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没落令嬢の異国結婚録  作者: 江本マシメサ
四章【俺達のご隠居生活は終わらないぜ】

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55.抹茶カキ氷

 季節は巡り、森の木々も濃い色の葉を付ける頃になると、一年の中で最も過ごしにくい季節がやって来る。


 ここの炎節は本当に熱い、じゃなくて暑い。

 外に揺らいでいる温泉の蒸気を見たくないと思うほどに暑いのだ。


 しかしながら、夜は何故か涼しいという謎の気候となっている。


 そんな夜を過ごし、朝になれば、三日に一度は訪れる、ヨーヨーの鳴き声で目覚めるのだった。


 外に居るというのに、ヨーヨーの声は家の中まで鳴り響いている。


 ――キィ!! キィキィキィキィ!!

「……うっ!」


 ――キーィ!! キキキキキ!!

「……は、はい。おはよう、ございます。起きて、おります」


 ヨーヨーの餌を要求する声で覚醒するも、瞼が重たいからか、なかなか動くことが出来ない。


 ――キ!! キィキィィーーィ!!

「……し、少々、少々、お待ち、下さいませ」


 ハイデアデルンで身に付けた接客能力を生かしてお客様ヨーヨーへ対応をする。


 ――キキ!! キキキィキキ!!

「……うっ、畏まり、ました。ご注文は、鳥の燻製肉ですね? はい、喜んで~」


 荒ぶる肉食鳥の鳴き声と会話を終えた頃には、意識もはっきりとなっていた。

 お腹に力を入れて起き上がろうとしてみれば、腰周りをがっちりと拘束されていた事に気がつく。


 勿論そのような行為をするのはシン・ユーしか居ない。

 この暑い中、私が逃げないようになのか、何かは分からないが、片腕で引き寄せた状態で眠っているのだ。


 巻きついている腕から逃れようと身じろぐが、しっかりと固定されていて、一向に外れる気配がない。仕方が無いので、寝ているシン・ユーを起こすことにした。


「ねえ、起きて! シン・ユー!」

「……」


 外はまだ暗い。本来ならば起床するような時間帯ではないのだ。

 だが、ヨーヨーは待ってはくれない。今もキイキイと急かすように鳴いている。


「シン・ユー、ねえ、起きているでしょう!?」

「……」


 腕の拘束が一掃強まったので、思わず突っ込んでしまう。

 寒い時季にこのようにくっつきたがるのは理解出来るが、この暑い日に体温が高めの私にくっつきたい気持ちはちょっと理解出来ない。


「シン・ユー、暑いって」

「……」

「ね~え、ちょっと」

「……」

「旦那様~、ご、ご無体はお止しになって~?」

「……」


 丁寧な言葉で言ってみても無駄だった。

 ヨーヨーがお腹を空かせて待っているんだよお、と自由な足をバタつかせれば、シン・ユーは脚でぎゅっと私の体を押さえつけて来る。……完全に身動きが取れなくなってしまった。


 死んだ魚のような虚ろな目で部屋の天井を眺めていると、義母の部屋の扉が荒々しく開く。

 きっと騒々しいヨーヨーの鳴き声に耐え切れなくなったのだろう。


「……ああ、またやってしまった」


 今日も、眠っているシン・ユーの傍を抜け出せずに、ヨーヨーの餌遣り担当は義母になってしまった。


 ◇◇◇


 朝、主婦は一番忙しい時間だと言えよう。

 犬の食事作りから始まり、家族の分の朝食も準備して、手が開けば洗濯物を集めて回らなければならないのだ。


 天気がいいと嬉しくなり、雨が降るとその気候と同じ気分になる。

 そんな些細な事で一喜一憂しながら、毎日の家事と戦っているのだ。


 私も家を司る戦士の一人として、日々奮闘を、と思っていたが、現在、家事の全てを義母が行っているという肩身の狭い思いをしていた。


 どうしてこうなったかと言えば、義母は私の掃除や料理の仕方が気に食わないようで、その一切合財をするなと宣告されてしまったのだ。


 家の中の職を失った私は、毎日畑を耕したり、物置部屋にある布を使って布小物を作り、商人に買い取ってもらうという小銭稼ぎを行っている。


 作っているのは、小さな鞄や財布、肩掛けなどだが、使っている布がいいものなので、そこそこのお値段で買い取って貰えるのだ。


 今日は何を作ろうか、そんなことを考えているうちに、食卓の上には美味しそうな粥の入った鍋か置かれた。


 本日のお粥は鳥の挽肉と畑で取れた大根の入ったものだ。

 義母がお椀に装ってくれた粥を受け取り、このままでは舌を火傷してしまうので、れんげでかき混ぜてながら冷やす。


 どんなに暑くても、大華輪国の人たちは温かい粥を主食とする。ハイデアデルンでは、暑い日には冷製スープを飲むが、ここではそのようなものは無いという。


 食べられる温度になった粥を少量掬ってから口に含む。


 香辛料のしっかりと効いた汁は、あっさりとした味付けだ。

 先ほど収穫したばかりの大根はホクホクしていて、しっかりと噛めば甘味を感じる。柔らかく炊かれたお米に鳥挽肉が絡まり、醤油と出汁の染み込んだ絶妙な味付けとなっていた。


 ――お義母さん、今日も素晴らしく美味しいです。


 心の中で絶賛を送る。

 本人に直接言えば、黙って食べるように怒られてしまうのだ。


 食べ終わると目の前に座っていた義母と目が合うが、視線が交わった瞬間に目を逸らされてしまう。

 シン・ユーもだが、この親子は私の食事風景を観察するお仕事をしている時があるのだ。

 その目的は謎で、二人とも目が合えばすぐに顔を逸らす、という妙な共通点があった。


 詳細については今度問い質してみようと思っている。


 とりあえず今は義母の手によって勝手に装われた、二杯目の粥を食べなければならないのだ。


 ◇◇◇


 朝食を終えると、シン・ユーが私に出掛けるから準備をしろと言って来た。

 聞き間違いかと思って、もう一度訊ねるが、先ほど同様に、街に行くという内容が帰ってくる。


 今までこの隠れ小屋や森を離れた事が無かったので、驚いてしまった。


 一体何用かと聞けば、美味しい氷菓のお店があるというので、連れて行ってくれるというのだ。


「――本当!? いいの!?」

「ああ、川に飛び込まれても困るからな」

「だ、大丈夫だよ~~」

「……」


 私は数日前、あまりの暑さに川遊びをしたいとシン・ユーにお願いをしたのだ。だが、シン・ユー曰くこの森にある川は流れが早いので、危ないから駄目だとお断りをされてしまった。

 それに大華輪国の川はあまり綺麗ではないらしく、目には見えない人体に影響を及ぼす菌が繁殖しているので、遊泳は推奨されていないと説明してくれた。これは地域にもよるらしいと付け加えられたが。


 暑い、暑いと騒ぐ私に、シン・ユーは井戸の水でも被ってくればいいと言うが、身を清める修行僧では無いのだからと言ってご遠慮させて頂いたのだ。


 本日も義母を誘ったが、暑いから外に出たくないと言って、素気無く同行を拒否されてしまった。


 仕方が無いのでシン・ユーと二人で出掛ける事となる。


「……どうかしたのか?」

「え? いや、街歩きなのに、その格好なんだな、って思って」

「……」


 シン・ユーのお出かけ衣装は、今日も黒尽くめの、「どうも、怪しい者です、よろしく!」と言わんばかりの服装だった。その格好で街では目立たないのかと心配になったが、何度も街を行き来しているシン・ユーが大丈夫だと思って身に纏っている服なので、それ以上は突っ込まないでおいた。


 私の服装はいつもの華服に、大きめの笠を被って、髪の毛が露出しないようにしている。

 街中は異国人で溢れているが、念には念を、ということで、このような暑苦しい装いとなっていた。


 そして、うきうき気分で街へと向かう。


 久し振りの街、慈江は相変わらず人で溢れていた。人込みの中で逸れない為か、シン・ユーに手を引かれた状態で、商店が並んだ道を進む。


 迫り来る人を避けながら到着したのは、見慣れない外観をした一軒のお店だった。

 看板には初めて見る文字が書かれている。どうやら異国から出店して来たお店らしい。


 中に入れば席は全て埋まっており、しばらく待合室のような場所で待機する事となった。


 数分後、案内された席に座り、品目が書かれた厚紙を手渡される。


「お待たせいたしマシた。この店、お勧め、抹茶カキ氷、デスヨ?」

「マッチャ?」

「ハーイ! とても、美味しい」


 見た目は黒髪黒目で大華輪国人にそっくりなのに、出身国は違うらしい店員がお勧めの品目について語る。


 このお店は東国という国のお菓子を出す茶屋で、お勧めの抹茶カキ氷というのは、蒸した後粉状にした茶葉に、湯を加えて冷やしたものを氷の上に掛けたものらしい。


「氷菓にお茶を掛けるのですか!?」

「エエ、その上に練乳を掛けて、他に餡を炊いたものと白玉を添えマス」

「シラタマ?」

「ハイ、お餅、みたいな、デスね」

「へ、へえ~~」


 氷の上にお茶、餅、餡子、聞いただけでは美味しそうに聞こえない。

 この店の氷菓は抹茶のカキ氷しかないようだ。

 カキ氷というのは大華輪国での氷菓を示すものであったが、氷の上に乗っているのは果物を砂糖などで煮込んだ甘い汁などだ。お茶を掛けるという物には出会ったことが無い。


 どうしようか迷ったが、折角シン・ユーが暑い暑いと文句を言っていた私の為に連れて来てくれた店だったので、抹茶カキ氷とやらを注文してみることにした。


「お待たせしまシタ!」


 数分後、店員が持ってきたのは、鮮やかな緑色の汁が掛かった何とも言えない一品だった。

 お茶、と言っていたので、大華輪国の半透明な茶色いものを想像していたのだ。この緑色の液体が東国で言うお茶、らしい。

 ここに来て、またしても異文化の不思議に直面してしまった。


「シン・ユー、先に食べてみて」

「……」


 ちょっと自分では食べるのが怖かったので、つい数ヶ月前に味見大使に任命していたシン・ユーに先に口に含む名誉を譲った。


 私は返事を聞く前に緑色の液体が掛かったカキ氷を掬い、シン・ユーの口へ持って行く。無言でカキ氷を食べてくれたシン・ユーは「苦い」と一言だけ発した。


 見た目通り苦いとな!?


 この餡と一緒に食べると苦味が緩和されるのだろうか? 一部に白い液体が掛かっているようだが、これが練乳とやらだろうか?


 私は勇気を出して、餡と一緒に緑と白に染まった淡雪のような氷を掬い取る。


「――!?」


 口の中では、ふわっふわの氷が一瞬で無くなり、抹茶の上品な苦味と、濃厚な練乳や餡の甘さが重なり合って、何とも言えない味わいとなっていた。


「お、おいしー!!」


 氷の上にお茶が掛かっているなんて、なんだか微妙だな、と思っていた自分が信じられない位に美味しい氷菓だった。


 目の前で冷たいお茶だけを頼んで飲んでいるシン・ユーも、珍しい事にこちらを見ながらにこやかな表情になっている。


 ……もしかして、シン・ユーも義母も私が何か食べるのを見るのが好きなのだろうか!? という疑惑が生まれた。


 私があまりに絶賛したからか、シン・ユーはまた連れて来てくれると約束してくれたのだ。


 本当に素晴らしく美味しかったので、今度は頑張って義母を誘ってみようと思った。


 ◇◇◇


 ここ数ヶ月間、義母とシン・ユーは暇だからと言って、ハイデアデルンの言葉の習得を目指していた。というか、私に教えろと上から目線で要求して来たのだ。


 二人とも、恐ろしいと思う位に物覚えが良く、ほんの数ヶ月でほとんど会得したような状態までに至っていた。

 まだシン・ユーも義母も、喋りはゆっくりで所々覚束無い点もあるが、十分に通用する水準まで到達している。


 そして――


『シン・ユーさん、あなた、ちょっと愛想がないのでは、ありませんか?』

『母上に、言われたくはありません』


 いつの間にか二人はハイデアデルンの言葉で喧嘩も出来るようになっていた。私もそれに習ってハイデアデルンの言葉で仲裁をする。


『お二方共、け、喧嘩は、お、お止めになって?』


 何故か私が一番片言喋りになってしまった。長い間話していないと、言語が怪しくなるのだ。


 これらのシン・ユーと義母の努力が後の人生に役立てる為だったという事を、この時の私は全く気付いていなかったのである。


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