62.ハイデアデルン・ウルウル滞在記
移動日二日目。
騎士のお姉さん達は熊の里で降りて行った。なんでもそこの街の名物【行成団子】というものを食べに行く目的で寄るとか。
行成団子というのは、白くもっちりとした塩味の餅粉を練って蒸した生地の中に、餡子と輪切りにした甘芋を入れたお菓子だという。
騎士のお姉さんから食べられるのは熊の里だけと聞いて、がっかりしてしまった。
一緒に行くかと聞かれたが、私達にはハイデアデルン行きの船が待っているので、ぐっと我慢をした。
そんな感じで二日目の移動も滞りなく過ぎて行き、夜には港のある鹿の里に到着をする。
船に乗るのは明日の朝なので、この街で一晩を明かした。
翌日。
港には大きな船が停泊していた。
【ロンダンデリア号】という、ハイデアデルン製の蒸気船らしい。
ハイデアデルンで有名な船と言えば、王族などが乗る事がある大型の豪華客船【バルリング号】だが、このロンダンデリア号は中型に部類される、庶民御用達の船だ。
ちょっと早めに乗船受付を済ませ、中でゆっくりとした時間を過ごす。
船旅は六日間と長い。
二日毎に港町に停まり、半日掛けて燃料や食料などの補給を行うようになっている。
馬車から船という道のりは、最短距離ではあるが、最速では無い。通る道は同じだが、竜を使えば二日程移動時間を短縮出来る。が、移動の為の料金が何倍にも膨れ上がるので、候補から外していたとシン・ユーは話していた。私も竜に乗ると何故か毎回気持ち悪くなってしまうので、ありがたかった。
船内は特等から三等船室まであり、私達は中層階の部屋を取っていた。
中にはちょっとした日用品や食料の買える売店と、賭博が禁じられている健全な遊戯場があるだけで、それ以外に時間を潰す場所は無い。
私は父に寝間着でも作ろうかと布と裁縫道具を持って来ていた。
シン・ユーはハイデアデルンの参考書や礼儀について書かれた資料などを持ち込んでいる。
そして、暇つぶしに船の中に入ったらハイデアデルンの言葉で会話をする、ということを決めていた。
早速私はハイデアデルン語でシン・ユーに話し掛ける。
「何か分からないことがあったら聞いてね~」
「ありがとうございます。レイファローズ」
「!!」
突然本当の名前を呼ばれてドキっとする。
事前に祖国に帰ったらそちらの名前で呼ぶと言っていたので分かっていたことなのだが。
「発音は問題ありませんか?」
「うん、綺麗。凄いね」
「……では何故、顔を逸らすのですか?」
「い、いやあ、なんか、へへ」
丁寧な言葉で喋るシン・ユーというのも、何だか照れてしまうのだ。
「レイファローズ、こちらを見てください」
「見なくても大丈夫、きちんと視界の端っこに入っているから」
「何を、考えているのですか?」
「べ、別に~」
ハイデアデルンの言葉だとシン・ユーは何故か饒舌になるので、いつも以上にじりじりと追い詰められているような気分になる。
「……いつも不安になります」
「ん、何が?」
「自分だけが一方的に想っていて、あなたは同情心だけで傍に居てくれるのではと」
「おやまあ!」
どうしてそういうことを思っちゃうのだろうか。
まさか義母だけでなく、シン・ユーまでもが私の愛に気が付いていないとはな。
この似た者親子め!
焼け付くような視線を感じながら、ふと、ある疑惑が浮上してきたので、念の為にご本人さまに聞いてみた。
「もしかしてさ、私がハイデアデルンに着いたら、すたこら逃げるのでは? とか疑っていないよ、ね?」
「……」
「……」
ああ、駄目だ。あの顔は絶対に疑っている。多分どこかに捕獲用の紐とか隠し持っていそうだ。
「逃げないよ?」
「……」
誠心誠意を持って逃げないと伝えるが、反応は薄い。
愛情とは、どのように示せばいいのものなのか。
心の中で想っているだけでは案外本人に通じないものだと驚いている。
とりあえず行動と口に出して気持ちでも伝えるかと思い、ハイデアデルンと大華輪国、どちらの言葉で言ったら恥かしくないかと考える。
同じ「好きです」という言葉でも、大華輪国語で言った方が恥ずかしくないように思えた。
だが、船の中ではハイデアデルン語で話をする、という約束があるので、使うべき言葉は決まっている。
恥ずかしがっている場合ではない。
この先六日間、快適に過ごす為には、ここでシン・ユーのご機嫌を直しておかなければならないのだ。
勇気を出して椅子に座っているシン・ユーに近付き、股の間の空いている座面に片膝を付いて、肩を抱きしめる。
そして、耳元でそっと囁いた。
「私はあなたがいないと生きていけません」
シン・ユーよ、これで満足だろう!! 私の愛を思い知ったか、と何かに勝った気分でいたが、それは間違いであったことを後の反省する事となる。
何と説明をすればいいのか言葉に出来ないが、私の方がシン・ユーの愛を分かっていなかったのだった。
……何があったかは省略。
◇◇◇
それから六日間の旅は、一日目の出港前にシン・ユーが荒ぶったこと以外なにも起こらなかった。実に平和な船旅だったと言えよう。
時間があり過ぎて、父の寝間着は無駄な模様を縫い付けつつも、丁寧な仕上がりになったし、ついでに余った布で作ったシン・ユーの刺繍入りのタイも、店に卸せそうな位のものが完成した。
それらのものを鞄に詰めて、船から降りる準備をする。
窓の外を覗けば、どんよりとしたハイデアデルンのいつもの空が広がっていた。
とうとう私は二年振りに帰って来られたのだ! と実感することが出来た。
◇◇◇
ハイデアデルンの港町では荷物の軽い検査があり、それを通過するのに時間が掛かってしまう。
王都までは馬車で二時間程。
父と会う約束をしているのは夜なので、時間はたっぷりと余裕があった。
シン・ユーは町並みや人の様子を不思議そうに眺めている。
そんなシン・ユーを道行く人たちは振り返って見ていた。この国にも黒髪の人は稀にいるが、完全な黒ではなく微かに青みが掛かっている。なので、真っ黒という目や髪色は珍しいのだ。
ハイデアデルンは国民のほとんどが金髪だ。なので、街中で人込みに紛れ込んだら、すぐに私を見つける事は出来ないねと言ったら、シン・ユーはそんなことはない、どこに居ても見つけられると自信満々に言ってのける。
だったら試してやろうかと、シン・ユーから距離を取ろうとしたが、少し離れただけで手を掴まれてしまった。
それから何度か挑戦を試みるも、一瞬の隙もなく捕獲され続けたのだった。
それから馬車に乗って二時間、八日間の移動を終えて、王都へ到着となる。
外門を抜けた頃には日が沈み、街中は外灯の光に包まれるような時間帯となっていた。
一度予約をしていた宿に荷物を預けてから、父と会う約束をしている店に向かう。
予約をしていた店は、個室のある食事処だ。普通の店ではシン・ユーが目立つかもしれないという父の配慮だろう。
前に来た事のある店だったが、道に迷ってしまい、予定の時間ギリギリの到着となってしまった。
もう、部屋の中には父が待っているだろう。
店員に案内された部屋の扉の前で、胸がドキドキと高鳴っているのを感じている。
勝手に国を飛び出した私を、父は怒っていないだろうか?
別れた時以上に父が草臥れた感じになっていたらどうしよう?
扉を叩く為に上げていた手を、動かす事の出来ない私の肩をシン・ユーが優しく撫でる。
――大丈夫。きっと何も心配しているようなことは無い。
そう思って扉を叩いたが、思いもよらぬ場所から名前を呼ばれたのだ。
「レイファ、レイファローズ!!」
「んん?」
背後から名前を呼ばれ、振り返ると、そこには息を切らした父の姿があった。
「ご、ごめんね! 久々に、来たから、道に迷って、遅く、なって」
「……う、うん、私達も今、来たばっかりで、その」
「本当!? 良かった~」
「……」
てっきり部屋の中に居るものだと思っていたのに、父も道に迷って遅れていたのかと脱力をする。
散々心の中でシン・ユーと義母を似た者親子だと思っていたが、私と父も同じようなものだと気付いてしまった。
◇◇◇
やっと部屋に入る事が出来、私は父にシン・ユーを紹介することが出来た。
「お父さん、この人が大華輪国で親切にしてくれたザン家のシン・ユーさん。あと旦那様でもあるんだけど」
なんか親切な人を全面に推して、結婚相手だという情報がおまけみたいになってしまった。人を紹介するのに慣れていないので許して貰おう。
「はじめまして。ザン=シン・ユーと申します」
シン・ユーは父に向かって深く頭を下げる。
「ああ、やっとお会い出来ましたね。とても嬉しく思います」
父も名前を名乗った後、シン・ユーに会えたことを喜んでくれた。
これでやっと座れるな、と思っていたのに、シン・ユーが想定外の行動に出る。
「……あれ?」
シン・ユーは石の地面に両膝を付き、額を深く下げる格好をしていた。
「――ッ、この度は、お嬢さんを了承も無しに勝手に娶り、多大な苦労を掛けてしまったことをお詫び申し上げます!!」
「え、ええ~!?」
「わ、わ~お!」
私と父は同時に驚きの声を上げる。
この地面に平伏す格好は、大華輪国では三跪九叩頭の礼と呼ばれるもので、古くはお上の前でのみ行われる、尊敬の気持ちを表す礼の一つとして伝えられていた。が、現代では最大級の懇願や謝罪を行う際にするものだと言われている。
ハイデアデルンにも土下座という異世界より伝わった平伏方法があるので、大華輪国で学んだ内容がうっすらと頭の中に残っていたのだ。
「あ、あの、シン・ユー?」
荒ぶる土下座を披露する夫をどうにかして鎮めようと話し掛けたが、今度は別方向からの思いもよらぬ行動に言葉を失ってしまった。
「こちらこそ、娘の支度金を、貴族の位を返還する手数料に使ってしまい、本当に、本当に、ううっ!!」
「お、お父さんまで!?」
何故か父までも地面に膝を付いて、土下座の格好になってしまった。しかも声が震えているので泣いているのだろう。
「何と言って謝罪すればいいのか」
「いいのです、いいのです。む、娘を見れば、分かります。異国で、とても大切にされていたのだと。それよりも悪いのは、娘一人も幸せに出来ない、か、甲斐性の無い、この私!」
「いいえ! そのようなことは、決して」
この、突然始まった土下座大会を前に、私は困惑をしていた。
空気を読んで自分も参加した方がいいのではと本気で悩んでしまう。
そうこうしているうちに、食事の注文を取りに来たのか、店員が扉を叩く音が聞こえた。
「あ、入ってま~す!」
動揺をしていた私は、扉の向こう側に居る店員に対して、訳の分からぬ返事をしてしまった。
◇◇◇
落ち着きを取り戻したシン・ユーと父は、ようやくまともに話が出来る状態まで戻っていた。
父の目は真っ赤になっている。
説得をして、やっとのことで土下座状態から席に着いた父は、私との再会が嬉しいと再び泣き始めたのだ。
食事をしながら私は大華輪国での話を父に聞かせた。
素直じゃないけれど優しい義母、年齢不詳でしっかりちゃっかり者なリー・リン、親切で優しい使用人達、そして、大好きなシン・ユーのこと。
「それで、シン・ユーが「その宝石は本物だが、呪いが掛かっている!!」って言ってね……、あ! もうこんな時間だね。ちょっと喋り過ぎちゃった」
「楽しい時間は一瞬で過ぎ去ってしまうね」
「……うん」
短時間では語りきれなかったが、またここに戻って来られるのだ。
父とは、また明日会う時間を設けている。
三日目は家や仕事を探しにいかなければならない。
その後、父と別れて宿に戻った。
宿までの道のりは、シン・ユーがしっかり記憶をしていたので、迷わずに済んだ。
◇◇◇
ハイデアデルン・二日目。
父と落ち合う約束をしていた喫茶店に向かう為に外に出ると、宿の前に停まっていた馬車の中から父が出て来た。
「レイファ! こちらに」
「お父さん!?」
見たこともないような立派な馬車から出て来た父に呼ばれたので、驚いてしまう。
「旦那様、ベルンハルトさんがレイファとシンユさんに会いたいって仰っていてね」
「!!」
父のシン・ユーの発音が怪しかったことを突っ込もうかと一瞬悩んだが、それよりも吃驚な話題が出て来たので、どうでも良くなってしまった。
父の勤め先の旦那様はベルンハルト商会という、ハイデアデルンの中でも大手の宝石商だ。
昨日話していたのだが、かなりの資産を所有しており、その財産は騎士団に寄付をしたり、恵まれない子供達を支援したりなど、慈善事業に力を入れている商会だという。
「ベルンハルトさんは、ちょっと見た目は怖いけれど、いい人だから」
「大丈夫だよ」
シン・ユーで怖い顔は見慣れているし、馬車の中でも怖い顔のおじさんを見たのだ。彼ら以上に怖い人物など居る筈はない。
この時の私は、そう楽観的に考えていた。
しばらく馬車に揺られ、目的の場所へと到着をする。
「――!?」
そこは、ライエンバルド家のお屋敷なんてちっぽけに見える程の、大きな壁に囲まれた白亜の豪邸だった。
門から玄関口までもかなりの距離があり、美しい庭園を窓から眺めながら、馬車が停まるのを待つ。
玄関には秘書のような男の人に出迎えられ、客間へと案内される。
腰の低いお兄さんだったので、勝手に秘書だと思い込んでいたら、ベルンハルト商会の副会長だと父に紹介され、びっくりしてしまう。
通された客間で緊張しながら待っていると、数分もしないうちにベルンハルトさんがやって来た。
「すまない。待たせたな」
副会長のお兄さんの手によって開かれた扉から出て来たのは、長身で細身の三十代後半位の男性だった。
「は、はじめ、まして~」
父から紹介されて、緊張していたこともあり、言葉に詰まりながら挨拶をする。
ベルンハルトさんは、痩せ細っているからか、昔見た【死の舞踏会】という怖い絵本に出てきそうな、骸骨の化け物に似た容姿をしていた。顔色がすこぶる悪いので、心配してしまう。
そんなシン・ユーや馬車で会ったおじさんとは違う意味で怖いベルンハルトさんだったが、話してみればそうでもなかった。
どうやら父はしきりに私の話をしていたようで、今回のお招きが実現したのだという。
「エドガルが子供の自慢ばかりするので、どのような娘か一度会ってみたかったのだよ」
……このような娘で申し訳ない。
父は一体私の何を自慢したのか。怖くてとても聞けないが。
「君は大華輪国の者だと聞いていたが?」
「はい」
ベルンハルトさんはシン・ユーにも話題を振っていた。
さすが商人という所か。外交の無い国の事情は気になるらしく、色々と質問を重ねていた。
シン・ユーは吃っていた私とは違って、すらすらと話している。どちらがハイデアデルン出身か分からない位だ。
「ああ、そうだ。折角遥々遠い所から来て貰ったのだ。少しだけ遊戯をしないか?」
「?」
ベルンハルトさんは片手を挙げて、背後に控えていたお兄さんに無言で指示を出す。
机の上には大きな四角い鞄が置かれ、中には五十粒程の小さな宝石が入っていた。
「ここに、沢山の宝石が入っているが、ほとんどが偽物だ。本物の宝石は一つだけ。それを見つける事が出来れば進呈しようではないか、という単純な遊びだ」
あら? 何のお遊びかと思いきや、これはシン・ユーの得意分野?
シン・ユーの前に白い手袋と拡大鏡などの鑑定道具が並べられる。
ベルンハルトさんは軽い気持ちでやってくれと言い、シン・ユーの動向を面白そうに眺めていた。
鞄の中に並べられた宝石は、どれもキラキラと輝いていて、どれも美しく本物のように見える。でもほとんどが偽物だというので、驚きだ。
シン・ユーは手袋を嵌め、金属の掴みで一つ一つの宝石を見ている。拡大鏡は使わないようで、机の上に放置されていた。
もしかして、昨日七星祭での目利きのシンさんの話をしたので、このような遊びをすることになったのかな、と父の顔を見る。
「……?」
父は額に汗を浮かべ、切羽詰ったような顔をしていた。
……何で?
この一興に命でも賭けているかのような、そんな必死の形相をしていた。
別に外れたからといって何かある訳でもないのに。
シン・ユーの方を見れば、次々と宝石を掴んでは置く、という割と雑……ではなくて、素早い鑑定が行われていた。
シン・ユーがどうして宝石の鑑定を身に付けているのかは、数日前に聞いた商人用の門の監査官をしていたからだろうなと予測している。
「終わったようだな」
「はい」
最後に差し出された皿に、シン・ユーは三つの宝石を置いた。
へえ、これが本物って、三つも!?
ベルンハルトさんは本物の宝石は一つと言っていた。なのに三つって……。
緊張の余りお話を聞いていなかったのかしら、とシン・ユーの顔を見上げたが、本人は自信があるのか平然としていた。
そんなシン・ユーを見て、ベルンハルトさんは笑い声をあげる。
「なんだ、欲張りな男だな!」
愉快そうにしているベルンハルトさんの隣で、副会長のお兄さんが申し訳なさそうにしていた。
「会長、初対面の方に意地悪をしないで下さい」
「ああ、そうだな」
「……」
「?」
「?」
状況をよく分かっていないのは、どうやら私と父だけのようだ。
ベルンハルトさんは口の端を上げながら言う。
「見事だ。ザン=シン・ユー」
その言葉を聞いた父が、寄り掛かった長椅子から滑り落ちそうな程の安堵の息を吐いていた。
……だから、一体何をそんなに安心して?
本物が一つ、というのは嘘だったらしい。うっかり騙されてしまった。引っ掛からなかったシン・ユーは本当に凄いと思う。
ベルンハルトさんは宝石の乗った皿をシン・ユーに差し出した。
「さあ、持って帰れ」
そう言われたシン・ユーはこちらを見るが、私は全力で首を振った。
そんな高価な品を受け取ることなんて出来ない。
「いえ、頂けません」
「欲が無いな」
宝石の乗った皿はすぐに引き戻される。流石は商人、引き際も早い。
これで余興は終わりかと考えていたら、思いもよらない提案が成されたのだ。
「君は就職先を探していると聞いた。本当だろうか?」
「はい。明日、探しにいく予定です」
「そうか。では、代わりにと言っては何だが、うちで働いてみないか?」
「!?」
その言葉を聞いて、全ての事を察知する。今までの一連の流れは、この為にあったのだと。
ベルンハルト商会では、長年宝石鑑定士の育成に力を入れているという。
ところが、宝石鑑定士という職務は一人前になるまでに数年掛かり、更に教育費も掛かるというのだ。
なので、即戦力であるシン・ユーは喉から手が出るほどに欲しい人材だとベルンハルトさんは言う。
ベルンハルトさんのお誘いに、シン・ユーはまたしてもこちらを伺っていたが、今度は「私のことはいいから早く了承して!」と言わんばかりに頷いてしまった。
こうして、ハイデアデルンでの仕事を得る事が出来、心配事も一つ減って気分も軽くなった上に、住居の手配までもしてくれると言ってくれたのだ。
そこまで甘えてもいいものかと思ったが、従業員の生活の保障は全て商会で行っているから問題ないと言って、そのまま押し切られてしまった。
◇◇◇
ベルンハルトさんのお陰で三日目はゆっくり過ごす事が出来た。
そして、最終日、父は港町まで見送りに来てくれた。
「またすぐに戻ってくるから」
「う、うん、そう、だね」
父はまたしても泣いていた。永遠の別れという訳でも無いのに。
「シンユさん、レイファを、よろしく、お願いしま、します」
「はい。命に換えてでも、絶対に守ります」
「ありがとう、ございます!!」
「……」
何だか重い約束を交わす二人を眺めながら、私はふと夜空を見上げる。
厚い雲に覆われている空には、星一つ出ていなかった。
父は私の手を握りしめ、頬に親愛の口付けをする。
そして、涙を拭いながら、大きく手を振って私達を見送った。
二年前に旅立った時は、私の中には何も無くて、夜空の星だけが頼りだったのに、今の私には、沢山のもので満たされていた。
幸せに導いてくれる星は、手を伸ばせばすぐ傍にある。
手の届く場所にある星を握り締めた私は、義母の待つ大華輪国への家路を辿った。




