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没落令嬢の異国結婚録  作者: 江本マシメサ
二章【星に導かれて】

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44/70

44.嗚呼、悲しきかな、転落人生

 ――いったい、どうしてこうなってしまったのか。


 現在、無理矢理馬車の中に詰め込まれて、連行をされている。


 義母は拘束される際に激しく抵抗をしたので、何かの薬を嗅がされて、意識を失ってしまった。多分眠っているだけだろうが、酷いことをするものだと怒りが治まらない。


 武官は「旦那を恨むのだな!!」と叫びながら、騒ぐ義母を押さえ込んでいたが、他の武官に「そっちは母親! 嫁はこっちだ!」と突っ込まれていた。


 うん、お義母さん、若いからね。


 私は使用人が着ているような仕着せに似たものを着ていたし、とても華族の奥方のようには見えなかったのかもしれない。


 しかしながら、シン・ユーは一体どうしたのだろうか。占い師のおっさんを届けている間に何か事件に巻き込まれてしまったのか。

「旦那を恨むんだな」という武官の言葉から、連行をされてしまった原因はシン・ユーにあるのだろうが。


 程無くして、王城へと到着をする。


 国王は崩御したとシャン・シャから聞いていたが、誤報だったのか。


 シャン・シャと言えば、他の使用人達の無事が気になってしまった。華族街のある方向には、まだ真っ黒い煙や火が上がっていた。


 立ち止まっていた私の背中を武官が棒で突く。歩かせる為に足の縄は解かれていたのだ。


 背後から強い力で押されたので、足を縺れさせて転びそうになりながらも、前方より手元を繋がれた縄に引かれて進む。

 義母はまだ目が覚めていなかったので、荷物のように雑な感じに運ばれていた。


 王城の中も、後宮同様に絡繰り仕掛けなのか、思いも寄らぬ所から扉が出てきたり、床が沈んだりなど、迷いこんだら大変な仕様になっているようだ。これも侵入者対策なのかもしれない。


 ハイデアデルンの城は縦に大きな構造だったが、大華輪国は階段での上がったり、下ったりがないので横に広い建造物なのだろう。


 そして、部屋や廊下を通り過ぎる毎に、造りがどんどん豪華になっていく。

 赤を縁起の良いものとしているからか、壁の色も柱の色も全て赤い。途中から天上まで赤く塗られたものとなったので、大したこだわり様だと感服してしまう。


 キョロキョロしながら進んでいると、真面目に歩けと縄を持つ武官から注意されてしまった。ついでに背後から棒でも強く突かれる。全く、前後から突っ込みを同時に入れるなんて、酷いことをしてくれるものだ。


 程無くして、大きな扉の前まで連れて来られる。

 左右には大きな龍の像があり、ぎょろりとした目がこちらを睨んでいるような気がして、慌てて目を伏せた。

 扉の縁は金で出来ており、細かな細工も施されている。


 一目見て、ここが城の最深部であると分かってしまった。


「ーーわっ!!」


 突然その場に倒されてしまい、地面を這う形になった私の両足を、武官の男は縄できつく結ぶ。


 そして、武官の男が義母と私の名を叫び、【殺人者隠匿罪】という罪状も叫ばれる。


 私と義母が殺人者を屋敷に隠していたというのだろうか。……その殺人者は、もしかしなくても、シン・ユーだろう。


 国王とウェイ・ウーの突然死、幸せになる為にある事を行ったと言っていたシン・ユー。何をしたのかは敢えて聞かなかったが、とある可能性はずっと頭の中にあった。


 武官の報告を聞いて、扉は開かれる。


 私は担がれて中に入り、赤い絨毯の下に放り投げ出された。


「!!」


 その衝撃で声を上げそうになったが、何とか耐える。鼻を地面に強く打ちつけたので、涙目になる。もっと優しく丁寧に転がして欲しかった。

 少し離れた場所に義母は下される。私のように雑に下さなかったのが幸いだ。


 連れて来られた場所は、夜会でも開けそうな位のかなり広い場所だった。一面に赤い絨毯が敷かれており、武装した人達も部屋の隅を取り囲むように大勢居る。


 目の前の、段差の上にある玉座は空だ。


 国王とは、一体誰が――?


「国王陛下の、御成りーー!!」


 そう思っていた瞬間に、国王が臨席をするという掛け声が部屋に響き渡る。


「!?」


 玉座の斜め前にあった豪華な扉から共と護衛の者を大勢連れて現れたのは、とんでもない男だった。


 男は玉座に腰を沈ませると、にっこりといい笑顔を見せながら、こちらへと話し掛ける。


 ……その男とは、


「――やあ、ご機嫌は如何かな?」

「フ、ファン・シーンッ!!」


 地面の上で這った状態で、怒気を含んだ叫び声を上げると、背後に居た武官に棒で打たれてしまった。だが、痛みなど気にしている場合ではない。


 玉座に悠々と座っているのは、ファン・シーンだ。


 いつものだらけた格好ではなく、肩先までの髪は綺麗に整えられて細長い帽子の中に納まっており、唯一王にしか纏うのを許されていない特別な真紅の華服は、ファン・シーンの今の立場を紛えることなく表している。


「……君は、名前を覚えていないようだね。二度目になるが、名乗っておこうか」

「……」

「我が名は、ディ=煌香フゥァン・シィァン

「!?」


 ディという家名は、王族にのみ名乗ることが許されたものだ。


 彼は王族だった。何故、今までずっと気付かなかったのか。


 そういえば、最初に自己紹介をされた時は上手く名前を聞き取れなかったのだ。


 改めて考えれば、彼に関しては不審な点は幾つもあった。


 まず、ファン・シーンが訪問をする時、使用人達は酷く緊張していた。シン・ユーがピリピリしていたからだと思い込んでいたが違ったのだ。

 それに、訳の分からない威厳みたいなものを放つ姿も見たこともあった。それに、結婚式の時だってお偉い様が来る会の一番初めに挨拶に来たし、用意された席も最も上手かみての位置に鎮座していた。


 ああ、何故今まで彼について聞かなかったのか。後悔がどっと押し寄せる。


 シン・ユーはファン・シーンに騙されたのだ。


 薄ら笑いを浮かべる、この男に!!


「怖い顔をしないでくれよ。可愛いお顔が台無しだ。まあ、それも意味の無いものになってしまうけれどね」

「ねえ、シン・ユーは、どこ!?」


 再び背後から棒が掲げられる気配があったので、私は素早く床の上をゴロゴロと回って回避をした。が、ファン・シーンが武官の行動を制したので、棒は振り下ろされなかった。


「ザン=シン・ユーはもうすぐ、あ、来た」

「!?」


 何やら聞き取れない叫び声が聞こえ、私と義母が入ってきた扉が再び開かれる音がする。ちなみに私は身動きが出来ないように、複数の武官から棒で押さえ付けられていたので、振り返ることは出来なかった。一本一本の棒の圧力が地味に痛い。


 シン・ユーが来たと聞いて、多少は安心したかのような気分になっていたが、私の斜め前に落とされたモノを見て、絶句する。


 それは、血まみれになった、シン・ユーだった。


 自分達と同じように手足を縛られており、ぐったりとしていて、動き出す気配は一切無い。


 出て行った時とは違う、白い装束を纏っていた。なので、全身に血が染み出しているのが良く分かる。


「シン・ユー!! シン・ユ」

「黙らないか!!」


 武官の一人に棒で思いっきり背中を突かれ、痛みで言葉を失ってしまう。


 シン・ユーの前に立った男が、懐から出した紙を広げて読み始める。


「――この男の罪状は、勝手に兵を率いて、国家占術師、ジェ=ウェイ・ウーを勝手に街の広場で公開処刑をした事、他にも国王暗殺や、四名の王族の殺害容疑もかかっているようです!!」

「そっか。そいつが国家占術師と、五人の兄さん達を殺したんだね」

「!?」


 シン・ユーの白い服に、赤い染みがどんどんと広がっていく。私よりも少し前の位置に俯せとなって倒れているので、その表情がどんなものかは窺えない。


「見ての通り、情報を一切吐こうとしなかったから、少し痛めつけたみたいだけれど、それでも駄目だったんだってさ。本当に頑固な男だ」

「!!」


 やっぱり、やっぱり勇気を出して言えば良かった!! 謀反なんてしないでって。体が弱いシン・ユーが無理してすることじゃないよって。


 後宮に呼ばれた事が切っ掛けなのは、頭が足りない私にも分かっている。


 だから、あの夜に義母と三人で逃げて、静かな場所で暮らそうって、言えば良かった。


 でも、今となっては何もかもが遅いのだ。


「――と、いう訳で、分かっているとは思うが、ザン家の財産及び華族としての位を没収する」

「……」


 そう言って、ファン・シーンは片手を上げる。


 一体何をするのかと思えば、武官の一人が剣を抜きながらこちらへ接近し、ぐったりと地に伏せるシン・ユーの三つ編みを乱暴に掴んだ。


 髪の毛を掴まれ、軽く上半身を持ち上げられたシン・ユーからは、ボタボタと血が滴り落ちていく。


 止めて!! と叫びたかったが、喉元にも棒を突きつけられて、声を出すことが出来なかった。


 そして、華族の証たる、長い三つ編みが根元から剣で切られてしまった。


 その瞬間に、シン・ユーの体は地面に叩きつけられる。血が染み込んでいた赤い絨毯からはびしゃりという水音をたてる。


 赤い絨毯なので、気がつかなかったが、かなり出血をしているということなのか。


 自由な指先で、ザン家に伝わる蓮華仙女様の指輪の在り処を探る――大丈夫、外れていない。シン・ユーは、まだ、生きている。


 ところが、そんな希望を絶望に変えるような一言をファン・シーンは言い渡した。


「あ、そうそう、君ら家族の処遇だけどね」


 ファン・シーンは羽の付いた扇で自らを扇ぎながら、とびきりの笑顔を浮かべる。


「仲良くみんなで絞首刑、ということになったから」

「!!」


 絞首刑、というのは、どういう事なのか。


 私達は、みんな、殺されて――?


「順番も決めてあるんだ。最初はザン=ラン・フォン、次に君、ザン=リェン・ファ。最後がこの男。……ザン=シン・ユー、君は家族が苦しむ様をじっくり見てから死ぬんだ」


 なんという酷い仕打ちをするのだ、この男は。狂っている。


 シン・ユーを長年騙して、自分の即位に邪魔な者達を殺させて、目的が叶ったらその利用した者でさえ殺してしまう。


 やはり、あの愚王の血筋なのだ。


「さてと、いろんな意味でここから退場して貰おうか」

「!!」


 武官達が再び自分達の周りを取り囲み、手足の自由が利かない体を荷物のように持ち上げられる。


「ザン=リェン・ファ、最後に発言を許そう。私に何か言いたい事はあるかな?」

「――ッ!!」


 言いたいことだと!? そんなのあるに決まっている!!


「何か、あるようだね。さあ、言ってご覧」

「ファン・シーン嫌い!! ファン・シーン嫌い!!」


 大切なことなので、早口で二回言っておいた。


 こうして私達は担がれた状態で謁見の間を去る。

 閉ざされた扉の向こうには、ファン・シーンの高笑いが響き渡っていた。


 ◇◇◇


 再び、馬車の停めてある場所まで連れて来られた。

 中を覗き込めば、来た時よりも大きなもので、人が四人ほど寝そべっても余裕があるような構造となっているように見える。

 気を失ったままの義母は丁寧に寝かされ、手足の縄を解かれた私は丁重に中へと案内された。


「――手荒な事をして悪かった」

「え?」


 数人の武官達が頭を下げる。


「さあ、早く中へ」

「???」


 馬車の中へ乗り込んで、義母の様子を窺っていると、もう一人誰かが中へと入ってくる。


「な!?」


 それは、しっかりとした足取りで馬車へ乗り込むシン・ユーだった。


「シン・ユー!!」

「待て、話は王都を出てからだ」

「で、でも、血が、血が、そ、それに、今から、こ、ここ、絞首刑、に」


 慌てる私の両肩をシン・ユーはぐっと掴み、耳元で囁く。


「心配するな。刑は執行されない。それに、怪我もしていないから」

「!?」


 怪我をしていないと言うが、顔は数え切れないほどの切り傷と、数箇所が内出血で青くなっている。

 服も真っ赤だったが、大丈夫だからと言葉を重ねた。


「……」


 喋るなというので、断りもせずにシン・ユーの血に染まった腹部を剥けば、そこに傷は無かった。手に付いた赤色に顔を近づければ、塗料のようなツンとした匂いが鼻先を掠める。


 ――シン・ユーは、命に関わるような怪我を負っていない。


 私は脱力してその場に崩れ落ちた。


 ◇◇◇


 数時間程馬車に揺られて辿り着いたのは、前にシン・ユーと鳥を狩って食べた山小屋だった。とりあえずここで一日過ごすらしい。


 義母も一度目覚めたが、まだ混乱の中にあるようで、弱々しい姿を見せていた。昨晩はほとんどゆっくり寝ていなかったからか、再び眠りの中へ落ちてしまう。


 血塗れの服から着替えたシン・ユーは、馬車に乗っていた武官と会話を交わし、その馬車は私達を置いて走り去ってしまう。


 その後、私を振り返ったシン・ユーは、神妙な顔で謝罪をしてきた。


 ファン・シーンと二人で下手な芝居を打った、と。


「だ、騙されたーー!!」

「すまない」

「ファン・シーン、目、本気だった、凄い、怖かった!!」

「日頃の鬱憤が溜まっていたのだろう」


 シン・ユーは昇ってきたばかりの、雲に覆われているぼんやりとした朝日を見上げながら言う。


 先ほどの謁見の間での茶番は、ようは見せしめだったという。


 罪を全てシン・ユーに被せ、前王派の者にも何か企めばこうなるぞ、というのを分からせる為に必要な行為だったという。


「俺達は、死んだということになっている」

「……うん」

「しばらくは、遠く離れた場所にある森に、隠れ住まなければならない」

「……うん」


 まだ、頭の中はぐちゃぐちゃだ。色々と飲み込めるまで時間が掛かりそうだった。


 けれど、今、言うべきことは一つだけだと理解している。


「シン・ユー」

「?」

「お帰りなさい。無事で、本当に、本当に良かった」


 シン・ユーは、ホッと安心したかのような、そんな表情を見せながら、ただいまと言って、私の体を強く抱きしめた。


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