24.結婚という儀式。その弐
重たい気分を引き摺ったまま、見た事の無いおっさんの先立ちの発声を合図に、杯を一斉に掲げてから披露宴は始まる。
それから引っ切り無しに見ず知らずの人たちに酒を振舞い、また同じように酒を振舞われた。
一番初めに酒を振舞いに来たのはシン・ユーの親友ファン・シーンで、先日会った時と変わらないヘラヘラとした軽い雰囲気を伴って現れる。
「やあやあ、お二人ともお似合いで。今日という素晴らしい日に招待頂けて嬉しいよ」
「……」
「……」
シン・ユーは無表情かつ無言で心の友を迎える。私も何か言おうとしたが、前回会った時の警戒心が解けていないので、お世辞的な言葉すら浮かんで来なかった。
この男はどうにも信用できない何かがある。勿論直感で嗅ぎ取ったものだが。
先日見た、医者を呼ぶという私を反対するシャン・シャを上手く言い包めることが出来たのは彼のお陰だったが、あの時垣間見たファン・シーンの様子は、強制的に従わざるを得ない何かを発していた。
それに加えて、シン・ユーに本気を出して欲しいという謎の言葉も引っ掛かっている。
何か危険なことをさせようと唆しているのではと不安に思っていた。
以上がファン・シーンを怪しい人物の種類に分けている所以である。
シン・ユーは何も言わないまま酒の入った瓶をファン・シーンへと差し出す。
「ああ、ありがとね」
嫌がらせなのか、シン・ユーは杯が溢れる寸前まで酒を注いでいた。ところが、そんな工作も空しくファン・シーンは一滴も落とさずに飲みきっていた。
私も同じように瓶を持って差し出してみるも、長い爪のお陰で上手く掴めず、ふるふると両手が震える。
「――あ!」
「おっとっと!」
杯の中へと注いでいる途中、瓶が手から滑って落ちそうになったが、シン・ユーが底を支えてくれたので、ご馳走が並んだ机の上に落とさずに済んだ。
「おお! 夫婦になって初めての共同作業だね。あれ、もしかして別の作業をすませちゃった?」
「……」
「……」
この場にそぐわない発言に私もシン・ユーも言葉を失う。そんな白けたこちらの態度を無視して、ファン・シーンは酒の入った瓶を持ち上げて見せる。
「さあ、僕にも注がせてくれ」
向こうからも酒を注いでもらい、少しだけ口を付けて残りは壷の中へと流す。
シン・ユーは男らしく一気飲みをするかと思いきや、一口だけ飲んで残りは壷の中へ入れていた。
先はまだまだ長い。いくら親友だからといって特別扱いする訳もないか。
このままシン・ユーは一言も発しないまま心の友を見送るのではと思っていたが、別れ際になってやっと話し始める。
「――あの件だが」
「ん?」
「……」
「ああ、あれね! はいはい。で、何?」
「少し考えさせて欲しい」
「あー、前向きにってことね」
「まだ、もう少し」
「分かっているよ。急がなくても、決着は一瞬だから」
「……」
突然二人で謎の会話を始めたが、まったく何の話か分からなかった。私は聞かない振りをしつつ、背後に控えていたリー・リンに瓶の中身が多くて長い爪では持ち難いので、量を減らしてくれとお願いをした。
それから三時間程、お偉方が集まる第一回の披露宴は終了となった。
ファン・シーンの前で失敗しそうになったのが良かったのか、その後の酒注ぎは上手く出来たと自画自賛している。
話し掛けられた時の返答については怪しいものだったが、異国の娘だということで笑って許してくれる人が大半だった。ありがたい話である。
一旦人が居なくなった広間では、次の招待客を迎える準備が着々と進められている。
三回目の着替えを済ませ、再び足を折り曲げる座り方をしなければならない苦痛を思い出して顔を歪めながら、座布団の上にしゃがみ込む。
酒も大分回ってきているのか、ふわふわとした気分だ。きっと酒臭いんだろうなと思いつつ、隣に居るシン・ユーに話しかける。
「シンユウ」
「なんだ」
「鳥の話、全部聞いてない」
「鳥?」
「置物」
酒の力で気が大きくなっている私は鳥の置物の詳細について問い質していた。素面の時なら絶対に出来ない行動力である。
「ああ、あれか。あの置物はお前が頑張っていたようだから、そのご褒美だ」
「ご褒美? 私、なに、頑張ってた?」
結婚式の準備の事だろうか? それだったら頑張っていたのは義母だ。私は横でアワアワしていただけである。
頭の上に大量の疑問符を浮かべる私の前に、シン・ユーは驚くべきものを取り出して見せた。
「――あ!!」
反応してから口を手で押さえたが、その行為は既に遅かったように思える。
シン・ユーが私に見せたのは、包装紙に包まれた蜂蜜のど飴だった。
「な、なな、なに、それ?」
「惚けるな」
「……」
「あのような大掛かりなことをして、こちらが気付かないとでも思っていたのか?」
「……」
なんと、シン・ユー様は私達の内職についてご存知だったようです。
そうだよねー。家の中でコソコソガチャガチャすれば、誰かが気がついてこっそりご当主様に報告するよねー。
「ご、ごめん」
「どうしてこのようなことをしたのだ?」
「全部、私が悪い。シン・ユー、私が作った、言って渡したら、飴、食べない、思った」
「……」
シン・ユーに報告が行ったのは最初の飴を出荷した次の日だったという。
報告した使用人に調査をさせて、こちらが悪い事を企んでしているものではないと分かると放置していたらしい。
「事業を譲渡した後も、お前は個人的に飴を作り続けていたのだな」
「!? な、何で、知って?」
「厨房で寝ていただろう」
「!! ……もしかして、シンユウ、部屋、運んでくれた?」
シン・ユーはこっくりと頷く。
私を運んだ時に手作りの泉を発見して、後日、鳥の置物を置いてくれたという訳か。
謎は全て解明した。
私の毎日の飴作りのお礼として、シン・ユーは鳥的なご褒美をくれたのだ。
「うん、全部、分かった。鳥、ありがと」
「いや、礼を言わなければならないのはこちらの方だ」
何をとんでもない事を言うのだと、ブンブンと首を大きく振って礼など要らないと行動で示した。
◇◇◇
親族相手の披露宴も滞りなく過ぎて行き、最後にその他様の招待客を迎える時間となる。
もう、その頃になればお酒が回りきった状態で、気分もウキウキ、酒が進む進むという危ない状態に陥っていた。
シン・ユーは相変わらずほとんど酒は飲まずに捨てている。勿論私のように酔っ払いではない。
「おい、何か食べておけ。空腹状態で酒を飲み続けると体に悪い」
「う~ん」
時刻はお昼過ぎになっていた。
朝食を食べてから六時間以上経っているが、お腹の中はお酒でいっぱいなので、特に何かを食べたいとは思わなかったのだ。
でも、ここで言う事を聞いておかないと、後であると思われる反省会で怒られそうなので、何か食べることにした。
服を汚さない食べ物は無いかと探すが、どれも汁気を含んだ料理ばかりが目立っている。
机の端に甘栗が入った皿を見つけたので、それを食べる事にした。
皿を近くに寄せて栗を掴もうとするが、ここでも長い爪が私の行動を阻む。指先で掴んでもツルリと落ちていき、赤い絨毯が敷かれている床の上をコロコロと転がっていく。
「……」
――うん。食事は無理。
私はたった数回の挑戦で食事を諦めた。
「リェン・ファ」
「はい?」
呼ばれて隣を見れば、シン・ユーが皮を剥いた甘栗を差し出してくれていた。
こいつはありがてえと指先で栗の実を掴んだが、再びツルリと滑って床の上をコロコロと以下略。
私は頭を抱えて唸った。時間を追う毎に酒が回って馬鹿になってきていると。
「リェン・ファ」
「……」
お優しいシン・ユー様はもう一つ栗を剥いてくれた。涙が出そうな位ありがたい行為であったが、この後に起こることは酔っ払いでも分かる。またコロコロ以下略だろう。
差し出された二個目甘栗を前に、どうしようかと目を泳がせていると、その栗はシン・ユーの手によって口の中へと押し込まれた。
「!!」
まさかの出来事に、栗を唇に銜えたまま硬直していると、更に親切心を働かせたのか、親指で口の中まで入れ込んでくれた。
「噛んで飲み込め」
「……」
まさかシン・ユーに給仕ならぬ給餌をされるとは思いもしなかった。こんな状態の中で物を食べても味なんかする訳がない。
その後も次のお客様がいらっしゃるまでシン・ユーさんは非力な私の為に給餌をして下さった。
本当にありがとうございました、ですよ。




