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没落令嬢の異国結婚録  作者: 江本マシメサ
幕間【追憶のザン=シン・ユー】

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34/70

34.花の名前・四

 ずっと母から聞かされた、父は国王を守って死んだという話を信じていた。


 だが、真実は闇の中へと葬られ、父は何故か英雄として国葬されていたのだ。


 ◇◇◇


 ――遡る事、二年前。


 フゥァン・シィァンから受け取った手帳の中身の解読は困難を極めていた。


 血塗られた手帳に記されていた文字はほとんど潰れて読み取れなかったのだ。

 唯一読めたのは、ザン家を没落寸前へと導いた専属の占い師への疑惑と、それに伴う多額の金銭取引の謎についてだ。


 フゥァン・シィァンから大体の事情は聞いていたが、細かな情報を得るのに二年も掛かってしまった。


 そして、明白となった謎は、国民すべてを巻き込んだ、とんでもないものだった。


 この国に住む民が納めることを義務とした税金は、国を作り出す経費となり、また、特権階級となる華族の領地運営費としても使われる。

 ところが、華族達はそのお金を領地へ還元せずに、占い師への占術料として支払う。そして、支払われたお金は占い師を裏で纏める【幻想采公社】がそのまま回収していた。


 民の支払い義務がある税金を上げるように国王を唆したのは、幻影采公社の頭を務めるジェ=ウェイ・ウーという男だ。

 幻想采公社は国家占術師という役職を勝手に作り、国の政にも上手く紛れ込んでいるという。更にウェイ・ウーは大金で官吏を買収し、朝廷での発言力を勝手に高めていた。


 そんな幻影采公社と占い師の繋がりに気が付いた父は、強すぎる正義感からか王に進言をしてしまう。占い師をむやみやたらと信じてはならない、と。


 国王とウェイ・ウーが共犯者だということを知らなかった父は、口封じの為にその場で殺された。

 本来ならザン家共々処刑になる筈が六花の一つであり、多大な領地を持つザン家が無くなれば幻影采公社へと入ってくるお金が減るので、残った者は生かしておくようにとウェイ・ウーが指示をしたらしい。


 フゥァン・シィァンは二年前の手帳を渡した日に、当時のことを振り返っていた。


「……あの日、ユー・ジンを助けられなくって、本当に申し訳なかったと思っているよ」

「変な行動を起こせば、お前まで殺されていただろう」

「……」


 フゥァン・シィァンは父が殺された現場に居て、その様子を呆然としながら立ち尽くすことしか出来なかったという。父はフゥァン・シィァンの護衛官を務めていた。なので、王の前に出る機会も多かったらしい。父の命日となったその日は、謁見の許しが無いのに無理矢理前に出て、占い師の話をし始めたのだとフゥァン・シィァンは言う。


 父は短慮な思考の持ち主ではなかったとフゥァン・シィァンは語る。なのに何故、周囲に相談も無いまま国王に意見をしたのかは謎のままだった。


 血塗れた手帳はどさくさに紛れて父の懐の中から取ったもので、中身の紙がくっ付かないように丁寧に乾燥されている。


 その手帳を深刻な顔で見つめながら、フゥァン・シィァンは固く結んでいた口を開く。


「この手帳を見た時にね、決心が付いたんだよ。一度この国を壊して綺麗にしなければって」

「……」


 国に寄生する幻影采公社、後宮の不幸な娘達、ウェイ・ウーに唆された国王、不満を持った民の行き過ぎた暴走、占い師を盲信する華族達、問題は山積みだった。


 それから二年が経って尚、謀反の計画は完全ではなく、実行されぬまま、時だけが過ぎていく。


 フゥァン・シィァンが父の死をきっかけに決意を固めたように、自分にもそのような事件が降りかかって来るとは、この時は思ってもいなかったのである。


 ◇◇◇


 娘を妾を差し出そうとする者達は本当にしつこかった。今日も適当にあしらってから帰宅をすると、珍しく母とリェン・ファが居間で待ち構えていたのだ。


 嫌な予感がするような満面の笑みを浮かべる母に何事かと話を聞けば、この家に来ている占い師がリェン・ファを養子にしたいと希望しているという。


 どちらの占い師かと聞けば、母が特に信頼をしている占い師の方だった。

 この家には二人の占い師が出入りをしている。一人が昔からこの家の担当をしている者で、もう一人はここ数年のうちに通ってくるようになった占い師だ。


 婚姻を破棄してリェン・ファを引き取りたいというが、それは無理な話だった。つい先日国王に結婚の許しを得たばかりで、こちらの事情が変わったからと言って、簡単に離婚など出来る訳がない。


 馬鹿なことばかり主張する母との喧嘩が始まる。


 疲労を最大限に感じていたので、すぐにでも休みたいという気持もあったが、湧き上がった怒りは治まりそうにない。それにしても、母と喧嘩以外でまともに会話をしたのは一体何年前のことだったか。記憶を掘り起こすが、若い母と少年時代の自分の姿しか思い浮かばない。


 自分と母の間に挟まれたリェン・ファは居心地悪そうにお茶ばかり口に含んでいる。


 つい口が滑って母のことを侮辱するような言葉を吐いてしまった。疲れていたので、神経もまともな状態ではなかったのだ。普通の時ならば絶対に言わないし、母のことを何も知らない成金商家の娘とは思っていない。母も母なりに色々と一人で苦労をして来たことは自分が一番知っている。


 この占い師の申し入れをリェン・ファは承諾していたと聞き、この娘も何を考えているのかと怒鳴りたくなったが、眉尻を極限まで下げてオロオロとしている顔を見たら、自然と怒りも静まっていた。


 彼女は、なんと言えばいいのか、見ていると色々な意味で脱力をしてしまう。……多分、使用人が書いたリェン・ファの平和な報告書を思い出してしまう影響もあるだろうが。


 結局この件は勝手に断りを入れた。


 ◇◇◇


 リェン・ファはとても痩せ細っている。なので、使用人に沢山食事を与えるように行っていたが、三ヶ月経ち、多少頬はふっくらとなっていたが、彼女の小柄な体型は変わらぬままだった。

 使用人に聞けば、リェン・ファはここ数年貧困生活を送っており、あまり多くのものを胃に収めることが出来ない事情があるのだという。


 まあ、長い期間を掛けて栄養を十分に摂れば大きくなるだろうと話していたら、リェン・ファの側付きの使用人は無理だと断言する。


「旦那様、奥様はもう十八歳です」

「は?」

「残念ながらこれ以上大きくなりません」

「……」


 ハイデアデルンから持ってきた書類には十五歳と記されていた。歳の数え方が違うのかと問えば、首を振って否定される。恐らく翻訳をした者が間違えたのだろう。


 異国の者は体が大きく、発育もいいと聞いていたので、拍子抜けをしてしまった。


 ◇◇◇


 リェン・ファと出掛けることになった。


 前の日に眠い目を擦りながら外出の許可を取ろうと待っていたのだ。

 使用人の報告書にリェン・ファが市場の近くにある診療所へ行きたがっていたと記されてはいたが、こんなにも早く行動に出るとは思わなかったので、少しだけ驚いた。

 拙い言葉使いで「あした、出掛ける」「大丈夫? 行ける?」と聞いてくる。その言い方だとこちらを誘っているように聞こえたが、彼女にそういった意思が無い事は分かっていた。


 だが、治安の悪化傾向にある街を護衛無しに歩かせる訳にはいかないし、いつか結婚式の準備をする為に出掛けなければとも思っていたのだ。


 リェン・ファの意向を無視する形にはなるが、勝手に同行することを決めた。


 使用人に二人乗り用の鞍を用意して貰い、馬に装着する。

 準備が終わって出てきたリェン・ファの装いは、華族の女性らしからぬ、地味な格好をしていた。街へと出掛ける時はその方が相応しい。あまり華美な格好でうろつくと、悪い輩に目を付けられるのだ。


 大柄の馬を前に、リェン・ファは青い目を忙しなく瞬かせている。まさか自分が同行するとは思ってもいなかったのだろう。


 ここでまごついているのも時間の無駄なので、早く乗れと手を差し出す。馬に乗るのは初めてではなかったのか、躊躇いも無く鐙に足を掛け、難なく乗馬していた。


 リェン・ファが落ちるというので近くに引き寄せれば、柔らかな髪の毛が首の辺りに触れる。抱き寄せた体は細く、馬が走る風に乗ってフワリと甘い香りも漂ってきていた。


 ……なんだか、落ち着かない気分になっていたので、馬の速度を上げて街の中心まで向かった。


 結婚式の買い物をする間、リェン・ファの目は死んでいた。何を聞いても、首を力なくカクカクと動かすだけで、まともな反応を示さなかった。


 最近結婚をした同僚は、結婚式の買い物が一番大変だったと言っていた。

 布を選ぶのにも数時間、引き出物を揃えるのにも大いに揉め、宝飾品に至っては高いものばかり欲しがるので困ったと。


 リェン・ファはずっと「どれ、いいか、分からない」と震える声で呟いていた。様々な商品に付いている値段を見て目を丸くし、まるで恐ろしいものを見て見ぬ振りをするかのように値札を全て素早く裏返していたのには笑ってしまった。


 そして、最後にリェン・ファの行きたかった診療所が近くにある市場へと到着をした。


 市場の出入り口には門戸の守りを管轄する光禄勲の郎中が配置されている。

 ここでは連れている動物を預けたり、危険な人物が入り込まないように警戒する役割をこなしていた。

 やる気が無さそうに仕事をする部下達は、手続きの列に並んでいたこちらに気付くや否や、急に驚いた表情になる。そうなるのも無理はない。華族の者は庶民の集まる市場になんか足を踏み入れないのだから。


 部下達は妻だと紹介したリェン・ファを不躾な感じに眺めている。金髪に碧眼という見慣れない容姿をした異国の娘が珍しいのだろうが、ジロジロと遠慮なしに見られるのは気に食わなかったので、仕事の手を休めた状態でリェン・ファの観察していた十代半ばの若い武官に、早く処理をしろと注意をした。


 馬を預け、市場の中に入ろうとしていた時、リェン・ファは声を掛けて来た郎中を労うかのような笑みを見せていた。笑った顔は初めて見たので、少しだけ複雑な気分になる。

 いつも見せるのは不貞腐れたような顔や困り顔、ビクビクとした怯えた顔と驚いた顔位だろうか。思い起こせば、彼女は表情豊かで感情がすぐ顔に出る面白い娘だった。


 リェン・ファは綺麗な布地を買っても、世に一つと言われる宝石を前にしても全然嬉しそうな顔は見せない。高級品を前にすると何故かいつも白目になっている。その目は年頃の女性としてどうなのだと思っていたが、どう突っ込んでいいのか分からないので、そのままにしているのだが。


 市場の中は人で溢れ返っていた。

 こちらにぶつかってくる勢いで前方より迫って来る、荷物を大量に抱えた人を避けながら進む。

 リェン・ファは付いて来ているのかと後ろを振り返れば、その小さな妻の姿は無い。どこかで客寄せにでも引っ掛かっているのかと早足で来た道を戻れば、甘栗を売る商店の前で棒立ちになっていた。

 腕を引いて先に進めば、ゆっくり歩いてくれという抗議の言葉が掛かる。

 振り返れば、肩で息をするリェン・ファの姿があった。


 どうやら歩く速度が早かったらしい。自分の進む速さは、彼女にとっては小走りで付いていかなければならないものだったようだ。


 女性とは、自分達よりも力が弱く、体力も無くて、小さい。故に守らなければならぬという、父親の教えを失念していた。


 それからは自らの行動を反省し、リェン・ファに無理のない速度で歩いた。


 隣で気まずそうな顔をしていたリェン・ファが、沈黙に耐え切れなくなったからか、手のひらに握っていた甘栗について質問をしてくる。

 炒った木の実を食べるのは初めてだったようで、真剣な表情で食べ方を聞いていた。

 甘栗は爪で表面を割り、左右を押し出せば簡単に実が出てくる。なのに、リェン・ファは殻を割る事が出来なくて、必死になっていた。

 視線が栗に行ったまま歩くのは危険だと思い、皮を剥いてやる。それを渡せば、キラキラと輝いた目で礼を言われた。……どうして栗を剥いてやった位でそんな嬉しそうな表情を見せるのかと笑いそうになってしまう。


 その時にふと、心の中でモヤモヤとしていた疑問が晴れる。

 それはリェン・ファが何かに似ているが思い出せないと悩んでいたことについてだった。


 彼女は金公鼠によく似ている。金色の毛並みといい、臆病な感じといい、不器用な仕草といい。


 ずっと頭の中で引っかかっていたのですっきりとした気分になる。


 栗を口に入れたリェン・ファは、ぱっと花が咲いたような笑顔になった。


 栗の実一つで微笑むなんぞ、変わった娘だと思ってしまう。


 ◇◇◇


 リェン・ファの目的は診療所なので、市場には用事は無いだろうと思っていたが、一応必要なものは無いかと訊ねる。予想通り何も無いというので、連なった店の前を素通りした。


 市場から出て、馬を受け取り、少しだけ先を進むと、リェン・ファはある建物を指差す。


 そこは小汚く古びた建物で、その場が診療所だと気が付くのに時間が掛かってしまった。


 そして、彼女の目的は、医者に自分の病気を治して貰おうというものだった。


 必死にこちらの腕を引いて診療所へと連れて行こうとするが、あのような衛生概念の低い場所になど近付きたくはなかった。きっと、建物の中にも小汚く胡散臭い医者という不可解な生き物がいるのだろう。


 しばらく言い合いを続けていたが、リェン・ファは掴んでいた腕から離れる。やっと諦めたかと思えば、一人で診療所の方へ走り出そうとしたので、慌てて首根っこを掴んだ。


 焦ったようにリェン・ファは言う。病院に行けば、喉の調子も良くなり、体の具合も快方に向かうだろうと。

 だが、いくら信じろと主張されても、医者というよくわからない他人に身を任せるという事は出来なかった。


 首根っこを掴まれた状態で、威勢よくしていたリェン・ファも、こちらが折れないと分かったからか大人しくなった。

 そんな彼女を馬上に引き寄せ、無言のまま、帰宅をする。


 せっかく警戒が解けたかのような顔を見せるようになっていたのに、その表情は一気にふて腐れ顔となってしまった。


 ◇◇◇


 それからリェン・ファは意外な行動を起こしてくる。

 喉の炎症を抑える効果があるという蜂蜜入りの飴を毎日作り、使用人を通して自分に渡してくる事を始めたのだ。


 これも使用人の報告書に書かれていたことで、その担当者には盗み聞きや監視をしていることに罪悪感を覚えるようになったので、役目を他の者に変えてくれという苦情も書かれていた。


 この飴を渡してくる使用人も、リェン・ファの味方になっているようで、自分には「実家の商店で余った飴です。喉の炎症によく効きますよ」と言っている。


 確かに綺麗な紙に包まれた平たい円形の飴は売っている商品に見えなくも無い。

 蜂蜜を食べると喉が良くなるというのは、ハイデアデルンに伝わる民間療法だとか。半信半疑で仕事の合間に飴を舐めていたが、効果はすぐに現れたのである。


 勿論喉の痛みが驚くほど無くなった、という訳ではない。少しだけ楽になったという程度である。

 だが、占い師の用意する漢方薬より効果があった。


 リェン・ファには礼を言いたいが、なかなか帰りが遅く、会う機会もない。

 それと同時に結婚式の準備も始まったので、更に忙しい日々が始まってしまった。


 それから月日は目紛しく過ぎていく。


 ◇◇◇


 結婚式を挙げることにおいて、意外な点がある。

 それは母親のことだった。

 リェン・ファとの結婚を嫌がっていたので、準備にも関わらないだろうと思い込んでいたら、こちらで選んだ布を見て母に怒られるというまさかの事態に直面したのだ。


 家でしなければならない招待客のことや、料理の手配については分家の女性に頼もうとしていたのに、母がリェン・ファと共に行っていたのだ。


 更に意外だったのは、母のキツイ態度にめげないリェン・ファとその様子に絆されつつある母親のことだった。


 使用人の報告書、というよりは観察日記になりつつあるものによれば、二人で仲良く寄り添って作業をするようになったとか。母は嫌いな人間は、絶対に近くには寄せないのだ。


 何だか自分達の未来に光が一筋差し込んだように思えたが、すぐに首を振って否定する。彼女はいつか国に帰さなければならない存在だ。こちらの国の騒動や田舎暮らしに巻き込んではいけない。


 そんなことを考えていたら、また気分が悪くなってしまった。


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