66.おまけ・2
◇小話の詰め合わせです。
【震慄の宴より】(活動報告より再掲載・加筆あり)
※シン・ユーの結婚式後の同僚達との宴会の様子。ヨウ=レイ・ケツ視点。
◇◇◇
自分達は今、ザン中郎将の結婚式の後にある宴に招待されていた。
ここでは、新郎とその仕事仲間が呼ばれ、幸せになる為のとある儀式が行われるのだ。
部屋の中心にはザン中郎将が鎮座し、その隣に居る御方は愉快な様子を見せていた。
「あははははははは!!」
高々に笑い声を上げているのは、言うまでもなく我が君、フゥァン・シィァン殿下だ。
朝からずっと酒を飲んでいたので、いつも以上に上機嫌だ。
「やあやあ、御目出度い! 本当にい」
「……」
幸せの儀式とは、特別な神酒を頭の上から少量掛けるもの。
ところが、あろう事か我が君は大きな酒瓶をひっくり返し、ザン中郎将の頭の上からドボドボと酒を土砂降りのように神酒を掛けていたのだ。
当然ザン中郎将の顔は不機嫌そのもので、場の空気も冷え切っていた。
「ほら! 他の人もどんどん掛けないと、終わらないよ!」
「……」
もはや殺し屋の顔付きになってしまったザン中郎将に、進んで神酒を掛けたいという者が現れない。
「大丈夫、今日は無礼講だから! 僕が掛けても怒ってないでしょ?」
……いやいや、あなた王族でしょう!? この中で一番位が高いです!! という突っ込みも出来る雰囲気ではない。
それにザン中郎将は怒っている、確実に。
城の女官が見れば「水も滴るいい男!」と喜びそうだが、ザン中郎将は刑務官のような鋭い眼差しをこちらに向けており、目の前に座る自分達は拷問を受ける前の囚人のような気分になっていた。
「レイ!」
「ヒッ! は、はい!?」
「君が一番この中では位が上だね。やっぱ上の者から行かないと、下々の者達も行きにくいって」
「……」
はあ。部屋の隅で得意の気配消しをしていたというのに、あっさりと気付かれてしまった。
名指しで呼ばれたので、仕方なく立ち上がってのろのろと新郎の前に近づく。
一度背後を振り向けば、部下達の表情は憐憫一色に染まっていた。
いやいや、「お前の犠牲は忘れない」みたいな顔をしているけれど、後で自分達もしなければらならいのだからな、という言葉を目線で送る。
「――ザン中郎将、おめでとうございます」
「……」
「本当、良かったよねえ。リェン・ファちゃん、とってもいい子なんだよ」
「……」
我が君がザン中郎将の奥方の名を出した途端に、目付きが鋭くなる。が、勿論そのような攻撃的な視線が効く御方ではないのだ。
ザン中郎将の不機嫌な雰囲気によって冷たくなった空気の中でも、我が君は平然と話を続ける。
「シン・ユーったらね、若くて可愛いお嫁さん貰っちゃって、デレデレしていてね」
「……」
「いやあ、羨ましいなあ」
「……」
もう、煽るのは止めて欲しいと心から思った。
とにかく早く帰りたかったので、勇気を出して神酒を手に取る。
「……それでは失礼します」
一度断ってから、神酒を頭の上から掛けた。
チョロチョロと少量掛けた所で酒瓶を置く。
「は? それだけ? レイ、もっと掛けなよ」
「は、はい!?」
「神酒は掛ければ掛けるほど幸せになるんだよ?」
「はあ!? じゃなくて、初耳です、そんなの」
「本当本当! 多分!」
「……」
王族に、やれと言われて出来ませんとは言えない。
近くに寄っているので、ザン中郎将の顔が見えないのが幸いだ。
背後の部下達を振り返れば、皆団子状になって身を寄せ合って震えているように見える。
……ザン中郎将は一体どのような顔をしているのか、絶対に見たくは無い。
「早く早く! さっさと終わらせて、シン・ユーもこの後はお楽しみがあるんだから」
「ーーッ、はい!! も、申し訳ありません!! ザン中郎将!!」
背後で震えている部下達の為に、自分は残っている神酒全てをザン中郎将へ掛けた。
酒瓶を持つ手が震えていたのは、きっと重かったからだと思いたい。
神酒を掛け終えた後は、酒の一気飲みが始まる。これも華族の結婚式伝統のものであったが、酒が苦手な自分は一杯飲んだだけでふらふらになってしまった。
少しだけ具合が悪くなったので、風に当たろうと外に出る。
我が君の護衛は酒の入っていない者を三人ほど配置して来た。
外を歩いていると、本格的に気持ちが悪くなってしまったので、草むらで四つん這いになってしまった。
もう、ここで安らかに眠りたい、ザン中郎将と我が君の間に挟まってガクブルしたくない、そんな思いが浮かび上がってくる。
だんだんと思考も後ろ向きになってきた。
謀反なんてどうでもいい。別に今の自分は生活に困っていない。
「……」
いやいや、駄目だ駄目だと、すぐさま首を振る。
覚悟の出来ていない自分を情けなく思い、はあ、っと大きくため息を吐いていると、目の前に白い手巾が差し出される。
「う、うわ!!」
「大丈夫ですの?」
冷たく濡れた手巾を手渡してくれたのは、(暗がりなのでよく見えないので詳細は謎だが)若い声の女性だった。
ありがたく受け取った手巾で顔を拭うと、幾分か気分は楽になる。
「ありがとうございます。でもどうしてここが?」
「奥様がお気づきになりましたの。窓の外で人が倒れていると」
「左様でしたか。助かりました」
ザン中郎将の奥方が気付いてくれたとは。
なんでも奥方は外で人が死んでいると思ったらしい。もう一人付いていた無情な使用人は、ただの酔っ払いだから放っておけと言って気にも留めなかったとか。
「よろしかったら奥の部屋でお休みになればいかがかしら?」
「いえ、大丈夫です。顔を拭いたら大分良くなりました」
「そうですの?」
「はい。ありがとうございます」
これ以上情けない姿を見せまいと、四つん這いの体勢から一気に立ち上がる。
自分の目の前に居た使用人の女性にも手を差し出して、立ち上がらせた。
手で引いた体は思いのほか軽く、立った姿は小柄なものだった。
「あ、あの、自分はフゥァン・シェァン殿下の護衛を務めております、ヨウ=レイ・ケツと申します」
「わたくしはしがない使用人です。名乗る程の者ではありませんの」
「へ!?」
「それでは、暗いので帰り道にもお気をつけて」
「あ、あの……?」
使用人の女性は丁寧に腰を折ると、どこかへと消えていってしまった。
後日お礼をしたかったのだが、迷惑だったのか。
その後、お開きとなった宴から部下達を引き連れて帰ったが、その行列は完全に負け戦から帰還した兵士のようだったに違いない。
どうか結婚は一度だけで頼みます、そうザン中郎将に心の中で願いを送った日のことであった。
それから気になっていた使用人の女性についてだが、城の中で女官として働いている所に再会してから色々な事があり、最終的には妻となったのだが、それはまた別の話である。
終わり。
【ファン・シーンとリェン・ファ】
※結婚式の後位。三人称。
◇◇◇
「リェン・ファちゃーん、遊ぼ~よ~!」
「……」
「ねえねえ、リェン・ファちゃんったら!」
「ファン・シーン、帰って」
今日のリェン・ファも、しつこく絡むファン・シーンの戯言に引っかかることは無かった。
一向に引き下がらないファン・シーンを本格的に無視していると、部屋の中に使用人が入って来る。
「あ、あの、奥様」
「何?」
「だ、旦那様がお帰りに」
「ええ!!」
大きな声を出して反応を示したのは、ファン・シーンの方だった。
今日は長い会議があるので、家に来ていることはバレないと思っていたのに、まさかの事態に慌てた素振りを見せる。
「あ、どうしよう」
「何が?」
「シン・ユーに遊びに来るって言っていないんだよねえ」
「へえ~」
「このまま見つかったら、僕ってば間男になっちゃうかも。ど、どうしよっか?」
「帰って、いますぐに」
「いや、今帰ったら、確実にシン・ユーと鉢合わせになるような」
「いいから、帰って」
リェン・ファは付き合ってられないと、部屋から出て行く為に立ち上がる。
「あ、待ってリェン・ファちゃん!! 見捨てないで!!」
「い、嫌~~!!」
「ねえ、お願い、お願いだから、一緒に怒られて!!」
「ファン・シーン、シン・ユー、怒られるといい」
「ええ~~」
ファン・シーンはリェン・ファを逃さないと、ひょいっと小さな体を抱き上げる。
「――!?」
「もうちょっとだけ、椅子に座ってお話を……」
リェン・ファが抗議の声を上げようとした時、部屋の扉が叩きもせずに開かれた。
「あ!」
「……」
そこに立っていたのは、ファン・シーンが恐れていたザン=シン・ユー本人であった。
「何を、している?」
「まだ、何もしてない、かな? ね、リェン・ファちゃん? まだ清い仲だもんねえ~」
「……」
ファン・シーンはそっと椅子の上にリェン・ファを下し、素早い動作で窓から外へ飛び出して行った。
その後をシン・ユーが猛追する。
数分後に庭からファン・シーンの悲鳴が聞こえた。
自業自得だと、誰もが思った瞬間であった。
終わり。
【リェン・ファ日記】
※三十六話の後位。三人称。
◇◇◇
先日、シン・ユーが使用人にリェン・ファの監視をさせて、それを報告させる、という事実が発覚した。
現在、シン・ユーはリェン・ファの事を疑っている訳ではないと言うので、その監視は取りやめとなった。
だが、リェン・ファは身の潔白を証明する為に、自分の行動を日記の中に収めることにしたのだった。
「いや、奥様、いい考えみたいに仰っていますが、自分で書いた日記などいくらでも偽れるのでは?」
「はっ!! そうだった!!」
リェン・ファが満面の笑顔で報告してきた事を、リー・リンは正論で一刀両断する。
「でも、奥様の日記を提出すれば、旦那様は嘘でも喜ぶと思いますよ?」
「う、嘘は書かないよ~!!」
「まあ、書いてみたらいかがでしょうか?」
「う、うん。日記って書くの初めてだけど、頑張る」
「……」
リー・リンは真新しい日記帳を開き、真面目な顔で筆を取るリェン・ファを、生暖かい視線で見守っていた。
◇◇◇
数日後、久々に見る日記帳にリー・リンは驚いていた。
「奥様、きちんと毎日書かれていたのですね」
「うん。見る?」
「え、それは」
「大したことは書いていないから大丈夫だよ~」
ちょっとだけ何を書いているか気になっていたリー・リンは、手渡された日記帳を開く。
「……」
その中には、毎日リェン・ファの食べた食事の内容が記され、おまけのように日常の様子が一言二言書かれているだけの、食生活日記だった。
しかも、日記の下部にはシン・ユーの突っ込みらしきものも記されている。
肉ばかり食べている日は、野菜も摂れ。
お菓子の量が多い日は、甘い物の食べ過ぎだ。
魚の骨が喉に引っかかって大変だったとあれば、骨が取れやすい豆知識なども記されていた。
「これは……」
「シン・ユーね、誤字脱字とかもきっちり指摘してくるの」
「まるで小姑ですね」
「はは。でも、日記って楽しいね」
「左様、でしたか」
何やら色々と問題はありそうだったが、リェン・ファが楽しいのならば、問題では無いかと思うリー・リンであった。
終わり。
【待ち遠しい休日】
※娘夫婦の移住が楽しみな父親の話で、時期は六十二話の後位。三人称。
離れて暮らしていた娘夫婦と義息子の母親の三人がハイデアデルンへの移住を決めてくれた。
一人寂しく暮らしていた男、エドガル・ライエンバルドは嬉しくて笑みが浮かぶ。
娘達が来るまでに何か出来ることはないかと考え、ある事が思い浮かんだ。
娘、レイファローズは飼っている愛玩動物を連れて来ると言っていた。なので、その動物達が使う家などを作ろうではないかと考える。
木材加工は子供の頃から得意だった。
よく庭の木に小鳥が住めるような小さな家を作って置いたり、最近、と言っても十五年年程まえだが、馬小屋の改築なども行った。
レイファローズは犬と伝書鳥を連れて来ると話していたので、犬小屋と鳥用の止まり木を作ろうかと構想を練る。
犬は大型犬だと聞いている。丁度勤め先に大きな犬が居るので、その犬の寸法を参考にした。伝書鳥は城仕えの時代に使っていたので、大体の大きさは理解している。
まず緻密な設計図を書き出した。
次に木材を買いにいき、仕事が休みの日になればちょこちょこと設計通りに組み立てていく。
休日がこのように楽しいのはいつ振りだろうかと考えるが、その記憶の中にはいつも家族が思い浮かんだ。
娘などいずれは結婚をしていなくなってしまう。
ずっと分かっていたことだったのに、いざその瞬間を迎えてみれば酷く寂しいものだった。
けれど、嫁ぎ先では住みにくいという事情もあって娘は近くで暮らしてくれると言ってくれた。
それがエドガルには嬉しかった。
それからしばらく経って、娘達を迎える日となる。
再会を喜び、勤め先が用意してくれた住居に案内をする。
娘の夫が先に来ていたようで、外の柵は開いていた。
「あ、お父さん、紹介するね。メイメ~イ!」
「メイメイ、さん?」
「うん。大華輪国から連れて来た犬ね」
「犬の名前はメイメイさんというのだね」
「そう!」
家を取り囲む柵の近くに植えてあった大きな木が、ガサリと音をたてる。
何かと上を見れば、何かがどさりと落下してきて、思わず悲鳴をあげてしまった。
「ひ、ひいいい!!」
目の前に突如として現れたのは、大きな黒い獣。とても犬と括れる可愛らしい大きさのものでは無かった。
「メイメイだよ」
「ひえ~~~~」
見た瞬間に自分の作った犬小屋には入らないな、と情け無い叫び声を上げながらも、どこか冷静に思ってしまう。
そして――
「あとねえ、ヨーヨー!!」
「へ?」
レイファローズはどこからか笛を取り出して吹いてから、鳥の名前らしいものを叫んだ。
上空から、甲高い何かの鳴き声が聞こえたかと思えば、ヒュンと高速で目の前に何かが通過したのが分かる。
鳥用の止まり木からミシミシ、という音がして、視線をそちらへ向ければ、大きく獰猛な目付きをした鳥がどっしりと鎮座しているのが分かった。
「ひ、ひいいい!!」
伝書鳥、と聞いていたので、空の上で目立たないような小さな鳥を想定していた。
現にハイデアデルンでは、ハートという灰色の小さな鳥を伝書鳥として使っている。
「ヨーヨーだよ」
「ひえ~~~~」
目の前で羽根を休めているのは、素人が作った小鳥用の止まり木がミシと音が鳴る程に大きな体をした鳥だったのだ。
大華輪国から連れて来たというメイメイとヨーヨーは、エドガルの予想を遥かに超えた存在だった。
「可愛いでしょ?」
「……」
「あのね、メイメイは不審者に吠え掛かるが得意で、大きな柵も飛び越えられる事が出来てね」
「う、うん」
「ヨーヨーは鋭い爪で肉を裂くことが上手なの!」
「レイファ」
「なあに?」
「申し訳が無いのだけれど、あの二匹はこの住宅街では飼えない」
「ええーー!?」
今も、道行く人達が庭に居る黒い獣と獰猛な鳥を見てぎょっとしているのがエドガルの視界の端に映っていた。
あの二匹は住宅街で飼える大きさの範疇を超えている。それは以前、城の住民安全課という部署で働いていたエドガルだからこそ分かったことだった。
「ど、どど、どうするの? 箱にそっと入れて、誰か拾って下さい、名前はメイメイとヨーヨーです! っていうのは嫌だよ!!」
「う、うん。あの二匹が入る箱は滅多に無いだろうね。まあ、そういう問題では無いと思うけど」
「……」
だんだんと涙目になっていく娘の背中をエドガルは優しく撫でる。
「旦那様に相談をしよう」
「!!」
広い庭を持つ、勤め先の主人の家ならば、この大きな動物も狭苦しい思いをしないで伸び伸びと暮らせるとエドガルは思った。
結果、勤め先の主人であるベルンハルト氏は快く大華輪国から連れて来た獣の保護を受け入れてくれた。そして、裏門の鍵を渡し、好きな時に遊びに来ても構わないという、度量の大きさも見せてくれた。
メイメイはベルンハルト家の犬と番になり、ヨーヨーは書類などを運ぶ仕事などを覚えるという、まさかの展開もあった。
更に、孫も生まれてエドガルの周囲は次第に賑やかになっていく。
そんな毎日を、楽しくも穏やかに過ごしていた。
終わり。
【義母と父と心配を抱える私】
※初対面を迎えるラン・フォンとエドガルの話、六十二話の後位。リェン・ファ視点。
◇◇◇
ついにこの日がやって来た。
ハイデアデルンにて、義母に父を紹介するという日が。
正直、義母は父の苦手な部類の人間であることは分かっていた。
なので、必要以上に怯えないか心配をしているのだ。
王都に到着をすると、前に行った店で待ち合わせをしている父の所へと向かう。
シン・ユーはメイメイとヨーヨーを新しい住居へ連れて行くので、先ほど別れた。
少しだけ迷いつつも、何とか店に到着をする。
店員に聞けば、父は既に来ているという。
「お義母さん」
「何ですか?」
「えっとね」
「だから、何です? 早く仰って下さい」
ハイデアデルンの言葉を喋る義母は、いつもより刺々しい。
慣れない異国の言葉を、分かりやすいようにとしている事なので、仕方が無い現象なのだが。
「私のお父さん、真面目でおっとりしていて、なんていうか、たまに空気も読めなくって、失礼なことを言うかもだけど、気にしないでね」
「そうですか。まあ、あなたみたいなものだと思っておきます」
「……」
いや、私と父は大いに違うだろう、そう思ったが、気分を害してはいけないと思って黙っておいた。
そして、運命の出会いの瞬間が訪れる。
「――お、お義母さん、父のエドガル・ライエンバルドです、お父さん、こちらがシン・ユーのお母さんのザン=ラン・フォンさんです」
父は立ち上がって会釈をしていたが、義母は思いもよらない行動に出る。
「――え?」
素早くその場に膝を折って平伏す状態となった義母は、額を地面につけたのだ。
「申し訳ありませんでした!!」
こ、これは、どこかで見た風景。
「大切なお嬢さんを了承も無く勝手に国外へと連れ出し、挙句に酷い扱いをしてしまいました!!」
「ひ、ひええええ!!」
「わ、わああああ!!」
私と父は突然土下座をする義母を目の当たりにして、同時に悲鳴をあげる。
「お、お義母さん!! それ、シン・ユーがしたから大丈夫!!」
義母を起き上がらせようと腕を引くが、ぴったりと地面に這い蹲っているので、ぴくともしない。
そんな中で、別方向からも信じがたい行動に出てくる者が現れる。
「こちらこそ、異国の地へと来て頂き、感謝を!!」
またしても、父まで土下座を始めてしまった。
「……」
……どうしてこうなった。
私は終わらない第二回土下座大会を前に、一人で頭を抱える。
この中で、私が出来る事と言ったら一つしかない。
「お願いです!! 頼みますから二人とも、頭を上げて下さい!!」
「!?」
「!!」
私の滑らかな動作で行われる土下座を以って、二回目の大会はしめやかに幕を閉じたのだった。
終わり。
【嬉しい、再会】
※ハイデアデルンから五年後の話。三人称。
◇◇◇
大華輪国から移住をして早五年の月日が経った。
ザン家には待望の子供が産まれ、シン・ユーも仕事に慣れた頃、嬉しい知らせが大華輪国より届く。
ザン家の屋敷で働いていたリー・リンとユイ・リーがハイデアデルンに移住することを決めたというのだ。
手紙によれば、リー・リンの実家の事業が落ち着いたので、こちらで商売を始める目的があると記されている。
それから半月後に二人はハイデアデルンへとやって来た。
レイファローズも三歳になる息子を連れて再会の場となる、個室付きの食事処へと出掛けた。
「どこ、行くの?」
「お友達に会いに行くよ~」
「……」
早めに家を出て、小さな息子の手を引いてのんびりと歩いていく。
目的の店は大人が歩いてもあまり時間の掛からない場所にあるので、散歩を楽しみつつ、ゆっくりとした足取りで進んでいた。
「ユーちゃん、お空に鳥さんが飛んでいるよ」
「鳥……ヨーヨー?」
「ううん、小鳥さん」
立ち止まった母親に鳥の存在を教えてもらった幼子は、青い目を瞬かせながら空を見上げる。
「鳥、たくさん」
「そうね~」
息子、ユージィンは、父親に似たのか言葉数の少ない、大人しい子供だった。文字は読めないものの絵本を好み、背負った鞄の中にはお気に入りの一冊が収められている。
大好きな祖父の働いているベルンハルト家に預けられている鳥や犬を観察することも楽しみとしており、屋敷のお嬢様と遊ぶこともあった。
本日は、リー・リンやユイ・リーが子供に会いたいというので、一緒に行くことになったのだ。
店の個室に到着をすれば、既に大華輪国の二人は待っている状態だった。
「リー・リン、ユイ・リー!!」
「お久しぶりですね」
『お、おお、奥様~~~~!!』
リー・リンは流暢なハイデアデルン語で話しかけ、ユイ・リーはまだ習得に至っていないのか、大華輪国の言葉で感動を口にした。
『ふ、二人とも、元気そう、良かった!!』
『うう、奥様も、お変わりなく』
「……」
ハイデアデルンの言葉が分からないユイ・リーを気遣ってか、レイファローズは久々に大華輪国語で話す。五年ぶりだったので、言葉が拙くなっているのを三人で笑った。
メイ・ニャオも一緒に遊びに来る予定だったが、妊娠が発覚したので、大事を取って国で留守番になったと話していた。
そして、話題はレイファローズの隣に居る小さな子供へと移る。
『ああ、こちらがお坊ちゃんで……なんというか、よく旦那様にそっくりで』
『はは、そうでしょ? 同じなのは目の色位で』
シン・ユーとレイファローズの息子、ユージィンは黒髪に青い目を持って生まれた。顔つきは父親に良く似ているが、肌の色はハイデアデルン人の中に混じっても分からない程に白く、異国の血が混じっているようには見えなかった。
「こんにち、わ、ゆーいりー、でス」
「……はい。ユージィン・ザン、です」
慣れないハイデアデルン語でユイ・リーが話しかけるものの、傍で聞いていたリー・リンから三歳児以下の言語能力だと批判されていた。
そして、食事を囲んでの楽しい時間は過ぎていく。
「そっか。喫茶店を開くんだ」
「ええ」
リー・リンは大華輪国と国交の始まったハイデアデルンで、喫茶店を開くと言っている。
なんでも旅行会社と手を組んで、店から大華輪国の宣伝をし、観光客を増やそう、という目的があると話していた。
「ねえ、お粥って出すの?」
「ええ、まあ、一応」
「やったー!!」
お粥を出す、ということに大喜びをするレイファローズを不思議に思っていると、驚くべきことが語られる。
「あのね、ここに来てからお粥、一回も食べていないの」
「……? ここにもお米は売っているでしょうに」
「うん。そうなんだけどね」
家畜の乳に香辛料を入れて、米を煮込んだものなど、この国にもお粥に似た食べ物はある。が、それらは毎日食べるような品目でもなく、たまに食堂などで頼む程度のものなのだ。それに米の値段は大華輪国の三倍だ。気軽に食べられるものではなかった。
「お義母さんがね、徹底しているの。この国に来たならば、この国のものを食さないと、みたいな感じで」
「意外ですね」
「うん」
よって、現在のザン家ではパンが主食となっている。
「だからね、喫茶店、楽しみにしているね」
「はい」
これから色々と準備があると言って、早々の解散となった。
「リー・リン、ユイ・リー、これからも、よろしくね!」
「はい」
「?」
『あ、ごめん。これ、からも、なかよく、ね?』
『あ、ああ!! はい、喜んで!!』
こうして、国を隔てても断ち切れる事の無かった彼女らの友情は、生涯続くこととなる。
終わり。
【祖父と孫の話】
※十五歳になったユージィンとエドガルの話。三人称。
◇◇◇
幼い頃から祖父にべったりだったユージィンは、最近ほとんど家を空けている。
何故かと言えば、祖父の家で勉強をする為だ。
「ここはこうして――」
ユージィンの祖父は頭が良く、勉強を教えてもらおうという魂胆もあった。
「今日はどうするのかな?」
「……泊まっていきます」
「だったら一緒に夕食を作ろうか」
「はい」
試験前なので、静かな空間で勉強をしたいと考え、祖父の家に泊り込むことは両親にも伝えていた。
家の中は十一歳となる弟と、四歳の妹の二人が賑やかなので、勉強の妨げになることがあるのだ。
夕食は、朝ユージィンの妹が持ってきたパンと、二人でスープを作り、買い置きしていた鶏肉に香辛料を振って焼いたものを並べる。
それを黙って平らげ、食器などを洗った後、再び机の上には参考書などで埋め尽くされた。
勉強が終われば、祖父が城仕えをしていた頃の話を聞く。
「それで、大騒ぎになって――」
ユージィンは祖父をこの世で一番尊敬していた。
祖父のように将来は城で働きたいとも思っていた。
そして、彼にはささやかな夢があった。
いずれは結婚をして、この家で暮らすということを。
「お祖父さん」
「はい?」
「長生きをしてくださいね」
「はは、分かったよ」
彼らの穏やかな時間は続く。
そして、その夢が叶う日も、近い。
終わり。
【喧しいザン家】
※ザン家の十一歳の次男と四歳の長女のお話。三人称。
「うわあああああん!!」
「う、うるせえよ!!」
台所で泣き叫ぶのは、ザン家の幼き少女、リュファで、それを見て慌てているのは二番目の子供、エドガーだった。
エドガーは昨日父親に妹を泣かせるなと厳しく怒られたばかりだったので、両親が帰ってくる前に早く泣き止ませようと必死になっていた。
「ったくよー、パン食った位で怒るなよ!!」
「っく、ふえええ、き、木の実の、パン、楽し、楽しみに、していた、の、にいいい、うええええ」
エドガーは妹の楽しみに取っていた木の実入りのパンを知らずに食べてしまったのだ。それがこの悲惨な状態になるとは思いもせずに。
「ほ、ほら、これで木の実のパン、買って来いよ!!」
「ふえええええん!!」
妹に、なけなしのお小遣いを差し出すが、一向に受け取ろうとしない。
「お、俺に買って来いって言うのかよ!!」
「ち、違う~~!!」
「はあ!?」
「おばーちゃんのパン、だから、お店では、売って、いないのよ~」
「何言ってんだよ! 店のも婆ちゃんが作ったもの同じだろうが!!」
「違うの~~!! おばーちゃんの、つ、作ったパンは、特別なの~~!!」
「んなこと知るかよ!!」
エドガーは訳が分からないと頭を抱え込み、どうすればいいのかと悩んでいた。
そういえばと、非常食用にとポケットの中に入れていた飴の存在を思い出して、五粒、全部リュファに差し出す。
リュファは両手で飴を受け取り、左右のポケットに入れてから再び泣き出す。
「――ッ、何でだよ!! 機嫌直せよ!!」
「それとこれとは、別なの~~」
「お前なあ!!」
そんな風に騒いでいるうちに母親が買い物から帰ってきてしまった。
「あれ? どうしたの?」
「ううううう!!」
「ち、違えよ、俺は、わ、悪くねえ!!」
リュファは母親に抱きついて先ほどよりも激しく泣き出す。
「リーちゃん、どうしたの?」
「お、おにーちゃん、小、おにーちゃんが、リュ、リュファのパン、食べたのーー!!」
「そ、そっか」
「ふええええ」
「……」
「エっちゃん、食べたの?」
「……く、食った、けど!」
「そっかあ」
娘の頭を優しくなで、落ち着かせる。
「エッちゃん、ごめんなさいはしたの?」
「……して、ねえ」
「じゃあ、言おっか」
エドガーがバツの悪そうな表情で、母親から離れた妹の顔を見る。目を真っ赤にして泣いているのを改めて見れば、おのずと罪悪感も湧き上がってくるものだった。
「……わ、悪かった」
「っく、っく」
母親に涙を拭かれているリュファは、涙目で兄を見上げた。その兄は、申し訳なさそうな、情けないような表情を浮かべている。
「リーちゃん、お兄ちゃんはね、育ち盛りなのよ~」
「育ち、盛り?」
「そう。いくら食べても食べてもお腹一杯にならないの」
「――!! か、可哀想!!」
母親の話を聞いて、リュファの涙は引っ込んでしまった。エドガーは、その事に安堵を覚えて、はあっと深いため息を吐く。
育ち盛りな兄を心配したリュファは、ポケットの中の飴を一粒だけ差し出し、エドガーも「一粒だけかよ!」と噴き出しそうになりながらも、それを受け取る。
「じゃあ、今から仲直りを祝って、パンケーキを作ろうかな」
「わあ、パンケーキ!!」
「卵をふわっふわに泡立てて、分厚いのを作ろうね」
「やったーー!!」
「エッちゃんが卵泡立てる係だよ」
「分かったよ!」
パンケーキを作る準備をしながら、食べ物の恨みは恐ろしい事態を巻き起こすのだなと反省していた。
そして、エドガーは一つ勉強になったと、今日のことを胸に刻む。
――こうして、兄と妹は無事に仲直りとなった。
終わり。
【遠き日の思い出】
※二十年後のザン夫婦と娘の話。レイファローズ視点。
◇◇◇
「おかーさん、高い位置に二つに結んで」
「はいはい」
娘の中の最近の流行の髪型は、うさぎさんの耳のように二つに結ぶものだった。自分では左右の高さが合わないと、私に頼んでくる。
子供達は共通して真っ黒な髪の毛と青い目を持って生まれた。
下の娘だけが、私と同じうねるような癖毛で、きちんと手入れをしていないと毎朝悲惨なことになるのだ。
そんな娘の髪を手早く結び、義母の作ったリボン付きの髪留めで纏めて完成となる。
鏡を覗き込んで髪型を確認した後、娘はお礼を言って上機嫌で居間から出て行く。
娘が跳ねるように歩く度に、その髪はふわふわとうさぎの耳のように揺れていた。
今日の娘も文句なしに可愛かった。
そんな中で、自分以外にもデレっとなっている人物を発見する。
夫だ。
上の息子二人と違って、娘には優しいお父さんをしている。
娘が出て行った後も楽しそうな表情を浮かべていたが、そろそろ出勤の時間だったので、一言物申してしまった。
「お仕事に遅れますわよ~」
「ええ、そうですね」
そう指摘した瞬間に無表情となった夫は、思いがけない一言を呟く。
「リュファを見ていると、レイファが嫁に来てくれた頃を思い出します」
「はい?」
「リュファは、出会った時の、若い頃のレイファによく似ている」
「な、ええー!?」
ちょっと!! 私が嫁いできたのは十八の時なんですけど!!
そんな抗議の言葉が浮かんできたが、言い合いなどをしている暇は無いので、なんとか飲み込んだ。
それにしても、リュファはまだ七歳で、成熟しきっていた十八歳の私と比べるのは可笑しな話だ。
ま、まあ、確かに当時の私は童顔であったけれど、七歳の娘と似ているってのは酷すぎる。
夫の頭の中の、二十年前の記憶は薄れかかっているのでは!? と疑問に思ってしまった。
「あ、あのさ」
「?」
「いや、なんでもないよ。行ってらっしゃい」
玄関先での見送りをする元気すら削がれてしまい、椅子に座り込んで手を振るだけの行ってらっしゃいをする。
がっくりと肩を落とす私の頬に、夫が口付けをするとそのまま無言で仕事に行ってしまった。
終わり。
【両親とエドガーと祖母】
※十四歳のエドガーのお話。三人称。
騎士学校が休みの日に限って早く目覚める。
そんな不思議な現象に首を傾げつつ、着替えを済ませてのろのろと廊下を歩いていた。
父親が起きていれば、剣の相手でもして貰おうと思い、居間を覗き込む。
「――あ、父ちゃ」
既に起きていた父親は、声を掛けた息子に気がつかなかったのか、窓の外を眺めていた。
一体何を見ているのかと、隣に行ってみれば、外では母親が布団を干しているだけだった。
「おはようございます、エドガー」
「……お、おはよ」
近付いてきた息子の顔を少しだけ一瞥して朝の挨拶をすると、エドガーの父親は再び窓の外へ視線を移す。
一体何をしているのかと、疑問に思ったが、聞けるような雰囲気では無かった。
それから別の日にも、似たような状況に遭遇する。
長椅子に座って繕い物をする母親を、エドガーの父は本を読む振りをしながら眺めていたのだ。
勿論視線は繕い物をする手元にはない。直接母親の顔を見ていたのだ。
(な、なんだあれは、気持ちが悪い!!)
自分の父親のことながら、そう思ってしまった。
(父ちゃんは、母ちゃんの監視をしているのか!? きちんと働いているのかと?)
エドガーの父は異国の生まれなので、ハイデアデルンの常識と少しだけズレている行動に出ることがあると前に母親が言っていたことを思い出す。
(うん、監視じゃなくて、なんか、理由があるのかも)
ちょっと他人には相談を出来ることでは無かったので、祖母に話を聞いて貰うことにした。
「なあ、婆ちゃん、父ちゃんってさ、変わっているよな?」
「そうですね」
「……」
祖母からの答えは単純で、更に即答だった。
「どうしてですか?」
それを先に言って欲しかったとエドガーは思う。
「い、いや、父ちゃんがさ、母ちゃんをずっと監視するみたいに見ていて」
「ああ、あれは趣味ですよ」
「は、趣味?」
「はい。あの子はきっと、レイファローズを見るのが楽しくって仕方が無いのです」
「……」
父親の母を責めるような視線は、心配するようなものでは無かったのかと安堵をする。
しかし、結婚生活も二十年経ってもそのような状態なのかと、呆れてしまった。
「父ちゃんってさ、どうしてそんなに母ちゃんのこと好きなの?」
「それは、レイファローズが注いだ愛が、いつになっても枯渇していない証拠でしょうね」
「な、なんだそれ?」
エドガーの祖母は語る。両親の昔話を。
「息子、シン・ユーは、それはもう、こちらの手が付けられない位に頑固な子供でした。まあ、今もですが」
「……」
祖母、ラン・フォンの話を聞きながら、初めてザン家が大華輪国では名の知れた貴族だという事をエドガーは知る。
それに加えてラン・フォンは、驚くべき事実を淡々と話して聞かせた。
別に隠していることではないので、大丈夫だと言っていたが、他の兄妹、ユージィンやリュファなどは知らない話だと言っている。
「自由の利かない病弱な体、ザン家の当主としての重圧、勝手に押し付けられた武官の上級職、そして、国を思っての謀反の計画、全てが息子一人の背中に圧し掛かっていました」
元々穏やかな気質では無かったシン・ユーの追い詰められた心は年月が進むごとに荒れていき、ついには親子関係の悪化までに至ってしまう。
「そんな時にシン・ユーは、あなたの母親、レイファローズと結婚をすることになったのです」
恋愛結婚では無かった二人は、当然のように気持ちも、何もかもがすれ違った。
「これから謀反を起こすという計画もあって、シン・ユーはレイファローズとは関わらないようにとしていたのです。話をする機会があっても冷たく接してしました」
ところが、そんなザン家の抱える事情など知らなかったレイファローズは、能天気な態度でシン・ユーに構ってしまう。
「ある時は具合の悪い息子を優しく介抱し、ある時は喉の調子が悪い息子の為に毎日のように喉飴を作った。ですが、その当時のレイファローズはシン・ユーを愛していた訳ではありません」
「だったらどうして、母ちゃんはそんなことをしたんだ? 自分に冷たくする人なんて、放っておけばいいのに」
「……義娘は目の前に居た息子が苦しんでいたから、そんな単純な理由で助けただけに過ぎません」
「意味が分からないんだけど? そういう見返り無く、人に優しく出来るものなの?」
「誰もが出来る訳ではありませんが、可能とする者も稀に居るようです。――人は、それを無償の愛といいます。レイファローズは、息子の空っぽになっていた心の器に、純粋な愛を注ぎ続けたのです」
「……」
結果、誰も愛さないと決めていたシン・ユーの心を溶かしたのは、レイファローズだけだった。
そんな風な祖母の話を聞いて、エドガーは何だか恥ずかしくなる。
「あなたも、誰かの心の器に、無償の愛を注げることの出来る人におなりなさい」
「で、出来るかよ、んなこと!」
「騎士とは、そういう奉仕の心を持たなければならぬのですよ」
「……」
そういった騎士の精神については授業でなんとなく習った事があったな、とエドガーは思い出してしまった。
父親の謎について、驚くべき事実がいくつも発覚した日の話であったが、本人には怖くて詳細を聞ける内容では無かった。
よって、今日の話は聞かなかったことにしようと決めた、エドガーであった。
終わり。




