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没落令嬢の異国結婚録  作者: 江本マシメサ
一章【星を胸に旅立つ少女】

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27.シン・ユーがお休みなので。その弐

 シン・ユーに貰った薬のお蔭で残りの移動はあまり酔わなかった。それに加えて、驚いたことに義母が膝枕をしてくれたのだ。なんでも、「目の前でいちゃつかれたら堪らないわ」と言って渋々とお膝を提供してくれたのである。


 いつ誰といちゃついたかと疑問に思ったが、お言葉に甘えさせて貰った。


 そして、その数時間後に目的地である、山香という街に到着をする。


 この街には年に一度【七星祭ななほしまつり】というものが開催され、大華輪国内でも有名な伝統あるお祭りらしい。


 正門を潜れば、真っ赤な旗が大量に吊るされており、同じく真っ赤な灯篭が街を鮮やかに照らしている。

 そして、入ってすぐの大通りが祭り会場となる場所なのか、食べ物を売る出店がぎっしりと軒を連ねていた。

 千華の市場でも見た事の無い食べ物が沢山あったが、ここにも気になるものが売られているようだ。


 すぐ近くにある出店で不思議なものが売られていたので、リー・リンにあれは何だと訊ねてみる。


「リイリン、あのふわふわ、何?」

「あれは綿菓子ミィェングゥォズーです」


 あの不思議なふわふわとした、恐ろしく発音の難しいものはお菓子だという。

 なんでも融かした砂糖を大きな鍋の中で加熱をして、細い糸状にして綿のように集めたものだとか。


「ふーん。どんな味?」

「ただ甘いだけです。口に含めば一瞬で消えます」

「!!」


 ちょっとだけどんなものか気になってしまったが、リー・リンに子供が食べるお菓子だと言われたので諦めることにした。彼女の言葉の通り、よくよく周囲を見れば綿菓子を手にしているのは子供しかいない。


 【七星祭】というのは夜空の星を眺めるものらしい。この時季が一番綺麗に星の観測が出来るようで、観光客を集める目的でお祭りが年に一度だけ開催されるという。


 真っ赤な灯篭は灯っていたが、まだ日は沈みきっておらず、星空が見えるまで時間があるので、一度宿で一休みをすることにした。


「おかーさん、手、繋ご?」

「は?」

「迷子、なる」

「あなた、その言い方じゃあ私が迷子になるみたいじゃない。お断りよ」

「……」


 道は凄い人込みだ。うっかり逸れそうなので、背の高い義母に掴まりながら移動をしたかったのだが、ずばっとお断りをされてしまった。リー・リンを振り返るが私と義母の荷物で手が塞がっている。自分の荷物は持つと言ったが、使用人の仕事だと言って渡してくれなかったのだ。


 そんな私の様子を見て、リー・リンが余計な気遣いをしてくれる。


「旦那様、奥様が迷子にならないように、奥様のお手を握って頂けますでしょうか?」

「!?」


 突然何を言い出すのか、と文句を言おうとしたが、リー・リンと義母は宿に向かってさっさと歩き始めてしまった。

 そして、ごく自然な動作でシン・ユーは私の手を握り、人込みの中へ入って行く。


 大丈夫だと言いたかったが、本当に迷子になりそうだったので、大人しく手を引かれながら移動をする。シン・ユーが人を掻き分けながら歩いてくれたので、さほど苦労はせずに目的地まで辿り着く事が出来た。


 宿泊をする宿は祭り会場を一望出来る場所にあった。八階建てで、最上階に部屋を取ってあるらしい。部屋割りは私・義母・リー・リンが同じ部屋で、シン・ユーは一人寂しく夜を過ごすようになっている。


 各々部屋で荷物を解いて中身の整理をしていると、義母が窓から外を眺めながら、とんでもない一言を呟いた。


「今日は部屋に居るわ」

「え?」

「行きたくないの」

「ど、どういう」

「見なさいよ、この人込み。さっきより人が多くなっているわ。こんな中を歩いて回るなんて狂気の沙汰よ」

「……」


 この七星祭のある山香に来たいと言ったのは義母だ。決して星が好きな私が希望した訳ではない。なんでも一度家族旅行で来た義母の思い出の地らしいが、宿に着いた途端に不機嫌になっているようにも見えた。


「奥様が行かないなら私もここで待機しております」

「え!?」


 リー・リンまで行かないとな!?


 そうなれば行くのは私とシン・ユーだけになる。そんな気まずい苦行を自ら選ぶ程私も馬鹿ではない。


「わ、私も、ここ、居る」

「奥様まで行かないのですか?」

「う、うん」


 本当はお祭りとか大好きなんだけど、こればっかりは致し方ない。だってシン・ユーと二人きりで何を話せばいいのか分からないのだから。


「勿体無い」

「ん?」

「このお祭には様々な珍しい食べ物があります」

「え!?」

「例えば――勿論本物ではありませんが、星屑を閉じ込めた七色の飴玉に、氷を淡雪のように削ったものを容器に入れて、長時間煮込んだ果物の蜜をたっぷりかけた氷菓、星を象った、中に餡のたっぷり入った饅頭に、星型に切った果物が浮かんだ甘酸っぱい果実飲料とか」

「……」


 リー・リンが美味しそうな食べ物の話をするので、忘れていた空腹感を思い出してしまった。

 だが、シン・ユーと一緒に行くという苦行と秤にかければ、まだ行かないという選択肢に傾いてしまう。


「あ、あとこの街は漁が盛んなので、新鮮な魚介を出す店もありますね。例えば、白身魚を串に刺した後、塩を振って丸焼きにしたものとか、味付けをした赤身の魚に刻んだ野菜を添えて、その上に竹の葉を被せて蒸したものとか、あと塩味の効いた半生燻製なんかも絶品ですね。パオに包んで食べるんです。魚は新鮮さが命なので、ここでしか食べられない物ばかりですね――奥様、本当に本当に行かないのですか?」

「い、行きたい」

「左様でしたか。大奥様、奥様は行かれるようです」


 何だかリー・リンの言葉巧みに誘導された気もするが、ここだけでしか買えないという食べ物の魅力には勝てなかった。

 そんな食い意地の張った私を義母は冷ややかな目で見ながら、呆れたようにこの街でのお買い得情報を提供してくれる。


「そう。だったら夜輝石イェフゥイシーのお店も覗いてくるといいわ」

「夜輝石?」

「ええ、そこの角灯に石が入っているでしょう? その石から採掘される珍しい鉱物なのよ」


 角灯の中には暗闇の中で光り輝く夜光石というものが入っている。この辺りで採掘される希少な鉱物で、あまり量が採れないので外に売りに出すことはほとんど無い品物だとか。

 その鉱物の中でごく稀に透明な石が混じっていることがあり、その石は暗闇の中の魔力を吸収して美しく光り輝くのだという。それを夜輝石イェフゥイシーと呼んでいる。


「で、でも、珍しい、だから、高い?」

「そんなにしないわよ。リー・リン前に行商人が来た時に買った首飾りはいくらだったかしら?」

「一千八百万ジン位でした」

「!!」


 恐ろしい金額に背筋が凍るような気分になった。


 それから一時間後にシン・ユーと合流する事となる。


「地面に落ちた物を拾って食べちゃ駄目」

「……はい」

「串ものは危険だから座って食べるのよ」

「……はい」

「知らない人に付いて行ってもいけないわ」

「……はい」

「あと怪しい露天には気をつけること」

「……はい」


 宿の前で私は義母に祭りを楽しむ上での注意を受けていた。

 なんというか、完全に子供扱いである。文句を言えば怒られるので、黙って聞いてはいるが。


「大奥様、奥様がそんなにも心配だったら一緒に行っては如何でしょう?」

「!! し、心配な訳ないじゃない!! この子、祭りには行かないって言っていたのに、あっさり食べ物の話を聞いただけで行くって言うから、うっかり騙されるんじゃないかと」

「心配なんですよね?」

「違うって言っているでしょう!? シ、シン・ユー、この子から目を離しては駄目よ。何するか分からないから!!」

「……」

「……」

「旦那様、奥様からお手を離さないで下さいね」

「だ、大丈夫、心配、ない!」


 私の心配ないという言葉に、皆の訝しげな視線が集中した。本当に失礼な話だ。


「あ、あと旦那様、奥様が夜輝石イェフゥイシーをご所望です。中心街に店があるので覚えていたら寄って下さい」

「分かった」

「待っ、それ、要らな――!!」


 私の抗議を一切無視して、何故かリー・リンのお願いは素直に聞き入れる男、シン・ユーは私の手を断りもなしに握り締めて人込みの中へと入っていく。


 ◇◇◇


 シン・ユーは真っ先に夜輝石イェフゥイシーを販売する宝飾店へ連れて行ってくれた。

 店内は商品を目立たせる為に薄暗く、硝子で出来た容器の中には光り輝く宝石が所狭しと並べられている。


「いらっしゃいませ。何をご所望でしょうか?」

「え!?」

「もしかして新婚さんでしょうか? 先日素晴らしい細工が成された指輪が入ってきたのでお見せしましょう」

「……?」


 どうして新婚だと分かったのかとシン・ユーに聞けば、私の着ている赤い花が刺繍された服は結婚をして間もない女性が着るものだからと教えてくれた。

 ついでにここで欲しいものは無いと伝えようとしたが、店員が戻って来てしまい、言う時機を逃してしまう。


「こちらですね。嵌められますか?」

「あ~いや~」

「ではこちらの首飾りはいかがでしょう?」

「う、う~ん」


 首飾りに二千万ジンという値札が下がっていて、ぎょっとする。こういう高価な品物は普通値札をつけないものだが、この辺も祖国とは感覚が違うのだろうか。親切だとは思うが、何だかなあとも思ってしまう。


「気に入った品があれば買うといい」

「い、要らな~い」


 シン・ユーの「買うといい」という言葉に店員の目が輝いたが、私のつれない返答を聞いてがっくりと項垂れてしまった。本当に申し訳ないと思っている。


 宝石店を冷やかした私達は店の前で呆然としていた。

 入る隙間も無いほどに人が混雑していたからだ。


 私は現実逃避をする為に夜空を見上げる。


 星が綺麗だった。


 こんなに夜空いっぱいに輝く星を見るのは初めてだったが、周囲の灯りが無ければもっと綺麗なのにと残念に思う。


 そんな私の思考を読んだかのように、シン・ユーが素晴らしい提案をしてくれた。


「星を見るか?」

「え?」

「綺麗に見える場所を知っている」

「み、見たい!!」


 宝石店の路地を曲がり、祭り会場を後にして、星が綺麗に見える場所を目指す事となった。


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