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没落令嬢の異国結婚録  作者: 江本マシメサ
一章【星を胸に旅立つ少女】
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2.波瀾の昼と

 仕事へ出掛ける父を見送った後、今度は自分のお仕事の準備を始める。

 私が勤めているのは街の中心部にある仕立て屋の下請けをする小さな下町のお店で、布地の販売なども行っている。他には急に仕上げなければならないドレスの依頼を受け付けたり、元請けの代わりにドレスを配達したりと、様々な雑用も受けるようにしているとか。

 働いている人達は十代から四十代までと幅広い年齢層の従業員が揃っている。十三才の頃から働いている私に針仕事を教えてくれたのも、この職場で働いている姐さん達だった。

 半分以上が既婚者だが、離婚をして一人で子育てをしながら働いている人も割りといる。

 色々な事情を抱える姐さん達は、山あり谷ありな人生を歩んでいたからか、面倒な問題に巻き込まれている私にも優しく接してくれている。

 六十年前にあった平民と貴族の中であった内乱のお蔭で、未だに双方の仲は宜しくない。だが、ここの姐さん達は貴族である私を差別しないで、親切にしてくれるのだ。


「おはよう。今日も早いね」


 店主であるマリアさんが入荷したばかりの布地を運びながら挨拶をしてくる。

 ここで働き始めて三年だが、休憩所の掃除をするのは下っぱである私の仕事なので、就業一時間前には出勤をするようにしている。

 掃除が終われば一日の仕事を確認する。

 今日の仕事は注文のあった窓掛け用の布に刺繍をする作業だ。小さな花をひたすら縫うという眠気を誘うものだが、夕方までには仕上げなければならないので、集中をしなければならない。


 ◇◇◇


「お昼出来たよ~」


 一番歳上のランダ姐さんに声を掛けられて、もうお昼になっていることに気が付いた。思っていた以上に作業に夢中になっていたようで、窓掛けの刺繍はほとんど完成している。最後の模様を縫って仕上げてから食堂へと向かった。


 この職場は食事が付いているのだ。当番制なので自分で作らなければならない日もあるが、昼食の心配をしなくても良いのは実に素晴らしい。

 ちなみに父親は申し訳ないことに私の作った貧乏弁当を食べている。


 今日の品目は野菜スープに魚の香草焼き、黒いパン、厚く切ったチーズというもので姐さん達は質素だと文句を言っていたが、私にとってはご馳走だ。

 姐さん達は体重を気にしているので、脂の滴る肉などは出てこないが、均衡の取れた食事は育ち盛りの私にとってありがたいものだと思っている。


 食前の祈りを捧げ、食事に取り掛かった。

 香草がたっぷり擦り込まれた白身魚をフォークで解して、手で引き千切れる程度には柔らかい黒パンの上に乗せて食べる。

 蛋白質を多く含む食材は、強火で焼くと硬くなってしまう。だが、この白身魚はフォークを軽く入れただけでホロリとなる程に柔かだ。弱火でしっかり焼いているのだろう。

 表面はカリッとしていて、口に含めば香草の香ばしさが広がる。流石、長年働きながら主婦をしていた猛者(しゅふ)の作品だ。文句無しに美味しい。

 このように食事に夢中になっているのは私だけで、姐さん達はお喋りをしながら食べている。話の内容はどこの誰が格好いいだの、どこぞの成金商人が若い妻を迎えただのと、何やら付いていけない話ばかりだ。


「はあ、結婚したいわあ」

「でも出会いが無いのよねえ」

「私達こんなにもいい女なのにねえ」

「……」


 ここに来るのは布地を買いに来るご婦人ばかりで、男といったら卸売りをしている中年商人位。若い男と接する機会など皆無に近い。

 巡回騎士が店の前を通るのを偶然見つけた時なんかは大騒ぎだ。


「ねえ、あんたはどんな男がいいの?」

「真面目に働いて、貧乏生活に耐えれる人」

「なによそれ」

「若さと夢がないわあ」

「……」


 私の理想の旦那様は仕事を人並みにしてくれて、尚且つ貧乏生活に耐えれる人と決まっている。姐さんは金持ちとか顔がいい人とか他にあるでしょうと言うが、お金があるからと言って幸せになれるとも限らないし、顔がいいからと言ってそれが生活に役立つ訳が無いのだ。

 まあ、ライエンバルド伯爵家(うち)に婿に来てくれる物好きなんぞ生涯現れないだろう。それに父親が働けなくなれば貴族税の支払いは滞り、一気に借金まみれ。その借金を自分の子供に背負わせるのは無責任というものだ。

 今、父親が身を粉にして稼いでいる金額を稼ぐというのは本当に大変な事で、それをライエンバルド家と血の繋がりの無い伴侶に求めるのは勝手な話だろう。


「そう言えばアンタ、窓掛けの刺繍は終わったの?」

「うん、今さっき完成したよ」

「だったら昼から店番お願い出来る?」

「分かった」

「あ、これ食べないから持って帰ってもいいわよ」


 残った食事は持ち帰ってもいいと言うので、昼と同じものが我が家の夕食に並ぶ。本当にありがたい職場だ。


 昼からは言われていた通り店番をする。

 店の番と言っても仕事は山のようにある。

 品出しに売り場の整理、布地の見本を作ったり、伝票を書いたりと、奥で針仕事をしている方が楽だ。しかも結構お客様もいらっしゃる。一時も休まる暇が無いのだ。


 今日は婚礼衣装用のドレスが届いた。このドレスに小さな花の刺繍をするお仕事を請け負ったらしい。

 届いた衣装を奥の部屋へと運び、箱から取り出して、胴体彫像(トルソ)に着せているとマリアさんがやって来て、恍惚の表情をしながら「花嫁さんのドレスはいつ見ても幸せな気分になるわね」と言っていた。


「あなたが結婚をするときは私達がドレスを作るからね。他のお店で作っちゃ嫌よ」

「う、うん。ありがとう」


 カラカラと店の扉が開く音が聞こえたので、マリアさんから逃げるように店先へと走って行った。


「いらっしゃいませ、お待たせ致しまし、た?」


 勢い良く店へ来たのはいいものの、店内に居たのは黒髪黒目の四十代位のご婦人と、同じく黒髪黒目の十代前半位のおかっぱ頭の少女だった。

 一目見て異国から来た人達だと理解する。このハイデアデルン国内にも黒髪を持つ人は稀少だが存在する。

 だが、黒い目を持つ者は居ない。それに見たことが無い、詰襟で体の線に沿った形の珍しい服を纏っている。艶のある布地や蛇のような刺繍も初めて目にするものだ。


 幼い頃に聞いたことがあった。東にある大陸に、民の全てが黒髪黒目を持つという不思議な国の話を。


「――あ」


 言葉、どうしよう。


 異国人を前に成す術も無くたじろいでいると、黒髪のご婦人が私の前に来て、ジロジロと観察を始めた。


 このお客様は金持ちだ。身に付けている衣装の質感を見れば分かる。

 額に汗が浮かび、硬直して動けなくなってしまった状態中で、黒髪婦人は私に何か話し掛けていた。


 ――ワカラナイ、何を言っているのか全くワカラナイ。


 そんな私の窮地を救ってくれたのは、黒髪婦人のお付きの黒髪少女だった。


「少しよろしいでしょうか?」

「!!」


 話の通じる相手が居ると分かり、ホッと安堵の息を吐き出す。

 ところが、黒髪少女は二言目にトンデモナイ言葉を言って来たのだ。


「ラン・フォン様はあなたを買い取りたいと仰っております」

「は?」

「いい値でよろしいそうです」

「ナ、ナンダッテ?」

 

 流暢に我が国の言葉を話す少女にまず驚いたが、窮地を救ったという発言は撤回させて頂く。

 黒髪少女の言葉は私を救ってくれるものでは無かったのだ。

 

「こちらの奥方はザン=ラン・フォン様といいます。ハイデアデルン国より竜で半月ほどかけて移動をした先にある【大華輪(ダーファルゥン)国】から来た華族です」

「……」


 華族、というのはうちで言う貴族みたいなものだろう。そんなやんごとない御方が何故、下町の垢抜けない小娘をご所望なのか。


「奥様はこちらの国に幸運をもたらすとされる金と青の珍品をお求めに参りましたが見つからず」

「……」

「最後にと寄ったこの店であなたを見つけたという訳です。……私の言語は伝わっていますか?」

「……はい」


 伝わっている。伝わっているが、あまりの突拍子も無い言葉に戸惑いしか生まれない。


「奥様が早く値段を言えと仰っています」

「え!?」

「早く」

「え、えっと」


 一体、何が何だか、と頭の中は大混乱だ。黒髪少女の言う金と青というのは私の髪と目の色を指しているのだろう。

 しかし、人身売買は国では禁止されている。だから、この身を売ることは出来ない。


 その事を伝えると、更に驚くべき返答が発せられた。


「ラン・フォン様はご子息様の嫁として連れて行くと、お金は結納金として受けとればいい、と」

「!!」

「勿論結婚は名目上の話で、あなたは幸せになれる珍品としてザン家に滞在をして頂きます」

「……」


 私の胸の中は今までに感じた事も無い程にドクドクと高鳴っていた。

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