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没落令嬢の異国結婚録  作者: 江本マシメサ
二章【星に導かれて】

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37.元気になって

 後宮へ招待されてから一週間が経った。


 未だに私の気力は回復していない状態で、あの日の事を思い出しては頭を抱える毎日を送っている。


 周囲に心配を掛けてはいけないと普通通りに振舞っていたつもりだったが、先ほど義母に「いい加減辛気臭い顔を止めくれるかしら?」と注意をされてしまった。


 シン・ユーはここ最近、忙しそうにしている。休みの日もどこかへ出掛け、帰ってくるのは夜遅くだ。

 疲れた顔をして帰宅をしてくるシン・ユーを心配していたが、リー・リンが「男の人が夜に外で疲れてくる事と言えば一つしかない」と言う。だが、あの真面目なシン・ユーがあんなに疲れるまで遊び呆けるなんてありえない事だと思っていた。


 それに、帰ってきたばかりのシン・ユーは土や埃っぽい匂いを纏っている。その事をリー・リンに相談してみれば「土の上でゴロゴロしているんじゃないですか?」と割と失礼な返答が返ってきた。……私は相談する人を間違ったようである。


 シン・ユーが、ただ夜の土の上で、長時間ゴロゴロしているだけの趣味を見つけたのならいい。

 でも、そんなふざけた事をしているのではない事は、考えの浅い私にも分かっていた。


 ファン・シーンの不可解な言動と結婚式で交わしていた謎の会話、国の情勢、後宮の現状、占い師と幻影采公社の関係、シン・ユーのここ最近の行動を当て嵌めて、悪い考えが頭を過ぎる。


 ――謀反。


 いやいや、そんな訳ない!!


 シン・ユーは長い時間剣を握ることは出来ないと言っていたし、体の調子だって完全ではない。


 ファン・シーンもザン家の一人息子にそんな危険なことを頼む筈などないのだ。


 大丈夫、シン・ユーは変なことはしていない。埃っぽかったり、土っぽかったりするのは、地面でゴロゴロしているだけだ、きっと。地面でゴロゴロも変な行為だが。他に何も思いつかな……あ!! 農業、農業をしているということにしよう!! それだったら、土の匂いが付いていてもおかしくはない。夜遅くまで農業……は、やはり無理があるか。


 ……もしも、最悪な予測があっていたとしても、私に出来ることは何もないのだ。


 謀反なんて、体の弱いシン・ユーがする必要は無い、するとしても他の健康な人に任せればいい。


 そう言えたらどんなにいいか。


 けれど、私にはシン・ユーの行動を阻む資格などないのだ。何故ならば……いや、止めよう。考えても悲しくなるだけだ。


 自分が落ち込んでいる時は考えも悪い方向に流されてしまう。この事についてはまた後にしようと決め、思考にぎゅっと蓋を閉めた。


 ◇◇◇


「リェン・ファ」

「……う、うーん、もう、ちょっと、だけ~」

「早く起きろ。出掛けるぞ」

「ううー……ん、待ってリーリ、――え?」


 いつもの起床時間より早い朝、揺さぶり起こされて目覚めれば、そこに居たのは久々に顔を見るシン・ユーだった。


 一瞬で眠気が吹っ飛び、ガバリと起き上がって絶句する。


「動きやすい服に着替えろ。今から狩りに行く」

「!?」


 起きたばかりで頭が上手く働かない。

 何故、忙しい筈のシン・ユーが私の部屋に居るのか。何故、早朝の暗いうちから狩りに行こうと言っているのか。


 全てが分からないことだらけだった。


 シン・ユーは寝転がったままポカーンとする私を置いて、寝室から出て行く。入れ替わるように入って来たのはリー・リンだった。


「奥様、今からお着替えを」

「――?」

「さあ、時間が勿体無いですよ」

「!?」


 寝台の上からぐいっと腕を引かれ、ものの数分で着替え・髪結いをしてくれた。そして、朝食だと言って、まだ温かさの残る饅頭を手渡される。


 大きな饅頭を三口で食べて冷たいお茶で流し込み、全部飲み込んだ瞬間に綿入りの上着を掛けられた。更に頭には笠を被せられ、顎の下をぎゅっと紐で結ぶ。これで準備は万端だと言われ、リー・リンに腕を引かれて外に出る。


「リ、リー・リン、化粧は!?」

「大丈夫ですよ。旦那様には奥様の素材の味を楽しんで頂きましょう」

「……な、なにそれ」


 化粧をしている時間は無いようで、今は起き抜けに顔を濡れた布で拭われただけの状態だ。所謂素っぴんという、生まれたままの姿である。まあ、化粧をしてもしなくても変わらないのでいいかと諦めて、早足で歩くリー・リンの後を進む。


 門の外に出れば、背中部分を覆うような長い布の付いた笠を被ったシン・ユーが馬に跨っていた。


「シンユウ、どこ行くの?」

「千華から離れた場所にある狩猟場だ」

「ふ~ん」


 これ以上質問は許さんという顔をしているので、黙って馬の上に乗ろうとする。


 前に乗った時と同じように手を差し出されて、鐙に足を掛けて上がった。今回は脚衣を着ているので、横乗りではなく、膝を割って馬の背に跨る。


 馬で走ること、二時間程。目的の場所は静かな森だった。

 シン・ユー曰く、ここはザン家の所有する狩猟地域だとか。


 馬から降りて、草むらをサクサクと進む。


 もしかしたら木の陰から大型の野生動物が居るのでは!? とビビッていたが、大華輪国には人より大きかったり重かったりな野生動物は生息していないとシン・ユーから聞いて、ホッと胸を撫で下ろす。だた、家畜は他の国と比較にならない程大きいらしい。畜産は一部の田舎の村でのみ行われているので、見る機会は無さそうだ。


 季節が移ろっているので、木の葉の色も炎節とは違う色に染まりつつあった。

 そんな景色に心を奪われていると、急に視界が暗くなる。


「――ぶっ!」


 急に前方を歩いていたシン・ユーが止まるので、背中に顔をぶつかってしまった。振り返ったシン・ユーに少し離れていろと言われ、距離を取る。馬の鞍に下げていた弓と矢筒を取り出して、地面の上に膝を付いた。


 シン・ユーが指先で示した先には、鳥が木に止まっていた。かなり距離が離れているように感じるが、もしかして射るつもりなのだろうか。


 そんな風にぼんやり考えているうちに矢は放たれ、今まで見ていた鳥は矢が当たって木から落ちていく。


「――わ、当たった!! 凄い!!」


 私は手を叩いて喜んでしまったが、的を射た本人の温度は驚くほどに冷えていた。


 ザン=シン・ユー、相変わらず冷静な男である。


 射った鳥は結構な大きさのものだった。シン・ユーは得物を革の袋に入れて、馬の鞍に結んで吊るす。


「空が暗くなってきたな」

「あ、本当」


 もう少ししたら雨が降るかもしれない。

 この先に小屋があるというので、予定を変更して移動することにした。


 ◇◇◇


 シン・ユーの言う小屋は、森の開けた場所にあった。

 ここは一週間に一回、管理人が掃除に来ているらしく、来る事を伝えれば様々なものを準備してくれているらしい。


 馬を人が住めそうな程の立派な小屋の中に繋げ、山小屋の中へ入る。


 山小屋の中は暖炉と積み上げられた薪、加えて簡易的な台所が一部屋に纏められたものだった。


 シン・ユーは暖炉に薪を積んで火を入れて、台所にある竈にも同じような作業を繰り返していた。


「今から少し離れた場所にある川に行って、得物を解体してくる。絶対に外には出るな」

「分かった。何か温かいもの作って待っているね」


 本日仕留めた鳥は珍しい種類のものらしい。普通の鳥だと死後硬直が終わってから半日ほど熟成が必要になるが、今から捌かれる鳥は死後硬直が起こっているものの、その時にのみ味わう事が出来るコリコリとした食感が何ともいえないらしい。


 熟成については飼っている鳥を捌いて貰う為に肉屋に持って行っていたので知っていた。鳥を解体して貰う代わりに、半日働くというのを何度かしたことがある。

 新鮮なお肉が美味しいに決まっていると言って、捌きたての肉を試食した事もある。食べた瞬間に後悔する程に、筋張っていて、旨味もなにも無いものだった。


 果たして、あの肉はどのような味わいなのかと考えつつ、自分の作業に移った。


 ◇◇◇


 今までの私が温かい食べ物と言って思い浮かべるのはスープの一択だったが、今はお粥だと即答するだろう。それ位に食生活が大華輪国のものに染まっている。


 なので、今から作るのはお粥だ。

 勿論作るのは初めてで、何度かメイ・ニャオが作っているのを隣から見ているだけだった。


 何とかなるだろうと軽く考えながら、段取りを組む。


 まず、樽の中にある水を深型の鍋に入れる。まな板を出して、包丁を利き手で掴む。

 この国の包丁は少し変わっている。刃が長方形で、私が祖国で使っていたものよりもかなり重いし大きさもある。そして切れ味が凄い。使うのがちょっと怖い位だ。


 用心しつつ包丁を握り締め、籠に山積みになったあるものを引き寄せる。 


 最初に鍋の中に入れるのは、山のように籠の中に入っていた鳥の骨だ。大華輪国の台所には、鳥の骨が必ずあると言われている。これで出汁を取る。包丁で細い骨を割って、沸騰している鍋の中に放り込んだ。一緒に臭みを取り除く働きのある青み野菜も入れる。


 骨と野菜をぐら付かせているうちに米研ぎをすることにした。


 網目の細かいザルに桶を重ねて、米をぎゅっと握るように揉み洗いをする。

 メイ・ニャオの米研ぎを最初に見た時は驚いたものだ。このように丁寧に洗わなければいけない食材はハイデアデルンに無いからだ。

 なんでも米の表面には糠と呼ばれる粉が付着しているので、それを取る為に必要なのだと言う。


 沸騰した湯の中から野菜と鳥の骨を掬い取る。鳥の骨は長い時間煮込むと臭みが出てくるので、煮込むのは短時間でいい。

 表面の灰汁を丁寧に取り除き、調味料で味を調える。その後、生米を入れて煮込むのだ。


 具は吊るしてあった鳥の燻製肉を細かく刻んで入れて、数種類の野菜も加える。

 あとは中に入れたものに火が通れば完成だ。


 意外と見様見真似で作れるものだな、と自画自賛をしていたら、いきなり雨がザーッと降り出してくる。


 うわ、シン・ユーびしょ濡れじゃんと思っていた瞬間にガチャガャと鍵が開く音が聞こえ、扉が開かれた。


 そして、入って来た男の姿を見て絶叫する。


「う、うわーーーー!!」

「……」


 思わず悲鳴を上げてしまったが、入って来たのはシン・ユーだ。


「どどど、どど、どうしたの? そ、それ。どこか、怪我、しているの?」

「いや、捌く時に刃を入れる場所を間違っただけだ」

「ひ、ひい~~!!」


 シン・ユーは上半身が血塗れになっていた。解体の際にうっかり太い動脈を切ってしまい、血がもの凄い勢いで噴き出してきたのだという。


「シンユウ、顔にも血が付いてるヨ」


 顔の左半分にも血が散っていて、恐ろしい形相となっていた。こんなに血塗れで、手には鳥の肉塊を持っている姿が似合うのはシン・ユーだけかもしれない。……いや、血塗れに似合うも何もない。違和感よ、お仕事をしろ。そして似合っていると思う私よ、早く正気になれ。 


 シン・ユーは逆の方向を服の袖で拭っていたので、私はポケットからハンカチを出して拭ってやった。これは親切心というものではなく、単純に血の付いている顔が怖かったからだ。


 先ほど何となく探った箪笥の中に服があったことを思い出し、適当に準備をして着替えるようにお願いをした。


 ◇◇◇


 綺麗な格好になったシン・ユーと鳥料理を始める。


 流しで鳥を洗い、シン・ユーは短剣と手で身を千切るように捌いていた。

 全部串焼きにするというので、桶に入れた肉に臭み消し用の香草を擦り付けていく。


 タレが滲み込み易い用に細かな切り目を入れた肉を、竹の長い串に刺していく。それをどこで焼くのかと思ったら、暖炉に串が置けるような溝があったので、その場で炙り焼きにするとのこと。


 肉に火を通すうちに、タレを作る。

 数種類の香辛料とジゥ味醂ウェイラン醤油ジィァンヨウ粗目砂糖ツゥムーシャタンを混ぜたものをトロみが付くまで軽く煮込むと甘辛タレの完成だ。


 しゃがみ込んだシン・ユーの前にタレの入った器と塗り込む為の刷毛を置く。香草を揉み込んだだけの肉なのに、こんがりと色が付いていて、更にジュウジュウと音が鳴り、油がお肉から滴って火に落ちていく様子は食欲をそそる。


 十分に火が通ったら、タレを塗る。何回にも分けて色を付けていく作業は我慢との戦いだ。香ばしい匂いに心を奪われるうちにタレが焦げてしまうので、一瞬も休む暇は無い。


 こうして完成をした鳥の串焼きと燻製肉と野菜の粥を囲んでの昼食となる。

 机が無いので地面に部屋の端に丸めてあった絨毯を勝手に敷いて、その上で食べる事にした。


 鶏肉はシン・ユーが串から外し、食べ易い大きさに切ってくれる。

 温かいうちに食べろというので、遠慮なく焼きたての肉を口に入れた。


 パリっと焼けた鳥皮に甘辛のタレが良く合う。そして、皮の下にある肉はコリコリとした食感で、噛めば噛むほどじゅわっと肉汁が溢れてくる。とても美味しい! 今まで食べた鶏肉の中で一番だ。これが熟成をしていない肉というのだから驚きだ。まさに異国の不思議である。


 これはお粥に入れても美味しそうだと、考えていたら、目の前に座っていたシン・ユーと目が合った。


「な、何?」

「いや、いつものリェン・ファに戻ったなって思って」

「!!」


 この時になって私は気が付く。

 今日、ここに来たのは、落ち込んでいた私を元気付ける為であったと。


 シン・ユーの目の下には濃い隈が出来ていた。あまり眠っていないのかもしれない。たまに咳き込んでもいたので、体調も万全ではないのだろう。雨に濡れなかったのがせめてもの救いだ。


 疲れている筈なのに、こうして気分転換に連れて来てくれた事を思うと、申し訳なくもあり、嬉しくもあった。

 何で元気付けるのに狩りなのかとも思ったが、いつも行くような高級料理店に連れて行けば私が白目を剥くとでも考えたのだろうか。よく分からない。


「鳥、美味しいから元気出たよ」

「……良かった。本当に」


 シン・ユーは深く安堵をしたかのように、穏やかな笑みを浮かべる。


 私はその顔が直視出来なくて、すぐさま顔を背けてしまった。


 ◇◇◇


 帰る時間帯には雨が上がっていた。

 この辺りは染料を炊く煙の影響が無いからか、気持ちがいい位の青空が広がっていた。


 それは、私の心を映し出しているようであった。


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