58.【挿話】妻にのぼせ上がった男
◇シン・ユー視点になります。
◇糖度高めです。苦手な方はご注意下さい。
日が昇ったばかりの朝、顔を洗いに行った筈なのに、何故か自分は畑にしゃがみ込んでいた。
「シン・ユー見て! もう収穫してもいいのかな~?」
「そうだな。それ以上育てると、裂果してしまうかもしれない」
「裂果って?」
「皮と実の成長の早さが違うものに発生したり、温度差が激しい場合などに起こる現象だ。皮の弱い所から割れてしまう」
「わ!! あ、危ないね。早く収穫しないと!!」
朝も早くから、ご苦労なことに妻は畑に出て働いていた。
この時季は日が照っている時間帯は家の中で縫い物をするようにしているらしく、畑仕事は毎朝の日課になっているようだ。
そんな彼女が今収穫しているのは、西瓜という野菜だ。
数ヶ月前に街に野菜の種を選んでくるように言われた時に、珍しかったから買って来た。
西瓜という野菜については小さな頃に読んだ本に、異世界より齎された果実のような野菜だと記されていたので、興味があったのだ。
実際に目にするには初めてで、丸い形に黒と緑の縞々模様の中に甘い実が入っているとは、俄かに信じがたいように思っている。
丸々と育った西瓜の大きさは、妻の頭よりも大きい。
それを一人で持ち上げようとするので、横から手を出して荷台に乗せた。
「あ、ありがと、シン・ユー」
自分の行動を予測していなかったのか、一瞬驚いた顔を見せ、その後に人懐っこいような笑顔を浮かべる。
今日の妻も、この上なく可憐だった。
その笑顔をずっと眺めていたかったが、妻はすぐに次の作業に移る為に背を向けてしまった。
◇◇◇
朝食を食べた後、妻と犬を連れて西瓜を川の冷水に浸しに行く。
「お義母さん、これ見たらなんて言うかな~」
「……」
母はきっと食べるのを嫌がるだろう。
確か西瓜について書かれていた文献には、水分が多く、種が大量に実の中にあると書いていた。その種の数は、大きいものだと一個につき約五百は入っていると記されていたような。なので、一口食べれば、その中にかなりの量の種が含まれているということになる。
母の西瓜を前にしながらの迷惑そうな顔が浮かんだが、妻には黙っておくことにした。
それからしばらく山を進み、川に到着する。
網の中に西瓜を入れ、岩の角に括り付けて、川の中に沈めた。
「シン・ユー、どれ位冷やせばいいの?」
「一時間位待てば十分だろうな。一度家に帰るか?」
「ううん、大丈夫。お義母さんにも遅くなるよ~って言ってきたから」
妻はそう言って川べりにある岩に座り、華服の脚を覆っている裾を少しだけ捲りあげる。
普段は隠されている白い脚先は、日の下で見るのは初めてだった。
この所、母の作った料理を問答無用に食べさせられているからか、肉付きが良くなってきていた。
出会ったばかりの頃は、全体的に痩せ細っていて、十五歳位の子供に見えた程だ。
……いや、今もあどけなさはそのままに、体つきだけ女性らしくなっている。
妻は先日二十歳になったが、相変わらず童顔で少女のような顔つきをしていた。
金の波打った髪は頭の上で一つに結われ、なめらかな首筋が剥きだしとなっている。そこには玉の汗が浮かんでおり、なんとも言えない色香を漂わせていた。
こちらの視線に気が付いていないのか、妻は普段の恥じらいなど何のその、と言った感じで川を覗き込んでいる。
どうやら足を川に入れて涼みたいようだ。
しなやかなで優美なふくらはぎが、半分浸かる位置まで脚を入れ、予想外の冷たさだったからか、すぐに脚を川から引いていた。
「つ、冷たい~~」
「……」
手にしていた手巾で濡れたふくらはぎを拭い、再び脚先は服で覆われる。
「シン・ユー? どうしたの、くらくらするの?」
こちらを向いた状態の妻をまじまじと見れば不審がられるので、その影を見ていたなどと言える訳もない。
妻を見ていたら、眩暈を起こしそうになっていた、と言えばどのような反応が返って来るだろうか。
きっと、冗談だと思って軽く笑い飛ばすに違いない。
「ねえ、座って。川の近くだと、涼しいから」
妻は自分が太陽の強すぎる照り付けにやられたのだと思い込み、深刻な表情を見せながら心配をしている。
以前とは違い、この体は随分健康体になった。
なので、多少日の光を浴びたからと言って、倒れるようなことは無い。
だが、折角心配をしてもらったので、大人しく言いつけ通りに座ることにした。
妻は川の水で手巾を濡らし、衿の間に浮かんでいた汗を拭ってくれる。が、すぐにしまったという顔になった。
「どうした?」
「う、うわ! ご、ごめん、手巾、私の脚を拭いたやつだった!」
「……」
「あ、あ、まだ、ふくらはぎしか拭いてなくって、そこまで汚くな、いや、その、うん、ごめん」
妻はまだ裸足のままで、足先は濡れたままだ。それを拭う前に自分の異変に気が付いたのだろう。別に脚を拭いた位のものならば何の問題もないのだが、妻はこの世の終わりを迎えたような悲壮感溢れる表情になっていた。
「気にするな」
「う……はい」
項垂れる妻の頭を撫でると、はっとしたように顔を見上げられた。
自らの失敗を責めていたからか、青い目は潤んでいる。
こちらの意に気が付いていないのか、大きな目を瞬かせ、無防備な姿をさらけ出していた。
慰めるようなさわり方を止めて、柔らかな髪を梳くようにしてなで上げる。それから耳の裏まで手を滑らせ、顎の線を伝った後、唇に触れる。
そんな状態になってから、瞳に警戒の色を映し出すが、もう遅い。
「ま、まま、待って、ここ、外!! あとメイメイが!!」
妻の隣には、警護の任に当たっている犬の姿がある。が、こちらがバタバタしていても、動く気配が無い。
じりじりと背後に下がっていく妻の身体を抱き寄せ、動けないように片手で押さえ込む。
「シ、シン・ユー、ちょっと落ち着こう!! ひ、人が来るかも」
「絶対に来ない」
「あ! ……うん、まあ、そうだね」
その言葉で諦めたのか、妻はぐったりと身体をこちらへ預けてくる。
その抱き心地の良い体からは、ふわりと良い香りがした。
この暑い中で密着をしているのに不快にならないのが不思議だ。
ふいに、先ほど見た首筋が目の前にあって、ぐらぐらと何かが沸き立つのを感じていた。が、流石にここではいけないと、自らを制して我慢をする。
少しだけ体を離し、妻の顎に手を添えて上を向かせる。
自分へと向けられた青い目には、警戒の色は無くなっていた。
まず、白い首に軽く口を付けると、予想していない行動だったのか、妻の体はびくりと反応を示す。それから何箇所かに唇を寄せる度に、妻の頬が紅潮していくのが分かった。
眦には涙が浮かび、閉ざされた瞼を縁取る金の睫毛が微かに震えている。
その雫を指先で拭い、再び安心させる為に頭を撫でた。
そして、妻が安堵をしたかのようなため息を吐いた瞬間に、口付けをする。
柔らかな唇を食むようにして堪能し、妻の息遣いが荒くなった所で体を離した。
これ以上は危険だと思ったからだ。
「……」
「……」
妻は地面に正座をして、顔を真っ赤にしている。
勿論、こちらへ視線を合わせようとしない。
「リェン・ファ」
「……」
「悪かった」
「~~うわあああ!!」
突然妻は頭を抱えた状態で、草の上を転がり始めた。
「恥かしいって、明るい時は恥かしいって言ったでしょおおおおお!!」
「……」
「こういうの、夜だけって、暗闇の時だけって」
何度か謝ったが、聞く耳持たずで、すっかり警戒心を全開にされてしまった。
「どーして、どーして突然こういう事しようと思ったの~!」
「……」
まさか、捲りあげられて見えた脚が綺麗だったから、とは言える訳もなく、ただひたすら謝罪の言葉を重ねるしか無かった。
本当に、男というのは仕様も無い生き物だと、我ながら思っている。
恥ずかしがる妻を前に、深く反省をした。
【挿話】妻にのぼせ上がった男 完。




