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没落令嬢の異国結婚録  作者: 江本マシメサ
六章【二十年後のお話】

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64.いつもと変わらぬ朝の風景

 ――兼業主婦の朝は早い。


 ぐっすり眠っている夫を跨いで乗り越え、寝台から下りると、まだ完全に目が覚めていない自分に気合を入れる為に頬を両手で叩く。

 それから引き出しから動きやすい服を取り出し、再び夫がよく寝ている事を確認してから、寝間着を脱ぎ捨ててから紺色のワンピースに着替える。


 引き出しの中から前掛けエプロンも取り出し、腰に巻きつけてぎゅっと紐で固く結んだ。


「……寝てるね」


 たまに夫は朝、寝ている振りをしつつ、私の着替えを無言で見ている時があるのだ。

 このおっさんは一体何を考えているのだか、と毎回呆れている。結婚生活も二十年以上経っているが、未だに夫を完全に理解出来ないでいた。


 夫を警戒しながらの着替えが終わると、階段を下りて行ってすぐに行き当たる、二番目の息子に扉の外から声を掛ける。


「朝だよ~~」


 騎士学校に行っている息子は、早めに行って朝の鍛錬をしているらしい。

 なので、一番早く起こすのだが、この通り朝に弱く、覚醒は遅い。


 本日も返事は無し。

 また後で起こしに行くかと諦めて、台所へ向かう。


 朝食の支度は私の仕事だ。

 と、言っても、昨晩の残りのスープを温めたり、燻製肉を焼いたりするだけなのだが。しかも、そのスープを作ったのは義母だったりするのだ。私は何も作っていないことになる。


 かまどに火を入れて、スープを温める。

 そして、棚の中から昨日義母が作った、丸くて白いパンを籠の中に山盛りに入れた。


 肉屋で買った燻製肉を厚く切り分け、油を敷いて熱した底の薄い鍋で炒める。ついでに卵を入れて、目玉焼きも一緒に作った。


 卵の白身を黄身に触れないように調理用のヘラでザクザク切ってから、皿の上に置いていく。庭の畑で取れた葉野菜を添えて完成だ。


「おはよ~~、おかーさん」

「おはよう」


 台所に顔を出したのは、末娘だ。

 いつも自分で起きられるいい子で、今日も一番に起きてきた。


「あ、髪の毛結ばないで寝たでしょう?」

「う、う~ん、忘れてた!」


 娘は私と同じ癖毛で、髪の毛を結んで寝ないと悲惨なことになる。今日の娘の髪の毛も、逆立つように跳ねて大変な事態になっていた。


「後で結んであげるから、先に着替えて」

「はあい」

「あ、ついでに小さいお兄ちゃんを起こしてくれる?」

「分かった~~」


 寝起きはいいが、起きた状態でもボケッとしている娘は、ほわほわとした返事をしつつ、目を擦りながら着替えに行った。


 再び、朝食の準備の再開となった。

 スープを深型の皿に注ぎ、食卓のある部屋に運ぶための押し車の上に乗せる。


 そして、朝食の準備も終わろうかとしている所に、廊下からドコドコと大きな足音をたてて接近して来る輩が現れた。


「お、おい!! まだ朝食の準備出来てねえのかよ、ババア!!」

「は~い。少々お待ちくださいねえ~」


 騎士見習いの制服を纏った、口の悪い少年は二番目の息子だ。

 皺一つない服を完璧に着こなし、短い髪の毛をきっちりと綺麗に整えている姿は、とても数分前まで寝ていた人には見えない。


 息子は今年で十四歳、まあ、なんというか、反抗期というものだ。

 一番目の息子に反抗期がなかったので、微笑ましい気持ちで見守ってる。


「あと少しで行かなきゃいけない時間だ!! さっさと……!?」


 文句を言いつつ、後退りながら台所を出て行こうとしていた息子は、出入り口で何かにぶつかる。


「――ヒッ!!」


 ……気配無く台所の出入り口に居たのは夫だ。

 息子はまさかの父親の登場に驚いていた。

 見習いとはいえ、騎士をしている自分が背後を取られるとは思ってもいなかったのだろう。


「……先ほど、聞き捨てならない言葉が聞こえてきた気がしましたが?」

「な、なんだよ!! 何も言ってねえし!!」

「少し、手合わせでもしましょうか」

「は、はあ!? 父ちゃん剣なんか使えないだろ!?」

「……」

「は、ぎゃ!!」


 夫は問答無用で息子の首根っこを掴んで、出て行ってしまった。

 数分後、庭からドーンという納屋に何かがぶつかった音がしたが、聞かなかったことにした。


 子供達は夫の大華輪国での過去を知らない。なので、剣を扱えるのを知って、かつ、叩きのめされて、息子も驚いただろうな、と少しだけ同情をする。


 蒸しサラダと食後に食べる果物の盛り合わせの準備が終わった所で、朝食を載せた押し車と共に食卓のある部屋へ移動をする。


 そこには意気消沈状態の二番目の息子と、何事も無かったかのように新聞紙を広げて読む夫の姿があった。


 息子を見れば、怪我などはないようで、一先ず安心をする。


 ガサリ、と音をたてて、新聞紙を少し避けた夫が、片目だけで息子の顔を見る。その顔を見てビクっとした息子が、消え入りそうな声で話しかけてきた。


「母ちゃ、じゃなくて、お、お母様、先ほどは、過ぎた口を利いた事を、お、お許し下さい」

「……よ、よろしくってよ~」


 夫の鉄拳制裁が効いたのか、息子はあっという間に良い子さんになっていた。


「あ、ちいおにーちゃんだ! 珍し~」


 着替えを終えた娘と一番目の息子が食卓に着く。


 二番目の息子は一人で朝食を食べてさっさと学校に行くので、こうして一緒に食事を摂ることは珍しいのだ。


 ふと、兄弟が揃って嬉しそうな娘の髪の毛がきっちり結われていることに気がつく。


「あら、髪の毛結んで貰ったの?」

「うん、おばーちゃんが!!」


 娘の爆発頭は義母がどうにかしてくれたようだ。


「おかーさん、見て!! おばーちゃん、リボンの髪留め作ってくれたの~」

「へえ、可愛いねえ」

「でしょう? おばーちゃん、お仕事で布が余ったから、仕方なく作ったんだって!!」

「……」


 相変わらず、というべきか、義母は可愛い孫に対しても素直ではない。

 まあ、娘も義母に何を言われてもヘラヘラしているので、問題は無いが。


 そんな話をしていると、渦中の人物である義母がやって来る。


「まあ、あなた、この時間に居るとは珍しい。寝坊でもしたのですか?」

「ち、違う!! 今日は家で訓練したから!!」

「そうですか」


 義母は珍しく朝食の席に着いている二番目の息子を弄っていた。

 ハイデアデルンの言葉を喋る義母は、大華輪国語で喋るよりもハキハキとしているので棘があるように聞こえる。


 子供達は義母の毒舌に慣れているので、何の問題も無かった。


 そして、全員が食卓に着いた所で、食前の祈りが始まった。


 ――ここに用意されたものに祝福を。


 食材への感謝の言葉が終わると、各々食事を始める。


 娘は我先にと、昨日義母が作っていた野苺のジャムの瓶を掴んだ。

 これは一昨日娘と夫が近くの森に行って採ったもので、昨日仕事が休みだった義母がジャムに加工してくれたのだ。


 娘はジャムの入った真っ赤な瓶を嬉しそうに眺めてから、籠の中の白いパンを皿に取り、二つに割る。匙でジャムを掬ってパンの断面に塗り込み、目を輝かせながら口いっぱいに頬張っている。


「おばーちゃん!! ジャムもパンもすごくおいしいね!!」

「分かったから、黙って食べなさい」

「はあい」


 厳しく注意をした義母だったが、幸せそうにジャムを塗ったパンをモグモグする娘を楽しそうに眺めていた。

 まあ、気持ちは分からなくもない。娘のモグモグはちょっと可愛い。

 一方の息子達は……、一番目の息子は何を食べても無表情だし、二番目は味わって食べないで、とにかく早食いだ。どちらも全然可愛くない。


 ああ、娘が居て良かった!! と思える瞬間だった。


 ◇◇◇


 朝食を終え、歯磨きをすれば、みんなを見送る時間帯となる。


 最初に準備が終わって玄関に立っていたのは娘だ。

 手にしている大きな籠の中身は、近くに住む父への朝食だ。


 今まで何度も同居しようという提案をしたが、頑固な父は首を縦に振ることは無かった。

 夫や義母に気を使っているのかもしれない。


 だが、その代わりに毎日様子を伺いに行くし、一番目の息子はここに居るより、父の家に居る方が長いというお爺ちゃんっ子だ。

 娘もこうして毎日のように朝食を届けている。


「気を付けて行って帰って来てね」

「はあい!」


 行ってらっしゃいの挨拶を受ける為に、娘はふくふくのほっぺをこちらに向ける。

 私は少しだけしゃがみ込んで、その頬に口付けをした。


「行ってきま~す!」

「行ってらっしゃい」


 娘は元気良く外へ出て行った。


 次は二番目の息子。

 思春期なので、母親の口付けなんて全力で嫌がる訳で。


「いいって言っているだろ!!」

「少しだけいいじゃな~い」

「止めろ!!」

「あ、お父さん」

「!?」


 ピシっと固まった隙を狙って、背伸びをして頬に口付けをする。


「あ、あ~~!!」

「隙だらけですわよ~」

「う、嘘かよ、くそが!! お、覚えていろよ~~!!」


 二番目の息子は捨て台詞を残して出て行く。


 一番目の息子は素直に行ってらっしゃいの挨拶を受け入れる。


「今日はベルンハルトさんの日だっけ」

「はい」

「じゃあ帰りは一緒だね」

「ですね」


 親子とは思えない、事務的な返しをする息子を見送った。


 最後は夫だ。


「今日はお泊りで買い付けだっけ?」

「はい」

「じゃあ会えるのは明日だね」

「ですね」


 先ほどの息子と全く一緒の返しを聞いて、笑いそうになる。

 親子とは似てしまうのだな、としみじみ思ってしまった。


「どうかしましたか?」

「なんでもない」


 夫の両手を握れば、少しだけしゃがんでくれる。


 私は背伸びをして、夫の頬へ親愛の口付けを贈った。


 ◇◇◇


 以上が毎朝繰り広げられる家族の毎日だ。



 そんな、ささいな日常を、私は愛しく思っている。




 没落貴族令嬢の異国間結婚奮闘実録・番外編 完。


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