40.嵐の前触れ
自宅を出るなと言われてから一週間。私は普段と変わらない生活をしている。
元々外出は頻繁にしていなかったし、シン・ユーと長い間会えないのも今までにあったからだ。
シン・ユーとはあれから話していない。シャン・シャに聞けば、家にもあまり帰って来ていないという。
義母にも怒られると思いきや、何も言って来なかった。接してくる時の態度もいつもと同じで、特別優しくなった訳でもない。
皆、何も無かったかのように振舞っていた。
だから、私は普段と変わらない暮らしをしている。
◇◇◇
大華輪国で暮らす為の礼儀講座は先日の客人を迎える折に出すお菓子作りを最後に終わってしまった。
そして、暇を持て余した私はシン・ユーの書庫を漁る毎日を送っている。
前に勝手に入って好きな本を読んでいいと、部屋の鍵を渡されていたのだ。
掃除の時以外は閉ざされた部屋には、扉がある壁以外の三面に本棚があり、隙間無くびっしりと書籍が詰められている。そのほとんどは紐で綴じられた本で、祖国で一般的だった家畜の皮を使った装丁の本は、ほんの一部ある程度だった。
その中には、写本と呼ばれる手書きで書かれた本も存在する。だが、書いた人によって読み難かったり、字が潰れていて解読不可能だったりと、文字を読み進めるのに苦労をする要素が多い。なので、写本はなるべく避けて、活版本ばかり選んで読んでいた。
なにか冒険小説でもあればと期待していたが、そのような娯楽小説など一冊も無く、本棚に収まっているのは小難しい内容のものばかりだ。
しかもぎゅうぎゅうに詰め込んでいるので、一冊の本を取るのですら苦労をする。
前に一生懸命引っ張り出して、取れた!! と思ったら、その列の本全てが飛び出してきた事もあった。酷い話である。
しかも、大華輪国の紐で綴った本には背表紙がない。なので、取り出して見ないと内容が分からないという不親切仕様だった。
そんな厄介な本棚の中で見つけた、本日の一冊は【最新版・大華輪国の始まりと六花について】だ。
この国の歴史についてざっくりは聞いていたが、正直言うと習ったのが超絶忙しかった結婚式準備期間だったので、忘れてしまった為、もう一度勉強してみようと思った次第である。
◇◇◇
【創世の大華輪国】
大華輪国は、天上に向かって伸びる花から天の子が生まれたことが始まりだった。
天の子は六人の花の仙女の世話ですくすくと育ち、立派な大君となる。
だが、寂しさを覚えた大君は、花の天女に自分と同じような子を増やすように命じた。
花の天女は、大君の天上の花の周りに、自らの分身となる六つの花を植えた。
――高潔高尚さの象徴する蓮の花、祝福を象徴する躑躅の花、和睦を象徴する百合の花、清廉潔白の象徴する梅の花、栄光を象徴する向日葵の花、栄華富貴の象徴する牡丹の花――
その六つの花から生まれた者達を、大君は【六花】と呼び、天上の花を護る特別な配下として従える。
更に、大君の命令で仙女達は土の中からも人を模り、六花の周囲にも小さな花が沢山増えた。
そして、沢山の人が集まって、大華輪国という一つの国が生まれる。
◇◇◇
お堅い題名から小難しい事が書いているのではと恐る恐る読み出したが、書かれてあった内容は神話のような読み易いものだった。
次の頁からは六花についての記述が記されている。
◇◇◇
蓮の花の仙女が守護する蔵家
領地ではお茶を中心に様々な食物が生産されており、王都・千華へと運ぶ事から、それを集めて纏める者という意味で蔵の名が大君より贈られた。
数年前に起きた冷害の影響で、家が傾きかけるも、若き当主ザン・ユー・ジンの奔走によりなんとか立て直す。
躑躅の花の仙女が守護する知家
様々な知識を保有し、それを国の為に役立てよという意味で知の名が大君より贈られた。
現在までにほとんどの当主が丞相に任命されている。
百合の花の仙女が守護する盾家
優秀な武人を数多く輩出し、大君を生涯守護せよという意味で盾の名が贈られた。
軍事を統率する大将軍の任に就く者が多い。
梅の花の仙女が守護する麗家
物の美しさを理解し、様々な芸術品を作り出す一族。大君の心を麗しいものにせよという意味で麗の名が贈られる。
織物技巧の殆んどが、麗家の教えを元に編み出されたもの。梅の花の仙女と異世界の技術が組み合わさって、今の大華輪国の織物文化が作られている。
向日葵の花の仙女が守護する運家
占術の教えを広めた一族。今はその当主の座は空席となっている。
牡丹の花の仙女が守護する黒家
謎の一族。不明なことが多い。
◇◇◇
流し読みをしたが、六花には様々な役割があって、仙女という不可視の存在が家を護ってくれているという事が分かった。
ちょっと中身を見て部屋に持って帰ってからゆっくり読むつもりが、本棚の前にしゃがみ込んだ体勢で読み切ってしまった。恐るべき、神話風という読み易さ。
二冊目の本を物色しようと立ち上がると、部屋の外から声がかかる。来客が訪れた、と。
◇◇◇
「やあ、久しぶりだね。会いたかったよ」
「……」
両手を広げて客間に来た私を出迎えてくれたのは、シン・ユーの心の友、ファン・シーンだった。
私は黙ったまま、軽く会釈すると使用人が引いてくれた椅子に座る。
「いきなりでごめんね」
「別に大丈夫だよ。暇だったし」
「そっか。もっと早く来たかったんだけど、色々と忙しくってね」
「……」
ファン・シーンはこの前の後宮で起こった事について謝罪をしに来たのだという。自分が王妃様に喋ったせいで、このような事態を巻き起こしてしまったと、珍しく真摯な態度で謝ってきたのだ。
もう、随分前の事なので、気にしていないと言って下げた頭を上げて貰った。
「良かった。案外元気そうで」
「元気ないと、心配する人達が居るから」
使用人、義母、そしてシン・ユー。一週間前に色んな人に心配と迷惑を掛けてしまった。
事件の中心人物である私がウジウジしていれば、周囲も落ち着かない気分になるだろう。
「あの日、本当に大変でね」
「大変?」
「うん。シン・ユーが」
「……」
私が誘拐されたことは当初、シン・ユーには黙っていたらしい。何故かと言えば、大祈祷が終わった後にある宴で国王の護衛任務が入っていたからだとファン・シーンは語る。
「各部隊のね、綺麗なお顔をした武官が集められた、麗しの部隊が結成されてねえ。まあ、馬鹿みたいな話なんだけどね。護衛を実力ではなく、顔で選ぶなんて。で、その部隊にシン・ユーも名誉なことに選ばれていた訳」
大切な任務が入っていたから、身内が誘拐された話を言うなと上からの命令が出ていたのに、何だかそわそわしている部下達を不審に思ったシン・ユーは怖い顔で問い詰めたのだという。
「もうね、凄かった。十人位の屈強な男達に囲まれていてね、シン・ユー。でも全然怯んでいなくって、そこを退けって剣まで抜いているって聞いてね、怖ろしくって」
「……」
誘拐された私を助けに行こうとしていたシン・ユーを止められないと思った武官達は、最後の手段としてファン・シーンを呼びに行ったのだという。
「絶対怖いから、嫌だ、嫌だって言っている僕を、武官達は無理矢理シン・ユーの居る部屋まで連行して、説得しろって言うんだ」
「それで、何を言ったの?」
「一言だけ、『早く行きなよ、シン・ユー』って」
「……」
最高潮に荒ぶった状態のシン・ユーは、流石のファン・シーンでも止めることは出来なかったらしい。
「そんな感じでね、お上の任務を放り出して、君を助けに行ったのさ。あの馬鹿は」
「ご、ごめんなさい」
「いや、リェン・ファちゃんは全然悪くないんだけどね。……今回の件はシン・ユーが仕事をすっぽかしたのが原因なんだけれど。本当、こればっかりは胸糞だわ。でも、行動を促してしまった僕のせいでもあるよね」
「え?」
そう言ってファン・シーンは二通の手紙を机の上に置く。
「これ、は?」
「……」
一度、見たことのある、王家の紋章入りの正方形の手紙を前に、ファン・シーンは初めて見せる苦い表情を浮かべていた。
「ごめん。リェン・ファちゃんの、この手紙を読む顔なんて見ていられないから、帰るね。もう一通のシン・ユー宛も内容は一緒なんだけれど、申し訳ないけど渡しておいてくれる?」
「ど、どういう……?」
「本当に、ごめん」
ファン・シーンは本当に手紙を置いて帰ってしまった。その場で中身を開封すれば――
【ザン=リェン・ファ。明後日より、その身を後宮に献上せよ】
と、書かれていた。




