60.飴と鞭
ハイデアデルンへの旅行は雪解けの後、暖かな季節を迎えた時季にと予定している。それまでしばらく時間があったが、移住への準備は色々とあるので、あまり暇だと思う時間も無かった。
そして、旅行まで数日を残したある日の午後、義母からあるものが贈られた。
「これを持って行きなさい」
「!?」
指し示されたのは、大きな箱が四つ。小さな箱が二つ。
何かと思って大きな箱の中を開けば、そこには上着とスカートが一続きになっている、花柄の婦人服が入っていた。
「お、お義母さん!!」
「あなた達、華服でハイデアデルンまで行くつもりだったの?」
「う、うん」
「目立つから止めなさい」
華服でハイデアデルンに来ていた義母は、自分が目立っているという自覚があったことを意外に思ってしまった。
それよりも、こんなに沢山の服を一体どこから調達したのだろうか?
「これ、服、こんなに沢山、ど、どうしたの?」
「いつも来ている商人に言って、街で取り揃えて貰ったのよ」
「そ、そうなんだ!」
ぱっと見て、ハイデアデルン製の服では無いことが分かる。袖口の折り返し部分を見れば、ルティーナ風の作りであることが分かった。流石は流通大国、このような辺境の地でも手に入るとは。遠く離れた大国の商売の手広さに感心をしてしまう。
そんな事を考えながら、箱の中から服を取り出してみる。
水色に濃い青の薔薇が刺繍されたワンピースだ。胸元には白い大きなリボンが付いており、襟や袖口、裾などいたる所にたっぷりのレースがあしらわれている。
丈は膝下で、白い靴下とワンピースと同じ布地にフリルとリボンのついた頭飾りも入っていた。
「わ、可愛い! 凄い! これ、お義母さんが選んでくれたの?」
「ええ。あなたの見た目は単純だから、似合う服なんて選ぶのは簡単だったわ」
「本当!? ありがとう!!」
結婚式の準備のとき、試着しなくてもシン・ユーに似合う服を知っていた義母を思い出して、嬉しくなってしまった。私のことを分かってくれているから、何が似合うか試着無しでも理解しているのだろう。
「着てみてもいい?」
「好きにするといいわ」
他の箱にはワンピースが二着にブラウスが三着、スカートが二着、下着類などが入っている。
私は一番初めに見た青いワンピースを試着することにした。
着替える為に寝室に移動をしてから、改めて、贈り物を寝台の上で広げて見る。
……とっても可愛い。
ルティーナの服は機能性無視の意匠重視というのが特徴だ。
ハイデアデルンではこのような華美な服は一部の富裕層にしか出回らない。生地に触れてみれば、上等な品だという事も分かる。
使われている布や縫い方などを見ればある程度値段が分かってしまう。ある種の職業病かもしれない。
早速着ていた服を脱いで、貰った服を着てみる。
実を言えば、貴族のお嬢様が着ているような、フリルたっぷりの服を着るのは密かな憧れだった。
ドレスは嫌って程作ったし、何十種類も見てきたが、意外にも普段着として着用されるワンピースなどは作ったことがないのだ。
採寸に来るお嬢様を見て、同じ貴族なのに着ているものや雰囲気はこうも違うのかと驚いたことも何度かあった。
そんな、今まで見ているだけだったお嬢様風のワンピースに袖を通す時が来たのだ。
着ていた華服の帯を取り、体に巻いていた着物を脱いだ。そして、胸の下部や腰周りに金具の入った矯正下着を付け、ワンピースの背中の金属の留め具を外して着込む。
硬い体を何とか伸ばし、やっとの思いで留め具を閉めると、腰周りからきゅっと締め付けられるのが分かった。と、言ってもキツイ訳ではない。寸法はぴったりだ。
一緒に同梱されていた白い靴下を履き、胸元のリボンを整えた。付属していたパニエを履くと、しぼんでいたスカートがふんわりと広がる。
髪型はどうしようかと悩んだが、結局左右に三つ編みにして下げた。
最後に頭飾りを頭に巻き、端に付いているリボンを顎の下で結べば完成だ。
大きな鏡が付いている化粧台で姿を確認すれば、見たこともないような華やかな格好をしている自分が映った。
凄い! お義母さんは本当に私に似合う服を選んでくれた!
部屋を飛び出し、義母にその姿を見せに行った。
「お義母さん、見て~~!」
綺麗な服を着てはしゃいでいる私を見て、義母は呆れたような顔を向けている。
「やっぱり似合うわね」
「ふふ、嬉しい」
「あなた、子供みたいだから、ぴったりだと思ったのよ」
んん? 子供みたいとな!?
「――!?」
その時になって私は冷静になる。
果たして、二十歳の人妻がこのような格好をするのか、と。
答えは否、だ。
結婚をした婦人は、体の線に沿った膨らみの無い簡易ドレスのようなものを普段着として着用する。
私が今着ているような服装は、未婚の少女が纏うようなものだ。
「お、お義母さん、今の私、何歳に見える?」
「十五歳位かしらね」
「うわ、ひ、酷い!」
「何よ、自分で聞いておいて」
「二十歳なのに、十五とか!!」
私はふらふらと近くにあった椅子に服が皺にならないように座り、がっくりと項垂れた。
よくよく考えれば、妙齢の婦人が着るような、踝まで覆うドレスは私には似合わないだろう。着たとしても寝巻きに見えるに違いない。
「似合っているからいいか!」
「まあ、立ち直りが早いこと」
義母は頭飾りが気になるらしく、私が被っている姿を見て、赤ん坊の帽子のようだと表現してくれた。けれど最終的には可愛いと褒めてくれたのだ。
そして、シン・ユーが帰ってきたら買っておいた服を渡すようにと伝言を残し、風呂に入りに出て行ってしまった。
着替えるかどうしようか迷っていると、シン・ユーが帰って来た。
「お帰りなさいませ、ご主人様~~」
「……」
スカートの両端を掴み、膝を軽く折って淑女の挨拶で迎えたが、面白い反応は帰ってこなかった。シン・ユーは本日も通常運行である。
「どうしたのだ、その格好は?」
「お義母さんに貰ったの。シン・ユーのもあるって。着てみる?」
部屋の端っこには、シン・ユー用の服が入った箱が積み上げられていた。
贈られた本人は全く興味を示さないので、勝手に開封をする。
「おお!」
中に入っているのは、やはり、ルティーナ風の正装だった。
今日のシン・ユーは街に書き写した写本原稿を持って行くだけの用事だったので、薄汚れていないか、疲れていないかを入念に確認し、試着して貰うことに決定をした。
義母が居ないので、ここでいいかと思って、その場で服を脱いで貰う。
白いシャツに腕を通させてから、ぼたんを閉じる。新しい服なので、ぼたんが硬かったが、頑張って全部綺麗に留めた。
「……あれ、この服の着方、知らないよね?」
「そうだな」
お着替え中、させるがままだったシン・ユーがあまりにも大人しかったので、一応聞いてみる。やっぱりこの形の服を着るのは初めてだったようだ。
それからズボンを穿いてもらい、膝の下まである長さの靴の紐を締める。
シャツの首回りに巻く細長いタイを結び、最後に上着を羽織らせた。
上着は腰下まで長さがあり、腰の位置で服の上からベルトを締めるというハイデアデルンでは珍しい形をしている。まあ、街中で目立つ程のものでもないので、安心して欲しいとシン・ユーには伝えた。
「いやあ、よくお似合いで」
「……」
またしても職業病なのか、新しい服に腕を通した人を見ると褒めずにはいられないという症状が出てしまった。
義母が選んだのは、シャツ以外全部黒、という服装だった。
確かによく似合っている、似合っているが、なんだろうか、この只者じゃない感じは。
黒い服を着ているからか、いつも以上に雰囲気が暗いように思える。
何かに似ているな、と思ったら、近所に住んでいた刑務官のおっさんに格好や空気感が似ているのだと思い出す。
この格好で踏ん反り返らせて座らせ、鞭でも持たせていれば、立派な刑務官に見える。
罪人から情報を吐かせる為に、無表情で鞭を揮うシン・ユーの姿が安易に想像出来た。
シン・ユーよ、ハイデアデルンで出来る仕事が見つかったぞ、良かったな!
……なんて、言える訳も無く。私の妄想は心の中で蓋を閉じて封印をした。
風呂から上がってきた義母は、シン・ユーの格好を見て「陰気だこと!」という感想を述べた。その陰気な服を選んだのはお義母様なのですが。
義母にお披露目をしたことにより、試着会は終了とし、身に着けていたものを脱がす作業へ移る。
まずは靴からと思い、膝を付いて靴紐を緩めていると、上から視線を感じる。顔を上げれば、シン・ユーが私を見下ろしていた。
「な、なに?」
「可愛いと思って」
「……」
ふ、服がね! そう、可愛いのは服!
そう言い聞かせて、無心に務めながらシン・ユーの服を剥ぎ取る。
このように遊んでいないで、旅行の準備をしなければ、と思い直した。




