25.結婚と言う儀式。その参
三回目の宴は誰が来るかシン・ユーもあまり把握していないらしい。主に義母の招待したお客様だった。
私も父を呼ぶか聞かれたが、断った。
父は腰を悪くしているので長時間の移動は負担になるだろうし、長い期間休めば職場にも迷惑が掛るだろうと思ったからだ。
宴会会場の準備がもう少しで整おうとしている時に、配膳をしていたメイ・ニャオから着替えをするからと声が掛って席を立つ。
これで最後の衣装変えだと思うと感慨深い。
今日を迎える為に数ヶ月間大変な苦労を(主に義母が)してきた。
折角職人が作った髪飾りなども、義母は私の髪に映えないからと作り直しを命じたり、服の意匠も何度も試着を重ねて変更をした。
私は大華輪国での流行りとか上品な装いなどが全く分からないのでありがたかったが、お金をこのように湯水のように使って大丈夫なのだろうかと戦々恐々としていた。
そんな義母の苦労あって今日は沢山の人に綺麗だと言われた。
華族の結婚式及び披露宴は他の家との見栄の張り合いだと豪華な装飾が成された婚礼衣装を見ながらシン・ユーは呆れていたが、そうだと思うのと同時にそれだけではないというのが分かってしまう。
何故ならば、シン・ユーの着ている衣装はどれも本人によく似合っていて、私の準備とは違い、義母は何が自分の息子に似合うのだという事を試着をしながら作らなくても把握しているのだ。
これを愛と呼ばずになんと呼ぶのか。シン・ユーは気付いていないだろうが。
最後の一着は明るい桃色の衣装だ。
これだけは左右で重ねて着る形ではなくて、胸元の開いた意匠となっているが、上から上着を羽織るのでそこまで露出は気にならない。
桃色の婚礼衣装は、金の布で縁取られた帯や銀糸で縫われた花の刺繍など細部まで美しい。スカートの形は少し変わっていて、腰から足元まで体の線に沿ったものだったが、地面についた裾は円状に広がっている。
今までの服装は揃いの色で統一されていたが、もしかしてシン・ユーも三回目は桃色の衣装なのだろうかと疑問に思う。
女性が好むような色合いの服を着た姿を想像して、なんだか居た堪れない気分になった。
ところが、シン・ユーは紺色の衣装で颯爽と登場をする。
――そうだよね。シン・ユー様が桃色の服なんか着る訳ないよね。
自分の馬鹿な思考に呆れつつ、三度目の宴の乾杯の音頭が挙げられた。
◇◇◇
一回目や二回目の披露宴同様に、引っ切り無しにお祝いのお酒が振舞われる。
招待客はシン・ユーの知らない人が大半のようで、初めましてと挨拶されることが多かった。
慣れない長い爪を酷使しているお陰で、酒の入った瓶を握る度に痛みが走っていたが、あと少しだからと我慢をする。
外は暗くなり始め、疲労感も最高潮を記録していた。
「おめでとうございます! シン・ユー殿!」
「お会い出来て光栄ですわ、シン・ユー様」
親子だろうか。美しい衣装に身を包んだ若い女性(大華輪国の人なので年齢は想定出来ない)と中年の親父がやって来た。
一回目、二回目の披露宴と違う所は、父親と娘の組み合わせで挨拶に来ることが多い。
その理由はこの二人組みの登場で発覚する事となる。
「いやはや、ご立派に成長なされてラン・フォン様も亡くなられたユー・ジン様も鼻が高いことでしょうな」
「わたくしも嬉しいですわ」
黙ったままの愛想の欠片も無いシン・ユーを前にして、ここぞとばかりにザン家のご当主様を煽てる父親に、娘が頃合い良く合の手のような言葉を続ける。素晴らしい会話の連携だ。
「それで、あのお話は」
「何の話だ?」
「そ、それは、勿論、リシュ・リーン、娘を妾として迎える話ですよ!」
「……」
「……」
今回の宴で大勢の親子がシン・ユーの元へ訪れたのは、そういう事情があったからかと納得する。皆自分の娘をシン・ユーの妾にしようとはりきって来ていた訳だ。
今までの人達はあまりそういうことをはっきりと主張しなかったので、全く気がつかなかった。一緒に来ていたお嬢様達も扇で顔を隠しながらモジモジしているだけだったし。
だが、今回のお嬢様は扇で顔を隠そうとしないで堂々としている。このように踏ん反り返っているということはかなりの美人なのかもしれない。
大華輪国へやって来て半年以上経ったが、慣れた人物の顔の区別は付くようにはなったのに、顔の美醜だけは未だに理解出来ずにいた。
噂に聞くシン・ユーの男前感もじっくり味わいたかったが、何度見てもさっぱりその辺に居る兄ちゃん達との違いが分からないという残念ぶりだ。
目の前に居るお嬢様は私の顔を一目見て、ふふんと勝ち誇ったかのような笑みを浮かべている。私も得意の引き攣った微笑みをお返ししてあげた。
しかしながら、目の前のお嬢様は非常に意地悪そうな顔をしている。義母との相性が悪そうだと心配になった。
それに不貞腐れ顔の私と意地悪そうな顔の妾ではシン・ユーも心が安らがないだろう。
なんというか、妾さんはメイ・ニャオのようなおっとりとした癒し系の女性がいいのでは? と提案したかった。義母の嫌味にもムッとならない、「まあ、お義母様ったら怒りん坊さんね」みたいな穏やかな娘がいいと思うのだが。
「それで、いつから召し出せばいいでしょうか?」
「わたくし、いつでも準備は出来ていますの。勿論今夜からでも」
「……」
相変わらず無言かつ無表情なシン・ユーに父親は慌てていた。
シン・ユーも好みではなかったのだろうか。着飾った娘には見向きもしない。
「あ、あの、いきなり妾として迎えなくっても、シン・ユー殿のお世話役として如何でしょう?」
「ええ、わたくしをよく知ってからでも構いませんわ」
「……」
何か喋れよシン・ユー、と心の中で突っ込みを入れる。
反応の無いシン・ユーを前にして親子の喋りは止まる事もなく続いている。
何だか見ていて可哀想になってきたので、シン・ユーの膝の上にある手の甲をこっそりトントンと指先で突いて「何か反応してやれよ」と無言の突っ込みを入れた。
「どうした?」
「……」
シン・ユーは私を見下ろし、何か用かと反応を示す。
目の前の親子に何か返事をしてやれという突っ込みなのに、これでは私が嫉妬をしてシン・ユーの気をこちらへわざと向けたような行動に見えてしまうではないか。
お嬢様もその父親も怖い顔でこちらを睨んでいる。今すぐにでも誤解だと主張したい。
「シ、シンユウ、後で」
「そうか」
後でも何も用事など無い訳だが、一刻も早くシン・ユーの真っ直ぐな視線から逃れたかったので、適当に誤魔化してしまった。
そして、妾になりたい娘とその父親からの焼かれるかのような熱視線からも逃れたかったので、顔を俯かせる。これで安心だ。
そんな私の反応を見て安堵したのか、父親は揉み手をしながらシン・ユーに再び話しかけていた。
「あーあの、シン・ユー殿、お返事は」
「……」
「リ、リシュ・リーンは今日来ている候補者の中で一番器量が良い娘です! 性格も良くて、美しい心を持ち、容姿も見ての通り! それに加えてシン・ユー殿をお助けすることを可能とする賢さも備え持っております!」
「……」
やばいよシン・ユー! 完璧な娘さんじゃないか! ここを逃せば二度と巡り逢えないような完璧な娘である。
「お父様、言い過ぎですわ」
な、なんと、謙虚さを兼ね備えているとな!?
……なんだか疲れがどっと蓄積したような気がする。
もう誰でもいいのでパッパと決めて欲しいと思った。
シン・ユーは一人息子なので、どんどん妾さんを迎えてザン家の跡取りとなる子作りをしなければならない。
シン・ユーのお父上は妾を一人も迎えなかったらしい。
一人の女性を愛するというのは素晴らしい話だが、一人しか子供を産めなかった義母の周囲からの風当たりは酷いものだったとシャン・シャが話していた。
だが、妾を迎えた後のザン家を考えると少しだけ悲しくなる。
今ののんびりとした雰囲気は無くなるのだろうなと想像してしまった。
自己主張の激しい妾にイラつく義母、我関せずといったシン・ユー、間に挟まれて胃を痛める私。……最悪じゃないか。
そんな風に最悪の状況を思い浮かべていたら、隣から思いもよらない発言が聞こえてくる。
「妾を迎えるつもりはない」
「な!?」
「はあ!?」
「ええ!?」
目の前の親子と一緒に驚きの反応を示してしまった私を、シン・ユーは無表情で見下ろす。
「シン・ユー殿、それは」
「どういうことですの!?」
「どうして、どうして、シンユウ!?」
「これ以上、屋敷に人を増やすつもりはない」
ああ、そういうことか。びっくりした。
屋敷の使用人の中には若い娘が沢山居る。シン・ユーは外から妾を選ばずに、屋敷で働いている使用人の中から選ぶと言いたいのだろう。
「どうか、少しの間でもいいのです! お傍に!」
「ええ、わたくしの良さはすぐには分からないと思いますのよ」
義母が言っていた。名家の妾になることは名誉だと。だからこのように必死になって自分達を売り込んでいるのだろう。
「もう話すことはない。下がれ」
「ですが!」
「シン・ユー様!」
親子は背後に控えていた武装した人たちに連れて行かれてしまった。なんだか可哀想だなあと思ったが、どこかホッとしている自分が居る事に気付いて、コレは何の安心だと首を捻る。
そしてすぐに今まで通りの平和な暮らしが出来るという安堵感を覚えたのだと気が付く。
だが、理由が発覚したのに気持ちは釈然としないままだった。
◇◇◇
披露宴の終了後は風呂で疲れを落とし、屋外にある渡り廊下の先にある、泉の上に立てられた離れ屋敷に案内された。
メイ・ニャオもリー・リンも疲れていたので、帰らせた。彼女らにとってもさぞかし長い結婚式であっただろう。いくら礼を言っても言い足りない位だ。
髪の毛は翌日跳ね広がらないようにきっちりときつく結んだ三つ編み状にして、用意してあった寝間着に着替える。
寝室に移動をすれば床の上に二つの枕が並べられていて、思わずゲッと声が出てしまった。それに真っ赤な絨毯と壁紙、大きな金の龍の置物などが視界に入り込んで落ち着かない気分にさせてくれる。
シン・ユーは今仕事の同僚達と二次会をしている。
披露宴の後に新郎のみがこのような宴に招かれるのだ。
大抵の新郎はここで独身者の同僚達に、酒の力を借りて潰されるらしい。
なので、大華輪国での初夜とは結婚式の日に行われないことが多いと聞いた。
まあ、私はそのお役目から除外されているので関係の無い話ではあるが。
シン・ユーの分の枕をぺいっと布団の外に投げる。
そう言えば床の上に布団を敷いて眠るのは初めてだなあと思いながら掛け布団を剥いだ。
布団の上に体を滑り込ませ、唯一の部屋の明かりである角灯の火を消そうとした所、金の龍の置物と目が合ってしまい悲鳴を飲み込む。
置物の癖に妙に眼が爛々としていて、今にも動き出しそうな雰囲気だ。
ちょっと、いや、かなり怖い。
昨晩の部屋にも大きな猫の置物があってリー・リンに我儘を言って一緒に寝てもらったのだ。
自室にある鳥の置物のように歪曲して可愛らしく作ったものなら大好きだが、生き物を精巧に模った物は苦手だ。それが大きいと尚更そう思う。
龍の置物に布を掛けてもいいだろうか、と考えていた所に部屋の襖が開かれたので、絶叫する。そして現れた人物を見て、再び絶叫をしたのだ。
「大きな声を出すな。勘違いをされるだろうが」
「シ、シンユウ、なんで、ここに!?」
「用事があると言ったのはお前だろう?」
「……」
そうだった。私はシン・ユーの手の甲をつんつんして、「申したい事があるでござる!」 をしていたのだった。
い、いや、何も用事はないのだけれどね。
「あー、なんだっけ?」
「……」
「わ、忘れた」
「……」
シン・ユーは私を呆れた表情で見下ろし、そのまま背後の襖を閉める。
そして、先ほどから考えていた疑問を口にしてみた。
「シンユウ、もしかして、ここ、寝る?」
私が言い終わる前にシン・ユーは布団の上に座り、枕の所在を探していた。
こ、ここから、逃げなくては!!
私は何故か逃走本能が働いてその場から去ろうと素早く立ち上がる。
「――!? ヒイ!!」
立ったその瞬間にシン・ユーに腕を掴まれ、引き寄せられてしまった。
「こ、子作りしなーい!! 今日はしなーい!!」
ジタバタ抵抗を繰り返して暴れるが、男性の腕力に敵う訳もなく、簡単に布団の上に押し倒されてしまった。
『ヒッ! ま、待って、ちょっ、シン……』
動揺のあまり思わず祖国の言葉が出てしまう。
ところが、危機的な状況は一瞬で過ぎ去った。
「……」
「ん?」
布団に寝転ぶとシン・ユーは大人しくなった。背後からはすうすうという穏やかな寝息が聞こえる。
「――シ、シンユウ、寝てる?」
「……」
あろうことか、シン・ユーは私を抱きしめた状態で眠ってしまった。
そして、冷静になってみればかなりお酒臭い。
もしかしなくても、シン・ユーは酔っ払っているのだろう。
一見素面に見えて実は酔っ払いだとかなんという性質の悪さだろうか!!
腕の中から逃れようとしたが、どう頑張っても抜け出せなかった。
お腹周りを抱きしめられるという無理な体勢で眠れる訳が無いと憤っていたが、その数分後には眠りに落ちていた。翌日、私は繊細さの欠片も無かったことを実感してしまう。
このようにして私達の結婚式は終わりとなる。
疲れた、本当に。




