表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没落令嬢の異国結婚録  作者: 江本マシメサ
三章【満天の星空が見える森でのご隠居生活】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/70

50.ご隠居生活一日目

 ――没落華族の朝は早い。


 まだ、薄暗い日の出前の時間帯であったが、外からキイキイと甲高い鳥の鳴き声が聞こえて目を覚ます。

 あれはきっとヨーヨーの声だ。

 一日目からお食事を提供しなければならないなんて、全く予想外だった。むくりと起き上がって、背伸びをして眠気をどうにか吹き飛ばそうと努力をする。

 隣でこちらに背中を向けて寝ているシン・ユーを起こさないように、ゆっくりと動いていたのに、寝台の軋む音で目を覚ましてしまったのか、急に背後から話しかけられて身を竦めてしまった。


「リェン・ファ、どこに行くつもりだ」

「うわ!」


 話し掛けられるのと同時に手首も掴まれて、驚きも倍増になる。

 振り返ったシン・ユーの起き抜けの顔は、目が開ききっていない状態で眉間に皺を寄せ、いつも以上に恐ろしい且つ陰気な雰囲気となっていた。


 なんと言うか、その顔は親の仇に向けるような顔だと鏡を持って来て教えてやりたくなった。


 寝起きの悪いシン・ユーは私がこっそりここを抜け出してどこかへ行ってしまうのでは!? と思ってしまったらしい。馬にも乗れないのに、どこに行こうというのだと突っ込みたい。


 そんな衝動と共に、信用がないのだな、と落胆もしてしまった。

 だが、シン・ユーと出会ってまだ一年しか経っていないので、手放しに信用するというのは難しいのかもしれないな、とも思った。信じて貰うには私のこれからの頑張り次第だと気合を入れ直す。


「あ、今からね、ヨーヨーに餌をあげようと思って」

「あの鳥にはまだ近付くな」


 そんな事言ったって、さっきからずっとキイキイと鳴いて熱烈に餌の要求をしているのだ。

 そう主張すれば、餌はシン・ユーが持って行ってくれることになった。


 本日のヨーヨー様のご朝食は、厳選されたどこぞの小鳥一羽を丸ごと干し肉にしたものだ。


 なんでもあの鳥の種類はほとんど水を口にしない習性があるようで、水分は得物から摂るという不思議な生き物らしい。なので、この干し肉も一度水に浸してから与えるのだ。

 水分を含ませて柔らかくなった肉をシン・ユーが外に持ち出す。私もその背中に隠れつつ、給餌の見学をさせて貰う事にした。


 火鋏で掴んだ肉を餌入れの中に置くと、即座に鋭い爪でガッと押さえ込んで嘴で突き始めた。相変わらず凄い迫力だ。

 私の拳位の大きさの鳥を数分で平らげ、そのままバッサバッさと羽音を立てながらどこかへと飛んでいく。


 ふと気がつけば、止まり木の下に落ちていた羽をシン・ユーは拾っていた。


 矢羽根に加工をして利用するという。


 ヨーヨーのような大型の鳥の羽根は風合いも耐久性もあり、狩人の間では貴重品とされているらしい。


 私が餌やりをしていたら確実に捨てていたので、朝からシン・ユーに捕まった事は正解だったかもしれない。


 メイメイには味の無い細かく刻んだ干し肉と茹でた数種類の野菜を軽く焚いた粥に混ぜて、冷ましたものを与える。何だか人の食事と同じ位手間が掛かるが、長生きする為には大切なことなのだと管理人が言っていた。


 それを朝と夕方、二回に分けて餌を与える。

 大きなタライに新しい水を入れ、その横に作ったものを入れた皿を置いた。


「メイメイ~ご飯だよ~」


 名前を呼べば、森の茂みのようからのっそりとメイメイがやって来る。その自然に溶け込んでいる姿は野生の狼のようで、普通の犬種だと分かってはいたが、恐怖を覚えてしまった。


 メイメイは餌と水の前に座って私の顔を見上げている。


 も、もしかして「待て」をしているのだろうか?


「ど、どうぞ、お召し上がりになって?」


 まさか、と思って言ってみれば、それを合図にするかのように、モソモソと食べ始める。

 私の作ったお粥がお口に合ったのか、軽く尻尾を振りながら食べていた。賢い子だなあと観察していたが、いつまでも眺めている時間は無いので、朝食を作りに家の中へ戻ることにした。


 メイメイ用に作ったお粥の鍋を見ながら、これに味付けをしたら人も食べられるのでは!? と思ったが、父親に出すのならまだしも、シン・ユーと義母に【犬のついでご飯】を出す訳にもいかないな、と考え直す。隠居生活一日目から馬鹿な考えが脳内を過ぎって、それを振り払おうとかぶりを振った。


 そう言えば父は元気にしているのだろうか。

 多分謀反が起きたという話位はハイデアデルンにも伝わっているだろう。一応ファン・シーンが私達の無事を知らせる手紙を送ったと言っていたので、父はそこまで心配をしていないとは思うが。


 義母は起き上がるのも辛いようで、それに加えて食欲も無かった。額に手を当てれば熱いような気がして、濡らした布を乗せて熱を冷ます。

 旅の疲労が蓄積しているのか、それとも咳き込んでいるので風邪なのだろうか? どちらにせよ心配だ。


 義母の体の汗を丁寧に拭い、着替えを手伝ってから、再び眠るように勧めた。


 その後、私は街に行く準備をしていたシン・ユーに、医者を連れて来てくれないかとお願いをする。


「分かった。医師の都合が付けば連れて来よう」

「お願い」

「他に必要なものはあるか?」

「あ、氷を」


 やはり水で濡らしただけの布では体の熱を逃がさないような気がしたので、氷嚢を作る為の氷を買ってくるように頼んだ。


 それから三時間後にシン・ユーはお医者様を連れて戻って来た。

 医師の先生に頭を下げて、診察をお願いする。


 まあ、予想通りと言うべきか、義母は先生の診断を拒んだ。

 胸元を開いて心臓の音を聞くことや口の中を覗き込んで喉の具合を確かめる、というものが不信感を煽ってしまったらしい。だが、その威勢の良さは長くは続かず、大人しくなった隙を見て、何とか説き伏せて、診断を受け入れてもらう事となった。


 往診に来てくれたのが女性医師だったことも成功した理由の一つかもしれない。


 先生によれば、義母は疲労から来る風邪、ということだった。薬を飲んで数日安静にしていれば快方に向かうだろうとのこと。


 義母が失礼な発言をしたので謝れば、この国の人の患者は大体このような態度だと笑って許してくれた。

 医師の先生は魔術の発展した国から来たという異国人だった。なんでもその国ではとある研究者の手腕もあって魔術医療が急成長し、魔術の使えない医師はお払い箱状態となったとか。それで思い切って必要とされている国へ行こうと思って大華輪国へやって来たのだという。


 年頃は四十前後といった感じだろうか。最近は大華輪国の人達の年齢や顔の違いなども分かるようになっていたのだ。


 それから再びシン・ユーは街に先生を送りに行く。


 薬を飲んで、氷枕で頭を冷やしていたら、義母の熱は下がったように思えた。

 寝顔も朝方見た時よりは穏やかに見える。


 浮かんでいた汗を手巾で拭い、額の布を新しいものに変えてから、私は部屋を後にした。


 ◇◇◇


 部屋を掃除している途中に旅で持ち歩いていた要らないものを整理しようと物置きの扉を開けば、そこには沢山の布や糸、毛皮などが収められていた。小さな商店のような品揃えに、掃除をしていた事も忘れて思わず興奮をしてしまう。


 た、確かファン・シーンはここにある物は全て貰ってもいいと言っていたので、この部屋の布も自分達家族で消費してもいいという事になるのだろうか!?


 近くにあった毛皮を持ち上げれば、とてもふわふわしていて手触りが素晴らしいものだった。


 だが、この地域は寒い時季でも暖かいので、毛皮製品は不要なので、作る物も無いなと考える。

 王都のような気温だったら、耳当てを作ったり、上着の裏側に縫い付けたりと使い道はいくらでもあるのにと残念に思う。


 このまま物置に置いていても痛むだけだ。


 だったら、食卓の椅子に置く座布団でも作ってみたいなと、帰ってきたシン・ユーに提案をしてみた。


「別に、好きなようにするといい」

「本当!?」


 食卓の椅子は硬い木で出来ていて、何も敷くものが無かったので、お尻がちょっとだけ痛くなっていたのだ。

 許可が下りたので、ワクワクしながら毛皮をどう加工しようか考えていると、ふと、ある事を思い出す。温泉の匂いに顔を顰めていた某親子の姿を。


 毛皮の匂いを念の為に嗅いでみたが、きちんと防臭されているようで、何も匂いなどないように感じた。

 だが、シン・ユーや義母は何か匂いを嗅ぎ取ってしまうかもしれない。作った後で色々文句を言われるのは面倒だったので、念の為に毛皮の匂いが大丈夫か確認しようと立ち上がる。


「ねえ、シン・ユー、ちょっと匂い嗅いでみて」


 シン・ユーは鏃に使う為の鉄を研いでいたのだが、研ぎ石と鉄片を置いて手を伸ばす。


「な!?」


 毛皮を受け取ってくれるものと思い込んで近付けば、何を思ったのかシン・ユーは私の体ごと引き寄せて、顔を首筋に埋めて来たのだ。


「……いい香りがする」

「は!?」


 その言葉を聞いて、謎の行動を理解した。このお兄さんは毛皮ではなく、私の匂いを確認してくれたのだ。


 ――い、一体何をしてくれるのだ!! 恥かしい!!


「ち、違う!! 匂いを確認するのは、私ではなくて、毛皮!!」


 肩を力いっぱい押して拘束から逃れたが、当の本人はいたって何も悪い事はしていないと言わんばかりに涼しい顔をしていた。慌てていたのは私だけのようだ。


 その晩、妙な行動を警戒した私は、シン・ユーに義母の具合が心配だと言って寝室を後にする。予備の布団を物置で発見したので、義母の部屋でゆっくりと休ませて貰った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ