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没落令嬢の異国結婚録  作者: 江本マシメサ
三章【満天の星空が見える森でのご隠居生活】

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51.悩みは尽きない

 医師から貰った薬と私の甲斐甲斐しい看病のお陰か、義母の熱は二日程で引いていった。三日目には食欲も出てきたようで、お粥とシン・ユーに買ってきて貰った果物を食べきることが出来たのだ。


 これで元気な義母に戻る筈、と思っていたが、そう簡単にはいかなかった。


 体の不調は治っても、心の不調は治らなかったのだ。


 義母は落ち込んでいるからか、一日のほとんどを寝台の上で過ごす。

 天気が良いから散歩に行こうと扉を叩いても、冷たく断られてしまうのだ。


 王都・千華やハイデアデルンと違って、ここは毎日晴天が続く。澄み切った青空が広がり、太陽が出ているだけで気分がウキウキしてしまうのに、そうなるのはどうやら私だけで、シン・ユーや義母は淡々とした毎日を送っている。


 他に義母が元気になる方法は無いかと考えて、物置きの布で新しい服を作ることにした。


 元々ファン・シーンからお姫様へ贈ったという布は、ザン家にあった服で使われていたような高級品ばかりだった。


 この布に鋏を入れるのはかなりの勇気を必要とした。


 しかも、華服を作るのは初めてで、作る服の形を製図した型紙なんてものは無かったので、一着だけ断腸の思いで服を分解して、構造を把握したのだ。


 出来たら内緒で贈りたかったけれど、体の採寸を測らなければならなかったので、寝転がっている義母を起こして協力して貰った。

 ついでにシン・ユーの採寸も取ったのだが、疲れて寝ている隙に巻き尺を当てていた所、途中で気付かれてしまい、気まずい思いをしてしまった。


 失敗するのが怖かったので、最初は試作品として自分の服を作り、次にシン・ユーの服を作った。

 何回か作っているうちに満足のいく物が完成したので、本番ともいえる義母の服作りに取り掛かる。


 使うのは濃い紫色の布で、帯は白銀の布に金糸で花を刺繍した。腰から下の袴とも呼ばれるものには折り畳んだように見えるひだを入れ、裾には細かい蔓模様を入れる。


 今まで作った服(ハイデアデルン時代含む)の中で一番時間が掛かってしまった。製作期間約七日である。

 とは言っても、家事の合間に少しずつ作ったので、もっと集中的に作れば三日程で完成したのかもしれない。そうは言っても、忙しい主婦にそんな暇は無いのだが。


 そんなこんなで出来上がった服を義母へ贈ったが、反応はイマイチだった。


 まあ、想定内である。


 いくら丁寧に作ったって、私は裁縫暦五年という、服飾職人としては見習いと言ってもいい未熟者であり、それに加えて大華輪国の服作りに関しては素人同然だ。

 そんな者が作った服などで義母が満足する訳がない。


 だが、最近は起き上がっている時間も長くなり、シン・ユーと軽い喧嘩をする元気も出てきたようなので、ほっとしている。


 少しずつ、少しずつ、元気になればいいなと思いつつ、義母の二着目の服への挑戦が始まった。


 自分の好きな形や色で作る服は、仕事で作るのと違って楽しい。


 義母には悪いと思っていたが、私の毎日は充実していた。


 ◇◇◇


 他にも問題はあった。


 シン・ユーのことだ。


 少し前から、街より依頼が出ている害獣退治に出掛けていた訳だが、想定以上の大金を持ち帰って来たのである。


 手渡された封筒の中に入っていたのは、五十万ジン

 害獣退治の詳細は話してくれなかったが、一回の討伐でこんなにもお金が入るのかと驚いてしまった。


 害獣退治は一週間に一度行われる。

 これまた詳細は謎で、その日が近付くと、シン・ユーは一日中剣を研ぎ石で鋭くしたり、矢を自作していたりするのだ。


 一日中部屋の隅で武器の手入れをしている物騒なお兄さんを見かけるのは心臓に悪かったが、害獣退治から帰って来た傷だらけのシン・ユーを夜遅くに出迎えるのはもっと心臓に悪かったのだ。


 害獣退治に出掛けた翌日は、必ずと言っていい程に顔色が悪い。

 部屋で休んでおくように言っても、全く聞かないで狩りに出掛けてしまう。


 メイメイとヨーヨーを連れて狩りに出掛けた日は、捕まえた得物を街で換金してくるのだが、平均で一万ジン位持ち帰ってくる。売れなかった小さなものは、自分達の食卓に上がっていた。


 シン・ユーはほぼ毎日狩りに出掛けている。もっと休んでくれとお願いをするが、聞いてくれないのだ。


 私に言った一千万ジンを返済するという計画を気にしているのだろうか。

 今は隠れ住む段階なので、私も働きに出られないから、収入は最低限でいいのに、シン・ユーはそんな主張も聞かないで働き続けていた。


 こちらが聞いても害獣退治についての詳しい話は教えてくれなかったので、自分で調査をすることにした。

 と、言っても、街へ行くのは危険なので、三日に一度家に来てくれる商人の夫婦に話を聞いてみた。


「――害獣退治ですか? ああ、あれは歩合制ですよお~」

「ぶ、歩合制!?」


 接客担当の商人の奥さんに聞けば、意外な事実が判明する。


 害獣退治は前々日からの準備から始まり、森の広場に害獣・角猪ジャオヂュの好む食材を仕掛け一日置いてから、食材を置いた周りの広い範囲を柵で囲む。そうすると周囲に角猪ジャオヂュが集まって来るのだとか。柵は討伐を行う時に角猪が逃げない為の対策らしい。

 その食材と柵の設置の手伝いに参加をすれば、十万ジンが支払われる。

 そして、討伐の際に倒した角猪を広場に持ち込んで、その大きさによって支払われる金額が決まるという。


「小型のものが大体一万金~三万金位で、中型が四万金~六万金、大型のものが七万金~十万金位ですねえ」

「そ、そうですか」


 ということは、平均して五十万ジン位持ち帰って来るシン・ユーは、かなりの数を討伐しているか、大型の角猪を仕留めているということになる。


「あ、あの、角猪ジャオヂュってどんな生き物なのでしょう?」

「角のあるトゥンみたいな感じですねえ。とにかく凶暴で、畑を荒らしたり、観光客の乗った馬車も襲うことがあって困っているのですよお。狩っても狩っても一向に数が減らなくって」

「……」


 ちなみに肉は獣臭くて食べることが出来ないらしい。毛もごわごわしていて、すぐに皮から毛が抜けるので利用価値も無いとか。唯一角は布を染める染色剤の原料として取引されるが、大量に出るので希少価値もないという。


 討伐した角猪ジャオヂュはその場で焼却処分をするのだと商人の奥方は語る。なんとも悲しい話だと思った。


「そうそう! 最近謎の凄腕狩人が来るって噂があって」

「へ、へえ」

「全身真っ黒い装束で現れて、まるで殺し屋みたいな風貌をしているのですってえ。若い男の人みたいで、みんな『あれは堅気の人間じゃない』って言っているのよお」

「わ、わあ、怖い」


 害獣退治に黒尽くめで出掛けるシン・ユーの姿が思い浮かんだが、きっと他人の空似だろうと乾いた笑いをあげてしまった。


 ◇◇◇


 商人から話を聞いた晩、私は寝台の上に正座して、シン・ユーにとある相談をする事となった。


「シン・ユー、話があるんだけど」


 隣で横になった体勢で本を読んでいたシン・ユーが顔を上げる。


「なんだ?」

「あ、あのね、害獣退治なんだけれど、辞めて他の仕事を探して欲しいの」

「……」


 一時期ファン・シーンに何か仕事をくれと手紙を書こうかと考えていたが、何となく頼るのは癪だったので止めた。

 管理人に相談してみようかとも考えたが、まずはシン・ユーに話をしてみてからだな、と思って今に至るのだ。


 そして、仕事の事以外でも気になる事があったので、言ってみる。


「あともっと休んで欲しい」


 シン・ユーは苦々しい顔をしている。これは嫌だと言っているような顔だ。


「家に居ても、出来ることは少ない」

「いや、何もしなくていいよ。ゆっくり休んでって言っているの」

「……」


 シン・ユーは家に居る時は薪割りをしたり、馬を散歩に連れて行ったり、絡繰からくり仕掛けの洗濯機の固い発条ぜんまいをゴリゴリ回してくれたりと、本当によく働いてくれる。申し訳ないと思う程だ。


 たまには趣味に興じたりしてもいいだろうと言ったが、予想外の返事が帰ってきてしまう。


 シン・ユーは至極真面目な顔で言った。


 暇な時、何をすればいいのか分からない、と。


「……」

「何もすることが無いのなら、働きに出掛けた方がいいだろう?」

「い、いや、そんなに働かれても、困るんだけど」

「何故?」

「だってシン・ユーが早死にしそうで。王都に居た頃より顔色悪い日もあるし」

「……」


 無理な生活を送り、数年でシン・ユーに先立たれたら困るのだ。私だって色々と計画を立てて考えている。

 それに義母だって先に息子に死なれたら、二度と立ち直る事は出来ないだろう。


「頑張るのは、ここを出てからでもいいと思う。まずは体を休めて、健康になる事から始めないと」

「そうは言っても、普通の体調不良ではないからな」

「あっ!」


 そうだった。シン・ユーの体調不調の原因は、ザン家の仙女様の呪いだったのだ。


「れ、レンの花、買いに行こう!! それでお祈りを」

「華族の居ないこの地に売っている訳ない」

「そ、そっか。そうだった」


 前にリー・リンがレンの花は手入れが大変なので、専門の庭師のいる家にしか咲かないと言っていたのを思い出す。それにとても高価だと言っていた。……そんな事情があるので、街に行っても売っていないことは確実だと思い至る。


「蓮の花だったら」

「ん?」

「ここにも在るだろう」

「!!」


 目の前に座っていたシン・ユーに頬をそっと撫でられ、ぞくりと肌が粟立つ。


 ……多分、鳥肌が立ったのは、悪い意味ではないと思われる。


 自分の顔を見なくても、赤面しているのが分かった。心臓はドクドク鳴っていて、落ち着きが無い。


 何度こうやって接触されても、照れてしまう。いつになったら慣れるのかと、心配になる程に。


 気まずそうな顔をする私に、シン・ユーは呆れながら言った。


「リェン・ファ。もしや、子供は幸せの鳥が運んで来てくれるとか思っていないだろうな?」

「ま、まさか!」


 衣装屋の姐さん達に散々そういった話を聞かされていたのだ。何も知らない訳はない。


「……」


 シン・ユーは訝しげな視線を向けている。私の豊富な知識を疑っているのだろう。


「ま、待って、ちょっと待って。きちんと考えているから! 子供、三人位欲しいから!」

「!!」

「でも、そういうの、お義母さんが元気になってから、お願い」

「……」


 渋面を浮かべるシン・ユーに、私は本日三回目のお願いをする。


 だが、返事をする前にシン・ユーは低い声で、別の部屋で寝る、と言って出て行ってしまった。


 あ、あれ? 私、何か間違った?


 ――どうやら、ここは餌を与える場面だったらしい。


 続け様にお願いだけされても、聞くか!! ってなるよね。反省。


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