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没落令嬢の異国結婚録  作者: 江本マシメサ
二章【星に導かれて】

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42.仕事の早いシン・ユー。その弐

「先生!! いい所に」

「お前に用はない!!」

「!?」


 出会い頭に縋り付いてきた義母を、シートゥー・ムーは乱暴に払い除けた。

 突き飛ばされた義母は地面に倒れこんでしまう。


「お義母さん!!」


 私は義母の元へ駆け寄ろうとしたが、何故かおっさんに腕を掴まれてしまった。


「な、何するの! 離して!」

「一緒に逃げよう!」

「は?」

「リェン・ファ、君をこの家の呪縛から解放してやる」


 この詐欺師は一体何を言っているのか。というか、喋り方もいつもと違う。やっぱりあの胡散臭い喋りは作ったものだったのか。


「ねえ、止めて、離して」

「本当の名を教えてくれ! そうすればその指輪も外せる」

「……」


 先ほどからこのおっさんは何をしようとしているのか。腕に込められた力が強くなっていくので、だんだんと恐怖を覚える。


「その指輪を着けている限り、ザン=シン・ユーの追跡から逃れられなくなる! だから、本当の名を」

「嫌!! 本当の名前は大切な人にしか教えない!!」

「……」


 この人はどうして私に執着をするのか。養子の件をシン・ユーが断ったので、その時に諦めていたのかと思い込んでいた。


「分かった。私も本当の姿を見せよう。そして、本当の私を知ったら、リェン・ファの真名を教えてくれ」

「は、はい?」


 シートゥー・ムーは腕から手を離し、真面目な表情で私の顔を見る。


「――見よ、これが、私の真なる姿だ!!」

「!?」


 詐欺師おっさんは、頭に被っていた細長い帽子を取ってその場に捨てた。


「――なっ!?」


 その、詐欺師おっさんの頭部には――何も、無かった。


 いや、正確に言えば、髪の毛が頭の天辺に円を描くように無かったのだ。


「私は、この国で行った、二回に渡る大きな術のお陰で、頭部の中心の髪の毛を失った……失ったのだ」

「……」


 こういう時、どんな顔をしたらいいのか分からなかった。とりあえず、本人は酷く神妙な顔をしているので、笑ってはいけないことだと理解はしていたが。


「占術というのはこのように体に欠陥をもたらす恐ろしいものなのだ」

「う、うん」

「――私は、元々は小さな農村で質素に暮らす占い師だった」

「あ、その話、長くなる?」


 火の手は近くまで迫っている筈なのだが。私の突っ込みを無視してシートゥー・ムーは語り出す。


 彼は地図にも載っていないような小さな村に生まれ、祖父の教える占術と薬剤の知識を受け継いで、それを村人の為に役立てていた。


 占術というのは、対象の幸せ・不幸な未来の可能性を予知するもので、村では大きなわざわいごとを見ることも無く、明日の天気や生まれてくる子供の性別といった些細なことに術を使っていたらしい。


「村人から貰う占いの報酬は、畑で取れた野菜だったり、山で狩った鳥だったりと、全く金になる仕事ではなかった」


 厳しかった師匠でもあるおっさんの祖父が原因不明で行方不明になって以降、すっかりやる気の無くなったシートゥー・ムーは占いをしなくなり、薬も煎じなくなったのだという。

 そんな風に暮らしていたら、ついには村を追い出され、世界を流浪する旅に出ることを余儀なくされた。


「長い、長い、旅の中で、私は素晴らしい噂を聞いた。王都千華に行けば、占い師は贅沢な生活が出来る、と」


 金に目が眩んだおっさんは意気揚々と王都に行ったが、どの華族の戸を叩いても門限払いをされてしまう。

 今までは行き着く街でちょっとしたインチキ占いをしつつ小銭を稼いでいたが、王都の民は占いを信じていなかったので、全く商売にならず、たった数日の滞在でボロ雑巾のようになってしまったとか。


「そんな中で、華族の家が並ぶ道を歩いていると、とんでもない家を見つけたのだ」

「ザン家?」

「そう。当時のザン家は凄まじい黒霧に包まれていた」

「黒霧?」

「黒霧とは、負の感情が具現化したもので、常人には見えぬものだ」


 本当か分からないが、黒霧とは、恨み、妬み、怨嗟、憎悪、自棄、破壊衝動、不安など様々な好ましからぬ感情を発したときに体から滲み出るものだという。


 黒霧は黒霧を呼び寄せる。それが在る限り、人は苦しみ続けるのだ。


 その黒霧がザン家の屋敷を包み込んでいたとおっさんは語る。


「これは屋敷の中で大変な事が起きているぞ、恩を売ればお金を摂取出来るかもしれんと思った私は、張り切って屋敷を訪問した」


 それはシン・ユーが高熱で生死を彷徨っていた日の話だろう。

 あれは本当にこの男が起こした奇跡の力だったのか。私は固唾を呑んで、続きに耳を傾ける。


「私の予感は的中した。その家には死に掛けている子供が居たのだ。この国は医者を信用していない。だから、適当に医者を頼るように言えば、子供の具合は良くなると思っていた。だが、子供の姿を見て、私は後悔をする」


 子供、シン・ユーの部屋に通されたシートゥー・ムーは、今までに無いほどに寒気を感じ、ここから逃げなければという衝動に襲われたという。


「そこには、ザン=シン・ユーの首を絞める、黒霧に身を包まれた女の姿があったのだ」

「!?」

「私は恐ろしくて、逃げ出したくなったが、成功報酬の一千万ジンのことがあったので、女に声を掛けることにした。人ならざる者と交信する高位の術式を使い、私は女に話しかけた。……黒霧の女は【蓮華仙女レンカセンニョ】と名乗り、このザン家を護る者だったと言っていた」

「……」


 何故、ザン家を護る筈の仙女がシン・ユーの首を絞めていたのだろうか。

 シートゥ・ムーは淡々と語り続ける。


「どうして直系の子供の首を絞めているのかと聞けば、二代前の当主が仙女との約束を破ったからだと言っていた」


 二代前、シン・ユーの祖父母のことだ。確か、散財を繰り返して、ザン家を没落寸前まで追い込んだという話をシャン・シャに聞いたことがあったなと、記憶を掘り起こす。


「仙女は子孫に家を護る代わりに、ザン家の者達と約束をしていたのだ。それは、些細な事で【レンの華を愛すこと】というものだったが、二代前の当主は、庭師を雇う金を惜しみ、敷地にあった蓮の華を腐らせてしまったのだ。挙句、蓮華仙女の作った宝を売り払い、一つ残らず手放してしまった」

「……」

「それでも優しい仙女は当主の枕元に立って、蓮の華を愛すように何度も言ったが、仙女の存在を信じていなかった当主は悪霊だと騒ぎ立てたのだ」


 それに怒り狂った仙女はザン家を滅ぼそうとする悪鬼へと変わってしまい、二代前の当主の子孫を呪った。


 それが、シン・ユーの父親の死を促し、生まれてきた子供、シン・ユーの虚弱体質の正体だと、シートゥー・ムーは告げる。


「私は、ザン=シン・ユーの幸せな未来を覗き込んだ。そこには、蓮の花を愛する姿が浮かんでいた。だから、蓮華仙女に言ったのだ。『この者は、近い将来に蓮の花を愛すだろう』と」


 その話を聞いた仙女は、あっさりとシン・ユーの首元から手を離し、「この先見守らせてもらう」、という言葉を残して消えて行ったという。


「なんとかザン=シン・ユーの命を救うことに成功した私は、無事に報酬を受け取る事が出来た。しかし、私にも不幸が訪れる。頭部の毛の一部が、無残にも抜け落ちていたのだ」

「……」

「師は言っていた。高位の術式を使えば、体に欠陥が起こると。私には、髪を失うという欠陥が生じた」


 その当時のおっさんは髪の毛はまた生えるから大丈夫だと楽観的に思っていたらしい。だが、数日、数ヶ月経っても生えない髪に、ついには絶望を覚えたという。


「そんな私に救世主が現れた。幻影采公社の発毛開発室に勤める研究者だった」


 その男はシートゥー・ムーに開発費を求める代わりに、毛を生えさせる施術を施してくれると言ってきたのだとか。


 初めは育毛という、頭皮を刺激して毛を生えさせるという施術を三年行ったが効果は無く、四年目からは植毛という毛を頭皮に植える施術を行ったが、植える度に頭皮との相性が悪かったからか抜け落ちてしまったと、おっさんは悲しげに語った。


 ザン家から受け取っていたお金は、ほとんど研究者に渡していたという。

 義母から取っていた金はおっさんの髪の毛を生えさせる為に消えていたことが判明すると、言葉に出来ない怒りがふつふつと沸いて来る。


「そして、二回目に大きな術を使ったのは、ザン=シン・ユーが、蓮の花を愛する気配が無いと蓮華仙女が夢に出てきたので、仕方なく行った。今度は少し手を抜いたからか、金と青のハイデアデルンにあるもの、としか出てこなくて」


 その占いを聞いた義母が偶然私を見つけたという話か。


 そして、おっさんはその術で、頭の天辺の髪の毛を失ってしまった。


 ――でも、結局シン・ユーはレンの花を愛さなかったという事になる。


 今、屋敷は火が放たれ、当主であるシン・ユーは行方知れずという、ザン家は不幸に見舞われている。蓮華仙女も諦めてしまったのかもしれない。


「君は奇跡の娘だ」

「え?」

「ザン=ラン・フォン、ザン=シン・ユー、二人の黒霧は綺麗に晴れた」

「どういうこと?」

「黒霧というのは、人には払うことは出来ない。リェン・ファ、君にもだ。払えるのは仙女や精霊などの高位生命体だけ。だが、本人の気持ち次第で消すことも出来る」

「?」

「言ってしまえば、黒霧とは、心の弱さ。それを消し去ることが出来れば、黒霧も消えてなくなる。――つまり、君という存在が、彼らの負の感情を吹き飛ばしてくれたのだ」

「!」


 おっさんが私に目を付けたのは、初めて会った日に、義母の黒霧が少しだけ消えていたからだと言っていた。今までに無かったことなので、原因は私にあると確信していたのだという。


「もう、詐欺師紛いのことは止めよう」

「ん?」

「二人で、静かな場所で暮らして、ひっそりとした生涯を送りたい」

「え? どういう」

「私の黒霧も、ふ、吹き飛ばしてくれ~~!!」

「――わわ!」


 禿げ中年おっさんが私に向かって抱きついてこようとしたので、ギリギリの寸前で避ける。


「リェン・ファ~、私の女神~」

「ひええええ」

「私の全ては今言った通りだ。後は何も隠し事などない。だから、真なる名前を教えてくれ」

「い、嫌~~!!」


 私とおっさんは意識を失っている義母を中心に、ぐるぐると追い駆けっこを始めた。

 火の手が追って来ているので、こんな仕様もない事をしている場合では無いのだが。


「抜け落ちた、髪の毛は、諦めよう! これからは、自分を偽るのは止めようと、思っている」

「お、お一人で、ご自由になさって~~!!」

「一緒に、一緒に、生き、生き」

「嫌あああああ~~!!」


 変態中年おっさんはなかなか諦めない。


「子供を子供を、わ、私の、産んで」

「無理無理無理無理!!」

「私の子供を――産んヴンッ!!」

「――?」


 突然おっさんの猛追が「ヴン」という変な悲鳴と共に止まった。


 恐る恐る振り返れば、闇に溶け込むような黒衣の男が、両手で持った何かを、全力で振り下したかのような体勢で居た。そして、すぐ下には力なく倒れたシートゥー・ムーの姿がある。


 背中を隠す布が付いた黒い笠を被った黒衣の男――いや、普通にシン・ユーなんだけど――は、こちらを見て、目を細めていた。口元に布を覆い、部屋も薄暗いので、表情は窺えない。


 それよりも、問題は……


「コ、コ、コロコロ、殺したの!?」

「――安心しろ、峰打ちだ」


 いや、峰打ちって、シン・ユー兄さんの剣、諸刃ですやん、と突っ込もうかと一瞬悩んだが、剣は鞘に収まっていた。まあ、鞘で殴っても峰打ちとは言わないが。


 そんな馬鹿なやり取りをしているうちに、義母が唸り声をあげながら覚醒をする。シン・ユーが来て、多少落ち着いていたが、どこか頼りない感じになっていた。そんな義母の背中を支えながら、屋敷を隠し部屋の奥にある通路から脱出する。


 シートゥー・ムーはシン・ユーが背中に担いでいた。


「シン・ユー、おっさんそれ、持って行って、どうするの?」

「一生国の為に働いて貰う」

「そ、そっか」


 報酬は現物支給(植毛)でいいと思うよ。


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