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没落令嬢の異国結婚録  作者: 江本マシメサ
五章【第二回・新婚旅行】

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63.【挿話】孤独な嵐風・その弐

◇新婚旅行編のラン・フォンサイド(三人称)になります。

 ラン・フォンの息子夫婦はハイデアデルンへと旅立ってしまった。

 その後ろ姿を見送りながら、なんとも言えない気持ちになる。


 ザン=ラン・フォンの隠居暮らしが始まって以来、というよりは、人生で初めての一人での生活だった。

 もう、以前の何も出来ない貴婦人ではないラン・フォンは、一人暮らしなど何てことの無いものだと思っていた。


 だが、その自信も数日の間で砕かれる事となる。


 ◇◇◇


 一日の始まりは、いつものように洗濯物を片付ける作業から始める。

 絡繰からくり仕掛けの洗濯機を動かす為の発条ゼンマイは、出発前にシン・ユーが回してくれていたようだと確認をする。井戸から水を運び洗濯用洗剤を入れ、蓋についている穴に鍵を入れて回せば、カタコトと歯車が音をたてながら動き出す。


「……」


 ふと、違和感を覚えて首を傾げ、その正体が何かというのに気が付く。


(……リェン・ファだわ)


 この時間帯はリェン・ファが畑仕事を終える頃合いで、ラン・フォンが洗濯機を回した後で、服が汚れたから一緒に洗ってくれないかと言いに来るのだ。

 勿論、泥だらけになった服なので、洗濯機の中に入れるのはお断りをしている。


 だが、文句を言いながらも結局はラン・フォンがリェン・ファの服を手洗いする、というのがお決まりのやり取りだった。


 それが無かったので、しっくり来なかったのだと納得をする。


 洗濯物を洗っている間に部屋の掃除をしたが、床には糸くずの一本も落ちていないので、すぐに終わってしまう。

 部屋を散らかすのは、裁縫をするリェン・ファだった。

 作業に夢中になるからか、彼女の周りはいつも布切れや糸くずが散乱していたのだ。


 いつもは掃除の妨げになるからといって邪険に扱い、部屋の隅に追いやっていたのに、今日は滞りなく掃除が済んでしまって、何とも言えない物足りなさを感じる。


(物足りない!? 馬鹿馬鹿しい!!)


 ラン・フォンは自らの心の中に浮かんだ感情を否定する。


 そろそろ昼食の準備をしようかと思ったが、かまどに火を入れてくれる人がいないので、外の地獄釜を使わないといけない事を思い出す。


 温泉の蒸気を利用している地獄釜の湯気からは、独特な匂いがしている。

 その匂いは苦手なラン・フォンは、いつも家の中で調理を行っていた。


 火を熾す方法は知っていたが、シン・ユーになるべく直火は危ないから地獄釜を使うようにと忠告されていたので、言いつけ通りにすることを決める。外から重たい薪を運ぶのも大変だからだ。


 昼食は蒸し鳥の温野菜添えに、炒った木の実と根菜類の粥、薬味を載せただけの豆腐に、白い麺に香辛料を振り、酢醤油をかけたものを用意。


 作り終わってから、今日は一人分でよかったなどと思い出す。

 机を埋め尽くすほどの料理を眺めながら、ラン・フォンは静かに肩を落とした。


「……」


 食事は、いつも賑やかだった。

 リェン・ファは出された料理はどれも美味しいと絶賛する。料理の評価はいいから静かに食べてと言えば素直に従うが、黙った状態で料理を口にすれば、あっという間に表情が綻び、幸せいっぱいな顔になる。それをこっそり観察するのがラン・フォンのささやかな楽しみだった。


 他にも育てた野菜の事を話したり、商人に卸す布小物はどんな品を作ったらいいのかとラン・フォンに相談したりと、二人の間の話題は尽きない。


 そんなことを思い出していたら、箸が進まなくなってしまった。


 作った料理が大量に余ってしまったので、夜も食べなければならないとため息を吐く。


 夕食の準備をしなくてもいいので、午後から暇になってしまった。

 リェン・ファのように布小物でも作ろうかと材料を広げたが、いまいち集中力が続かない。


 その後、庭の番をしているメイメイと戯れたり、頼まれていたリェン・ファの畑の野菜に水を遣ったりして時間を潰すこととなった。


 こうして夜になると昼に作った料理を夕食として並べたが、二回に分けても全て食べきることは出来なかった。


 このようにして一日は終わる。


 翌日。

 いつもの起床時間より遅い時間帯に外に出てみれば、玄関のすぐ傍にある止まり木にヨーヨーの姿があった。


「……あなた、どうして今日はうるさくしなかったのよ」


 肉食鳥は餌を要求する為にキイキイと鳴き喚くのに、今日は大人しくしていたのだ。


「まさかあなた、毎朝リェン・ファをからかっていたんじゃないわよね?」


 ラン・フォンの疑惑にヨーヨーは首を傾げる。


「あら、何を置いて……ッ!?」


 餌を置く場所には、ヨーヨーが自分で捕って来た餌が置いてあった。その餌となる小型動物の死骸を見て、ラン・フォンは悲鳴を上げそうになったが、声が出る寸前で飲み込む。


「ち、ちょっと、それ、ここで、た、食べないでよね!! 血で汚れるでしょう!?」


 ラン・フォンの抗議を聞いたヨーヨーは、まるで言葉が分かるかのように「キイ!」と一言鳴いて、得物を爪で掴んでどこかへと飛んでいってしまった。


「……な、なによ、訳が分からない鳥ね!!」


 そんな風に罵倒しながらも、息子に言われていたヨーヨーの羽の回収はきっちりと行う。


 続いては、地獄釜の近くにある調理台でメイメイの朝食作りに取り掛かる。


 賢い大型犬は自分の食事を作っているのが分かるのか、少し離れた場所で尻尾を振りながら待機していた。


 犬用の食事は、味付け無しの煮込んだ野菜や米だ。

 漂う蒸気の独特な匂いに耐えつつも、何とか短時間で仕上げ、一度沸騰をさせていた水を掛けて冷ましてからメイメイに与える。


 自分用の食事を作るのが億劫だったので、メイメイ用に作った粥に味を付けたものを食べることにした。


 今日は三日に一度訪れる商人が来る日だった。

 対応はいつもリェン・ファがしていたので、少しだけ緊張をしていた。


 商人はいつもの時間、昼過ぎにやってくる。

 小さな馬に荷車を引かせ、夫婦でやって来るのだ。


「どうも~三河商会です~」

「……」

「おや、今日はお姉さんですかあ~? 初めましてですねえ」

「あなた、何を言っているの?」

「あら? お姉さんは旦那様の姉君ではないのですか?」

「……私は、あの子達の母親です」

「え、ええ~~!!」


 接客担当の女商人は、ラン・フォンの事を、シン・ユーの姉だと勝手に思っていた。

 シン・ユーが老けた顔付きをしており、かつ、ラン・フォンが若い見た目をしている為に、あまり年齢が離れているように見えなかったのが原因だった。


「まあまあ、それは失礼いたしました。大奥様があまりにもお美しいものでえ~」

「……」


 女商人の言葉には反応を示さずに、必要なものを書いた紙を差し出して用意してもらう。

 お代と引き換えに商品を受け取り、ついでにリェン・ファの作った布小物の買取りも行った。


「はい、確かに頂きましたあ~。そちらもご確認を」

「ええ、問題ないわ」

「ありがとうございます~」


 商人との取引を無事に終わらせ、ラン・フォンはホッと安堵の息を吐いた。


 ◇◇◇


 その後の毎日は、酷く灰色がかった物のように感じていた。

 一人で過ごすというのが、こんなにも寂しいとは思ってもいなかったのだ。


 メイメイやヨーヨーという存在があっても、心を完全に満たしてくれる訳はなく、孤独な日々を送っていた。


 静かな空間に一人でいると、心配が増長する。


(リェン・ファは、本当に大丈夫かしら!?)


 シン・ユーとリェン・ファは、ラン・フォンが同居をしているので、あまり二人きりになれないだろうからと、今回の旅行は気を遣って辞退をしたのだ。だが、おっとり真面目な義娘が、旅先でうっかり息子と逸れ、危険な目に遭っていないか心配になってしまった。


 ――珍しいお菓子の香りに釣られて迷子になっているのではないか!?

 ――親切な人を装った悪人に騙されて誘拐をされているのではないか!?


(あの子、可愛いから心配だわ!!)


 リェン・ファに似合う可愛い服なんて選ばなければ良かったと後悔をする。


(シン・ユーも、大丈夫かしら!?)


 心配の種は息子にもあった。


(あの子、自分がどう見えているのか気付いているのかしら?)


 出発の朝、ラン・フォンは指摘しようかどうか悩み、結局言わなかった事があった。


 シン・ユーとリェン・ファに関してである。


(あれはどう見ても、凶悪な誘拐犯と拐かされた少女だったわ)


 シン・ユーは二十代後半に見え、リェン・ファは十代半ば程に見える。二人を夫婦だと認識出来る者は少ないだろうと思っていたが、何となく指摘出来ないでいたのだ。


(せめてシン・ユーの雰囲気が普通だったら良かったのだけれど)


 異国の地で、穏やかではない空気を纏っている息子が職務質問などを受けていなければいいな、と考えていた。


 それから数十日が経ち、ついに息子夫婦の帰ってくる日となった。


 家は綺麗に片付け、食事も食べ切れないほど用意した。


 待ちきれなくって玄関先で待っていると、二頭の馬の影が浮かんでくる。


「おか~さ~ん!!」

「!!」


 馬から降りて駆けて来る娘を、ラン・フォンは抱擁と共に出迎えた。


「お義母さん! ただいま!」

「……」


 以前とは違い、必ず帰って来ることは分かっていたが、それでもラン・フォンは不安な毎日を送っていた。


 帰ってきたリェン・ファを抱きしめながら、胸がいっぱいになってしまい、掛けるべき言葉を失ってしまう。


 何とか搾り出した言葉も、震えて格好が付かないものとなっていた。


「早かった、のね」

「うん。お義母さんに、早く会いたかったの! 寂しかった!」

「わ、私は別に、寂しくなんてなかったし、一人でも、全然、平気だったわ!!」

「本当!? 嬉しいっ!!」

「……あなた、私の話を聞いているの!?」

「うん?」


 まったく噛み合っていない会話を繰り広げるリェン・ファとラン・フォンの二人を、シン・ユーは呆れた表情で眺めていた。


 相変わらず素直になれないラン・フォンだったが、血の繋がっていない親子の気持ちは奇しくも同じであり、その事に気がついていないのは本人だけであった。


 ◇◇◇


 それから数日後という異例の速さで大華輪国を離れ、ハイデアデルンに移住する事となったが、沢山の家族に囲まれたラン・フォンの人生は幸せに満ち溢れていたという。


 【挿話】孤独な嵐風ラン・フォン・その弐 完。


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