師の診断を受けた事がないとか言わないよね、お義母様!?


「では本日の代金を」

「あ、そうね」


 おっさんが懐から取り出した請求書には百万ジンと書かれていた。

 なんと、私を買い取った金額の十分の一を渡すように言ってきたのである。


「先生、また頼みますね」

「はいネ」

「……」


 義母は即金で百万金を用意しておっさんに手渡す。


 訳の分からないお金のやり取りに、私は気絶しそうになっていた。

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