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没落令嬢の異国結婚録  作者: 江本マシメサ
幕間【決断のライ=ユイ・リー】

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36/70

36.使用人による、旦那様の為の、奥様観察日記。

◇以前活動報告に上げていた小話に3000文字程加筆修正したものになります。

◇本編で登場していない使用人視点です。その使用人による主人公の溺愛描写があるので、苦手な方はご注意下さい。

 下働きの朝は早い。


 日の出より早く起床し、お使えする方々の為に様々な仕事を始める。


 私、ライ=ユイ・リーはザン家に仕える使用人で、今は旦那様のご命令でとあるお仕事をしていた。

 それは奥様の行動を観察し、報告書を上げるというものだった。

 今日も物陰から奥様を盗み見しなくてはならない仕事に嫌気が差してため息を吐く。


「ユイ・リー、どうかしましたの?」

「え!?」

「暗い顔していたから」

「……」


 厨房の端にある椅子に座っていると、朝食を手にした同僚が声を掛けて来る。手渡された陶器のお椀を受け取り、れんげでくるくると中身をかき混ぜる。


「い、いやあ~なんでもないですよ」


 この仕事は他の使用人仲間には秘密だ。万が一バレてしまったら、解雇されてしまうのだ。


 そのように危険な仕事ではあったが、給料は割り増しされており、懐は暖かくなっている。私みたいな貧乏華族は自分でお小遣いを稼がなければならないのだ。


 私より四つ年下の、奥様付きの使用人であるメイ・ニャオが、大丈夫だと言う私の顔を、心配そうに覗き込む。どう誤魔化そうかと考えていたら、背後から救世主が現れた。


「ユイ・リーは今日大奥様の準備係なのよ」

「まあ、それは大変」

「そろそろ行かないと時間じゃない?」

「そうでした」


 ……今日は大奥様の準備担当の日だった。すっかり忘れていたので、余計に気分が重くなる。


 朝食として用意された塩味の粥を掻き込んで、急いで大奥様の衣裳部屋まで走っていった。


 大奥様の衣裳部屋には、既に使用人達が焦ったように室内の中を動き回っていた。


「すみません、遅れました」


 皆、必死過ぎて私の言葉に反応する者は居ない。


「待って、大奥様はその服は二度と着ないって言っていたわ」

「そうだったわね。あ、その櫛は雨の日に付けるものだから、今日は駄目よ」

「もう一つのものと間違っていますよ!」


 あれじゃない、これじゃないと、本日身につける衣装や髪飾りを揃え大奥様の寝室へと向かう。気分は市場に売られていく家畜そのものだ。皆の足取りはドナドナと重い。


「おはようございます、大奥様」

「ええ」


 先頭を行く使用人が代表で挨拶をし、大奥様の周りを囲む。


「……あら、陰気な色のものばかりね」

「は、はあ、では、お取替えに行って参ります」


 用意した衣装は全てお気に召さなかったようで、衣裳部屋の往復を何度かする事となった。

 髪型や飾りも同じで、基本駄目出しばかりで、着替えるだけで結構な時間が掛かるのである。


「ねえ、帯はその色しかなかったの?」

「……他のも、持ってまいります」


「ちょっとその紅は明るすぎじゃないかしら?」

「では、塗りなおしましょう」


「香油はもっと少なくできないの? 髪の毛が痛んでしまうわ。あと櫛はもっと優しくして。少し痛いわ」

「も、申し訳ありません、大奥様」


 ~~~


 二時間半後


 ~~~


「まあまあね」

「……」

「……」

「……」


 大奥様のまあまあという素晴らしい評価を頂き、準備は終了する。


 このように、大奥様の準備は骨が折れるので、一日の労力を使い果たすような状態になってしまうのだ。


 だが、旦那様が結婚をしてから、皆の癒しの時間が生まれた。


「――次は奥様よ」


 朝のお着替え準備係の顔に生気が戻る。


 小走りで奥様の衣装部屋まで行き、にこやかに準備を始める。


「この新しい衣装、今日お召しになって頂こうかしら?」

「あら、いいわね。髪飾りはこれがいいわ」

「わあ、素敵ですねえ」


 奥様の衣装部屋の中では、まるで十代の頃の恋話をするかのような盛り上がりを見せていた。


 そして、用意したお召し物を手に、奥様の寝室まで移動をする。皆の気分はルンルンで、足取りは軽やかだった。


「おはようございます、奥様!」

「おはようございますっ」

「おはようございま~す」

「ユー・チェン、シュエ・メイ、ユイ・リー、おはよう」


 皆で挨拶をすると、奥様は眠そうな目を瞬かせながら、挨拶を返してくれる。奥様の凄い所は使用人達の名前を一人一人覚えて呼んでくれる所だ。更に、朝早くから準備に来てくれてありがとうとお礼まで言ってくれる。


 私達と奥様は雇用で繋がった関係だが、その垣根を飛び越えて、賃金以上の働きをしたいという気持ちになってしまうのだ。


「本日のお召し物はこちらになります。髪飾りはこちらで、髪型は二つに纏めましょう」

「お願い、します」

「畏まりました」


 奥様はどこかの大奥様と違って、大人しくこちらの用意した服や髪飾りなどを受け入れてくれる。


 奥様は異国からいらっしゃったお方で、艶々と光り輝く金の髪に、希少価値のある宝石のような青い目と珍しい容姿をしていた。ふんわりと波打った髪の毛は驚くほど柔らかく、澄んだ青い目は少し吊り上がってはいるものの、くりっとしていて、驚いた時などに見せるパチパチとした瞬きはとても愛嬌があって可愛らしい。


 初めは近寄りがたいと思っていたが、言葉が拙いながらも、礼を以って接してくれる姿に使用人達が次々と陥落していくのに時間は長く掛からなかった。


 大奥様の時とは違って、皆、にこやかな顔で奥様を囲む。


「衣装の色はお気に召しましたでしょうか?」

「うん。可愛いね」


「お化粧はどんな感じに?」

「いつもと、同じで」


「香油は少しだけにしておきますね」

「分かった」


 ~~~


 三十分後


 ~~~


「綺麗にしてくれて、ありがとう」


 椅子にちょこんと座った奥様が、柔らかく微笑みながらお礼を言う。その笑顔に使用人達の頬も緩んでしまう。


「いえいえ」

「そんな、勿体無いお言葉を」

「お綺麗ですよ、奥様」


 じっくり丁寧に準備を行ったが、大奥様の八分の一の時間で完了してしまった。


 本日の奥様の装いは、桃色の華服に薄い黄色の帯を締めて、白い絹の上着を羽織ってもらう。波打った金の髪は頭の上の位置に二つ結びにする。奥様が歩くたびにふわふわと揺れて、とても萌える。


 奥様の見た目が可愛いのは当たり前のことだが、仕草や言動、行動の全てが可愛いのだ。


 あの、帰り道にうっかり人一人殺して来たかのような顔をしていた旦那様がデレっとなるもの納得である。


 そう、殺人鬼(冤罪)みたいな旦那様の表情が最近優しくなった。

 これも奥様の癒しの力だろう。


 奥様と接していたら、大奥様の準備の疲れも感じなくなっていた。


 以上が私達の地獄と天国の朝の時間だ。


 大奥様の塩対応の後は、奥様の神対応を受けるに限る。それが使用人達の間での暗黙の決まりだった。


 ◇◇◇


 その日は夜勤だった。


 旦那様が帰宅をして、お茶を私室へ運ぶように命じられたので、ついでに本日の奥様観察日記を脇に抱えて向かう。


 因みに本日の報告は……


 ◇◇◇


 ○月△日


 本日は朝から奥様の準備係でした。

 奥様の髪の毛ってとてもふわふわと柔らかで、いつも香油を塗り込む前から良い匂いがします。櫛を入れると輝きが増すような気がして、いつも不思議に思ってしまいます。奥様の髪は細くて滑らかなのに、私たちの髪の毛って太くてしっかりしているので、とても羨ましくなります。ハイデアデルンの方はみんなそうなのでしょうか?


 あと、大奥様が奥様のほっぺをむにーっと抓っておりました。お菓子の食べ過ぎでほっぺが以前よりもふくふくになっているとお怒りのご様子でした。


 これはもしや嫁・姑戦争か!? と固唾を呑んで見守っておりましたが、奥様自身嫌がっておらず、抓られている間ずっと笑っておりました。大奥様に構って貰って嬉しかったみたいです。


 ――と、このように本日も平和でした。


 ◇◇◇


 最近はもっぱら奥様の可愛らしさを書き綴るだけのものとなっている。もう、とっくの昔に奥様の疑いは解けているのに、旦那様は報告を止めろと言わない。


 きっと私の書いた報告を読みながら、一人で萌え萌えしているに違いない。


 まあ、気持ちも分からなくもない。実際奥様は萌える。


 叶うならばもっと仲良くなりたいものだが、この仕事をするに当たって、奥様とは仲良くするなと言われているのだ。


 奥様に仕事で近付くことはあるが、それ以外で会話を交わすことは許されていないのだ。何故かといえば、もしも仲良くしている状態でこの監視の事が奥様本人にバレてしまえば、双方傷ついてしまうだろうという旦那様の考えがあるからだ。


 私は勇気を出して、旦那様に言おうと思う。


 もう、監視役はしたくない、私もリー・リンやメイ・ニャオみたいに奥様と仲良くなりたい、と。


 ◇◇◇


「――旦那様、もう、こんな関係は解消いたしましょう」

「……何のことだ?」


 報告帳を雑に旦那様の机の上に置いて、お役目からの解放を願った。


「我慢ならないのです。奥様に秘密でこんな事をしているなんて!!」


 物陰から奥様を観察、お着替え中もしっかり確認し、問題があれば報告。(今まで着替え中に問題は起こらなかった)奥様が部屋に引き篭もっている時は窓から覗いたりもした。


 自分の行動を振り返ってみれば、完全に変質者そのものである。


「旦那様は鬼畜過ぎます。私にだけこんな背徳行為をさせるなんて!!」


 あと、奥様と仲良くするなとかの命令も酷い。この一年近く、どれだけ我慢したか。


「とにかく、今日で終わりにします!! それでは!!」

「!!」


 返事を聞く前に逃げようと扉を引けば、そこにはなんと寝間着姿の奥様が居たのだ。


 も、もしかして、今までの会話を聞いていたとか……?


「あ、あの、奥様」

「ご、ごめん!!」

「へ!?」

「は、話、聞いちゃって」

「!!」


 やはり、会話を聞かれていたようだ。恐る恐る旦那様の顔を振り返れば、いつの間にか鬼のような形相と化している。超絶怖い。まるで鬼畜という言葉を擬人化したかのそうな感じになっていた。


「ユ、ユイ・リー」

「はい?」

「あの、その、言い難いの、だけれど」

「はあ」

「シン・ユーを見捨てないで欲しいの」

「え? 見捨てる? 何の話で?」

「え? ……ユイ・リー、シン・ユーの、妾さん候補じゃないの?」

「ええっ!?」


 お、奥様よ、どうしてそうなる。


 奥様の言動を不思議に思ったが、この部屋で自分が旦那様に言った言葉を思い出して、悲鳴を上げそうになった。


 その一、「旦那様、もう、こんな関係は解消いたしましょう」

 その二、「我慢ならないのです。奥様に秘密でこんな事をしているなんて!!」

 その三、「旦那様は鬼畜過ぎます。私にだけこんな背徳行為をさせるなんて!!」

 その四、「とにかく、今日で終わりにします!! それでは!!」


 ……これは、奥様でなくても勘違いをする。この台詞の羅列は思いつめた愛人そのものだ。


「奥様、違います!! 誤解です!! 旦那様とは全く奥様の心配するような関係ではございません」

「……?」

「あ、ああの、さっきの会話は、これ、これです!!」


 私は旦那様の机の上から報告帳を掻っ攫い、奥様に手渡した。


「わ、私、ずっと奥様の監視をして旦那様に報告していたんです!! ずっと、その行為に罪悪感を覚えていて、今日勇気を出して止めさせて下さいとお願いしたんですよおおおお」

「う、うん。そっか」


 私は奥様の足元に膝をついて謝る。


「おっおお、お許しください、奥様ああああ」

「あ、うん、大丈夫だから顔を上げて?」

「うわあああああん」


 ◇◇◇


 結果、奥様はすんなりと許してくれた。


「私、ユイ・リーに嫌われているのかと、思っていた」

「そんな訳ないですよお、私、奥様のこと、だ、大好きです。こ、この、鬼畜の旦那様が監視者は奥様と仲良くするなって」

「そ、そっか」


 さっきから旦那様に睨まれているが、そんなことはどうでも良かった。


 奥様は取り乱す私の手を握って下さり、背中を摩って落ち着かせてくれたのだ。なんという無限の優しさを持ち、稀に見ぬ寛大な心を持っているお人なのか。


「ユイ・リー」

「は、はい?」

「これからは、仲良くしてくれる?」

「!?」

「だ、駄目、かな?」

「いっ、いいえええ~~!! わわ、私も、仲良く、なり、たいです!!」

「良かった。これからも、よろしくね」

「は、はい!!」


 奥様は再び私の手を握って下さり、微笑みかけてくれた。旦那様の居る方向は怖くて見られないので、視界に入れないように部屋から辞する。


 隠し事から解放され、気分も軽くなった状態で使用人の待機部屋まで戻った。


 ……それにしても、奥様の首を傾げながらの「駄目かな?」は可愛すぎて反則だ。思わず抱きしめて頬擦りしたくなるほどの破壊力だった。


 奥様は、なんというか、小動物的な魅力に溢れている。


 小さなモフモフが木の実を両手で持って、小首を傾げる可愛らしさとよく似ている。


 私の奥様萌えも動物に感じるそれに近い。


 明日からの仕事に胸を躍らせていたが、今は夜勤なので、奥様とゆっくり会えるのは来週だ。


 がっくりと肩を落としてしまったが、奥様の言葉を思い出すとすぐに復活出来た。


 辛い監視ももう終わり、気分も晴れやかだ。


 ――さあ、お仕事頑張るぞ!


 幕間・使用人による、旦那様の為の、奥様観察日記 完。


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