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没落令嬢の異国結婚録  作者: 江本マシメサ
二章【星に導かれて】

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38.雪だるまは作らない

 木々は紅葉の季節を迎え、美しく色付き、散っていく。そして、葉っぱが一枚も無くなった木は、冷たく白い雪化粧を纏っていた。地面にもふかふかの白い絨毯が敷かれ、日の光を受けてキラキラと輝いている。


 季節は同じように巡り、あっという間に肌も凍える日々を迎えていた。


 凍節を迎えた今、ハイデアデルンで過ごしていた頃と違うのは、暖かさだった。ザン家の屋敷の部屋には火鉢や暖炉が置かれ、寒さで眠れぬ夜など一日も無い。

 火種が途絶えぬように、夜勤の使用人達が火の番をしてくれるお陰だ。


 彼らの働きに感謝をしつつ、今日も断腸の思いで布団から這い出る。

 布団からの脱出は、部屋の温度に関係なく離れ難い気分となるのだ。


 ◇◇◇


 ――私には、この季節にしてみたかった贅沢がある。


 一度、職場でその話を聞いたときに、いつかやってやる!! と夢見ていたのだ。


 それを叶える日がついにやって来た。


「リー・リン! 久しぶり」


 おかっぱ頭の後ろ姿を見て、半月振り位に会ったので、嬉しくなって走りながら寄って行く。


「奥様、何か御用でしょうか?」

「うん。外、雪が積もっているでしょう?」

「ええ。……まさか、雪遊びしたいとか言うのではありませんよね」

「ち、違うって」


 この歳になって雪遊びを夢見ている訳ではない。私がしたいのは――


「氷菓作るの手伝って」

「氷菓? この寒いのに?」

「そう!」

「雪を掬って蜜を掛けるのですか? 雪って案外汚いのですよ」

「子供じゃないんだから、雪なんか食べないって。作るのはハイデアデルンの氷菓」


 大華輪国での氷菓と言えば、氷を薄く削ったものに蜜を掛けて食べるものが主流だが、ハイデアデルンのものは卵・牛乳・砂糖・乳脂・乳個形・乾燥甘香実などを使って作るものを言う。


 残念ながら大華輪国では乳脂と乳個形と乾燥甘香実は手に入らないので、その他の食材で作らなければならない。


 乳脂や乳個形は氷菓をコクのある味わいにする働きがあり、甘香実は口の中に入れた時に、ふんわりと甘い香りを漂わせてくれる。まあ、それらが入った氷菓はハイデアデルンでも高級品の部類となっており、私なんかは一度も口にしたことがない。なので、入って無くても物足りなさを感じることはないだろう。


「でも何でこの寒い時季に氷菓なんか」

「私、暖炉の前で氷菓を食べるのが夢だったの」

「なんですか、それ?」


 そう。私の贅沢な夢とは暖炉の前で氷菓を食べる事なのだ。


 職場の姐さん達は言っていた、「暖炉の前で食べる氷菓こそが至高」だと。

 なんでも暑い時季は果物を使ったものなどのさっぱりとしたものが美味しくて、寒い時季は家畜の乳を使った濃厚なものが美味しく感じるらしい。


 うちは貧乏だったので、暖炉の火はいつも点いていなかったし、寒さとの戦いの最中に氷菓なんてとんでもない話だった。


 だが、姐さん達の恍惚としたうっとり顔を見て、いつか暖炉の前で食べられたらなあと夢見ていた。


 暖炉の前で食べる氷菓の素晴らしさ(想像)をリー・リンにこれでもかと語ったが、首を傾げるだけだった。家畜の乳を使った氷菓も食べたことがないらしい。


「そういう訳で、今から氷菓を作ります」

「あの、雪は何の関係が?」

「雪で凍らせるの」

「??」


 この国の冷凍・冷凍保管技術は人が使う魔術頼りだ。王都の中心街に巨大な冷蔵・冷凍庫を構え、様々なものが保管をされているという。個人宅にあるのは石を積んで作った保冷庫で、毎日大きな氷を買って置かなければならない。もちろん冷凍などは不可能だ。


 よってハイデアデルン風の氷菓を個人宅で作るのは不可能としていたが、本日降り積もった雪がそれを可能としていた。


「よく分かりませんが、大奥様や旦那様が帰ってこないうちに済ませましょう」

「ありがとう!」


 多分このような事に付き合ってくれるのはリー・リン位だろう。彼女という存在の奇跡に感謝をしつつ、厨房まで移動をした。


 ◇◇◇


 二人分の氷菓の材料を貰い、使用人の賄い作りでてんやわんやの厨房の端で作業を始める。


 まず卵を二個、卵白と卵黄に分ける。次に卵黄と砂糖を容器に入れて、ザラザラ感が無くなるまでかき混ぜる。


 この国には製菓用の泡立てをする器具が無いので、五本位箸を持って一生懸命混ぜた。


 それを暖めていた沸騰前の家畜の乳の中に入れて、ゆっくりと混ぜ、鍋の縁がぶくぶくとしてきたら、火から下して氷水の中へ鍋ごと入れる。


 中身が完全に冷えたら、完成したものを缶の中へ入れて、完全に密封させた。


「さあ、リー・リン。外へ行こう」

「奥様、氷菓作りこれ、一人でも出来ますよね」

「うん。でも、一人じゃ寂しいから」

「……」


 リー・リンの冷静な突っ込みを何とか回避して、前掛けを外すと、今度は綿入りの上着を羽織る。


「それを雪の中に埋めて終わりですか?」

「ううん。ここからが本番」

「?」


 庭師から借りてきた小さな樽の中に雪を少量入れる。


「まずは塩」

「え?」

「雪の冷たさだけでは短時間で凍らないの」


 雪に塩を混ぜると温度が下がり、氷菓が凍り易くなる。詳しい仕組みは知らない。ライエンバルド家の書庫にあった【異世界調理の不思議~製菓編~】にそう書いてあったのだ。


 塩と雪を混ぜる私をリー・リンは不思議そうに眺めている。作っている私もこれが本当なのかは分からないが、失敗したくなかったので、覚えていた本の手順通りに行った。


 樽の半分位まで雪に塩を混ぜたものを詰めると、先ほど作った氷菓の素を入れて、再び雪と塩を混ぜたものを詰めていく。


 軽く汗を掻きながら樽の中を満杯にすると、蓋をぎゅっと締めて前準備は完了となる。


「で、これをどうするのですか?」

「転がす」

「はい?」

「コロコロ転がして、中身を攪拌させなければならないの。三十分位」

「……」


 私の話を聞いたリー・リンは途端に嫌そうな顔をする。


 ――いいよ、コロコロは私がするから!


 渋面を見せるリー・リンをその場に置き去りにして、私は中腰で小さな樽を回していく。


 ……十分後


「はあ、はあ、はあ、はあ、ううっ」

「奥様、まだまだ時間が経っていないですよ」

「も、もう、無理~~」


 中腰でコロコロは案外疲れる。

 短時間で根を上げた私は雪布団の上に寝転がって、息を整えた。


 そんな様子を見たリー・リンは、ため息を一つ吐いて、氷菓入りの樽を動かし始める。


 リー・リンは小さな樽をゲシゲシと足で蹴って移動していた。普段の鬱憤晴らしもあるのか、妙に力が入っているような気がする。


 だが、頼みのリー・リンも十五分後には私と同じような状態になっていた。


「……もう、しません」

「うん。思った以上に、キツイ」


 背中が冷たくなったので、起き上がり、もう一度挑戦しようかと思った時に、あることを思い出す。


「あ!!」

「?」

「お屋敷の裏にちょっとした斜面がある! そこに上がって転がせばいい!」

「……何故、今、思い出すの、ですか」

「ご、ごめ~ん」


 肩で大きく息をするリー・リンと共に、お屋敷の裏手にある斜面へと向かった。


 目的の場所へ到着をすると、樽の左右を持って斜面をよたよたと登る。これがまた結構な労働だった。そして、上からそっと転がしていく。


 コロコロと転がった樽は、大きな木にぶつかって止まった。それを追いかけて、樽を回収するとまた斜面を登って転がす。


 それを三回ほど繰り返した。


「……」

「……」


 仕事を終えた私とリー・リンの目は完全に死んでいた。全身汗だくで、疲労感も身に染みている。


「やっと、終わったね」

「酷い目に、遭いました」


 今度はリー・リンまで雪の上に横たわっている。霜焼けになるから起き上がらないといけないが、体が上手く動かない。日頃の運動不足が祟りまくっている状態だ。


「夢って、簡単には叶わないんだね」

「……ですね」


 しばらく経って落ち着きを取り戻すと、完成した氷菓を樽の中から取り出す。


「おお!」

「これは!」


 缶の中からは完璧に固まった氷菓がお出まししていた。


「――それで、暖炉の前で食べるのが夢なんですよね?」

「い、いやあ、なんか暑いから、ここで食べようかな?」

「汗が引いて風邪を引きますよ」

「じゃ、味見だけ」


 ポケットの中に布に包んで入れていた匙を取り出して、リー・リンにも手渡す。


 わくわくしながら、机代わりの樽に置いた氷菓をその場にしゃがみ込んで匙で掬って食べる。


「!!」


 ほどよい甘さと、滑らかでねっとりとした口溶けが、新鮮な朝採れ乳の素朴な風味と共に広がる。もっとシャリシャリしていると思っていたので驚きの舌触りだった。


「お、おいしい~」

「へえ、面白いですね」


 二人して、行儀が悪いと思いながらも、缶に入った氷菓を突いて食べる。


 結局、雪深い中で完食してしまったのだった。


 華族の奥方らしからぬ行為だが、氷菓が溶けかかっていたので、仕方が無かったのだ。……決して、氷菓に夢中になっていた訳ではない。本当に、本当だ。


 ◇◇◇


「リー・リン、付き合ってくれてありがとう。疲れたでしょう?」

「いえ、意外と楽しかったですよ」

「ほ、本当?」

「はい。帰ってから妹や弟に教えてあげたいです。ハイデアデルンの氷菓、美味しかったので」

「良かった~」


 ハイデアデルンの氷菓はリー・リンの口にも合ったようだ。初めて見る、弟や妹の話をするリー・リンの顔は、いつもより優しく見えた。


 そして、寒さを感じる前に屋敷の中へ戻る。


 美味しかったから、また明日も作ろうかな、と軽く考えていたが、翌日、足先と手の平が霜焼けになっていて、パンパンに腫れてしまった。


 霜焼けの原因を義母に問い詰められたが、食い意地が張って作ってしまったものだとは、口が裂けても言えなかった。


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