56.芋饅頭
季節はあっという間に過ぎていき、森の木々は美しく色付く。
この季節の青空は、どの季節よりも澄み渡っている気がする。
炎節の跡を少しだけ残した風は心地よい。自然界では実りを迎えていた。
そんな中での隠居生活は驚くほどに平和だ。
数ヶ月前まで王都で戦々恐々と暮らしていたとは思えない程に。
そして、平穏な毎日を過ごす私には、月に一度の楽しみが出来ていた。
「わあ。今月号は栗特集だって!!」
「そうか」
私の手にはシン・ユーが街で買って来てくれた冊子がある。
【月刊・選良主婦の家庭把握術】
大華輪国の主婦の会という商会が月に一度発行している逐次刊行物というやつだ。
内容は家庭で役立つ様々な情報が記されているのだ。
その中でもお気に入りの記事が、【投稿・主婦のお役立ち料理】という企画物。
毎月色んな季節の食材を取り上げて、読者から届いた料理を美味しそうな絵付きで紹介しているのだ。
今月の季節の食材は栗。
栗は大華輪国の古代術師が異世界より持ち帰って来た木の実で、国内でのみ自生しているという。道理で見たことが無かった訳だ。
記事には沢山の栗を使った料理が掲載されている。
栗の餡が入った饅頭、長期保存の効く甘露煮、茹でた栗に砂糖を入れて茶巾で絞ったお菓子など、どれも美味しそうでうっとりしてしまう。
何を作ろうかと色々妄想をしていたが、目の前に座って仕事をしていたシン・ユーから、とんでもない突っ込みが入ったのだ。
「リェン・ファ、言い難い事なのだが」
「なに~?」
「ここに栗は売っていない」
「はい?」
「この付近の商店では、栗は取り扱っていない」
「!!」
な、なんだとーー!?
そういえば、王都に居た頃は何度かシン・ユーに甘栗のお土産を貰ったことがあったが、ここでは一度も買って来なかったな、と思い至る。別のお菓子を買ってきてくれていたので、全然気にも留めていなかったのだ。
「栗、無いんだ」
「……」
この盛り上がった気分はどうすればいいのだ、と落ち込んでいたが、ある事に気がつく。
「そうだ! 甘芋がある!」
春先にこの家に来ている商人からお勧め野菜の蔓を貰ったのだ。それは甘芋といい、栗のような味のする野菜らしく、蔓を土に差し込むだけで育つという、比較的栽培の簡単な品種だ。
祖国で馴染みのある丸い形ではなくて、細長いものだと商人は言っていた。果たしてどのような物なのか、気になる所である。
そろそろ収穫時期なので、それを使って偽栗料理を行おうと思った。
◇◇◇
動きやすい服装に着替え、畑へと挑む。
貰った蔓は十本も無かったが、葉っぱは畑いっぱいに生え広がり、炎節の暑さにも耐えてくれた。
まずは鎌で蔓と葉っぱを刈り取り、その後に土から甘芋を掘り出すことにする。
甘芋の実を傷つけないように、慎重に掘る。しばらく掘り進めていると、赤みを帯びた根っこのようなものが見え、その先に肥大した実が姿を現す。
これが甘芋か。
このように皮が赤い野菜は初めて見る。本当に甘くて栗に似た味がするのかと疑問に感じてしまった。
それにしても凄い。
何が凄いかと言えば、この甘芋は一つの根っこからいくつも実を付けているのだ。最初に収穫したものには三つ。次に掘り当てたものには五つも実を付けていた。
結果、大きな籠は甘芋で満たされ、大収穫状態となっている。私の大華輪国での農業の代表作となりそうだ。
これはお隣さんにもお裾分けしたい所だが、残念ながらここは誰も知らない孤高の地。近所付き合いはありえないのだった。
収穫を終え、一回泥だらけの服を脱ぎ、着替えて手揉み洗いをした後に、再び甘芋の元へと戻る。
次の作業は調理だ。
さっそく蒸かし芋作りに取り掛かる。
外の地獄釜の近くに置いてある石台の前にしゃがみ込み、井戸水で洗った甘芋を半分に切ってから、蒸す為の準備を行った。
切り分けるのは蒸かす時間を短縮する為だ。
出来るなら丸ごと齧りつきたい所だが、労働の後で空腹状態だったのだ。
小振りの甘芋に包丁の刃を入れる。
……想像通り、なかなか硬い。
力を入れてよいっしょーー! と甘芋に刃を立てれば、シャンという音と共に分断された。
切ったばかりの断面を見た私は、驚きのあまり言葉を失ってしまう。
「!?」
てっきりハイデアデルンの国にある芋のような、黄色い実の色をしていると思い込んでいたのに、目の前にある甘芋の色は濃い紫だ。
こ、これは……。
一応商人が持ってきたものなので、きちんとした食べ物だという事は分かってはいるが、まあ、なんというか、紫の食べ物は毒々しいなと身を引いてしまう。
それでも折角作ったものなので、切った甘芋を蒸篭に並べて蒸す。
「……お、おお!」
蒸しあがった甘芋は、色が更に濃くなり、その存在自体が「毒がありますよー!」と言わんばかりの怪しさを放っているように見えた。
立ち込める蒸気は甘い香りを放っているが、視線を落とせばとても食べ物とは思えない紫色の個体が。
私は、勇気を出して十分に冷ました甘芋を手に取り、目を瞑って口に入れる。
……うん。ほくほくしていて、甘い。確かに栗に似ている気がする。美味しい。
だが、目を開いた途端に衝撃を受けてしまう。
これは駄目だ。味は素晴らしいが、視界に飛び込んでくる紫が、食欲を奪い去ってしまう。
どうしたものかと考えた私は、「だったら甘芋を饅頭の餡にして、見えないようにすればいいじゃないか!」という素敵な着想を思いつき、その作業に取り掛かる事にした。
家の中の台所では義母が夕食の準備を始めてしまったので、私はまた地獄釜での調理となる。
用意したものは、小麦粉、膨張粉、砂糖、湯、家畜の乳、塩、蒸かした甘芋。
まずは中に入れる芋の餡作り。
蒸かした甘芋に塩と砂糖、家畜の乳を加え、全体に味を馴染ませるようにすり潰す。
地獄釜の上で熱した鍋の中で、練るように混ぜて加熱した後、網目の細かい粉ふるいに材料を混ぜた芋を入れて、舌触りをよくする為に何回か漉す。
これで餡は仕上がった。
蒸気口の上に蒸篭を置き、中を熱している間に皮の作成に取り掛かる。
饅頭の皮はパン作りよりもずっと簡単だ。
小麦粉、砂糖、膨張粉を入れて混ぜ、お湯を入れてさらに混ぜる。纏まってきたら手で捏ねて、表面に艶が出てきたら小さく千切って分けて完成。発酵も少しの間でいいので、あまり手は掛らない。
しばらく置いた後、仕上がった生地を伸ばし、中に餡を入れる。
中身を見ない為に、一口で食べられるように小さく作った。
葉っぱを並べた蒸篭の中に、箸で饅頭を置き、蒸し始める。
全部で十個出来た。味見した紫色の餡は美味しかったので、きっと味は大丈夫な筈だ。
数分後、甘芋の饅頭は完成する。
だが、蒸篭の蓋を開いた私は再び絶句をする事となった。
「……」
なんと、饅頭の白い皮に、甘芋の紫色が点々と染み出ていたのだ。
これは酷い。本当に酷い。
この饅頭に名前を付けるとしたら【毒饅頭】だ。
流石の私も、これを食べる気は起きない。
捨てるのは絶対に嫌。でも進んで食べたくは無い。
ああ、どうしようかと思っていたら、我が家には素晴らしい名誉職に就いている人が居た事を思い出した。
味見大使、ザン・シン・ユー氏(二十四歳)。
彼ならば、躊躇う事無くこの紫斑点饅頭を無表情で食してくれるかもしれない。そのような期待をして、蒸篭の中の饅頭を皿に盛って家まで走った。
義母が食事の準備を始めたからか、シン・ユーは書斎に移動していた。
扉を叩いて、返事を聞く前に中へと入る。
「シン・ユー!! 毒、じゃなくて、甘芋の饅頭作ったよ!!」
「……毒?」
「うふふ」
「……」
してはいけない言い間違いを笑って誤魔化したが、訝しげな視線に、眉間の皺が加わるという穏やかではない形相を完成させてしまった。
「あのね、さっき収穫したばかりの芋で餡を作ったの。温かいうちにどうぞ」
蒸したての饅頭を目にしたシン・ユーは、凶相からすっと無表情に戻った。
勿論アツアツの饅頭を手に取ろうともしない。
「これはもしや紫甘芋か?」
へえ、そんな品種があるのか。知らなかった。
シン・ユーは物知りだなあと感心しつつ、今知った甘芋の名を頭の中に刻む。
「うん、そう」
知らないで作っているとバレたら、また呆れられてしまうと思ったので、適当に返事をする。
芋の正体が分かったからと言ってシン・ユーは饅頭を食べようとはしなかった。
別に甘いものが嫌いな訳では無い。何度かお菓子を作ったが、その時はすぐに食べてくれた。
多分見た目が悪いので、進んで食べたくはないのだろう。私も同じだ。
「シン・ユー、食べて」
「……」
紫斑点の一口饅頭を前に、シン・ユーは神妙な顔をしていた。
試食を渋っている仕事をしない味見大使に、私は追い討ちを掛ける。
「見た目は可笑しくても、愛はたっぷりだから」
それを言った途端にシン・ユーは饅頭を掴み、口の中へ放り込んだ。
な、なんだ!! ここは私の仕様もない冗談に鼻で笑う場面だろう!?
私の愛を受け取った! とばかりに饅頭を食べてくれたので、何だか恥かしくなってしまった。
この感情をどうしてくれる!?
その後、味見大使は「味は悪くないが見た目は最悪だ」という辛口評価をして下さいました。
なんというか、本当にありがとうございます。
◇◇◇
その後、台所で夕食の準備をしていた義母にも収穫した野菜で作ったときちんと説明をして、饅頭を勧めてみた。
義母もシン・ユーと同じで、怪しむ視線を向けている。
「あなた、また怪しい野菜を作ったの?」
「怪しくないよ~」
怪しい野菜、というのは、夏に作った西瓜のことを言っているのだ。
西瓜も異世界から伝わった野菜で、黒と緑の縞々状の人の頭よりも大きな丸い実を付け、その果実の色は真っ赤でとても甘いという不思議な食べ物だった。
私は美味しく戴いたが、義母は小さな種があるから食べ難いと言って二回目以降は口にしなかったのだ。
「一個だけ、食べてみて」
「嫌よ」
「はい。あ~ん」
「い、いらないわ」
「平気だよ~怖くな~い、怖くな~い」
「い、嫌だって、――んんっ!?」
明らかに紫色が滲んでいる饅頭に警戒をしている義母の口に、私は隙を見つけて詰め込んだ。
私も先ほどシン・ユーの部屋で食べてきたが、味は普通の饅頭だった。芋の餡も何回か漉したので、滑らかで口当たりも良かった。
なので、見た目以外には害は無い。シン・ユーからも「悪くない」という言葉も貰っている。
ちょっとだけ意地悪心が働いて、義母に無理矢理食べさせるというこのような愚行に出てしまったのだ。
「……だ、大丈夫?」
饅頭をもぐもぐと食べ、飲み込んだ義母は肩で息をしている。
「お、お義母さん?」
「ま、饅頭食べた位で、どうにかなる訳ない、でしょう!?」
「う、うん。でも、どうかなって」
「……味は、普通。でも、見た目が、気持ち悪いわ」
「ご、ごめんね。その、無理矢理食べさせて」
「……」
涙目になっている義母に、私は本気で謝った。
◇◇◇
それから、どう調理をしても、紫色に染まってしまう甘芋の加工は義母より禁止令が発せられ、余っていたものは全て商人に売った。
東国のお店で高値で買い取って貰えるらしい。
あの食材を美味しく頂く方法があるようだが、知りたいような、知りたくないような。
まあ、なんというか、紫甘芋はとても不思議な食べ物だった。
おそらく私たちの口に入ることは二度とないだろう。




