23.結婚という儀式。その壱
とうとう結婚式及び披露宴の当日となる。
昨晩は離れ屋敷にリー・リンと二人で泊まった。現在お屋敷の中がどうなっているのかは知らない。全ての部屋が赤い絨毯で埋め尽くされているとのことだが、目に痛いものとなっているのだろうか。
そして、現在腕を通している婚礼衣装も赤だ。どれだけこの国は赤を推すのかと、ふと、疑問に思ったのでリー・リンから聞いてみれば、大華輪国においての赤色というものは【威厳】【正義】【祝福】【幸運】【勝利】【成功】などを象徴するものだという。
これだけいい縁起のいい意味が含まれていれば好まれるよなあと一人納得をする。
一着目の衣装は結婚式でのみお披露目するものだ。この服で一年以上生活出来そうな程の高価な布を使ったもので、皺が付かないようにと考えていたら身動きの一つも出来なくなってしまった。
艶々と光沢のある布には金糸で鳥の刺繍がされている。これは鳳凰という伝説の生き物らしい。私の服に縫われているのは凰という雌の鳥で、シン・ユーの方には鳳という雄の鳥が刺繍されているとか。
この鳥は不老長寿を象徴する生き物で、二人の愛が永遠に続くようにという願いを込めて婚礼衣装に使われる。私とシン・ユーには相応しくない生き物と言えよう。
今日は祝いを意味するという目尻に赤い線を引くという特別な化粧が為される。ついでにその目尻の線が引き立たつような派手な化粧を施された。
でも前みたいな顔面偽装状態でなく、私という地味な素材の味を生かしたものとなっている。
そして、真っ赤な色をした付け爪が貼られ、そこに小さな宝石を散りばめるという細かな作業も同時進行で行われていた。とても長い爪だが、物を掴んで落とさないか不安になった。
最後にメイ・ニャオの手によって髪型を整えられ、沢山の櫛が追加で挿し込まれる。これだけでも結構な重さなのに、更に赤い宝石が大量に散りばめられた細長い帽子のようなものまで乗せられてしまった。気を抜けば後ろに倒れてしまいそうな重さである。
これで終わりだと告げられるのと同時に、準備をしていた部屋の扉が無断で開かれた。
「あら、少しは見られるようになったわね。良かったわ」
「おかーさん!」
着付けが終わった私の最終確認に義母が来てくれた。相変わらずつれない態度だが、表情は大満足といった所だった。
それもそうだろう。婚礼衣装の形も、頭の飾りも、化粧道具から爪の形まで全て義母が選んだものだ。唯一布地はシン・ユーが勝手に選んだものだが。これについても二人は喧嘩をしていた。シン・ユーは義母が自分達の結婚式などどうでもいいと思っていたらしい。
「おかーさん、ありがとう」
「いきなり何よ?」
「綺麗になったから、ありがとう」
「あ、当たり前じゃない! あなたどこの家に嫁いだと思っているの!?」
義母は私に背を向けて怒り出してしまった。
でも私は彼女が本当に怒ってなどいないことを知っている。調子に乗って「本当は嬉しくって照れているんでしょう?」などと軽口を聞けば本気で怒られることも知っていたので、そのまま黙っていた。これも義母との結婚準備期間中に学んだことだ。
結婚式は屋外で行われる。式は占い師と家族、使用人と新郎新婦に近い者だけを呼んで行われるのだ。
重ねた木に火を点け、火柱が上がる中で占い師の祈祷が行われる。
隣に立つシン・ユーも私と似たような赤い衣装を纏っていた。長い黒髪は細長い帽子の中に収められている。髪の毛短い方が似合うじゃないかと感想を述べようとしたが、祈祷が始まって厳かな雰囲気になったので言えず終いとなってしまった。
結婚式が終わると披露宴の準備に取り掛かる。
私は次の衣装に腕を通しながら、シン・ユーの服の鳥を見るのを忘れたと、一人残念な気分になっていた。
二着目に衣装には麒麟という角のある四足獣が同じく金の糸で刺繍されていた。これも雄が麒で雌が麟と呼ぶようで、私の服には麟が縫われている。この伝説上の生き物は子孫繁栄を齎すものだと言われている。私とシン・ユーには不要の産物だが、婚礼衣装お決まりの刺繍なので黙って受け入れるしかない。
また仕上げにザクザクと櫛を挿され、重たい宝石の付いた帽子を載せられる。
準備が完成するとリー・リンとメイ・ニャオに支えられながら披露宴会場へと歩いていった。
◇◇◇
会場には膳が数え切れないほどに並べられ、結婚式の食べる縁起の良い料理が置かれている。
招待客は一度に入りきれないので、三回に分けるという。
一回目はお偉い方で、二回目は親族、三回目はそれ以外のお客様といった感じだ。
披露宴ですることはそこまで難しいものではなく、自分達の座る場所に来た招待客に酒を振舞い、相手も同じように酒を注いでくれるので、それを受け取るだけだ。
勿論全部は飲めないので、机の下に壷があってそこに入れるようになっている。
この国のお酒は焼酎というものが一般的だ。色は無色透明で果物の類は一切入っていない。喉が焼けるような辛味があり、度数もやたらと高い。ハイデアデルンでお酒と言えば果実酒なので、最初に飲んだ時は驚いたものだ。
ちなみにあまりお酒は得意ではないので、大きな壷を三個用意して貰った。
それよりも心配なのは、披露宴の最中ずっと座布団の上に足を折り曲げて座っていなければいけないことだ。今までこのような座り方をしたことが無かったので、長時間体勢を維持しなければならないことに不安を覚える。お客様が途切れて暇になった頃合いを見計らって足を崩してもいいと言っていたが、その頃合いが訪れるのかは謎だ。
ため息を吐いていると、準備が終わったシン・ユーが現れた。
今回は衣装の刺繍の確認を忘れなかった。
これが、麒か。雌の麟は睫毛があって角も短く可愛らしい外見をしているが、麒は牙が剥き出しで角も鋭くて怖い外見をしている。軽い気持ちで見るものではなかったと後悔しつつ、昨日よりは顔色の良いシン・ユーを見上げた。
「昨日は眠れたか?」
「いっぱい、寝れた」
昼間あれだけ眠っていたにも関わらず、夕食を食べたらコロリと眠ってしまった。シン・ユーもよく眠れたようで、久々に体調も良いと言っていた。
「なんか、緊張、する」
「取って食うような客は来ないから安心しろ」
「うーん」
緊張のあまりなんかやらかしそうだなあと重たい息を吐き、付け爪の付いた手でお酒の入った瓶が持てるか確認をする。
爪は長いが瓶も大きいので、手の平でなんとか持てそうだとひっそり安堵していた。
招待客はまだ来ないようだ。準備も整っているようで、この広い部屋に居るのは自分達だけだった。
どうしようかと一瞬迷ったが、シン・ユーにずっと言おうとしていたことを今告げることにした。
「あ、あの」
「?」
シン・ユーの顔を見上げた瞬間言い淀みそうになったが、手のひらをぎゅっと握り締めて自らを奮い立たせる。酒の力でも借りたかったが、素面じゃない時に言うのもどうかと思ったので、思い切って言葉を振り絞った。
「私、本当の名前、レイファローズ、言うの」
「……」
「レイファローズ、ハイデアデルン、救済と英知の女神の名前。私、この名前、あまり好きじゃない、だった」
「……」
大好きな両親から生まれた時に贈られた名前は祖国で一番有名な女神様の名前だった。普通は恐れ多いと思い、人の名前として名付けないのだが、うちの父と母は賢く誰かを助ける娘になって欲しいという願いを込めて、【英知と救済の女神】と名付けた。
そんな偉大な名前のお陰で幼い頃はたくさんからかわれたのだ。
大きくなってからも「あの女神と同じ名前?」みたいな非難の視線を浴びることが多かった。
頭も良くなければ、誰かを助けることが出来る器量もない。いつの間にか自分の名前が重荷となり、両親に申し訳ないと思いつつもレイファローズの名が嫌いになっていたのだ。
「リェン・ファ、レイファローズ似てる。名前、半分だから、完璧じゃない、大丈夫、思うようになった」
私はいつからか無意識に、レイファローズの名に相応しいような完璧な人になろうと考え、でも、結局なれなくて苦しい思いをしていたのだと考える。
けれど、リェン・ファは違う。この名前は大華輪国ではありふれた名前だとリー・リンが教えてくれた。
特別でもなんでもない、レイファローズに似ているけれど、リェン・ファだから本当の名前の半分で、女神のような完璧さは求められていないのだと安心出来るようになっていたのだ。
「だから、シン・ユー、くれた、リェン・ファ、好き。でも、いつか本当の名、相応しい、私、なりたい」
少し、というか、かなり訳の分からない話をしたと早速後悔をする。やはり、言わなければ良かったかと思ったが、シン・ユーは「そうか」と一言だけ呟いてその話題を流してくれた。
少し泣きそうになってしまったが、化粧が剥げて大変なことになるのでぐっと堪えた。
◇◇◇
そんな感じで静かな時間を過ごしていると、最初の招待客が現れる。
披露宴の始まりだ。




