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没落令嬢の異国結婚録  作者: 江本マシメサ
一章【星を胸に旅立つ少女】
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4.ナニコレ異国珍百景

 竜での移動というものを、私は甘く考えていた。

 馬車の個室のようなものに乗り込んで、竜がそれを運ぶという方法だったが、私は常に四つん這いになって酔いと戦っていたのだ。

 移動は日に何度も休憩を入れ、夜になれば宿で一晩過ごす。黒髪婦人ことラン・フォン様は短い滞在時間を最大限に使って観光を楽しんでいた。

 そんな中で私は慣れない旅疲れを癒す暇もなく、大華輪国の言葉が書かれた参考書を片手に猛勉強をしている。この国の言語は発音が独特で難しく、ラン・フォン様の名前ですらまともに呼べないという毎日を過ごしていた。


 しかしながら、ラン・フォン様の行動を見ていて一番に驚いたのが、食に関することだった。

 どのお店に行っても一番大きな机のある部屋に通すように言い、食べきれない程の食事を注文するのだ。

 勿論、女性三人では机いっぱいに頼んだ料理は食べきれない。毎回涙を呑みながらお残しをしている。

 何故このような事をするのかと、黒髪おかっぱ少女ことリー・リンに聞けば、大華輪国では食事を敢えて残す事を良しとする。食べきれない程に美味しかったですよ、と店の人に伝える目的で行う事だとか。


 少しだけ手を付けて片付けられる料理を悲しい気持ちで見送りながら、これから行く場所は自分の常識がひっくり返る処なのだろうなと肩を落とす。


 それと異国の珍品たる私は大華輪国でどのような扱いを受けるのかとラン・フォン様に尋ねてみたが、占い師に聞かないと分からないと言われてしまった。


「我が国では占い師に物事の定めを占って決める習慣があるのです」

「へ、へえ……」


 自分の国で占い師といえば、お祭りの時などにやって来る胡散臭いおっさんという認識だ。だが、大華輪国では絶対的な信頼を寄せて占いを頼むのだという。


 他に驚いた事は何でも縁起を気にするという点だ。その縁起を担いだ置物を占い師が定めた位置に置いて、様々な願いを掛けるのだ。

 大華輪国で縁起のいい動物といえば、天に昇り雨を降らして豊作をもたらす(ロン)と呼ばれる生き物を筆頭に、福を呼ぶ(マオ)、長寿を象徴する(グゥイ)、祝いを意味する(トゥン)など様々な聞き慣れない生き物を敬っているらしい。中には異世界から喚んだ生物も居るようで、大華輪国だけに生息する存在も居るとか。

 他にも色や数字にも縁起が良いものと悪いものがあり、それらを気にしながら毎日を生きている。


 なので、ラン・フォン様のお買い物に付き添うのは大変なのだ。

 商品を気に入ったかと思えば、やれ色の縁起が悪いだの、描かれた生き物が不幸を象徴する生き物だの、中々購入までには至らない。

 リー・リンも今回の旅の目的であった異国の珍品がすぐに決まって良かったと言っていた。


 それから半月をみっちり観光と移動に費やした後に大華輪国に到着をする。


 日も上がらない時間に王都の近くにある村の宿を発ったので、まだ周囲は薄暗い。地面には雪が残っていて冷え込んでいたが、貧乏暮らしのお陰で寒さには強かった。


 ここに来るまでに暇をみつけては大華輪国語をリー・リンに習いつつ覚えるという努力をしていたが、日常生活で使う水準には追い付いていない。

 たまにラン・フォン様が尊大な態度で私に話し掛けてくれるのに、単語の一つすら上手く聞き取れないのだ。


 大華輪国の王都、千華の周囲には外敵に備える目的のある巨大な石壁に囲まれている。その(いただき)には武装した見張りの兵士が「悪い子はいねぇか~、悪い子はいねぇか~」と言わんばかりに目を光らせながら歩き回っている。

 人を受け入れる通称大正門は長蛇の列が出来ており、どんな尊い身分を持とうが、この列に並ばなければ中に入れない鉄の掟があるという。


 列に並ぶ人々は、馬に荷車を引かせた商人風だったり、旅行客のような風体だったり、武装したお兄さんだったりと様々だ。

 共通点といえば、ラン・フォン様やリー・リンと同じ黒髪黒目で、特徴の薄い顔立ちをしている所だろうか。

 ちなみに金髪青目なのは自分一人なので、チラチラとまるで小汚ないものを見るような、心無い視線を先程からひしひしと感じていた。


 長い時間列に並んでいるが、たまに周囲から怒号が聞こえて一人ビクビクしていると、背後に居たリー・リンが大華輪国の人は短気な性格の者達が多いと親切に解説をしてくれた。早く王都に入れないかと怒っているらしい。

 半月の間、二人の大華輪国人と共に行動をしていたが、特に短気だとは思わなかった。基本的にラン・フォン様もリー・リンも私に興味が無いのだろう。気まぐれで連れてきた異人は放置という形を取っていた。


 長蛇の列の周りには、食べ物や飲み物、暇潰しの本を売る商人が行き来している。お昼時になるとラン・フォン様は肉包子(ロウパオズ)と呼ばれる真っ白なパンのような物を買ってくれた。

 手のひら程の大きさの肉包子(ロウパオズ)(トゥン)という家畜のひき肉を細かく刻んだ野菜を混ぜて練り上げた具を白く柔らかな皮で包んでいる大華輪国では日常的に食べられている品らしい。

 ラン・フォン様が立ったままで食べていたのて、ちょっと驚いたが、周囲の人々も座らないで食べ物にありついている。

 リー・リンからも肉汁が溢れるからそのまま噛みついて食べるように指導が入った。

 ここの国では食前食後の祈りはしないし、食事の礼儀や禁忌的な行動も無い。なので、立ったままで食べてもはしたないとうしろ指をさす者は居ないのだ。

 

 湯気の上がっている肉包子をふうふうと息を吹き掛けて冷ましてから一口頬張る。


「!!」


 なんという生地の柔らかさだろうか!! 皮はもっちりとしていて微かな甘さがあり、パンとは全く違うふかふかとした食感だった。生地の外側まで柔らかいので、焼く以外の調理法で作られているのかもしれない。

 中の具は肉汁で溢れており、噛めば野菜と肉の旨味が口いっぱいに広がる。皮にも肉汁が染み込んでおり、なんとも言えない幸福感に包まれた。これは文句なしに美味しい!! 


 だがこの半月の間、自分だけお腹いっぱいになっていて、故郷の父親に申し訳ないと思ってしまう。


 はたして私の行動は正しかったのか、父親を一人残して、本当は色々言い訳をして辛い境遇から逃げたしたのではないか、沸き上がる罪悪感と後悔と疑問は尽きることがない。


◇◇◇


 王都に入れたのは日が沈むような時間帯になってしまった。

 手続きと持ち物検査を終えると、大きな門を潜って街の中へと武装したお兄さんに案内される。


 大華輪国の王都、千華はなんというか、派手な街だった。

 屋根の色は全て縁起が良いものされる赤色で、街のいたる場所に髭や角のある大きな蛇のような置物が設置されている。これが(ロン)と呼ばれる、伝説の生き物らしい。

 街を照らすのは赤い紙で作られた大量の角灯だ。そこからの光が街を一際不思議な雰囲気にしているのかもしれない。


 街並みに圧倒されていると、リー・リンに腕を引かれて我に返った。


「移動をします。あとこの大通りで呆けていたら巾着切りに遭いますよ」

「!!」


 リー・リンの忠告を聞いてから、上着の内側に入れていた財布を確認する。幸いな事にまだ摺られる前だったようだ。

 王都は様々な人が出入りしていて治安も悪いらしい。なるべく周囲に気をつけながら歩くようにと助言をしてくれた。


 移動をすると言って連れて来られた先には、上部に長い棒の付いた、人が一人入れる位の籠が並べられている。


「中に入って下さい」

「ナ、ナニコレ!?」

駕籠(かご)です」

「か、はい?」


 物分かりの悪い異国人に苛つく様子を見せるリー・リンは、無言で目の前の籠の中に私の背中をグイグイ押して、強引に詰め込んでくれた。リー・リンはか細い少女に見えたが意外と力強い。


 これは一体何なんだ!? と考えている一瞬の間におっさんのよっこいっせ~い的な謎のかけ声が聞こえた後に籠が傾いて、持ち上がったかのような浮遊感があった。


 これは、もしかしなくても人力で動くものなのか!?


 多分籠の上に付いてあった棒を二人で持って運んでいるのだろう。何だか申し訳無く思った。


 休みなく一時間位籠の中で揺られていると、目的の場所に付いたようで、ゆっくりと地面に降ろされる。

 出入り口の簾を上げれば、大きな平屋造りのお屋敷の前に到着していた。


 個人のお宅とは思えない程の門を通り抜け、玄関までの道を歩く。

 

「う、うわ、すごい」


 敷地内に池? 濁ってるから沼だろうか? よく分からないが水場があり、その上を石の橋が掛かっていた。その水面には初めて見る花が浮かんでいる。


「どうかしましたか?」

「水面に花が咲いていて珍しいなって」

「あれは沼地に咲く、レンという花です」

「へえ」

「ここはレンを咲かせる為に作った沼だと奥様が仰っておりました。大華輪国では縁起の良い花なのです」

「なるほど~」


 泥だらけの沼から綺麗な花が咲いているなんて、なんとも不思議な光景である。泥より生まれ泥に染まらぬ美しき花、といった所だろうか。


 リー・リンの説明を聞いている途中に屋敷の玄関にたどり着いた。ガラリと引き戸を開けば、迫力のある龍の置物が出迎えてくれた。


 ラン・フォン様の旅行は半年間に渡るものだったらしい。先が見えない位に長い廊下には、大勢の使用人が主人を出迎える為に並んでいる。

 男女比は半々といった所で、老若男女が(こうべ)を垂れている。

 玄関で棒立ちになりながら凄い光景だなあと思っていると、リー・リンに服の袖を引っ張られ、小さな声で耳打ちをしてきた。


「彼方にいらっしゃるのがシン・ユー様、ラン・フォン様のご子息です」


 使用人の間を颯爽と現れた青年がラン・フォン様の一人息子らしい。


 年齢は二十一歳で、武官をしていると言っていた。

 シン・ユーと呼ばれた青年は、長い黒髪を一つに括って三つ編みにしており、その髪型は華族に生まれた証だと旅の途中でリー・リンが教えてくれた。ラン・フォン様も美しい黒髪を三つ編みにして、後頭部で纏めている。


 リー・リンによればラン・フォン様の息子は美しい容姿をしていると言っていたが、残念ながらザン=シン・ユーの美醜は分からなかった。ハイデアデルン国で生まれ育った私には、大華輪国民の顔の区別が付いておらず、皆同じ顔に見えてしまうのだ。


 ラン・フォン様が久し振りの再会となった息子へ、喜びの抱擁をしようとしていたが、あからさまに嫌悪感を剥き出しにしていた。シン・ユーは母親の抱擁を避け、一人場違いな私をゴミを見るかのように睨んでから、先の見えぬ廊下の深淵へと消えていった。


 ……まあ、なんというか、難しいお年頃なのかもしれない。

 

 

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