21.美しい森にて。その弐
美しい清泉を目前とする草むらに、馬車の中にあった包みに入っていた敷物を敷いてその上に座る。
敷かれたものは、藁を編んだかのような初めて見る品で、茣蓙という乾燥させた草の茎を織った品だとシン・ユーが教えてくれた。その茣蓙とやらには細かな花の模様が織り込まれていて、流石織物の国の品物だなと感心してしまう。
手触りは涼やかなもので、湿気を含んで蒸し暑い今日みたいな日にはうってつけのものだ。鼻を近づければ草の香りがするのだろうか。
……先ほどから私のことを珍獣を観察するような目で見るご主人様の前で試す気にはとてもなれないが。
茣蓙の入っていた包みの中には竹筒に入ったお茶も用意されていたようだ。同じく竹を切って杯に見立てたものになみなみと注いだ。
そして三段重ねの弁当箱を開く。
一段目は揚げた鳥と、肉と野菜を千切りにして味付けしたものを薄い皮で包んで揚げた春巻という品に、刻んだ野菜を溶き卵に混ぜて焼いたもの、生肉に香辛料を加えて腸詰にして蒸した香腸などが敷き詰められている。
なんというか、朝食にしては脂っこい品目ばかりで、私は大丈夫だが青白い顔色をしているシン・ユーが食べられるのかが心配だ。
次に開いた二段目には、何やら葉に包まれた三角形のものが入っている。これは一体……?
三段目は綺麗な紙に包まれた何かが入っていた。多分中に入っているのは甘味だろう。この国では甘いものを綺麗な紙で包む習慣があるのだ。
とりあえず小さな木の皿に謎の葉っぱの包みとおかずを一品ずつと取ってシン・ユーの前に置く。
甘味らしきものの上には布を置いた。もしかしたら甘いものが大好きな鳥が狙ってくるかもしれないからだ。先ほどから上空にはグヴェェェェェェ! と小汚い声で鳴く獰猛類の鳥がくるくると回っている。きっと甘いものはねえかぁー! と言っているに違いない。奴らの視力は優れていると言われているが、人間の知能には叶わないだろう。
それよりもお腹が空いたので、随分と遅い時間となってしまった朝食を頂くことにした。
「シンユウ、これ、何?」
私はずっと気になっていた茶色い葉っぱに包まれた三角の食べ物(?)を指差した。
「それは粽という食べ物だ。中に味の付いた餅米と肉、野菜が入っている」
「!!」
ずっしりと重い三角形の物体の正体は、蒸篭で蒸したお米だったのか。
紐を解いて中を開くと艶のある炊き込みご飯が出てきた。具材は豚の角煮、椎茸、筍、椎乃実、干蝦などが入っている。ふっくらもちもちとした醤油味のお米と甘く味付けがされた具に干した蝦の風味が利いていて、大変手の掛かった一品であるということが分かる。意外と脂っこくなくてあっさりとしているのが不思議だ。
長時間煮込んで作られた角煮の旨味もご飯に染みこんでいる。これは凄い料理だと思いながら食べ進めていると、意外な食感に行き当たった。
「!?」
――な、なんということだ!! 粽の中心には小さな卵が入っているではないか!!
大華輪国の料理は粥の入った皿の底にこっそり肉団子が入っていたり、饅頭の餡の中に花びらの塩漬けが入っていたりと食べている途中に思いも寄らない食材に驚くことがある。それがどれも美味しいから私は素晴らしい文化だと心の中で絶賛しているのだ。
三角の葉っぱの中にこのような美味しい食べ物が入っているとは想像も出来なかった。
この国に来て良かったと私は心の底から思う。
食べ終わった粽の葉を畳んでいると、二個目がポンと皿の上に置かれる。
シン・ユーが置いてくれたのだ。
「あ、ありがと」
「……」
シン・ユーは自分の食事には手を付けおらず、杯の中のお茶も減っていない。もしかしてずっとこちらを観察していたのだろうか!?
明日に控える結婚式を前に、食事の礼儀が上達しているかの確認か!? ……正直箸使いは今でも微妙だ。どうしてこの国の人々はあのように器用に二本の棒を使って食事が出来るのか。銀食器で育った私には重過ぎる課題だった。
手で握って食べていた粽と違って、おかずは箸で食べなければならない。このまま監視された状態では上手く箸が使えず、緊張のあまりおかずをコロリと落としてしまうかもしれないという不安があった。
そんな不安を抱えた私は二個目の粽を掴んで葉っぱを剥ぐ事にする。それが現実逃避だとは分かっていたが、やはりシン・ユーの前で粗相をして怒られるのは嫌だ。もしかしたら観察も飽きてくれるかもしれないと願いを込めつつ、粽の紐を解いた。
「わ!?」
重い気持ちで葉っぱを開いていたが、中から出てきたものに驚いてしまった。
「シ、シンユウ、これ、甘栗のご飯!」
「甘栗は商品名のことで、それは栗御強という」
「へえー」
甘栗は専用の調理器具で炒って焼いた商品のことを指し、普通の栗のことは示さないらしい。ちなみに焼いた栗も蒸した栗も基本的に味は変わらないとのこと。
そして、シン・ユーが教えてくれた栗御強というのは、先ほどのものと同じく餅米に栗の実を混ぜて蒸した一品だ。
餅米には風味付け程度に軽く酒・薄口のだし・塩が入っているだけの白いご飯で、黄色い栗がゴロゴロと入っている。
こちらは薄めの味付けだからか水気は少なめでお米が潰れておらず、もっちりとした食感の中にもしっかりとした噛み応えがある。栗は口の中でほっくりと解れ、塩味の効いた御強と一緒だと一層甘さが引き立つような気がした。
しっかりと味の付いたものも良かったが、こちらは素材の味が生かされていて、違う美味しさがある。
私が二個目の粽を食べ終わってからシン・ユーも食事を始めた。
やっと安心して食べ始めることが出来るぞ、と額の汗を拭いつつ箸を握る。食材に箸を刺して食べたいという誘惑に抗いつつも、どの品目も美味しく頂いた。
最後の甘味は月餅という饅頭だ。餅という文字が含まれているが、餅米を使って作られた品ではない。
長時間炊いた小豆を、きめの細かい網を使って皮を取り除いてから練った餡と、小さく砕いて炒った木の実が入っており、外側は窯で焼くという、蒸したお菓子が多い大華輪国の中では珍しい料理なのだ。
月餅はとある行事の時のみに食べられる甘味であったが、私が物凄く美味しいと興奮したばかりに使用人達が気を使って作ってくれる一品だった。
しっとりとした餡と薄くさっくりとした皮の相性がよく、木の実のカリカリとした食感も味を飽きないものとしている。
ザン家の料理人に感謝を込めつつ完食し、月餅を包んでいた紙を畳む。
シン・ユーも同様に畳んでいたが、その手つきは酷く丁寧なものだ。やはりお坊ちゃまは私のように適当に包んでポーイなんてことはしないのだろう。
「――?」
ところが、シン・ユーの月餅を包んでいた紙を折る作業は止まらない。私は眉間に皺を寄せてその行動を見届ける。
最終的には細長い三角形のようなものが出来上がり、それを私の手の平へと勝手に置いてくれた。
――なんだ? 綺麗に折れたという自慢なのか?
その折った紙を持ち上げて見ると、何層かに分かれているようだった。これは一体なんなのかと首を傾げている所に、再び紙は私の手から離れていく。
そして、その折った紙は驚きの変化を遂げる事となった。
「わあ!」
シン・ユーの手によって三角形になった部分が開かれたそれは一瞬で鳥の形となったのだ。
「す、凄い! それなに? シンユウ!」
「これは折紙という異国から伝わった紙細工だ」
「凄い、見る、見せて」
この紙細工の元となっている鳥は鶴という、大華輪国では非常に縁起のいい生き物だという。
普通の紙切れがこのように立体的な生き物を模したものへ生まれ変わるなんて素晴らしい文化のある国もあるものだな、と手にした鶴を眺めつつ考える。
私もシン・ユーが作っていた折り方を真似て一生懸命鶴を作ってみたが、何故か足の生えた気持ち悪いものが完成した。
――どうしてこうなった。




