表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没落令嬢の異国結婚録  作者: 江本マシメサ
四章【俺達のご隠居生活は終わらないぜ】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/70

54.野苺酒

 季節は移ろい、森の木々には若葉が茂る。


 ザン家の長い冬は終わったのだと実感できる、ささやかで平和な毎日を送っていた。


 見事に復活を遂げた義母は家事を覚え、今まで以上に暇になった私は庭に畑を作り、せっせと植えた野菜の世話をする日々を送っている。

 シン・ユーは相変わらず部屋に引きこもって仕事をしているかと思えば、狩りに出かけたり、川で魚を捕って来たりと忙しそうにしている。もっとのんびり生活をすればいいのにと思うが、前に比べたらマシな方なので、あまり煩く言わないようにしていた。


 ◇◇◇


 今日はシン・ユーが、森の中で野苺が実っている場所を見つけたというので行く事になった。

「お義母さんも一緒に行こう」と誘ったが、掃除が終わっていないからとお断りをされてしまった。

 義母の考えの中にも「ほどほどに」という言葉が無いのだろう。掃除や食事、洗濯まで自分の気の済むまで完璧にこなすのだ。

 毎日ほどほどに家事を行っていた私には出来ない芸当である。というか、「家事は任せて!!」と言ってここまで付いて来た私の立場は無くなってしまったと思う程の仕事人ぷりだ。


 と、そんな訳で、家の事は任せて出掛ける準備をしていたら、義母から正方形の包みを手渡される。


「リェン・ファ、これを持って行きなさいな」


 そう言いながら差し出された、ずっしりと重い包みの中身はお弁当だ。


「わ、わあ!! ありがとう、お義母さん!!」

「……別に、急に帰って来られて昼食の準備をしろって言われたら嫌だから、なんとなく作っただけよ」

「そ、そっか」


 二ヶ月程前、涙ながらに謝罪をしてきた義母だったが、翌日からはいつもの素直じゃない性格に戻ってしまった。

 正直、こちらとしても常時素直な義母だと、一体どう接していいのか分からなくなるからありがたいのだが。


 先ほどの言葉も、私が「わざわざ作って貰って悪いなあ」と思わないように言ったというのが分かっているので、曖昧に笑ってお弁当を受け取った。


 森の散策はメイメイを連れて出掛ける。

 この辺りに居る野生動物は臆病なので、犬の気配があれば向こうから逃げてくれるのだ。


 心配していた角猪ジャオヂュと遭遇する危険は無いとシン・ユーは言っていた。


 角猪の食糧は、山の麓に生えるキノコや木の実、その周辺に生息する小動物で、食べ物が無くなると人里へ降りて来るという。

 私達を襲おうとした個体は進む方向を間違い、山奥に迷い込んでしまった珍しい事例らしい。その証拠に、前に遭遇したのは食べる物が無くて、痩せ細っている角猪だったという。何故、それが判明したかと言えば、翌日、シン・ユーが山を探し回った所、ヨーヨーが仕留めたと思われる角猪を発見していたからだ。


 そのような説明を聞きつつ、草の生い茂った道をサクサクと踏み鳴らしながら進む。


 森の中は深緑が芽吹いており、美しい光景が広がっていた。晴れた空がその彩りを引き立てているのが分かる。


 そんな道のりを、咲いている花の名前や饅頭に似ている雲を眺めながら、ゆっくりと歩いていく。


「――わあ!」


 辿り着いた野苺がある場所は、思っていた以上の豊作状態だった。

 目の前には、葉っぱよりも実の方が多いという信じがたく珍しい光景が広がっている。


「……シ、シン・ユー、これ不味い方の苺じゃないよね?」

「さあ?」

「……」


 野山に生える苺には蛇にでも食べさせておけ、と言われる程不味い品種が存在する。

 見渡す限り、野生動物が手を付けた気配が無いので、不安になってしまったのだ。


 念の為、一粒もぎ取り、背伸びをして勝手にシン・ユーの口の中へと入れた。


 シン・ユーは迷惑そうな顔をして食べている。


「どう?」

「酸っぱい」

「なるほど!」


 不味い野苺は味が無いので、これは美味しい方の野苺だ。味見大使シン・ユーの協力に感謝しつつ、持ってきた籠を手に、収穫を始める。


 野苺を摘み取る間、私の頭の中は苺の砂糖煮のことでいっぱいになっていた。

 焼きたての白パンに、手作りの砂糖煮ジャム。何年振りだろうか。

 母が居た頃は、週に一度位は白いパンを食べられる日があったが、ここ数年は黒いパンばかりだった。しかもジャムという高級品を手にする余裕もなかったので、スープで無理矢理流し込むという食べ方を余儀なくされていたのだ。


 そんな感じで途中までウキウキしていたのに、私は忘れていた事実を思い出して、打ち拉がれることになる。


 大華輪国には、パン作りに必要な乳酪バター酵母イーストが売っていないのだ。前に氷菓を作った時に料理長に探して貰い、無いという事が発覚していたのに、今の今まで忘れていたのだ。それにパンを焼く竈も無い事にも今更気がつく。


 私の溢れていたやる気は消沈し、野苺を摘み取る手も遅くなる。


 ジャムを作っても蒸しパンには合わないだろうし、カキ氷の上に掛けるにしたって、氷の入手が難しい。


 残る加工方法は、お酒位だろうか。


 そうだ! お酒があった。


 母が作っていたのを手伝った事があるので、材料や作り方は分かる。


 そう言えば、父が「美味しい、とても、美味しい」と言いながら飲んでいたという事を思い出し、再びやる気に火が灯る。

 だが、母と私が作ったものだから大げさに美味しいと言っている可能性もあるので、あまり味に期待しないことにした。


 シン・ユーと二人で苺を摘み取ること数十分、籠の中身が満たされたので、これ位にしておくかと、その場を後にした。


 そして、美しい泉の畔で少し早めの昼食を摂ることにした。


 野苺を摘み取る間、厳戒態勢で護衛官を務めてくれた優秀なメイメイには、蒸し鳥のおやつを進呈する。尻尾をポンポンと草むらに叩きつけながら、嬉しそうに噛み付いていた。


 自分達は持参していた茣蓙を敷いて、その上に座る。

 そこに義母の持たせてくれたお弁当を広げ、竹筒に入っているお茶を陶器の細長い器に注ぐ。


 義母の作ってくれたのは、丸い葉に包まれたおこわだった。

 まさかこのような手が込んだ品が入っているとは思わずに、驚いてしまう。


 葉っぱに巻きつけてあった紐を解いて広げると、白いもち米に柔らかく煮込んだ鳥と南瓜が混ぜ込んであるものが出て来た。


 それを「戴きます」と言って頬張れば、塩味のほんのり効いたお米と、甘辛く味付けされた鳥と南瓜の豊かな甘味が、噛む度に口いっぱいに広がる。


 凄く美味しい、お義母さん天才。


 心の中で惜しみない賞賛を贈る。


 おかずは煮卵と鳥と根菜の煮物が入っていた。

 煮卵は黄身まで味が染みており、かと言ってしょっぱくも無く、丁度いい味付けとなっている。煮物には酢が入っているからか、さっぱりとした味わいだ。


 この料理の腕をたった二ヶ月で身につけたのだから、恐ろしいものである。


 中身が空になった弁当箱を綺麗に風呂敷に包み、野苺の入った籠の隣に置く。

 食後の甘味として取り立ての赤く小さな果実を摘めば、甘酸っぱい風味が舌を楽しませてくれた。

 子供の頃に食べた野苺の味とよく似ているなと考えながら、もう一つ摘んで口に放り込んだ。


「酸っぱくないのか?」

「うん、酸っぱい。でも美味しいよ」


 ハイデアデルンに自生していたものはもっと味が薄くて苦味もあった。ここにあるのは甘味も強くて、かなり美味しい方だ。


 シン・ユーに、これで酒を作るという壮大な計画を話しながら、義母の待つ家路へと向かう。


 ◇◇◇


 後日、材料を調達した私は酒作りに挑んでいた。


 と、言っても、材料を密封出来る空き瓶の中に入れるだけなので、簡単なものだ。

 まずは瓶を熱湯消毒し、綺麗に中を拭き取る。次に野苺と輪切りにした檸檬、固形砂糖を交互に入れて、焼酎で中を満たせば準備は万端だ。


 裏庭にある冷蔵室代わりの洞窟の中で寝かせ、大体二ヶ月程で完成をする。


 が、待てなかった私は、二週間ほどで味見をしてしまったのだ。


 シン・ユーと義母の三人で、熟成途中の酒の試飲会を行う。


 密封していた栓を開けば、甘い香りがふわりと漂ってくる。

 酒は真っ赤に染まり、野苺の実は色が抜けていた。


 小さな杯に注いで、一気に飲み干す。

 酒の味に詳しくないので、仕上がっているのか、まだ熟成が必要だとかは分からなかった。


 今の状態でも、甘くて美味しいように思えたが、義母は「まあまあね」と呟き、シン・ユーはお代りを断っていた。


 ◇◇◇


 野苺酒の試飲から一時間後、事態は急変していた。

 どうしてこうなったのかと、頭を抱える。


 と、言うのも……。


「ひっく、っく、うう」

「……」

「……」


 隣には号泣する義母が居る。


「リ、リェン・ファ、ご、ごめんなさい、ごめんな」

「う、うん。大丈夫だから」


 義母は、驚くほどに酒に弱かった。

 先ほどから私にばかり絡み、涙ぐみながら今までの自らの行いを謝ってくれている。


 一時間ほど私にだけ絡み倒し、そろそろシン・ユーにも言いたい事があるのでは!? と話を振っても「特に、無いわ」と一言呟くだけだった。


 目の前に座るシン・ユーも完全に他人の振りをしている。


 いや、この御方はあなたのお母様なのですが……。


「お義母さん、もう寝よう」

「待って、まだ」

「うん、部屋で聞くから」


 シン・ユーに目線で連れて行くように示すと、気持ちが通じたのか、ぐったりとした、抵抗もしない義母を抱えて寝室へと移動していく。


 そして、私はまさかの義母の寝台で添い寝(※二回目)をして、朝を迎えたのだった。



 その後、野苺酒は私の寝台の下に隠され、二度と義母の口に入ることは無かった。


 ――義母に酒を飲ませてはいけない。


 これは私とシン・ユー、二人の暗黙の了解であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ