28.シン・ユーがお休みなので。その参
路地を抜けた先にもいくつか出店があった。場所取りに負けた店だろうか。大通りの祭り会場よりも人は閑散としており、道行く人達ものんびりとした様子で歩いている。
そんなことよりも、先ほどから気になっていたことをシン・ユーに言ってみた。
「シンユウ、手、大丈夫」
人込みを抜けてからも、何故か私はシン・ユーに手を引かれていたのだ。人でぎゅうぎゅうな場所ならば迷子になるかもしれないと諦めていたが、このように人が少ない場所で手を握られるというのはなんとも落ち着かない気分になる。
「シンユウ、手! 離す!」
シン・ユーはまたしても私の主張を無視していたので、勇気を出して強い口調で言ってみた。
「シンユウ!!」
「心配だから掴んでいるだけだ」
「心配、ない! 大丈夫! だから、離す、お願い」
抗議の意味を込めて立ち止まり、手を離すように懇願をしたが、怖い顔でじっと見下ろされるばかりで言う事を聞いてくれそうにない。
このまま無言の睨み合いが続くと思いきや、先に口を開いたのはシン・ユーだった。
「――前に」
「ん?」
「店先に並べていた箸置きに突然食いついて飛び出し、危うく荷物を持った通行人と衝突しそうになったこともあったが、一体誰の話だったか」
「あ!!」
「……」
そうだ、私には飛び出しの前科があったのだ。大丈夫という言葉に説得力が無い事に気付いてしまう。
シン・ユーは母親の言いつけ通りに危険人物を捕獲し続けなければならない任務に燃えているのだろう。全く、ご苦労なことで。
先ほどから周囲の視線が集まっているのは手を繋いでいるからではなく、私の髪と目の色が珍しいからだと思い込むようにして、このまま大人しくシン・ユーに保護して貰うようにした。
シン・ユーに手を引かれながら歩く路地はだんだんと狭く、暗くなっていった。足元が怪しくなってきたので、途中にあったお店で持ち手の付いた灯篭を買ってから先へと進む。
「お嬢ちゃん、指輪は如何かな?」
「ん?」
途中、地面に茣蓙を敷いて宝飾類を売る露店の店主に声を掛けられて、つい歩みを止めてしまった。シン・ユーが無言で「勝手に立ち止まるな!」と注意を促すように手を引いていたが、勧められた指輪が気になってしまったのだ。
「これはねえ、この街の名物、夜輝石だよ」
「……」
店主の持っている指輪は蜂蜜色をしているだけの石だ。先ほど本物の夜輝石を見てきたので、一目で偽物だと分かってしまう。
私が異国人なので騙せるだろうと思っているのか、店主は悪びれもなく指輪の紹介を続けている。
しかしながら、値札を見れば三百金と安い。偽者を売りつけてぼっ手操る訳ではないのだろうか?
あくまでお土産用の複製品というのならば欲しい所だが、店主は本物だと言っているので怪しさに溢れた品物となっている。
「来い!」
「う、うわ!」
シン・ユーに力いっぱい手を引かれて、つんのめりそうになりながら前に進む事となった。
怪しい露店商から離れると、シン・ユーはくどくどとお小言を言い始める。
「お前は、指輪が欲しいなら何故最初の店で買わない!?」
「高価なの、要らない」
「だからと言ってあのような物に食いつくなんて」
シン・ユーには安っぽい物の素朴さとか可愛さとかが分からないのだろう。買ったとしても外に付けて行くつもりは毛頭無かった。部屋でこっそり眺めて楽しむだけなのに、それすらも許してくれないらしい。
小さな声で「シン・ユーの石頭!」と呟くと、聞こえてしまったのか、シン・ユーは振り返って険しい顔で私を見下ろしていた。
「あれは本物の琥珀を使った指輪だ」
「え!?」
「あれだけ透明度の高い品なら普通は三十万金位する」
「ど、どうして、安く、売って、た?」
「琥珀は呪術の媒介として使われる」
「!」
「恐らく、だが、あのように指輪を安く売りつけて、使用者の魔力を奪ったりする術でも掛けているのだろう」
「!!」
なんという恐ろしい話だろうか。魔術に馴染みのないハイデアデルンではありえない話だ。
それにしても、ぱっと見ただけで琥珀が本物だと分かった事が凄いと思った。今度から目利きのシンさんと呼ばせて貰おう。
◇◇◇
少し歩くとまた開けた場所に出てきた。
シン・ユーの背中を見つめながらトボトボと歩いていたが、突然こちらを振り返って思いがけない心配をしてくれる。
「腹は減っていないか?」
「す、空いて、いる」
「だったら先に何か食べてから先へ進むか」
「!!」
高級宝飾店で見たことも無いような高額商品を勧められたので、すっかり胃が重くなり、更に食欲も失せていたが、少し時間が経ったからか胃とお腹の調子も元に戻っていた。
裏通りの出店は数が少ない。売っている品もいつ作ったものだか分からないものを並べている店もあった。きちんとしていないからこんな場所に追いやられているのかもしれない。
シン・ユーは店に入るかと聞いてきたが、路地裏にも関わらず食事を出す店の中はどこも混雑していたので、その辺の怪しい食べ物で構わないと返した。
結局、リー・リンが話していた物は何一つ売っていなかった。
購入したものは、乾燥しかかった赤身魚の串焼きに、冷えて硬くなりかけている肉包子、凍らせた果物に怪しい黒蜜を垂らした物、竹筒に入った温い花茶の四点。
それを道の端にある石の段差の上に座って食べる。
期待をしていなかったからか、どれも案外美味しく戴けた。シン・ユーは終始微妙な顔をしていたが。
お腹も膨れたところで、再度目的地へ向かって歩き出す。
またしても、どんどんと道は狭まり、ついには山道のような坂を上り始めた。
それから数分、予想外の登山を行い、草木を掻き分けると、緩やかな坂になっている草むらに辿り着く。坂の下は畑だ。
「シンユウ、ここ、人の土地」
「この辺りはファン・シーンの領地だから問題ない」
「……」
坂の草が綺麗に整えられているので、人の管理が入っている場所だとシン・ユーを止めたが、大丈夫だと言いながら先へと進んでいくので、その後を渋々追う事となった。
坂の真ん中辺りで止まり、シン・ユーは上着を脱いで草むらの上に広げて置いていた。
その隣に座ったので、私も上着を踏まないようにしゃがみ込む。
「おい」
「ん?」
「どうして上着を避けて座るんだ」
「あ!」
シン・ユーは私の服が汚れないように、上着を地面に置いてくれていたらしい。そのような紳士的な行為をして貰ったことが無いので、全力でやり過ごしてしまった。本当に面目ないと思っている。
謝りながらシン・ユーの上着に座り直し、目的である星空を見上げることにした。
夜空には満天の星が輝いている。やはり、周囲に灯りが無い方が綺麗に見えた。
「ここ、凄い。人の敷地、だけど。星、綺麗、見える」
どうしてこのような場所を知っているのかと問い質せば、昔家族旅行で来た時に、シン・ユーのお父さんが探してきたのだと、思い出話の欠片を語ってくれた。
「父は空と平行な状態になった方がよく星が見えると言って草の上に寝転がっていたが、母は絶対に嫌だと言って草の上にすら座ろうともしなかった」
「おかーさん、言いそう」
シン・ユーの父はお茶目な人だったのだろうか。確か、十年前に亡くなったとシャン・シャが言っていた気がする。
寝転がって星を楽しそうに眺める義父に、嫌がりながらも煌く夜空に心奪われる義母の様子を想像してしまった。
「あの星が」
「宵の明星!! あ、あれ、ハイデアデルン、幸福!! 私、一番好き、大切な、星!!」
シン・ユーが指差した星は私と両親の思い出の星だった。空が霞んでいるハイデアデルンからも見える星なだけあって、空の中で一際大きく光り輝いている。
そしてふと、シン・ユーの腕を両手で掴みつつ星について語っていた事に気付き、それを誤魔化すかのように草の上に寝転がって「話の続きをどうぞ」といつものカタコト言葉で促した。
「あの星は、この国では【星玉】と言って、導きの星と呼ばれている。旅人は道に迷ったら、星玉を目印に星を読んで先へと進むらしい」
「へー」
星を読む、という話は難しかったのでよく分からなかった。なんでも星と大地は繋がっていて、旅人は星空を地図のように読み取ることが出来るのだという。
「七星祭の伝承は知っているか?」
「知らない」
七星祭は綺麗に見える星空を肴にどんちゃん騒ぎをするものだと勝手に思い込んでいたが、違うらしい。
その昔、国で一番の美しい織物を織る娘が居て、御上の為にせっせと織物を織っていたとか。そんな娘の働きに御上も満足をしていたが、ある日献上の品に娘の作った織物が届かなくなってしまった。
その理由を調査したところ、娘には恋人が出来ており、睦言に夢中になって機織りをしなくなってしまったのだという。
事実を知って怒り狂った御上は娘とその恋人を遠く離れた星へと飛ばしてしまう。
これで今まで通り織物が届くと御上は安心しきっていたが、悲しみに暮れた娘は織機に触れようともしなかった。
娘の作った織物が来なくなって困った御上は一年に一度だけ恋人に会いに行く事を許す。
「年に一度、その娘と恋人の男が会う日が七星祭の始まりだと言われている」
「へー。御上、ケチ、だね。一年、一回だけ」
シン・ユーは私の感想にふっと笑ってから、突然草の上に寝転がる。かのザン家御当主様も義母と同じように寝転んだりしない人だと思っていたので、少しだけ驚いた。
再びシン・ユーが空を指差したので、視線は横から星へと移る。
「星玉を中心に星が七つ並んでいるだろう?」
「あ、本当!」
「左右三つの星があのように一列に並ぶのは、一年の中で今日だけだ。機織りの娘と恋人はその星を渡って逢瀬をすると言われている」
「なるほど~」
七星祭とは機織りの娘とその恋人が唯一出逢える日を祝ったものだった。なかなか面白く、興味深い話だったので、帰ったらリー・リンにでも話してみようと思った。
七星祭の話が終わると、私もシン・ユーも黙って夜空の星を眺めていた。だが、そんな夢のような時間も私がしたくしゃみによって終わってしまう。
「寒いか?」
「ん、大丈夫」
「そろそろ帰ろう」
「うん」
シン・ユーの上着を拾い、付着していた草を払う。草むらが少し湿っていたのか湿気を帯びていた。
「ごめん、濡れてる」
「気にするな」
差し出した上着を掴むと、空になった私の手の平にシン・ユーは何かを置いた。
「ん?」
つるりとした、丸く滑らかな円形の物体が何かを灯篭で照らす。
一体何だと思えば、手渡されたそれは指輪だった。
「!?」
私は慌ててその指輪をシン・ユーに返す。手の平の上にあるそれは、目利きのシンさんじゃなくても分かる程の高価な宝石が嵌め込まれた指輪だった。
シン・ユーは差し出された指輪を取り上げると、今度は私の左手をペロンとひっくり返して、真ん中の指に勝手に嵌め込んでくれた。
「な、何これ!?」
「指輪が欲しかったのだろう?」
「コレ、ちがーう!! 高そう、だから、要らない!!」
「それはザン家に伝わる指輪だ。大切にしておけ」
「!?」
なんてものを嵌めてくれたのだと慌てて外そうとするが、指から抜ける気配が全く無い。
「ぬ、抜けない~」
「当たり前だろう。夫婦、どちらかが死なないと取れないものだから」
「!!」
なんか今、とんでもない言葉が聞こえた気がした。とりあえず、聞かなかったことにする。きっと洗剤とかで指と指輪の間を滑らせれば取れるだろう。そう、信じて。
◇◇◇
その後、宿へ戻ると義母とリー・リンが一階にある待合室で私達の帰りを待っていた。
「随分遅かったじゃないの」
「う、うん」
義母訝しげな表情でこちらを見ている。指輪が見つかれば大変なことになりそうだったので、手元は服の袖で隠していた。
「や、やだ!! シン・ユー、あなた背中が濡れているじゃない!! 一体あなた達、何をしていたの!?」
なにやら衝撃を受けたかのような顔をした義母が、手にしていた扇を地面に落としてふらつく。リー・リンが義母を支えて、近くにあった椅子を勧めていた。
あんなに表情が青白くなって、私が下敷きにしていた服は高価な品だったのだろうか。
「ご、ごめん。シン・ユー、服、星見る時、敷いた」
「は?」
「濡れた草、上、ごろん、した」
「……」
「大奥様、だから言ったでしょう? 心配はいらないと」
一体何の話か良く分からなかったが、リー・リンはこちらの話だと言って詳しく語ってくれなかった。
義母はシン・ユーについての心配事を抱えていたが杞憂に終わったらしい。
何について心配をしていたかは謎のままだった。
このようにして旅行の一日目は楽しく終わった訳だったが、二日目から最終日までは全て義母のお買い物行脚だった。その全ての日程を私は死んだ目でお付き合いしたのである。
こうして、初めての旅行は何事も無く終わっていった。




